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Review
No.001 for Concert
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2005.10.15
15:00 Salamanca
Hall, Gifu |
| Finnish
Radio Symphony Orchestra - Sakari
Oramo |
| Suomen
Radion Sinfoniaorkesteri, YLE,
Helsinki |
| アーティスト: |
サカリ・オラモ指揮 フィンランド放送交響楽団 |
| 演奏会場: |
サラマンカホール(岐阜県岐阜市) |
| プログラム前半: |
シベリウス作曲 交響詩「夜の騎行と日の出」op.55 交響詩「吟遊詩人」op.64 |
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組曲「レンミンカイネン」 op.22より “トゥオネラの白鳥” “レンミンカイネンの帰郷”
交響詩「フィンランディア」op.26 |
| プログラム後半: |
チャイコフスキー作曲 交響曲第6番 ロ短調 op.74 「悲愴」 |
| アンコール曲: |
シベリウス作曲 悲しきワルツ シューベルト作曲 劇音楽「ロザムンデ」から 間奏曲第2番 |
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<サラマンカホールと対抗配置>
プログラムの前半がシベリウスの曲で、生で聴く機会の少ないものも含まれていて、演奏会の4日前に思い立ってチケットを買ってしまいました。雨の中、名古屋市内の自宅から何度か乗り換え、岐阜の演奏会場へたどりつきました。演奏会場のサラマンカホールは収容人数約700名、パイプオルガン付きの中ホールで残響感はあまりありませんでしたが、ウッド仕様の温かみが特徴かなと思いました。楽員たちが入って来て、ステージは隙間がないほどぎっしりとなりました。ダブルベースが向かって左側奥に8本並び、金管は左側にホルン、右側にトランペット、トロンボーン、チューバが配され、バイオリンが左右に分かれた対抗配置でした。最近目にする機会が増えてきた古来の形ですが、シベリウスの管弦楽曲をこの配置で聴くのは珍しく、にんまりしました。
<魅力あふれる前半のシベリウスプログラム>
指揮者サカリ・オラモが颯爽と指揮台に上がり、すぐに「夜の騎行と日の出」が始まりました。暗闇の中、馬で駆け抜け日の出を迎える様子を描いており、夜から日の出にかけての森の雰囲気が醸しだされ、実演では初めてということもあってつい涙腺が緩まされました。次の「吟遊詩人」もめったに演奏されない曲で、CDで聴く限り、地味な印象なのですが、生で聴くと右端に位置するソロハープが神秘的に奏でられ、何とも言えない寂寥感にまたも涙が‥。有名な「トゥオネラの白鳥」は三途の川に浮かぶ白鳥が目に浮かぶようで、イングリッシュホルンの背後に響くかくし味のバスドラムがはっきり確かめられました。4曲目の「レミンカイネンの帰郷」はティンパニーの鋭い一撃で始まり、ワクワクするような躍動感に満ちた演奏に心踊らされました。そして前半の締めの「フィンランディア」は金管の厚みのある音が響いた後、速めのテンポで進み、盛り上がり部分でのティンパニの乱れ打ちにはノックアウト状態に。終わりの部分でホルンを強調させたのは珍しく、初めて耳にしました。
<充実した「悲愴」とアンコール曲の楽しみ>
休憩後のチャイコフスキーの「悲愴」は第2楽章のトリオ部分の憂鬱さの表現が出色で、続く第3楽章の盛り上がりもすばらしいの一言。その勢い?に思わず拍手される人を尻目に、3楽章から間をおかず演奏された4楽章も充実した内容で、音楽にどっぷり浸ることができました。アンコールは、「悲愴」の後ということから、予想した通り、シベリウスの「悲しきワルツ」でしたが、これも雰囲気のある出色の演奏でした。そして2曲目は、シューベルトの「ロザムンデ」間奏曲で、この曲を演奏するとはまったく予想できませんでした。このホールではオケのメンバーの様子が手にとるように見え、ここまで真ん中正面で演奏している美人のフルーティストと体を揺り動かして一生懸命クラリネットを吹く若い男性奏者に注目していました。「ロザムンデ」間奏曲では、この木管楽器奏者が主役で、ここでもその演奏をじっくり見、聴くことができました。
<余韻の味わいとオラモさん>
この演奏会で特筆すべきことは、どの曲においても指揮者がタクトを完全に下ろすまでフライングの拍手をする者がいなかったということです。そのため静かに終わる曲が多い中、余韻を味わいながら演奏を聴くことができ、最近の演奏会では失われた至福の時を過ごすことができました。終演後、CDかプログラムを買った人にホワイエで指揮者のオラモさんがサイン会を開くとの案内がされていて、並んで待ちました。やがて、オラモさん、丸首シャツにジャケット姿で現れ、ひとりひとりにサインをしてくれました。私の番になってプログラムにサインしている時に「私はシベリウスの音楽が好きです。」少し間を置いて「私はクリスチャン2世が好きです。」と言うと、オラモさんは頭を上げ満面の笑みを浮かべ「私も好きです。」と応えてくれました。ふとフィンランド語で「ありがとう」に当たる言葉を思いだし「キートシュ」と言うと、オラモさんも「キートシュ」と言って握手をしました。すばらしい演奏とともにオラモさんの人柄にも触れられた思い出に残る演奏会で、岐阜まで足を運んだ甲斐がありました。 |
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Review
No.002 for Concert
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2005.10.04
19:00 Aichi
Arts Center - Concert Hall, Nagoya |
| Nagoya
Philharmonic Orchestra - Mayuko Kamio - Ken-ichiro
Kobayashi |
| KOBAKEN
Special - My Favorite No.2 - Sibelius |
| アーティスト: |
小林研一郎指揮 名古屋フィルハーモニー交響楽団 神尾真由子(Vn) |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場 コンサートホール |
| プログラム前半: |
シベリウス作曲 ヴァイオリン協奏曲ニ短調 op.47 |
| プログラム後半: |
シベリウス作曲 交響曲第2番ニ長調 op.43 |
| アンコール曲: |
アメージンググレース |
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<異なる作曲家による番号順交響曲演奏>
コバケンが好きな交響曲を1番から9番まで異なる作曲家で番号順に並べて名古屋フィルと演奏して行くシリーズ。1番のマーラーに続いて、今回、2番はシベリウスなので、聴きに行きました。開演の10分前にコンサートホールに入ると、コバケンがプレトークをやっていて、途中からそのトークを聴きました。
<ヴァイオリン協奏曲の伴奏あれこれ>
シベリウスのバイオリン協奏曲の独奏はまだ19歳の神尾真由子でピンクのドレスで登場。まだ若いので線の細い演奏と思いきや、コバケンの遅いテンポに乗って集中力に満ちた堂々たる演奏を繰り広げたのには脱帽しました。中低音の鳴りっぷりがいい半面、しみじみとした情感はあまり感じませんでした。コバケンの伴奏も独奏者のサポートという感が強く、緊張感、スリリングさには欠けました。バイオリンはもとより管弦楽によって、この曲の真価が発揮されるものと私は考えています。これまで聴いた中で、2003年10月に聴いたギドン・クレーメルのバイオリンはさすがと思わせるものがありましたが、協演のサンクトペテルブルクフィルとアラン・ブリバコフという若い指揮者(急病テミルカーノフの代役)は伴奏に終始していました。一方、その2週間程前、東京のサントリーホールで聴いた若いデービッド・ギャレットをソリストとしたオスモ・バンスカ指揮ラハティ交響楽団は、オーケストラ主導で、あたかも交響曲のように雄弁かつ繊細に演奏し、大感激した覚えがあります。
<名古屋フィルとコバケンの世界>
交響曲第2番は、チェコフィルとのCDの演奏と同じく、第1楽章の出だしから遅く、じっくりとしたテンポで進みました。ダブルベースが8本で、バイオリン協奏曲の時より2本増やしましたが、感心したのは、「これ名フィル?」というような中低音に厚みのある音を出していたことです。第2楽章も総体的に遅いテンポでじっくり聴かせました。トランペットのソロはしみじみと鳴り、第3〜4楽章の雄大な表現は聴きものでした。(ただ、時々思わぬところで休止が入るのには 違和感を感じましたが‥)総体的には充実した見事な演奏だったと思います。しかし、これまで聴いたミッコ・フランク、オスモ・バンスカといった個性と感性溢れる演奏と比べると、心に訴えかける点ではいまひとつでした。もっともコバケン節によるシベリウスの2番を聴かされたという感じではありましたが‥。鳴り止まぬ拍手にコバケンさんは「名フィルと演奏し、これほど感動したシベリウスの演奏はなかった」と自画自賛されておられました。途中から聴いたプレトークで「高いお金を払って来ていただくのですから感動していただく演奏をしたい」とのコバケンさんの言葉には嘘はなかったと思います。
<アンコールもコバケン流>
アンコールはプレトークでコバケンさんがピアノを弾くとの予告があり、何を演奏するのか全く見当がつきませんでした。すると、シベリウスプログラムとは何も関係ない「アメージング・グレース」をピアノとオーケストラ用に編曲したものがアンコールで演奏されました。コバケンさんの達者なピアノとオーケストラが奏でるアメリカの曲に聴き入りました。コバケンさんは、アメリカの歌がお好きなようで、小曲集のコンサートの後は、決まって「ダニーボーイ」をアンコールに演奏していました。そんな訳でシベリウスばかりのプログラムの後に、何でアメリカの編曲ものなのか?と疑問視しないことにしましょう。この演奏会はシベリウスを聴くのではなく、コバケンさんの演奏を聴く「コバケンスペシャル」なのですから‥。 |
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Review
No.003 for CD
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Hans
Rott (1858-1884) |
| Symphonie
Nr.1 E-dur |
| ARTENOVA
BVCE38080 & Hyperion HELIOS CDH55140 |
ハンス・ロット (1858-1884)
交響曲第1番ホ長調 (1878)
セバスティアン・バイグレ指揮ミュンヘン放送管弦楽団
(録音:2003年12月〜2004年1月、Studio 1,Bayerischer Rundfunk,Munchen)
[BVCE38080 ARTENOVA]
ゲルハルト・ザムエル指揮シンシナティ・フィルハーモニア管弦楽団
(録音:1989年3月、St.Barnabas’s Church,London)
[HELIOS CDH55140 Hyperion]
<100年間忘れられた作曲家と驚きの交響曲>
作曲家ロットはウィーン音楽院でブルックナーに学び、マーラーは同門で2歳下の友人でした。1878年、卒業生を対象とした作曲コンクールに交響曲第1番の第1楽章を提出し、落選。。1880年、全曲のスコアをブラームスに見せたところ、酷評され、盗作に近いことも言われたりしました。また当時ウィーンフィルの指揮者だったハンス・リヒターにもこの曲の演奏を働きかけ、理解は得たのですが、結局、会う約束をすっぽかされてしまいます。そうした冷たい反応によりロットは精神的に病んでいきます。列車の中で乗客が煙草に火をつけようとしたところ、「ブラームスがダイナマイトを仕掛けている」とピストルを突きつけ、精神病院に収容されてしまいます。その4年後の1884年、結核で、わずか26歳の生涯を閉じたのです。それから100年後、マーラーの青年時代を調べていたイギリスの音楽学者バンクスはマーラーが残した証言を通してロットを知り、その草稿の中からこの交響曲第1番を見つけだしました。そして1989年3月、ザムエル指揮シンシナティフィルが初演し、初録音の後、近年は欧米で盛んに演奏、録音が行われています。日本でも2004年11月に沼尻竜典指揮日本フィルにより本邦初演されました。この曲がブレークしたのは2004年、ここに取り上げたARTENOVA盤CDの発売によるものでした。1時間弱の大作で、初めて聴いた時はやや冗長な感じがしたのですが、あたかもブルックナー、ワーグナー、ブラームスの曲かと思うようなメロディーラインが散りばめられ、魅力に満ち満ちていました。そして驚きの頂点は、この曲の後に作曲されたマーラーのいくつかの交響曲によく似たところが何箇所も現われることです。
<ブルックナー、ワーグナー、ブラームスをパクり、マーラーにパクられるロットの音楽>
第1楽章冒頭からトランペットにより師であるブルックナー風の音型が出て来ますが、重厚難解ではなく、この軽やかさは彼独自のものと言えるでしょう。この親しみやすい叙情的な音型は第4楽章で回帰されます。オルガン奏者として、バッハを尊敬していた彼はコラールや対位法的書法をこの曲に散りばめ、独特の趣を第1楽章と第2楽章に与えています。その第2楽章はみずみずしい叙情に溢れています。第3楽章のスケルツォでは楽しげなワルツをさまざまに変化させ、ここにはマーラーがこの曲よりも後に作曲した第1番「巨人」の第2楽章、第2番「復活」の第3楽章や第5番の第3楽章に表れる音型がいくつも出てくるのです。第4楽章でもひき続きマーラーの交響曲に出て来るモティーフやワーグナー風のメロディーが奏され、その後に出て来る主部の主題がブラームスの交響曲第1番第4楽章主部の主題によく似ているのです。この部分が当時47歳のブラームスの気持ちを逆なでしたことはまちがいありません。ロットはブルックナーを師匠とし、ワグネリアンでもあったため、反ワーグナー派の首領であるブラームスにこの曲を見せ、評価を得ようとしたのは自分の作品への自信だけでなく、極貧に喘ぎ、切羽詰まった状態だったからなのでしょうか。ロットは、その当時の音楽界を二分していた派閥のどちらをも含合するものとして、この作品を書いたとも思われます。誰が聴いてもすぐ分かる、当時発表されて間もない大作曲家のメロディーに似た旋律をパロディー風ではなく、堂々と使用するあたり、常人とは違うところです。そして我々はロットの音楽について、この曲を初めて聴くずっと前から、マーラーのいくつかの交響曲によって既に知っていたことになります。マーラーは1900年に次のように述べています。「ロットは自分と同じ土から生まれ、同じ空気に育てられた同じ木の二つの果実のような気がする。」
<2つのCDを比較して>
この2種類のCDはそれぞれ特色があり、ロットの交響曲を別な角度から聴くことができました。バイグレとミュンヘン放送管は弦、管、打楽器のバランスがよく、やや速めでモダンな印象を持ちました。24ページにわたる日本語訳の解説書が付いていて、ロットのこと、交響曲第1番のことが詳細に述べられているのは文献として貴重です。一方、この曲を世界初演したザムエル指揮シンシナティフィルの世界初のCDは、弦楽器が揃っていない等一流とは言えないオケなのですが、ティンパニの響きが効果的で、金管も力強い響きの演奏、録音です。そして何よりもブルックナー、ワーグナー、ブラームスそしてマーラーの音楽が際立って聴こえて来て、最後まで飽きさせない味わい深い演奏だと思います。このCD解説はロットを100年ぶりに見いだした音楽学者バンクスによるもの(もちろん英語)です。 |
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Hans Rott |
Hyperion CDH55140 |
SONY&BMG
- ARTENOVA |
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Review
No.004 for Concert
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2005.11.17 18:45 Aichi
Arts Center - Concert Hall, Nagoya |
| Nagoya
Philharmonic Orchestra - Ken-ichiro
Kobayashi |
| Subscription
Concert No.319 Hisako
Kawamura, piano |
| アーティスト: |
小林研一郎指揮 名古屋フィルハーモニー交響楽団 河村尚子(Pf) |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場 コンサートホール |
| プログラム前半: |
モーツァルト作曲 ピアノ協奏曲第20番ニ短調
Kv.466 |
| アンコール曲: |
モーツァルト作曲 ピアノソナタ第11番Kv.331 から 第3楽章|ベートーヴェン作曲
「エリーゼのために」 |
| プログラム後半: |
チャイコフスキー作曲 マンフレッド交響曲 op.58 |
| アンコール曲: |
チャイコフスキー作曲 マンフレッド交響曲 op.58 から 第1楽章コーダ |
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<モーツァルト生誕250年への序奏>
ピアノ協奏曲第20番の独奏は、ヨーロッパにおける数々のピアノコンクールで高位入賞を果たしている若い女性ピアニストだそうな。。・・といっても、モーツァルトの短調の協奏曲ということもあって、華やかな技巧を表に出すのではなく、誠実な演奏でモーツァルトの魅力を満喫させてもらいました。伴奏の名古屋フィルも、コバケンさんのタクトのもと、少し厚めの安定した演奏で応えてました。モーツァルトのピアノ協奏曲はCDも多いのですが、名古屋市営バスの一部では、アイドリングストップ時に協奏曲のメロディーがわずかの間
流れるようになっている等、いやが応でも聴かされるようになっています。2006年がモーツァルト生誕250年ということから、これから来年にかけて演奏会やCDで頻繁に聴く機会が増えると思いますが、今回はその「序奏」となるモーツァルトの名曲の演奏でした。万人が愛おしみながら、気楽に聴くことができるのがモーツァルトの音楽の特徴と言えますね。アンコールにはそのピアノソナタKv.331の第3楽章「トルコ行進曲」とベートーヴェンの「エリーゼのために」が演奏されました。お馴染みのピアノの小曲が大変立派に聴こえてきました。
<コバケン、マンフレッド交響曲を振る>
演奏会後半の「マンフレッド交響曲」は自分自身大好きな曲なのですが、一般的にはチャイコフスキーの曲としてはマイナーと見做されがちです。かれこれ30年位前、FMで流れていたスヴェトラーノフ指揮による演奏をカセットテープに録って何度も聴くうちに、ロマンティックなメロディーがずっと頭の中を駆け巡っていたものでした。実演では9年前、サントリーホールでセルジュ・コミッショーナ指揮の東京都響で聴いて感激したものです。めったに演奏会のプログラムに載らず、たぶん今回は名古屋での初演だったかな?と思います。そして現在、コバケンさんほどこの曲を振るのにぴったりの指揮者はいないでしょう。アルプスを舞台にしたバイロンの劇詩「マンフレッド」を題材にした音楽の創作をスイスに滞在したことがあるチャイコフスキーにバラキレフが再三持ちかけ、苦労の末、1885年に作曲された(交響曲第4番と第5番の間に)ものです。
第1楽章<山中をさまようマンフレッド>バスーンと低弦の力強いアイザッツにより運命の動機が繰り返され、金管群と打楽器が加わり力強い盛り上がりを示します。やがてマンフレッドが愛し、彼の裏切りにより自殺した女性の優しい主題がヴァイオリンで奏でられた後、マンフレッドのテーマでコーダとなります。この聴きどころで、名古屋フィルは充実した見事な演奏を繰り広げました。
第2楽章<アルプスの妖精>木管が軽やかな動きを示した後、トリオでは優しく優雅なメロディーが聴きどころで、手堅くまとめていました。しかし、オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団のCDにより、精緻な木管、厚みと豊かなハーモニーの弦楽器を聴き慣れている耳には、この演奏はやや一本調子で冗長に感じられ、もっとみずみずしい響きが欲しいとも感じました。
第3楽章<山人の生活>私の大好きなところで、冒頭のオーボエに続く弦、ホルンソロによるしみじみとした情感をコバケンさんと名古屋フィルは見事に表わし秀逸。
そしてクライマックスの・・・
第4楽章<アリマーナの地下の宮殿>は圧巻でした。第3楽章と間をおかず演奏された 金管、打楽器を中心に繰り広げられるロシア色まる出しのチャイコフスキー独特の節回しは、コバケンさんのうなり声がぴったり合う個所で出色のものでした。中間部分のヴィオラ・・第1ヴァイオリン・・第2ヴァイオリンと・・カノン風に移って行く部分は、CDではさっと過ぎてしまうのですが、実演ではその受け渡しが手にとるようにわかりました。マンフレッドの主題に続き、2台のハープに導かれて愛する女性の主題が奏でられ、罪や死を表すテーマの後、オルガンが荘厳に響きわたり、その後の穏やかな安念を表すように最後は消え入るように終わります。愛知県芸術劇場コンサートホールのオルガンはこれまで何度か聴いてきましたが、マンフレッド交響曲の第4楽章では想像していたより大きな音で朗々と鳴りわたりました。ただスタカート気味に演奏されたのが少し気になりました。消え入るような終わりでは、コバケンさんが指揮棒を下ろすまで拍手が起こらず、余韻を持って聴くことができました。アンコールには、「この日を最後に退団するトランペット奏者を讃えて」とコバケンさんが語り、マンフレッド交響曲第1楽章の終わりの部分が再度力強く演奏されコンサートの幕を閉じました。最近遠ざかっていたこの曲ですが、再び若い頃のように夢中にさせるきっかけとなる演奏でした。(2005.11.30
UP) |
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Review
No.005 for Concert
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2005.11.27 18:30 Aichi
Arts Center - Concert Hall, Nagoya |
| Nanzan
University Orchestra - Yuki Kato - Hideomi
Kuroiwa |
| Subscription
Concert No.82 Mika
Ohi,
organ |
| アーティスト: |
黒岩英臣指揮 南山大学管弦楽団 加藤有希(学生指揮*) 大井美佳(オルガン) |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場
コンサートホール |
| プログラム前半: |
ボロディン作曲 歌劇「イーゴリ公」序曲* ベートーヴェン作曲
交響曲第1番ハ長調 op.21 |
| プログラム後半: |
サン・サーンス作曲 交響曲第3番ハ短調 op.78
「オルガン付」 |
| アンコール曲: |
ドヴォルザーク作曲 スラブ舞曲 op.72-No.1
H-dur |
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<学生オケを聴いてみたら‥>
学生オーケストラの切符をいただき、サン・サーンスの3番がプログラムにあるということで、SINFONAIRの管理人をお誘いし、南山大学管弦楽団の演奏会に行ってきました。音楽を専門としてない普通の大学のアマチュアオーケストラということと20数年前に聴いた時の芳しくない演奏レベルから、あまり期待してなかったのが本音です。当然、プロのオーケストラの演奏会とは雰囲気が少し違っていて、席は立見が出るほどでしたが、若い人(とくに女性)が多かったように思います。
<力量を超えた音楽を奏でた「イーゴリ公」序曲>
最初の曲はボロディンの歌劇「イーゴリ公」序曲で、あまりポピュラーとは言えない曲ですが、アマチュアオケのプログラムにはよく載るようです。「だったん人の踊り」のようなオリエンタルな雰囲気はありませんが、彼が亡くなり、未完だったものをR.コルサコフとグラズノフが補筆し、ボロディンらしい旋律を聴くことができます。金管、特にトランペットが活躍する曲ですが、アマチュアには少ししんどかったようです。はっきり言って技術的にはプロオーケストラとは雲泥の差があります。しかし女子学生(後でプログラムを見て判明)の指揮者とオケのメンバーが一生懸命奏でる音楽には、技術云々を超えたプロオーケストラとは違った魅力を感じました。
<元気溌剌たるベートーヴェン第1交響曲の演奏>
2曲目はベートーヴェンの最初の交響曲ですが、既にピアノ協奏曲第3番を作曲しており、ベートーヴェンが満を持して、交響曲のジャンルに挑んだ意欲作でもあります。ハイドンやモーツァルトの影響が感じられるとは言っても、この曲には特有の溌剌さと力強さが満ち溢れています。それを十二分に感じさせる演奏だったと思います。第1楽章の短い序奏から、第2楽章の第2ヴァイオリンによる第1主題、そして第4楽章の急速なアレグロまで、柔らかな響きで見事に揃った弦楽器の合奏力には驚きました。それに大変元気な女性ティンパニストが楽しそうに叩いているのが印象に残りました。
<盛り上がったサン・サーンスの第3交響曲>
そしてメインプログラムのサン・サーンスの第3シンフォニーは、金管の活躍する場面が多く出てくることから、前半のプログラムの技術から推察すると、かなり不安がありました。ふたを開けてみれば、弦楽器が前半のプログラムで聴かせた見事な合奏力を持続し、第1楽章第2部のオルガンを背景に瞑想的な美しい旋律を奏す るところなどはうっとりしました。木管と金管も吹き損ないこそありましたが、大崩れすることなく何とか持ちこたえたと思います。第2楽章第2部は指揮者の黒岩さんのタクトの下、曲が進むにつれ、大きな盛り上がりを示し、壮麗なフィナーレへ‥。オルガンは輝かしく響きわたり、オーケストラとのバランスも絶妙でした。中でも女性ティンパニストが存在感を示し、芯のある音で聴かせました。アンコールはドヴォルザークのスラブ舞曲。弦楽器は繊細で、最後はティンパニーがバシッと決めて有終の美を飾りました。
<脈々と引き継がれる大学オケの想い>
後からこの大学オケの演奏会記録をHPで見てみたのですが、1980〜4年にかけて客演に山本直純、小林研一郎、大友直人、大野和士と、そうそうたる指揮者を招いており、当時、招聘した方の彗眼には脱帽!こうした伝統、経験が脈々と続いて、今回の見事な演奏に繋がったのかもしれません。今回の演奏会で感じたのは、有名な一流の演奏家ではなく、音楽を専門としない人たちでも、指導者に恵まれ、引き継がれてきたオケの想いにより、聴き手を感動させることができるということです。(2005.12.08
UP) |
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Review
No.006 for Concert
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2005.08.02 19:00 Aichi
Arts Center - Concert Hall, Nagoya |
| PMF
Orchestra 2005 - Nello Santi |
| Special
Concert for Expo2005 Aichi Japan |
| アーティスト: |
ネッロ・サンティ指揮 PMFオーケストラ2005 |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場
コンサートホール |
| プログラム前半: |
ロッシーニ作曲 歌劇「セミラミーデ」序曲・歌劇「泥棒かささぎ」序曲・歌劇「ウィリアム・テル」序曲 |
| プログラム後半: |
レスピーギ作曲 交響詩「ローマの噴水」・交響詩「ローマの松」・交響詩「ローマの祭」 |
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<ロッシーニの歌劇序曲3曲>
今年は愛知万博が行われていたので、PMFオーケストラが名古屋でも演奏会を持ちました。ネロ・サンティの指揮でお得意のロッシーニの歌劇の序曲とレスピーギのローマ三部作なので聴きに行きました。前半のロッシーニの序曲からダブルベース9本からなる対向配置で、にんまりしました。ところがその配置によるのか、あるいはチェロが8本と少ないからなのか分かりませんが、低音の重厚さはあまり感じられませんでした。「セミラーミデ」、「泥棒かささぎ」、「ウイリアム・テル」と3曲の序曲が並ぶと、やはり「ウイリアム・テル」が一番いい曲だなあとあらためて思いました。その冒頭でのチェロの独奏は女性でしたが、音量があって、しみじみと歌わせ、感心しました。
<聴きごたえ・・見ごたえ十分のローマ三部作>
そしてレスピー ギのローマ三部作もそのまま対向配置で、金管もホルンが中央、トランペットとトロンボーンが右側奥と分かれ、「ローマの松」と「ローマの祭」は金管の別動隊が左側に配置され、立体感満点でした。オルガンは隠し味といった感じで、表には出て来ませんが、その重厚な低音がベースとなり、金管が朗々と鳴り、打楽器、とくに大太鼓がズシンと響いて、弦楽群もかき消されることなく響いていました。「ローマの松」もよかったのですが、「ローマの祭」のあの騒然たる音の饗宴はナマならではのもの。若々しい響きのトランペット、ホルン、トロンボーンは技術的には申し分なく、よく揃ってました。これも指揮のサンティさんの指導によるところ大だと思います。お腹が出て、指揮台に上がるのも難儀な貫禄満点の指揮者には、ユーモラスさも感じました。札幌でのサマーコースによる練習を踏まえた充実した演奏への盛大な拍手に、若い団員達も達成感を感じたことだと思います。(2005.12.16
UP) |
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Review
No.007 for Concert
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2005.04.08 18:45 Aichi
Arts Center - Concert Hall, Nagoya |
| Orchestre
de Paris - Michel Plasson |
| 28th
Nagoya International Music Festival - Opening Concert |
| アーティスト: |
ミシェル・プラッソン指揮 パリ管弦楽団 |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場
コンサートホール |
| プログラム前半: |
ドビュッシー作曲 牧神の午後への前奏曲 ショーソン作曲 交響曲変ロ長調 |
| プログラム後半: |
ドビュッシー作曲 交響詩「海」 ラヴェル作曲 ボレロ |
| アンコール曲: |
ビゼー作曲 「アルルの女」第1組曲〜アダージェット|歌劇「カルメン」〜第1幕への前奏曲 |
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<異常な音にみまわれた演奏会>
パリ管+プラッソンのオールフランス名曲プログラム!ということで楽しみにして出掛けました。本番前に、パイプオルガン前だけ明るくなり、ブラスが鳴り響きました。第28回名古屋国際音楽祭の開幕で、デュッカの「ペリ」からファンファーレがパリ管のブラスメンバーにより披露されたという訳です。後からアナウンスがありましたが、何となく唐突な感じがしました。さて最初の「牧神の午後への前奏曲」は柔らかな木管の音色が心地良いものでした。次のショーソンの交響曲変ロ長調をナマで聴くのは初めてで、C Dは持っていてもあまり聴くことはなかったように思います。今年がショーソン生誕150年にあたり、ジャン・フルネとともにこの曲を得意とするプラッソンが指揮するというので期待は大きかったのですが、その良さを味わうまでには至りませんでした。その原因は、演奏中ずっと続いていた異常な音でした。座席は3階席だったのですが、演奏中、カタカタという雑音が後ろの方から聞こえ、気になって仕方ありませんでした。休憩中、ある男性が主催者に「変な音がダクトから聞こえて来る」と文句を言っていました。休憩後、オーケストラのメンバーが出揃い、指揮者が出て来るのを待っていると、主催者の音楽部長が舞台に出て来て、「3階席におられる方よりダクトから異常音がするとのことで、施設担当者と原因を究明していますが・・時間がかかり・・オーケストラと指揮者は、この演奏会の後、大阪に行かなくてはなりません。そのため、空調を切って演奏してもらいます。」と異例のアナウンス。不可抗力とはいえ、愛知県芸術劇場の施設管理者に高い入場料の一部でも返せ!と言いたい気持ちでした。こういうケースの場合、被害を被った聴衆は泣き寝入りするしかないのでしょうか?・・・・・
<変わってしまった‥パリ管の音>
そんな雑然とした状況の中で、ドビュッシーの「海」が演奏され、最初のうちはまだ異音が出ていましたが、そのうちになくなり、やっと音楽に集中できるようになりました。パリ管の音は、創設時のミュンシュや・・それを継いだカラヤンとの録音などから>華麗<というイメージがありました。その後を継いだ指揮者(バレンボイム、ビシュコフ、エッシェンバッハ等)によりパリ管の音が変わってしまったのかどうかわかりませんが、そんな華やかなイメージとは違って落ち着いた響きで聴こえてきました。金管は柔らかな響きで、木管、弦とブレンドし、決して突出することはありません。弦はやや乾き気味ですが、きれいに揃っていました。静かなところは絶品で、じっくりと音楽に浸ることができました。「ボレロ」ではソロが華々しい名人芸を披露するというよりはきめ細かさを感じ、徐々に楽器が加わり盛り上がって終わりました。70歳を超え柔和に思われるプラッソンの指揮ぶりは意外にもエネルギッシュで、指揮台の上で少し跳ぶこともありました。アンコールは、「アルルの女」第1組曲からのアダージェットで、静かで細やかな味わいに満ちた演奏、2曲目は歌劇「カルメン」第1幕前奏曲で颯爽と演奏会を閉めました。異音騒動があり、少し落ち着かない演奏会となったのは残念でしたが、もっともフランス的な指揮者プラッソンに率いられたパリ管は華麗さこそ影を潜めたものの、木管金管群の洗練された柔和な響きはこのオーケストラならではのものでした。(2005.12.25
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Review
No.008 for CD
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Mariss
Jansons - conducting Johannes Brahms |
| Koninklijk
Concertgebouworkest Royal Concertgebouw
Orchestra |
| Oslo
Filharmoniske Orkester Oslo Philharmonic
Orchestra |
RCO-LIVE RCO
005002 Live
at Concertgebouw 2004.10|SIMAX Classics PSC-1204/6 Live
at Oslo Concert Hall 1999.1・4・10 |
<進化するマリス・ヤンソンスの演奏>
マリス・ヤンソンスの実演を初めて聴いたのは、もうかれこれ20年近く昔のことになります。ムラヴィンスキーの来日が地区共産党により認められなかった1986年、急遽代わって当時のレニングラードフィル来日公演をすべて振ったのがマリスでした。私が初めてナマのオーケストラを聴いた時の指揮者がマリスの父、アルヴィド・ヤンソンスで、1970年のこの時もムラヴィンスキーの代役でした。1986年、マリスは当初予定された曲目どおりショスコーヴィッチ交響曲第6番とチャイコフスキー交響曲第5番を振りましたが、ムラヴィンスキーを聴きに大阪のザ・シンフォニーホールまで足を運んだのに‥と落胆した私には、端正な演奏だったことしか覚えがありません。この後、マリスはレニングラード・フィル(サンクトペテルブルク・フィル)に留まることなく、オスロ・フィルを率いて約20年にわたりCD録音、海外演奏と活発な活動を続けました。このコンビで3度来日し、私も1996年に愛知芸術劇場コンサートホールでその演奏を聴きました。ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、アンスネスとのショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲第1番の後、演奏されたレスピーギの「ローマの松」が凄い音響で鳴り響いたのが印象的でした。その後、ピッツバーグ響を経て、現在ではロ イヤルコンセルトヘボウ管弦楽団とバイエルン放送交響楽団の2つのヨーロッパの名門オーケストラを率いるに至っています。
<ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との実演とライブCDに感動>
2004年11月14日、ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団との名古屋での演奏会は彼の円熟を感じさせる見事なものでした。その時に演奏されたのがブラームスの交響曲第2番で、これまで聴いてきた同曲の実演のうち、クライバー+バイエルン国立管弦楽団に匹敵するほどの感銘を受けました。その来日前のアムステルダムコンセルトヘボウでの演奏会をライブ録音したCDにこのブラームスの第2交響曲が含まれていて、あの時の興奮が再現されました。緻密でいて力強く、情感豊かで‥と十二分にこの曲の素晴らしさを味あわせてくれます。コンセルトヘボウ管の演奏の素晴らしさは言わずもがなです。そして、このCDでカップリングされているベートーヴェンの交響曲第2番が凄いのです。第1楽章からぐいぐい進む力強さ、緩徐楽章での優美で均整のとれた歌いまわし、そして最終楽章での力強く流れるようなフォルム。ベートーヴェンの交響曲の中ではマイナーともいえるこの曲を、これほどエキサイトして聴かせてくれたのはマリスが初めてでした。 
<マリスとオスロ・フィルの集大成ブラームス交響曲全曲>
オスロ・フィルと1999年に録音されたブラームス交響曲全曲演奏のライブCDを手に入れ、このコンビが紡ぎ出す真摯で温かい音楽に惹かれました。オスロ・フィルはネームヴァリューからは単なる北欧の地方オケと思われがちですが、このブラームスの交響曲全集はその先入観を根底から覆すものと言えるでしょう。スーパーオーケストラでは味わうことのできない柔らかくみずみずしい響きの弦楽器、暖かい音色の木管楽器、特にオーボエの奥ゆかしさが好ましく感じられます。第1交響曲の緩徐楽章ではピチカートの響きが何ともいえず、第4交響曲の演奏も魅力に溢れていて、ブラームスを構えることなく自然に聴くことができます。マリスの指揮は斬新さや過度の強調はないのですが、といって生ぬるい演奏ではなく、第1交響曲第1楽章ではティンパニーにバシッと決めさせています。4曲すべてについてこうした充実した内容の演奏に出会うことは稀です。残念ながらこのコンビによる演奏は聴けなくなりましたが、このブラームス交響曲全曲の演奏は長い期間をかけてともに築きあげてきたこのコンビの集大成とも言える素晴らしいものです。そしてさらに進化してきたマリスは、ついに2006年、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに登場! (2005.12.31
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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 |
SIMAX
Classics |
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Review
No.009 for CD
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A.Arensky(1861-1906) R.Korsakov(1844-1908) S.I.Taneyev(1856-1915) |
| The
Russian Symphonies |
| USSR
State Academy Symphony Orchestra - Evgeny
Svetlanov |

A.アレンスキー: 交響曲第1番ロ短調作品4 (1983年録音)
A.アレンスキー: 交響曲第2番イ長調作品22 (1983年録音)
リムスキー・コルサコフ: 交響曲第1番ホ短調作品1 (1983年録音)
S.I.タネーエフ: 交響曲第4番ハ短調作品12 (1988年録音)
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 ソビエト国立交響楽団 (現:ロシア国立交響楽団)
[Venezia CDVE44003(Melodia原盤)]
<ロシア作曲家の知られざる交響曲を聴く>
スヴェトラーノフとソビエト国立交響楽団によるロシア交響曲集を、昨年4月発売後すぐに購入したものの、早や9ヵ月も経ってしまいました。今回改めて全て聴いてみたのですが、あまり知られていないロシアの交響曲の良さを実感しました。この中でよく知られているのはボロディンの交響曲第2番くらいかなと思います。ロシア物はよく聴くのですが、このセットの中でボロディンの第2交響曲とスヴェトラーノフが作曲した「ヴァイオリンとオーケストラのための詩曲」以外は、ほとんど聴いたことがない曲ばかり。それもすべてメロディアレーベルに膨大な数のロシア音楽の録音を体系的に残した今は亡きスヴェトラーノフ指揮によるもので、4枚組・約2,600円はお値打ち!のセットでした。今回はこの中からアレンスキー、R.コルサコフ、そしてタネーエフの交響曲を取り上げてみました。(その他にはグラズーノフ交響曲第6番、バラキレフ交響曲第2番が入ってます。)
<楽しみにしていたアレンスキーの交響曲第1番と第2番>
一番聴きたかったのが、アレンスキーの1番と2番の交響曲です。アレンスキーはギャンブルと酒に溺れた生活の末、フィンランドのサナトリウムで亡くなった不遇な作曲家ですが、メロディーラインの美しさが特徴で、ピアノ三重奏曲は傑出した魅力的な曲です。果たして彼の交響曲は如何なるものかと楽しみにしていました。その第1番は1883年に作曲され、第1楽章では冒頭から終わりまで低弦とブラスの力強い響きと弦楽器による親しみ深いメロディーが交互に繰り返し(ロシア音楽の伝統!)何度も出てきます。第2楽章は少し憂いを含んだメロディーラインをチェロとバイオリン群が交互に受け継ぎながら奏され、絶品。第3楽章のスケルツォでは異国風のけだるいトリオが印象的です。第4楽章は楽しいロシア民謡風の旋律を変奏させながらタンバリンが出てきたりと・・ボロディンの交響曲第2番の第4楽章に感じが似てるなと思います。チャイコフスキーの第5交響曲が作られた次の年の1889年、アレンスキーの交響曲第2番は完成し、第1番と似た感じで、約22分と短い交響曲です。特徴は第2楽章でチェロ協奏曲かと思えるほどチェロが活躍するところでしょうか。また第3楽章のインテルメッツォは、可愛らしく楽しげな曲想が弦と木管、トライアングルで奏されます。交響曲という厳めしい雰囲気は感じられません。
<心に染み入るR.コルサコフの交響曲第1番の第2楽章>
R.コルサコフの交響曲第1番は既に持っている1〜3番と交響組曲「シェヘラザード」の入ったBMG盤と同一なのですが、ほとんど聴いていない状況でした。「シェヘラザード」のイメージから期待して聴いたのですが、オリエンタルな雰囲気はまったくありません。最初は全くインパクトが感じられず、むしろ交響曲第2番「アンタール」を入れてもらった方がずっといいと最初は思ったぐらいです。この曲は1865年に、R.コルサコフが20歳の時に初演されたもので、ロシア交響曲の始まりとも言える曲です。その約20年後に改訂されていて、若書きの原典版がどんな風だったかわかりませんが、この改訂版は「シェヘラザード」でだけで捉らえていたイメージを覆すアカデミックなものでした。ロシア民謡のメロディーを引用した第2楽章が叙情的で聴くにつれ心に染みこんできます。しかし第3〜4楽章はパンチ力に欠け、この曲全体の一体感が感じられないのが残念ではあります。

<最大の掘り出し物、タネーエフの交響曲第4番の魅力>
このセットでいちばんの掘り出し物はタネーエフの交響曲第4番でしょう。カリンニコフの交響曲第2番と同じ1896〜7年に作曲され、チャイコフスキーが交響曲第6番「悲愴」を作曲した3〜4年後のことになります。第1楽章の力強い金管(ショスタコーヴィッチの交響曲第7番第1楽章の出だしの音階が何となく似てる?)と弦による親しみやすいメロディーで始まり、この後の楽章に繋がっていきます。これまでのロシアの交響曲と同様、第2楽章が叙情溢れる美しい音楽で夢心地にさせてくれます。(何度聴いてもこのメロディーラインはジョン・ウイリアムズの「スター・ウォーズ」で流れる音楽にパクられていると思うのですが‥)この曲の弦楽器の美しい響きは師匠のチャイコフスキーを想い起こさせます。タネーエフは母校のモスクワ音楽院で教鞭を取り、門下にスクリャービン、ラフマニノフ、プロコフィエフといった名だたる作曲家を輩出しています。第4楽章では第1楽章や第2楽章のメロディーが柔らかく美しい弦と輝かしい金管で色どられ、コーダはロシア的に舞い上がって終わります。スヴェトラーノフとソビエト国立響はどの曲も見事な演奏を繰り広げていますが、このタネーエフが金管の響き、精妙な弦といい、このセットの中ではいちばん録音が良いこともあって、この曲の素晴らしさをさらに引き立てています。こうやってロシアのどちらかと言えばマイナーな交響曲を聴き、ここに登場しなかったボロディン、チャイコフスキー、カリンニコフ、ラフマニノフの交響曲も含めて眺めてみると、19世紀後半から20世紀初めに出て来たロシアの作曲家が創作した交響曲の緩叙楽章は甘美で叙情的で魅力に溢れていますね。(2006.01.17
UP) |
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エフゲニー・スヴェトラーノフのページ |
エフゲニー・スヴェトラーノフ公式サイト |
ロシア国立交響楽団 |
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Review
No.010 for Concert
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2006.01.20 19:00 Suntory
Hall, Tokyo |
| Tokyo
Philharmonic Orchestra - Vladimir Fedoseyev |
| No.715
Subscription Concert at Suntory Hall |
| アーティスト: |
ウラディミール・フェドセーエフ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 |
| ソリスト: |
福井 敬(テノール) 牧野 正人(バリトン) 東京オペラシンガーズ(合唱)
東京少年少女合唱隊(児童合唱) |
| 演奏会場: |
サントリーホール(東京 赤坂) |
| プログラム前半: |
カリンニコフ作曲 交響曲第1番ト短調 |
| プログラム後半: |
ショスタコーヴィッチ作曲 オラトリオ「森の歌」 (フェドセーエフ版
日本初演) |
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<フェドセーエフが振る唾えんのプログラム>
フェドセーエフが東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でカリンニコフの交響曲第1番を取り上げ、ショスタコーヴィッチのオラトリオ「森の歌」も演奏するという唾えんのプログラムに大きな期待を持ってサントリーホールへ出かけました。カリンニコフの交響曲第1番はアマチュアオーケストラの演奏会では時折取り上げられるようですが、プロのオーケストラではめったになく、有名なところでは今は亡きスヴェトラーノフが1993年2月にN響を振って以来のことではないかと思います。座席は2階後方の真ん中から右寄りで、ステージ全体が俯瞰できるところでした。「森の歌」の合唱団用に半楕円形に台が用意されており、ステージ左側のヴァイオリンの後ろにハープ、その横にティンパニーが並び、正面中央には木管、その後ろに金管、右側は前面にヴィオラ、その奥にチェロ、後方にダブルベースという配置でした。
<実演での新たな発見>
憧れと夢に満ち溢れた曲を作ったカリンニコフは、極貧のため健康を害し、1901年わずか35歳で早逝しましたが、今も彼の作曲した交響曲に胸を打たれます。フェドセーエフは第1楽章第1主題から終始遅いテンポで運んだのには少し驚きましたが、ヴィオラ、チェロ、ホルンによる第2主題は伸びやかで響きは柔らかでした。彼は恐持てで爆演指揮者のイメージを持っていたのですが、その指揮ぶりはこの演奏と同様、流麗で柔らかく、受けた印象はイメージとはまったく違っていました。展開部のフーガにおいて、旋律が第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→チェロとダブルベース→ヴィオラ・・と並んでいる配置のとおり左側から右側へ受け継がれて行く様子が手に取るようにわかりました。楽器の配置を演奏に合わせて見聴きしていると、新しい発見があって楽しくなります。再現部では第2主題にハープが加わり、それは実に効果的です。これまで何度となくこの曲をCDで聴いてきましたが、ハープが第1楽章でも使われることに、遅まきながらこの演奏会で初めて気がつきました。その後、曲想は高まり、クライマックスの高揚感には胸躍らされました。
<幻想的で叙情溢れる楽章>
第2楽章は、イングリッシュホルンと第2ヴァイオリンの出だしが今ひとつでしたが、ヴァイオリンのピチカートの響きや、ナマで聴くハープが醸しだす雰囲気は何とも言えないものでした。また、第1ヴァイオリンが奏でるもの憂いメロディーのバックに、第2ヴァイオリンのピチカートが効果的に使われているのも初めて知りました。それにしても何と幻想的でリリシズムに溢れた楽章なのでしょう‥。
<速いテンポで押し通したフェドセーエフ>
第3楽章はA‐B‐Aの三部形式になっていて、Bの中間部分ではオーボエが哀愁漂う旋律を比較的遅いテンポで演奏するのが通例だと思いますが、フェドセーエフはAの舞曲風のテンポとコントラストをつけず、そのまま速いテンポで押し通しました。ここではじっくり味わい深い表現を期待していたのですが、肩透かしを食わされた感じです。
<感涙に咽んだクライマックス>
第4楽章では冒頭の第1楽章第1主題につづく舞曲をフェドセーエフはそれほど速くないテンポで進めます。伸びやかで心躍らす旋律に続き、金管が加わり盛り上がってきて、段々気持ちも舞い上がってきます。第1楽章〜第3楽章の旋律が走馬灯のように現れては消えて行くのですが、ここはカリンニコフの交響曲の特色とも言えるところで、曲全体に統一感と彩りを与えています。最後のクライマックスは速いテンポで、その盛り上がりは素晴らしく、この曲を実演で聴ける喜びと感動で涙が滲んで来ました。見事な演奏に聴衆の万雷の拍手はなりやまず、フェドセーエフは何度もステージに呼ばれました。前 半のプログラムでこれほど拍手が続くのはあまりないことだと思います。カリンニコフの音楽に惹かれた人には忘れられない演奏会となったのではないでしょうか。次はいつの日かこの曲の陰に隠れた勝るとも劣らないカリンニコフの交響曲第2番が実演で聴けたらなぁ‥。
<フェドセーエフ版「森の歌」>
後半のショスタコービッチのオラトリオ「森の歌」では、オーケストラの背後に向かって左側に少年少女合唱団、正面には女性合唱団と男性合唱団が並び、バリトンとテノールの独唱者は合唱団の前に並んでいました。これにパイプオルガンの両脇に配置された金管群が第7曲「賛歌」で加わりました。第1曲「戦争が終わって」は静かに始まり戦後、戦い守った国土を緑の大地に変えていこうという決意をオーケストラとバリトンが交互に演奏していきますが、柔らかな響きで聴かせました。第2曲「祖国に緑を着せよう」では女性合唱が溌剌と速いテンポで建設意欲を力強く示しますが、第3曲「過去の記憶」ではバス独唱と混声合唱が過去の干ばつについての暗い思い出を重々しく歌います。第4曲「ピオネールたちは木を植えている」は子供たちが植林に勤しむ姿を歌ったもので、少年少女合唱団の出番で元気のいい歌声が響いて楽しくなります。引き続き演奏される第5曲「コムソモールたちは前進する」では混声合唱が雄々しく怒涛の勢いを示すところですが、フェドセーエフは手綱を締め、圧倒するような激しさは感じませんでした。第6曲「未来の散歩道」では国土緑化の夢について合唱のボカリーズに合わせテノールが民謡を歌い、静かで叙情性に満ちています。そして第7曲「賛歌」のクライマックスでは第1曲の旋律が再現され、金管が鳴り響き、合唱が加わって、植林の成功とレーニンの党に栄光あれ・・と大きく盛り上がって終わります。明快でわかりやすく、朗々とした合唱と共に音楽を聴く上では純粋に楽しめるのですが、ご承知のようにこの曲をショスタコービッチは権力の圧力に媚びて作曲したとされています。今回の歌詞は「フェドセーエフ版」でスターリン賛美の部分を書き変えた1962年改訂版をもとに一部原典版からの歌詞を持ってきたものとのことで、ロシア語歌詞の意味自体がわからないのですから、改訂と言われてもピンと来ません。ソ連が崩壊し、イデオロギー闘争のない今、スターリン賛歌のままの歌詞でも過去の遺物として捉らえれば、シリアスに考える必要はないと思います。最後に一言、すばらしい合唱でした。
(2006.02.01 UP) |
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