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Review
No.025 for Concert |
2007.2.9 18:45 Aichi
Art Center Concert Hall, Nagoya |
Nagoya
Philharmonic Orchestra - RYUSUKE NUMAJIRI |
| アーティスト: |
名古屋フィルハーモニー交響楽団 第333回定期公演 指揮:
沼尻竜典 |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場 コンサートホール |
| プログラム: |
マーラー作曲 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」
Gustav Mahler:
Symphonie Nr.6 a-moll "Tragische" |
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<マーラー壮年の絶頂期に作曲された交響曲第6番「悲劇的」>
マーラーは1891年からハンブルク市立歌劇場の指揮者を務めた後、1897年にウィーン宮廷歌劇場の指揮者、監督に迎えられ、その後10年間に亘りウィーンで充実した指揮活動と創作活動を行いました。『悲劇的』の名で呼ばれる交響曲第6番は、彼の絶頂期に生み出された作品で、アルマと結婚した翌年の1903年に着手され、1904年の夏に完成しました。この曲は器楽だけの交響曲ですが、楽器編成は拡大化の極みに達し、チェレスタ、鐘、鞭、ハンマー、牛の首にぶらさげる大きな鈴のカウベル(ヘルデングッテン)など多くの打楽器が用いられ、豊かな音量に新しい響きがつけ加わり、表現力が拡がっています。4楽章で両端がソナタ形式のアレグロ楽章、その間はスケルツォと緩徐楽章という古典的な形の交響曲なのですが、きわめて複雑に作られ、悲劇的な運命や破滅を表現し、19世紀末ウィーンの雰囲気を内在した作品と言われています。結果的には、この作品や同じ時期に作曲された『亡き子をしのぶ歌』で予見されたように、この後、1907年にはウィーン宮廷歌劇場での失脚、長女マリアの病死などマーラーはさまざまな苦難に直面することになります。その1907年11月、宮廷歌劇場に別れを告げた後、マーラーは現地のオーケストラを指揮するため、フィンランドとロシアを訪ね、その折、ヘルシンキでシベリウスと会っています。シベリウスが「交響曲においては、様式と形式の堅固さ、全モティーフの内的関連が重要である。」と言ったのに対し、マーラーは「交響曲は1つの世界のようなもので、すべてを包括するものでなければならない。」と言い、お互いの交響曲に対する考えはまったく対照的でした。この年、詩集「シナの笛」に出会ったマーラーは死をメインテーマとし、「大地の歌」、第9、第10交響曲を作曲しています。ウィーンを後にし、アメリカで新たな音楽活動を始めたマーラーはニューヨークフィルを振り、このシーズン47回目の演奏会を終えた後、倒れます。連鎖球菌が心臓に感染症を引き起こしていました。回復の見込みがないことを悟ったマーラーは長女と同じ墓地に葬られることを望み、ウィーンに戻り、1911年5月18日、51歳の生涯を閉じたのです。
<ハンス・ロットの音楽が垣間見える第1楽章> アレグロ・エネルジコ・マ・ノン・トロッポ
ソナタ形式。チェロとコントラバスによる力強い葬送行進曲風のリズムの序奏に続き、深刻で重々しい第1主題がバイオリンにより提示されます。頂点ではティンパニをバックにトランペットが長三和音から短三和音へ、明から暗へ移行するように鳴り響きます。この主題は悲劇性の象徴として随所に現れます。そして弦のピチカートに乗り、木管が憂愁味を漂わせたコラールを奏します。(ここはハンス・ロットの音楽をそのまま使ったと思われるような旋律です。)そこに第1ヴァイオリンが第2主題として、情熱的で憧れに満ちた響きを示します。これはマーラーが妻のアルマに「私はお前を描こうとした」と語ったとされていて、「アルマの主題」と呼ばれているものです。やがてこの第2主題はチェレスタを加えて繰り返され、愛妻アルマを理想化した姿がここに示されているといわれています。クライマックスを経て落ち着いた後、再び第1主題の行進曲に戻りますが、木管楽器や木琴によって不吉な調子で展開していきます。印象的なのは展開部の真ん中に出て来る牧歌的な響きです。チェレスタが柔和な響きをつくり出し、遠くに置かれたカウベルが響き、ホルンはコラールの旋律を奏し、のどかな風情を醸しだし、楽章の中に別世界を作りだしています。ここでもハンス・ロットの音楽の世界が重なって聞こえてきます(レビューNo.3参照)。とくにティンパニの扱い方はロットの交響曲第1番第2楽章結尾の部分に瓜ふたつです。再現部では第2主題が輝きを持って現れ、トロンボーンが第1主題を暗示し展開していきます。そしてトランペットを中心にした金管群により第2主題が拡大し、ティンパニの乱れ打ちも加わり、クライマックスを築き上げて輝かしく楽章を締め括ります。
<第2楽章は重々しく不気味な雰囲気> スケルツォ:重々しくティンパニ、チェロ、コントラバスの刻む3拍子のリズムによるスケルツォの主題には第1楽章でオーボエが奏した音型が用いられています。この主題がいろいろの楽器で扱われますが、通常快活なはずのスケルツォは重々しく不気味な雰囲気を持っています。トリオは「古風に」と記され、速度を落してオーボエが優雅な旋律を奏で展開して行きます。不安定な流れを特色とした音楽となっていますが、これは転びそうになりながらヨチヨチ歩く自分の子供たちを見ながらマーラーが霊感を得て作ったとアルマは述べています。この後、第1部を自由に再現した第3部があり、トリオを変形してもう一度示します。結尾は主にトリオの動機に基づきクライマックスが作りあげられ、終わりに近づくと、フルートとヴァイオリンのピチカートにより急速に下行する動きが消え入るように奏され、第1楽章で現れた長三和音と短三和音の移行が何度となく行われ、ゆるやかに楽章は閉じられます。
<第3楽章>アンダンテ・モデラート 牧歌的な雰囲気と叙情に満ちた3部形式からなる緩徐楽章。冒頭のヴァイオリンが歌う旋律には第1楽章の第1主題の一部が顔をのぞかせます。フルート、オーボエ、ホルンなどが繊細で表情豊かな主題を奏します。初めは夢見るような美しさを醸しだしていますが、もの哀しい微妙なニュアンスが付け加わっていきます。中間部は第1楽章で使われたカウベルを伴い、高揚する流れに牧歌的な響きを添えています。ハープ、チェレスタも加わり、トランペットが第1部の動機に基づく旋律を吹きます。憂いと悲しさを帯びた主題が綿々と歌われていきます。第3部では木管が第1主題を再現し、ヴァイオリンが対位法でからみ、徐々に悲劇的な色彩を増して行きます。大きなクライマックスを経て、最後はテンポを落とし、余韻を残しながら静かに終わります。
<英雄の悲劇を象徴化する巨大なソナタ形式の第4楽章> フィナーレ
アレグロ・モデラート 演奏時間30分近くを要する序奏、提示部、展開部、コーダから成る大きなソナタ形式のフィナーレとなっています。低音楽器の一撃で始まり、ハープとチェレスタによる神秘的な序奏に導かれて、ヴァイオリンが悲劇的な主題を奏でると、ティンパニのリズムを伴って、金管により和音移行のモットーが出てきます。続いて提示部に出てくる動機が次々と現れます。その後、引きずるようにテンポを緩め、第2主題が予示される部分では遠くから鐘の音が響いてきます。ここで「複数の非常に低い音の鐘で、不明確だが互いに違った響きがするものを遠くに配置し、かすかに不規則に鳴らすこと」とマーラーは細かく演奏指示を出しています。序奏は徐々にテンポを速め、加速して提示部に突入します。第1主題は好戦的な行進曲で、続いてホルンが勇壮なコラール風の推移主題を演奏しはじめ、第1主題の行進曲モティーフがからみついてきます。(その中で金管が演奏する部分はふっとジョン・ウイリアムスの映画音楽でも聴いているような錯覚に陥ります。)ホルンの駆り立てるような騎行のリズムに繋がって第1主題部を閉じると、木管による軽やかに飛び跳ねるような明るい第2主題となります。展開部では「ゆっくりと、引きずるように」テンポを落とすと、再び「遠くから」カウベルと鐘が鳴って、第1主題がチェロにより威嚇するように現れ、徐々にテンポを上げて行きます。再び第2主題が主導権を取り、勝ち誇るような曲想に達したところで、第1のハンマーが叩かれます。まもなく騎行のリズムから「力強く、しかし、いくらか節度を持って」となり、鞭に伴われて展開部の中核をなす行進曲調の第1主題の展開が始まります。これが「火のように」壮烈に突進して崩壊すると、再び第2主題となり、「徐々に落ち着いて」大団円に達しようとしますが、そこに第2のハンマーが打ち下ろされます。その後はコラール主題の展開へテンポを上げながら、しゃにむに「前進」し、タムタムの一打で再現部の開始となります。序奏の主題が再現され、カウベルと鐘がまた「遠くから」聞こえてくると、そのまま第2主題の再現となって、やがて猛烈に突進していきます。イ短調で戻ってきた第1主題が小太鼓やグロッケンシュピール、トライアングルを伴って一段と華々しく再現されます。コラール風の激しい騎行のリズムに移ると、劇的なクレッシェンドに「複数の」シンバルによる一撃でイ長調に転じます。金管により最後の輝かしい音楽となり、「落ち着いて」勝利に到達したかに見えたその瞬間、第3の「運命の打撃」がタムタムで襲って来ます。序奏の主題の3度目の回帰がイ短調になって行われ、第5ハンマーがあったモットー主題の箇所は「昇天」の音楽的象徴であるチェレスタの上行アルペッジョになっています。最後は「目立って遅く」トロンボーンの重苦しい葬送の響きとなり、低弦により次第に静寂と沈黙の中に沈んで行きます。そこに突然、打楽器による短三和音だけのフォルティシモが爆発、容赦なくとどめを刺し、ハンマー以上に強烈なインパクトを与えます。そして最後は沈みこむように曲は閉じられます。
<ハンマーについて>
マーラーは妻のアルマにこのハンマーについて「英雄は敵から3回攻撃を受け、3回目に木のように倒れてしまう。」と語ったといいます。ハンマーのパートは、自筆譜では違う色により追加して書かれていて、後からこの楽器が追加されたことがわかります。ハンマーの位置は最初は5箇所(序奏部冒頭近く、展開部2箇所、序奏の再現部、コーダ)ありましたが、まず第1と第4の箇所が削除されました。そして初演までに第5のハンマーも削除され、最終的には展開部の2箇所になってしまったのです。その3度目の「運命の打撃」は音響的には明らかにタムタムの強打により成し遂げられています。第5のハンマーがあったチェレスタによる「昇天」のところで、チェレスタではなく第5のハンマーを叩かせているのは、サー・チャールズ・マッケラス指揮のBBCフィルハーモニックによるライブ録音のCDです。そのハンマーの音ですが、マーラーの演奏指示は「短く力強く、しかし金属的でなくて、こもって響くように」となっています。ハンマーというと金属の音を想像しがちですが、実際に叩く道具は木製で、CDやレコードでは、ハンマーの音ははっきりとは聞きとれません。実際には楽員がハンマーを振り下ろす様子をナマで見ることによってその音を実感するのではないでしょうか。
<第2、第3楽章の順序はスケルツォ/アンダンテなのか?>
ハンマーの挿入、削除に見られるように、この作品はマーラーの交響曲のなかでも、とくに大きな改訂がなされたものです。そして咋今、第2楽章と第3楽章の順序入れ替えについての捉らえ方が変ってきています。マーラーは、第2楽章スケルツォ(イ短調)、第3楽章アンダンテ・モデラート(変ホ長調)の順で自筆スコアを1905年5月に書き上げ、1906年3〜4月頃にカーント社から第1版第1稿が出版されました。しかし、マーラーは第2楽章と第3楽章の順序について悩んでいました。第3楽章がアンダンテ、変ホ長調で終わった後、平行短調のハ短調で終楽章フィナーレの序奏が始まった方が、つながりがいいのは確かです。ところが第2楽章スケルツォには同じイ短調で始まる第1楽章アレグロと似た雰囲気があるため、第1楽章末尾(イ長調)の勝利感が第2楽章スケルツォのイ短調で帳消しとなってしまうのです。同じ音楽が続くという印象を聴衆に与えたくなかったのでしょうか。マーラーは1906年5月、エッセンで世界初演するにあたり、プログラムに楽章の順序を入れ替えるメモを挟み、アレグロ⇒アンダンテ⇒スケルツォ⇒フィナーレとして演奏しました。同年にこの曲の第2版と第3版がカーント社から出版されましたが、エッセンの初演と同じく入れ替えた順序に修正されていました。同年11月のミュンヘン初演においても第2楽章アンダンテ、第3楽章スケルツォの順で演奏されています。しかし1907年1月のウィーン初演では、当日のプログラムに記された楽章順序とはちがう第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテの順に戻して演奏されたといわれてきました。しかし、ウィーン・フィルを自費で指揮した実業家ギルバート・キャプランによれば、実際には、その後50年にわたって、第2楽章アンダンテ、第3楽章スケルツォの順序で演奏されてきたというのです。その慣習に異議を唱えたのが、国際マーラー協会の創設者であるエルヴィン・ラッツです。1963年に原典批判研究版として彼が更訂した全集版では、マーラーが最後に演奏した順序に従い、第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテとし、この時以降、この順序が主流となったのです。これに対し、ジョン・バルビローリなどは第2楽章をアンダンテ、第3楽章をスケルツォとして演奏してきました。また最近ではクラウディオ・アバド、サイモン・ラットル、マリス・ヤンソンス、そしてチャールズ・マッケラスといった指揮者が、次々にこの順序で演奏したCDを出しています。2003年10月、国際マーラー協会は「マーラーがアンダンテを第2楽章にして入れ替えた事実は明白だが、再びもとの楽章配列に戻した証拠はない」として、マーラーが最後に演奏したウィーン初演がスケルツォ、アンダンテの順ではなかったことから、逆に第2楽章アンダンテ、第3楽章スケルツォという順序が有力ということになってきました。
<実演に見る!マーラーの交響曲第6番>
マーラーの交響曲の中で唯一、短調で閉じられる6番イ短調は、その終楽章のハンマーが何かと注目を集めますが、大編成オーケストラにより魅力的な楽想、和声が奏でられ、私小説をオペラで見るような面白さがあります。そのなかで第3(あるいは第2)楽章のアンダンテ・モデラートのやすらぎと哀しみを交えた美しい音楽に心惹かれます。私がマーラーのこの交響曲を実演で聴くのは、1995年5月、マイケル・ティルソン・トーマスが首席指揮者としてロンドン交響楽団を率いた最後の来日公演以来のことでした。今もすばらしい演奏に圧倒されたことをはっきり覚えています。とくにロンドン交響楽団のブラスのうまさには舌を巻きました。第2、3楽章はスケルツォ、アンダンテの順序でした。はたして沼尻さんと名古屋フィルはどういう演奏を繰り広げてくれるのか期待して演奏会に足を運びました。ステージはところ狭しと、オーケストラ団員で埋めつくされていました。第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリンは14、ヴィオラ12、チェロ10、コントラバス8の5管編成で、ホルンは2列で計8本並び、打楽器は最上段にティンパニ、大太鼓、タムタム、チェレスタ等、そして舞台に向かって右側にはハンマーが並んでいるのが見えました。視覚的な演出効果を狙って客席から目立つ場所に置かれる場合もありますが、この配置は奇をてらわないオーソドックスなものでした。また第2、第3楽章の順序については、スケルツォ、アンダンテと1963年のラッツ更訂による全集版を使っているものと思います。さて演奏の方ですが、第1楽章の初めの方でホルンが音を外し、先行き不安の様相でしたが、その後次第に落ち着いてきました。この曲は金管と打楽器が活躍しますが、実際目にしてみて、大太鼓の使い方には感心しました。通常の横からの叩き方だけでなく、小太鼓風に大太鼓を寝かせて叩いたり、その外枠をバチで叩いたりとその扱いはバラエティーに富んでいて楽しく眺めていました。またカウベルは遠くで鳴ったり、近くで鳴ったりと楽章ごとに位置が違うので、担当楽員は舞台裏に引っ込んだり出てきたりと大変です。さらに第4楽章では舞台裏を回って舞台右手から現れ、ハンマーを2回打ち下ろす役割も担わされ、ご苦労さまです。この曲ではハープが活躍するのですが、優雅な響きを示すのではなく、第4楽章の再現部に入るところでは、不気味な雰囲気を出しているのには驚きました。最近の名古屋フィルで感心しているのはヴァイオリン群の美しさです。ずっと以前は、線が細く薄っぺらい響きでしたが、最近は金管にかき消されることなく、細いながらしっとりとした柔らかで美しい響きが感じられるようになってきました。この演奏会の前日に聴いたフィンランド放送響と比べてみると、厚みや均一な響きという点では一歩譲りますが、しっとりとした味わいでは名古屋フィルに軍配が上がります。これもウィーン・フィルのメンバーが加わる合同の演奏会などの積み重ねによるアンサンブル向上の結果ではないでしょうか。そして指揮者の沼尻さんは、この長大な交響曲を集中力を欠かすことなく、最後まで一気に聴かせてくれました。願わくば、緩やかな部分において、(テンシュテットのライブのように)情感を込め、情念を感じさせるような表現力が加われば、すばらしい演奏になったのではないかと思いました。(2007.05.06
UP)
《参考にしたCD》
♪ マーラー 交響曲第6番「悲劇的」
☆ ラファエル・クーベリック(指揮)バイエルン放送交響楽団
[audite 95.480](1968年12月6日、ミュンヘン、ヘラクレスザール、ライブ録音)
☆ クラウス・テンシュテット(指揮)ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
[EMI TOCE‐8688‐90](1991年11月4、7日、ロンドン、ロイヤル
フェスティバルホール、ライブ録音)
☆ サー・チャールズ・マッケラス(指揮)BBCフィルハーモニック
[BBC MUSIC MAGAZINE VOL.13 NO.7](2002年11月16日、マンチェスター、ブリッジウォーターホール、ライブ録音)
《参考にした本》
∇ 作曲家 人と作品シリーズ『マーラー』村井 翔著(音楽之友社 2004年6月発行)
∇ こだわり派のための名曲徹底分析『マーラーの交響曲』金子 建志著(音楽之友社 1994年10月発行)
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