ミスター・アートのコンサート&CDレビュー♪
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 Review No.027  for Concert
 2007.5.20  16:00  Nagoya Citizens' Auditorium
 Nagoya Philharmonic Orchestra  -  JING ZHAO  -  TADAAKI OTAKA
アーティスト: 名古屋フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会  趙 静(チェロ)  指揮: 尾高忠明
演奏会場: 名古屋市民会館 大ホール   (第6回市民会館名曲シリーズ/エルガー生誕150年記念コンサート)
プログラム前半: エルガー作曲 序曲「フロワッサール」作品18
                        Edward Elgar: Overture "Froissart" op.18
エルガー作曲 チェロ協奏曲ホ短調作品85
                        Edward Elgar: Cello Concerto in E minor, op.85
プログラム後半: エルガー作曲 交響曲第1番変イ長調作品55
                        Edward Elgar: Symphony No.1 in A-flat major, op.55
アンコール曲: エルガー作曲 「エニグマ変奏曲」から <<ニムロッド>> (第9変奏:アダージョ)
                        Edward Elgar: "Nimrod" from Enigma-Variations op.36
名古屋市民会館大ホール<名古屋市民会館の命名権で問われる市の品格>
名古屋フィルの定期演奏会は現在、愛知県芸術劇場コンサートホールで行われていますが、その他に名古屋市民会館を会場に「市民会館名曲コンサート」として演奏会を開いています。今回はエルガー生誕150年を記念したオール・エルガープログラム、それも尾高さんの指揮ということで市民会館大ホールへ聴きに行きました。名古屋市が建設し、公共の多目的ホール2つを備える名古屋市民会館は1972年にオープンし、愛知県芸術劇場ができる1992年まで、名古屋のクラシック演奏会場の頂点にありました。名古屋にやって来る外来オーケストラやオペラ、バレエの公演やリサイタル、そして名古屋フィルの定期演奏会が、この大ホール(2291席、4階層)で行われました。福村芳一指揮の名古屋フィルによるベートーヴェンの「第九」がそのオープニングを飾りました。それからオーケストラ演奏会に限ってみてもムラヴィンスキー、オーマンディ、バーンスタイン、クライバー、ヴァントといったマエストロの振る外来オーケストラの来名公演が、この大ホールで行われ、その頃のことが感慨深く思い起こされます。その「名古屋市民会館」が咋今流行りの命名権によって、今年7月1日から5年間「某私立大学市民会館」という名前になると新聞報道がなされ、一抹の寂しさを感じました。名古屋の代表的な演奏会場の名前を広告料金により変えてしまうのはいかがなものでしょうか。オーケストラ公演に企業の名前をつけて、少しでも入場料の低減化に寄与するのとは違います。一時、東京での外来オーケストラ演奏会が昭和女子大学人見記念講堂で行われていたことがありましたが、それはその大学所有のものでした。またサントリーホール、トッパンホールといった企業が所有しているホールに自分の企業名をつけるのはまだわかります。しかし、建物は市民の税金で建てられたのに、維持管理費の足しにするため、年間5千万円を某私立大学に出させて、あたかもその大学関係のホールであるかのように思われるのは、一市民としては納得がいきません。財政負担削減のためにとった稚拙なやり方には、市の芸術に対する無理解さが顕れていて、憤りを覚えます。市の品格が問われます。

<エルガーの出世作を聴く>
プログラムの最初に置かれた序曲「フロワッサール」は、初めてお目にかかる曲でした。エルガー初期の作品で、キャロライン・アリスと結婚した翌年の1890年に作曲されました。14世紀のフランス年代記作者・詩人であるジャン・フロワッサールを描いたもので、15分ほどの2管編成の曲です。弦楽器、管楽器、打楽器とも万遍なく出番はあるものの、際立った個性は感じられません。クラリネットが吹くメロディーがヴァイオリンやオーボエで繰り返され、美しく穏やかな曲想が印象に残りました。この序曲はローカルな作曲家だったエルガーの出世作となったものですが、めったに聴く機会がなく、興味深いものでした。

<大きな咳に悩まされたチェロ協奏曲の演奏>
趙 静エルガーのチェロ協奏曲についての解説は、レビューNo.19をご覧いただくことにして、今回はこの曲の生まれた背景や特徴を述べます。第一次世界大戦が終わった後、エルガーは世の中に幻滅し、作曲活動を放棄しかねない状態でした。しかし妻アリスの励ましによって、1919年にこのチェロ協奏曲が書きあげられました。彼は「喜びと満足感にあふれる朝はもう2度と来ない。」と嘆息し、その心情はこの曲の冒頭で奏されるチェロの暗く内面的な響きに表われています。翌1920年、妻アリスを亡くします。最後の傑作となったこのチェロ協奏曲は彼の他の作品に比べ、厳格で簡潔なスタイルをとっています。演奏時間はあまり長くないのですが、構成は独創性に満ち、内容は非常に濃いものです。この演奏会での独奏は中国北京生まれ、若手女流チェリストの趙 静。長身の美人系で、当日は真っ赤なドレスで登場しました。そのチェロの演奏ですが、第2楽章が、その美しい繊細な音色で聴かせました。第3楽章以降、じっくり聴けなかった状況での感想なのですが、技巧的には上手さを感じたものの、心に訴えるような感情の吐露はなく、綺麗にまとめられ ただけで終わってしまったように思いました。私の席は1階真ん中のやや後ろで、ステージからはやや離れてはいましたが、一番高価な席の2〜3列後ろで好位置にありました。そこまでは良かったのですが、思わぬことが起きました。最初の序曲の時から、後ろの席の女性が咳をしていて、その時は咳が出るのは仕方ないと、大して気にかかりませんでした。ところがチェロ協奏曲の聴きどころである第3楽章の叙情溢れる静かな部分で、何度も大きな咳を真後ろでされるのですから、たまりません。他にも咳をする人はいましたが、ハンカチを口に当て、音を出さないよう気を配っていました。後ろの席の人は最終楽章においても、人目をはばからず大きな咳をするのですから、単に運が悪かっただけと割り切ることはできません。その咳を繰り返していた後ろの人を休憩時に一瞥したところ、厚かましそうなおばさんで、プログラムで口を隠してしゃべっていました。実演では何が起こるかわかりません。それを覚悟し、自分なりの対応策を講ずるしかありません。仕方なく、後からの雑音がない2階席の後の方に空席を見つけ移動しました。後半のプログラムは、心おきなくじっくり 聴くことができました。

<尾高さんと私との出会い>
かれこれ30年以上前、私はある無料招待の記念コンサートの会場にいました。曲目はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」、演奏は名フィル、指揮は尾高さんでした。その時、沖縄往復の航空券が贈られるという抽選会が行われ、当たりのはがきを引いたのが尾高さん、当たったのが私でした。ステージに上がって、尾高さんから花束と航空券、航空会社のショルダーバックをいただいたことを覚えています。そんなことから尾高さんは、私にとって忘れられない指揮者なのですが、その指揮に接する機会がほとんどないまま、年月がたってしまいました。唯一、2002年12月にブラームスのヴァイオリン協奏曲(Vni:ライナー・ホーネック)とシベリウスの交響曲第1番を振った名フィル定期演奏会を聴くことができました。シベリウスの1番は素晴らしい演奏で、強く印象に残っています。ぜひとも、名フィルとシベリウスの他の交響曲を演奏してほしかったのですが…。その夢はかなっていませんが、今回は尾高さんの熱い共感が込っているエルガーの交響曲第1番がプログラムに入っていました。尾高さんは2001年1月に名フィルの定期演奏会で、今回のプログラムと同じチェロ協奏曲と交響曲第1番を演奏することになっていました。しかし急病のため、指揮を交代することになってしまったのです。今回はそのリベンジとも言える演奏会になりました。

尾高忠明
<尾高さんが語るエルガーの交響曲第1番との出会い>
尾高さんは今、エルガーメダルを授与され、イギリス音楽のスペシャリストとして認められていますが、エルガーの交響曲第1番については、こんな話をされています。ある時、予定されているBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団とのドイツへの演奏旅行において、エルガーの交響曲第1番を演奏してほしいと楽団から言われたそうです。尾高さんはスコアを見ても、イギリス人の指揮による生演奏を聴いても良くわからないので、「あの曲やりたくない。他の曲にしてください。」と言ったのですが、BBCの返答は「あなたたちのエルガーの1番が聴たい」でした。尾高さんはスコアを何度も見ているうちに、やる気になり、やる以上は責任重大ですから、物凄い勉強をされたそうです。そしてドイツでの初めての演奏がベルリンのシュピールハウスで行われ、その本番で皆が教えてくれたエルガーの凄さが、それ以後の尾高さんの原点になったと述べられています。

<ワーグナー風の色合いとブラームス的な響きの交響曲第1番>
そのエルガーの交響曲第1番は、3管編成に準じ、木管は各パート3本、そのうち特殊楽器1本(ピッコロ、コールアングレ、バスクラリネット、コントラファゴット)あとはホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニと打楽器、ハープ2というもので、マーラーの交響曲の規模まではいきませんが、ブラームスの交響曲に比べると大きな編成となっています。しかし、これだけ特徴的な管楽器が加わっていながら、ソロは目立って聴こえてきません。木管や金管が彩りを添え、ワーグナー風の色合いもありますが、弦が主体となって、ブラームス的な響きが前面に出ているように感じられます。そのことから、ワーグナーの音楽に大きな影響を受けながら、ブラームスの音楽も取り入れようとした若き作曲家ハンス・ロットのことが、ふと思い浮かびました。しかしロットとは違い、エルガーがこの交響曲を作曲した時は、すでに齢50歳を越え、「エニグマ変奏曲」や「威風堂々」で名声を博しており、この曲の初演は大喝采で迎えられました。

<「高貴かつ素朴」に始まる第1楽章>
 アンダンテ・ノビルメンテ・エ・センブリーチェ−アレグロ: ティンパニの弱音に導かれ低弦の動きに支えられて、序奏が「高貴かつ素朴」に始まります。ここで右側のダブルベースとチェロの刻みにビオラが加わり、次に左側の第2ヴァイオリン、そして最後に第1ヴァイオリンが加わって進んで行く様子が移動した2階の席からはよく見えました。この冒頭のモットー主題(反復主題)が全曲に繰り返し現れる循環形式となっています。そのモットー主題が厳かにオーケストラの全奏で響いた後、静まってからアレグロの主部へ。ここでは躍動的な第1主題が提示され、盛り上がった後、ヴァイオリンと木管によって繊細で叙情的な第2主題が奏でられます。美しい弦の調べに応えて、木管の音色が鳥のさえずりのように感じられるところです。さらにモットー主題が力強く響き、細密な展開部が続きます。尾高さんは中庸とも言える安定したテンポで曲を進めて行きます。第2主題とそれに付属する音階が雄弁に扱われ、ティンパニ、金管と弦楽器が運命の宣告をするかのようにクライマックスを築きます。今回の演奏では、ティンパニが芯のある音で 聴かせました。この曲に、これほどティンパニが活躍するところがあるとは、生演奏を聴くまで気付きませんでした。ここでモットー主題がヴィオラとヴァイオリンにより再び現れ、徐々にオーケストラ中に拡がっていった後、静かに穏やかに終わります。

<「愛らしい川の音楽」とアリス夫人が呼んだトリオを含む第2楽章> 
アレグロ・モルト:スケルツォに相当します。3部形式で、第1部は弦楽器群の小刻みで俊敏な動きに管楽器とバスドラムがアクセントを加えて、胸のすくような快活なスケルツォ部分が続きます。ここでも生演奏を聴くまでは、これほど迫力があるとは思いませんでした。バスドラムとティンパニが響き、金管も朗々と鳴り響きます。斜めに傾けたバスドラムから打ち鳴らされる音が体にズシンと響きわたります。トリオにあたる中間部では、フルートがデュエットで爽やかな主題を吹き、それに独奏ヴァイオリン、クラリネットとハープが加わります。アリス夫人はこの部分を「愛らしい川の音楽」と呼んでいました。木管が軽やかな風のように吹かれ、ノスタルジ−溢れる安らぎのひとときを与えてくれます。名フィルの木管群は堅実な音を出していました。それからこの曲の所々にハープが効果的に入れられていますが、この楽章でも2台のハープの音が印象的でした。第1部の主題へ戻り、トリオのテーマが再び現れ、静かで落ち着いた雰囲気のまま、曲は第3楽章アダージョへ溶けこむように入っていきます。

<「われわれを天国へ連れて行く」と親友イェーガーが語った第3楽章> アダージョ: ゆったりとしたテンポを持ち、最初の主題は、第2楽章冒頭の速い動きの主題「ファレミファソシレ」の音階を用いたものです。同じ音階でもテンポが違うだけで、これほど違った表情、異なった雰囲気になるとは‥。ここでワーグナーのオペラ「ジークフリート」の《葬送行進曲》に似たフレーズがちらっと姿を見せます。第2主題はヴァイオリンによってノクターン風の夢みるような旋律で、弦楽器、木管とハープにより高貴にうたわれます。夢幻的な世界へと誘われました。尾高さんと名フィルはノーブルで美しい演奏を繰り広げ、独奏ヴァイオリンも含め、弦の美しさが際立っていました。第1主題が戻ってきた後、崇高なモルト・エスプレシーウ゛ォの旋律が現れれます。弦楽器と木管楽器が息の長い安らぎを与える中、最後にクラリネットのソロが余韻を残しながら消えていきます。「エニグマ変奏曲」の《ニムロッド》に描かれたエルガーの親友イェーガーは「われわれを天国へ連れて行く」と語ったといいます。この第3楽章はまさに絶品で、実演で聴くと、さらにその良さがわかります。その叙情味あふれる美しさに、心動かされない人はいないでしょう。

<「未来に対する絶大な希望」が込められた第4楽章> 
レント・アレグロ: 弦楽器が不安げにざわめき、木管の暗い音色により神秘感が漂います。変形したモットー主題が断片的に聴こえてきます。行進曲風の旋律がファゴットとチェロにより奏され、消え入るように楽想を閉じると、アレグロへ入ります。弦楽器による決然とした第1主題がブラームス風に響いてきます。続いてクラリネット、ヴィオラ、チェロによる伸びやかで引き締まった第2主題の部分が続くうちに、金管によって序奏の主題が行進曲風に高らかに力強く響きます。その後、第3楽章の夢幻的な世界が再現されると、つい涙腺が緩みました。各主題が展開されて金管が鳴り、クライマックスへ盛り上がっていきます。そして最後に、モットー主題がフルオーケストラで輝かしく現れ、エルガーが語った「未来に対する絶大な希望」を暗示して、堂々と曲は閉じられます。その盛り上がりには心を動かされずにはおられませんでした。

<「高貴に」に相応しい尾高さんの指揮とアンコール>
ブラヴォーの声も出る中、尾高さんは静かな物腰で拍手に応えていました。エルガーが常に作品に書いていた「高貴に」に相応しい指揮ぶりであり演奏でした。アンコールは予想したとおり、「エニグマ変奏曲」から《ニムロッド》が演奏されました。しかし同じ雰囲気を持った交響曲第1番第3楽章の心にしみ入るような演奏に比べ、《ニムロッド》の演奏はいまひとつ胸を打つまでには至りませんでした。忘れられない好きな曲なのですが、まだ交響曲第1番の余韻が覚めない中でのアンコールということで、私自身がじっくり浸りきれなかったからでしょう。鳴り止ぬ拍手に、尾高さんが楽員に立つように合図しても、立ちあがらず、名フィルからもこの演奏会の指揮者への賛辞を表していました。

Edward Elgar (1857-1934)
<尾高さんが振る予定のエルガーの交響曲は?>
エルガーというと、日本では「愛の挨拶」や「威風堂々」だけが一般的に知られているだけで、過小評価されている感がありますが、チェロ協奏曲と2曲の交響曲を聴けば聴くほど、味わい深いその音楽に心惹かれます。札幌交響楽団とエルガー交響曲第3番(ペイン補筆版)のレコーディングを終えた尾高さんは、来年には大阪フィルに客演して、その第3番を、そしてNHK交響楽団との演奏会では、第1番を振ることになっています。第1番については、来年が初演から100年目に当たるということもあるのでしょう。そして、エルガーの音楽を語る上で、忘れてはならないのが、声楽の入ったオラトリオです。エルガー生誕150年の今年、母国イギリスでは交響曲や協奏曲だけでなく、オラトリオ「ゲロンティアスの夢」など声楽が入った曲も等も頻繁に演奏されています。日本でももっと演奏されるようになればいいなあと願うものです。

(2007.06.30 UP)


《参考にしたCD》

♪ エルガー 序曲「フロワッサール」Op.19

☆ サー・チャールズ・グローブス(指揮)BBCスコッティッシュ管弦楽団
[BBC RADIO Classics CRCB‐60904](1983年1月16日 グラスゴー、BBCスタジオ)

♪ エルガー チェロ協奏曲 ホ短調 Op.85

☆ ピエール・フルニエ(チェロ)、アルフレッド・ウォーレンシュタイン(指揮)ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
[UCCG‐3157/8 469 136-2](1966年10月 録音、ベルリン )

♪ エルガー 交響曲第1番 変イ長調 Op.55

☆ サー・ジョン・バルビローリ(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
[EMI CLASSICS 7 64511 2](1962年8月28日 、ロンドン、キングスウェイ ホール)
☆ 尾高 忠明(指揮)BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
[BIS CD‐727](1995年5月30&31日 、ウェールズ、ブラングウィンホール)


 
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