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Review
No.024 for Concert |
2007.2.8 19:00 Aichi
Art Center Concert Hall, Nagoya |
Finnish
Radio Symphony Orchestra / YLE Radion
sinfoniaorkesteri
Mischa
Maisky(Vc) Sakari
Oramo |
| アーティスト: |
フィンランド放送交響楽団 名古屋公演 ミッシャ・マイスキー(Vc) サカリ・オラモ指揮 |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場 コンサートホール |
| プログラム前半: |
シベリウス作曲 交響詩「タピオラ」作品112 ドヴォルザーク作曲
チェロ協奏曲ロ短調作品104
Sibelius: "Tapiora"
op.112 Dvorak: Cellokonzert h-moll op.104 |
| アンコール曲: |
J.S.バッハ作曲
無伴奏チェロ組曲第2番から 「サラバンド」
J.S.Bach: Suite
für Violoncello Nr.2 - Sarabande |
| プログラム後半: |
ベートーヴェン作曲 交響曲第5番ハ短調作品67
Beethoven: Symphonie
Nr.5 c-moll op.67 |
| アンコール曲: |
グリーグ作曲 「ペール・ギュント」から 「朝」
Grieg: "Peer
Gynt" - Morgenstimmung |
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<「タピオラ」とドヴォコンが聴きたくて‥>
一昨年秋にシベリウス管弦楽曲で忘れられない演奏を聴かせてくれたサカリ・オラモとフィンランド放送交響楽団がシベリウスの交響詩「タピオラ」、そしてチェロ独奏にマイスキーを迎え、ドヴォルザークのチェロ協奏曲(通称ドヴォコン)を名古屋公演で取り上げるということでその演奏会に行ってきました。当日は、開演時間ぎりぎりに着き、冷や汗をかきました。私が座ったのは3階ほぼ正面の最後列の席。このコンビによる楽器配置は前回の岐阜サラマンカホールでの演奏会(レビューNo.1)と同じだとばかり思っていましたが、対向配置ではあるものの、コントラバスは舞台向かって左側ではなく、右側に配置されていました。弦楽器は舞台の左側から順に第1ヴァイオリン
16本、チェロ 10本、ビオラ 12本、第2ヴァイオリン 12本、そして右奥の山台にコントラバスが8本という配置でした。弦楽器の背後に木管、金管、打楽器が並び、ホルンは左側でチェロの後方に5本並んでいました。
<シベリウスの最後の交響詩「タピオラ」>
最初の曲は敬愛するシベリウスが作曲した最後の交響詩「タピオラ」です。この曲の実演を聴くのは2000年12月に岩城宏之が名古屋フィルを振った最後の演奏会以来2度目となります。シベリウスが交響曲第7番を作曲した翌年の1925年には生誕60年を迎え、新作の依頼が2件ありました。1つは合唱とオーケストラによる「ワイナモイネンの歌」となる作品、もうひとつはニューヨーク交響楽協会からの依頼によるもので、やがて交響詩「タピオラ」として結晶する曲でした。この作品はフィンランドの民族的叙事詩『カレワラ』の中の森の神タピオと、その領土タピオラを描いたものです。スコアには『カレワラ』から要約された4行の詩が記されています。その大意は「北国の暗い森が広がる。荒涼とした太古の神秘の夢の中、そこには大いなる森の神が住み、森の精がひそかに暗やみの中にうごめいている。」というものです。シベリウスの音楽は1907年に完成した交響曲第3番の頃から簡潔で精緻なものへと変化し、その特徴はこの「タピオラ」に於いて極まった感があります。この曲は奥深い森を幻想的に描き出しています。森の妖精が踊ったり、森の神タピオがその厳しさを見せたりといった曲想の交響詩ですが、交響曲の密度にも劣らない精緻さを持った作品といえます。
<交響詩「タピオラ」が描く太古の神秘の森は‥>
冒頭、ティンパニに導かれて弦楽器により奏でられる簡素で雄大な主題は、「森の主題」と呼ばれます。これに管楽器が応えながら進み、弦楽器により樹木のざわめきを連想させるような楽句が現れます。短いモティーフですが、「森の主題」が力強く何回も楽器を変えて奏でられ、徐々に曲趣は深まっていきます。ヴァイオリンに乗って木管が「タピオの主題」を奏し、フルートがひとしきりの風を思わせるような走句を奏でます。次にヴィオラとクラリネットとファゴットがタピオの森の中の精たちを象徴するモティーフを奏します。続いて交響曲ではスケルツォにあたる小刻みに跳びはねるようなフレーズが弦、木管、金管により出てきます。ティンパニと金管の音をバックに木管と弦が軽妙なやりとりをし、その背景にファゴットとクラリネットが「タピオの主題」の変形を奏でます。さらに「タピオの主題」から派生した音階のモティーフが木管により精妙に展開されていきます。「タピオの主題」と関連のある旋律が、チェロや他の弦で続いて歌われます。突然、ティンパニを伴って金管楽器が荒々しく「タピオの副主題」を吹きますが、すぐに静まります。この動機をオーケストラ
はさまざまに変化させていき、打楽器と金管により荒々しい「タピオの副主題」の変形が4回出てきます。それを受けて木管の軽妙な響きが発展し、金管が奏でる和音のリズムを受け、まず弦、続いて木管が「タピオの主題」を奏します。すると突然荒々しく金管が唸り出し、「タピオの主題」からの変奏と主題的モティーフが続きます。曲は静まり、弦のトレモロによる樹木の葉のさざめきが、じわじわと巨大な森に広がっていくと、金管が「タピオの主題」により嵐のようななクライマックスをつくります。その後、嵐は急速に静まり、変形した「タピオの副主題」が冷えびえとした陰影をつけていきます。そしてティンパニを伴って金管が鳴り響き、悠久の和音を弦楽器が奏でて、太古の森の神話は幕を閉じます。
<交響詩「タピオラ」の良さがわからないの?>
慌てて駆け込み、あまり落ち着く間もなく始まった交響詩「タピオラ」の演奏は、あまり感慨もなく進んでいきました。その中で、引き付けられたところは嵐のようななクライマックスとその後のところで、厳しく冷ややかで無機質とも言える響きには鳥肌が立ちました。このオーケストラの演奏については金管がスケールの大きな響きで聴きごたえがありました。また、ティンパニは図太い音を出し、存在感を示していました。この曲はシベリウスの交響詩の中では最高傑作と言われるものの、人を寄せつけない雰囲気があり、とっつきにくい作品でもあります。普段から馴染みがない曲だからでしょうか、あるいは演奏会のはじめで、まだ興が乗らないからでしょうか、聴衆の反応は鈍いものでした。演奏が静かに終わり、指揮者がまだ手を下ろす前に、拍手が始まってしまったのは、非常に口惜しいことでした。そしてオラモさんはステージに1回出てきただけで拍手は止んでしまいました。この曲の良さがわかる人がこの聴衆の中にどれだけいたのでしょうか?
<ドヴォコン各楽章の細部の構成は‥>
[第1楽章] 哀愁を帯びたクラリネットによって始まり、木管、そしてオーケストラの全奏により受け継がれ、再び木管に受け渡されていきます。(この主題はドヴォルザークがナイアガラの滝から得たインスピレーションが素になっているそうです。)ホルンが望郷の思いを切々と歌って、オーケストラが晴れやかに大きなスケールで場面設定をして、いよいよ独奏チェロの登場となります。チェロはこれまで出てきた主題を展開し、弦楽器、木管、金管が美しく呼応しながら曲を進めます。展開部ではまったくチェロが登場しないところがあったり、カデンツァがまったくなかったりと、きわめて独創的であると言われています。展開部の後半では、チェロが第1主題をゆっくりと歌い、それにフルートが美しいメロディーを重ね合わせて行きます。チェロとともにオーケストラが大きなスケールで渡り合い終わります。
[第2楽章] 異国での寂しさを綴るかのように望郷の念と孤独感に満ちています。最初、オーボエとクラリネット、ファゴットにより夢見るような気分の導入部分の後、独奏チェロがそれに加わります。その音色は聴き手の心に染み入るような感動的な旋律です。中間部ではオーケストラの全奏の後、独奏チェロは魅力的な旋律を歌いますが、この主題には自作の歌曲「私にかまわないで」の旋律が用いられています。この歌曲はドヴォルザークの昔の恋人ヨゼフィーナ(結局、その妹が彼の妻になります)が好んでいたものです。木管がその主題を奏で、チェロはその伴奏に回った後、ホルンの三重奏で冒頭の旋律に戻ります。独奏チェロが短いカデンツァを奏でると、フルートが美しく絡んできます。チェロは木管とともにしみじみと歌いながら静かに終わります。
[第3楽章] 民族的楽想が次々に現れるロンドフィナーレで、ホルンがロンド主題を導いた後、独奏チェロがロンド主題を完全な形で示します。クラリネットと独奏チェロが絡む叙情的な副主題、独奏チェロが歌う民謡的な副主題などが現れます。技巧的なチェロと雄弁なオーケストラが対峙し、晴れやかで熱気に溢れています。コーダでは独奏ヴァイオリンが「ひとりにして」に基づく旋律を奏で、クラリネットやホルンが第1楽章を回想します。最後は独奏チェロの息の長いフレーズを受けて、オーケストラの全奏により壮大に曲は締め括られます。
<望郷とある女性への想いがこもったチェロ協奏曲>
ドヴォルザークは音楽院の院長としてニューヨークに1892〜5年の間滞在していました。1894年、夏の休暇を利用して久しぶりにボヘミアに帰郷して、ニューヨークに戻ってきた彼は、祖国への想いをさらに募らせます。1894年11月から翌年2月にかけてチェロ協奏曲は作曲されましたが、この頃は激しいホームシックに悩まされていました。この曲に聴かれる民族的な楽想による感情表現はそうした望郷の念にかられたドヴォルザークの心情を映しているといわれています。そして1895年4月にプラハに帰ったのですが、翌5月にはヨゼフィーナが亡くなり、急遽、第3楽章の終結部に独奏ヴァイオリンによる「ひとりにして」に基づく旋律を入れたのです。チェロの名技性とオーケストラのシンフォニックな響きが絡み合い、この曲は古今のチェロ協奏曲の最高峰となっていますが、作曲者の個人的な想いもしっかり刻み込まれているのです。
<マイスキーの面目躍如たる演奏とアンコール>
マイスキーは現在のラトビア共和国リドの出身。モスクワでロストロポーヴィッチに学んだのですが、政府当局に睨まれて無実の罪での投獄や精神病院生活等のうきめに合いました。しかし1972年にイスラエルに移住、メータに認められ、アメリカで勉強した後、現在では世界的チェリストとしてヨー・ヨー・マと人気を二分しています。そのマイスキーは灰色の髪と髭に合わせたのでしょうか、灰色の上着を着て登場。CDではチェロの音は目の前で演奏しているかのように大きく聞こえるのですが、実演ではそれほど大きな音で響いてきません。それでも演奏はさすがマイスキーの面目躍如といった感じでした。印象に残ったのは第2楽章でのチェロと木管、とくに体を揺らして吹いているクラリネットとの掛け合いは視覚的にも見応えがありました。指揮者と独奏者のどちらが主導権を握っているのかわかりませんが、全体的にスピード感に溢れ、テキパキとしたテンポで曲は進みました。ただオーケストラは勢いはあるのですが、何となく一本調子なのです。もう少し緩急の幅を持たせ、詩情が欲しいところです。ドヴォコンというとロストロポーヴィッチとカラヤン&ベルリン・フィルとの夢の組み合わせによる洗練されスケールの大きな演奏が、その印象深いジャケット写真とともに長く私のメルクマークとなってきました。この素晴らしい組合せの名盤と比べてしまうため、なかなか満足のいく演奏に出会うことができません。さて曲が終わると盛大な拍手にブラヴォーの声が飛び交い、マイスキーは拍手に応えて何度も何度もステージへ現れました。そして、アンコールに無伴奏のチェロの曲を弾き始めました。バッハの無伴奏チェロ組曲だとはすぐにわかりましたが、後でロビーの掲示を見て、その第2番から「サラバンド」だと知りました。深い響きで、ドヴォコンの時よりも雄弁で音も広がりを持って響いてきて、厳かな雰囲気の中に気持ちが落ち着きました。
<外来オケによるベートーヴェン第5交響曲の演奏は‥>
この日のメインプログラムはベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調。前半の充実したプログラムに比べ、「な〜んだ」という感じで、本当はあまり期待していませんでした。この曲は「運命交響曲」としてクラシック音楽の代名詞とされ、通俗名曲という印象が拭いきれないのです。初心者向け名曲コンサートのプログラムには定番のように取り上げられ、外来オーケストラがメインプログラムとして持って来る場合も結構あります。1994年10月、ベルリン・フィル28年ぶりの名古屋公演ではクラウディオ・アバドの指揮でこの曲が演奏されました。その当時、まだオープンして1年と間がない愛知県芸術劇場コンサートホールで、天下のベルリン・フィルが聴けるというので、少し無理してチケットを買ってしまいました。ベルクの「管弦楽のための3つの小品」、モーツァルトの協奏交響曲とベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調という、今の言葉で言うと、省エネモードのプログラムといった感じでした。そしてメインのハ短調シンフォニーの演奏はといえば、ベルリン・フィルの名技性は垣間見ることができたものの、速いテンポによりあっという間に終わってしまいました
。その演奏からは何の感興も起きず、「高い入場料返せ」と言いたい心境でした。今回、オラモとフィンランド放送響も来日プログラムのメインにそのベートーヴェンの第5交響曲を持ってきました。予想どおり速いテンポで曲は進んで行き、アバドとベルリン・フィルの演奏のことが頭をよぎりましたが、それは杞憂に終わりました。超一流の技術、音色とは言えませんが、演奏は非常に充実していました。第1楽章と第2楽章は休みなく続けて演奏され、第2楽章はじっくりというよりは速めのテンポで、第3〜4楽章も前へ前へと突き進んで行きました。フルトヴェングラーはこの曲の顔である冒頭の4音(いわゆる「運命」の動機)を指して「ここで私たちに提示されるのは普通の意味での主題ではなく、楽章全体にとってのいわばモットーである。」と書いたそうです。ベートーヴェンはこの主題を4楽章全体にいろいろな形で張り巡らせ、第1楽章では何と285回も出て来るという分析もあります。ここにベートーヴェンは全体を有機的に統一した交響曲を完成させたのです。演奏の様式は移り変わってきましたが、オラモとフィンランド放送響のアプローチは、この統一された交
響曲を強くイメージさせたものだったように思います。
<透明で伸びやかな響きのアンコール曲>
聴衆の拍手が続いている間にホルン奏者が2名加わり、アンコールを求める拍手を両手を上げて抑えたオラモさん、日本語で「‥‥アサ」とコールします。「アサ」という言葉だけしか聴きとれませんでしたが、グリーグの「ペール・ギュント」の《朝》だとすぐにわかりました。今年はグリーグ没後100年目の年でもあり、没後50年のシベリウスとともに記念の年ということから取り上げられたのでしょう。この曲は朝の暖かい日差しと爽やかな空気を感じさせる牧歌的な音楽で、つい北欧の朝をイメージしてしまいます。しかしその舞台の場面はサハラ砂漠ですので、音楽付きの劇「ペール・ギュント」を見たとしたら、何となく違和感を感じるのではないかと思います。この時の演奏は、この曲の性格にもよりますが、ドヴォコンやベートーヴェンの5番の時とはうって変わって透明で伸びやかな響きで、すがすがしさを感じました。オラモ、バーミンガム市立交響楽団とのCDデビュー盤が「ペール・ギュント」でしたから、彼のオハコの曲なのかもしれません。オラモさんの北欧ものの演奏には心惹かれるものがあります。
(2007.03.26 UP)
■ 参考にしたCD
♪ シベリウス 交響詩「タピオラ」Op.112
☆ パーウ゛ォ・ベルグルンド指揮 フィルハーモニア管弦楽団
[EMI 7243 5 73520 2 4](1983年)
☆ ユッカ・ペッカ・サラステ指揮 フィンランド放送交響楽団
[RCA R32C‐1154](1988年4月録音 ヘルシンキ
カルチャー ハウス)
♪ ドヴぉルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104
☆ ムスティスラス・ロストロポーヴィッチ(チェロ)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[DG
447 413-2](1968年9月録音、ベルリン、イエス・キリスト教会 )
☆ ミッシャ・マイスキー(チェロ)、ズビン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[UCCG‐1172
474 780-2](2002年12月 ライブ録音、ベルリンフィルハーモニーホール )
♪ ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 Op.67
☆ ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[DG POCG‐23622](1947年5月27日
モノラル・ライブ録音、ベルリン、ティタニア・パラスト)
☆ オスモ・ウ゛ァンスカ指揮 ミネソタ管弦楽団
[BIS-SACD-14162](2004年4月30日録音、ミネソタ、ミネアポリス
オーケストラホール)
♪ グリーグ 「ペール・ギュント」から 《朝》
☆アリ ・ラシライネン指揮 ノルウェー放送管弦楽団
[WPCS‐21035](1996年11月 録音オスロ、ノルウェー放送スタジオ)
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