ミスター・アートのコンサート&CDレビュー♪
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 Review No.012  for Concert
 2006.02.16 19:15  Suntory Hall, Tokyo
 New Japan Philharmonic - Christian Arming
          Christopher Hinterhuber(Pf)
 NJP No.397 Subscription Concert
アーティスト:  クリスティアン・アルミンク指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団  クリストファー・ヒンターフーバー(Pf)
演奏会場:  サントリーホール、東京
プログラム前半:  シュニトケ作曲 ピアノと弦楽合奏のための協奏曲(1979)
アンコール曲:  バッハ作曲 フランス組曲からサラバンド
プログラム後半:  ハンス・ロット作曲 交響曲第1番ホ長調(1880)
<前月に続きサントリーホールへ>
アルミンクが新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でハンス・ロットの交響曲第1番を取り上げるというので、前月のカリンニコフの交響曲第1番に続き、大きな期待を持ってサントリーホールへ出かけました。細かな小雨が降る中、六本木、アークヒルズのカラヤン広場を通って演奏会場へ‥。午後7時前に着いたのですが、プレトーク(開演30分前からとは知りませんでした)ということで既にアルミンクが舞台に出てきていて、日本語の通訳を介して曲の説明が行われていました。その時点ではあまり聴衆はいませんでしたが、プレトークリスティアン・アルミンククの終わった15分後、楽団員がステージに出て来る頃には1階席はだいぶ埋まっていました。私の席は1階10列目右寄りでステージに近いところは久しぶりです。

<混沌と静寂をピアノで鮮やかに描くシュニトケの協奏曲>
前半の曲はシュニトケのピアノと弦楽合奏のための協奏曲で独奏はウィーン音楽大学出身の若い男性ピアニストでした。この曲は、私にはまったく未知のもので、作曲家についても、ヴァイオリニストのギドン・クレーメルが度々取り上げていたことくらいしか知らない状態でした。この演奏会のプログラムで初めて聴く前にCDで聴いてから、本番に臨みました。そのためか、1979年に発表され現代音楽の部類となるこの曲を、演奏会では違和感なく聴くことができ、さらにCDでは感じられない臨場感に浸りました。1楽章形式、約30分の曲で、バッハ、ベートーヴェン、ストラヴィンスキー、フランス印象派の作曲家を思い起こさせる曲想がちりばめられています。混沌と静寂が交互に現われ、コントラストをなして進んで行き、最後は余韻を残しながら静かに消えて行きます。春の祭典のようなフレーズもあれば、ショスタコーヴィッチばりの動きの速いフレーズもあって、シュニトケの作風は多様式主義と言われるものの、やはり近代ロシア音楽からの影響が強いと思いました。ピアニストには鮮やかな技巧と余韻の味わいが求められますが、若いピアニスト、ヒンターフーバーは見事にそれを表出していました。アンコールにはバッハの「フランス組曲」からサラバンドが演奏されましたが、バッハ風の音楽も取り入れたシュニトケの曲の後としては最適の選曲で、短いバッハの音楽に一時の間、引き込まれました。

<ついにロットの交響曲第1番の実演が聴けた!>
ロットの交響曲第1番は、近年ドイツの演奏会では度々取り上げられ流行っているようですが、日本では2004年11月の沼尻竜典指揮日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会が初演でした。バイグレ&ミュンヘン放送管のRTENOVA盤のCDが出て、この曲が馴染みとなってきた頃でした。その時も触手が動いたのですが、叶わず、いつの日か実演を聴けたらなあと思っていました。ところがこの定期演奏会で取り上げられ、思ったよりも早くその機会が巡って来たというわけです。楽器配置ですが、ステージに向かって左側から右へ第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで、その奥にダブルベースが並び、正面中央には木管、その後ろが金管で左側奥にホルンが2列で4本ずつ並ぶというものでした。前の方の席ということもあり、弦楽器群の合間から木管、金管が垣間見えるだけで、全体が見渡せないのは残念でした。

<感動までに至らなかったのはなぜ?>
冒頭のトランペットを皮切りに柔らかくスタイリッシュな響きで金管が鳴り響き、木管も粒立ちよく、弦楽器も揃っていると思いました。しかし上手いことが即満足の行く演奏になるかというと、必ずしもそうならないところが実演の難しいところです。残念ながらこの大好きな交響曲の実演に感動したかというと、そうはならなかったのです。何が原因だったのでしょうか?アルミンクの指揮は中庸でとうとうと流れ、その流れに乗ってこの長大な曲が少しも退屈に感じることはなかったのですが、全体を通して起伏がなく一本調子の演奏になってしまった感がありました。この曲の特徴でもあるブルックナー、マーラー、ブラームスの味わいに不足し、淡々とした印象を持ちました。最っとも不満だったのがティンパクリストファー・ヒンターフーバーニで、指揮者の指示か叩き方なのか、あるいはホールの響きのせいなのか分かりませんが、芯のある音でなくて、もやっとした締まりのない音が聴こえてくるだけでした。そして期待していた心に響きわたる力強さ、激しさが感じられず、もどかしさが残る演奏でした。同時に、この交響曲についてもロットの若さ故の未熟さが垣間見えました。まだ若書きということもあって深みには乏しく、個性が感じられないと言えます。また楽器の使い方にしても気になるところがあります。(バイグレ盤を始めとして)録音ではピックアップしないため、あまり気にならなかったのですが、トライアングルがうるさい位、頻繁に鳴り響いているとは‥生で聴くまでは実感できませんでした。

<コーダでの余韻と未知の可能性>

期待が大きすぎたため、辛口の感想になってしまいましたが、一番よかったのはこの曲の終楽章コーダ。ここはワーグナーの「パルシファル」のような響きで静かに終わるのですが、アルミンクがタクトを下ろして暫くの間、し〜んと静まりかえり、余韻を味わってから盛大な拍手がまきおこったのです。この演奏会を聴いた日にセーゲルスタム指揮ノールショッピング響によるCD(BIS、1992年録音)を手に入れ、後日聴いてみたのですが、ゆったりとしたテンポで力強い演奏を繰り広げていました。第1楽章のコーダはシベリウスの「フィンランディア」のコーダのような響きが感じられるのですから不思議です。私のCDレビューNo.003で紹介しましたが、初演の栄誉を担ったザムエル指揮シンシナティ・フィルのCD(Hyperion‐helios、1989年録音)では芯のあるティンパニが捉らえられていて、現在、最も共感を持ってよく聴いています。こうしたCDを聴くと、この交響曲には、まだまだ未知の可能性があるのではないかと思えてきます。2007年3月にはネーメ・ヤルビィがフィラデルフィア管を指揮して定期演奏会でこの曲を取り上げる予定で期待が高まります。(2006.03.01 UP)
新日本フィルハーモニー交響楽団 Hans Rott アルミンク・インタビュー
 
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