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Review
No.031 for Concert |
2007.9.15 16:00 Aichi
Prefectual Art Center - Concert Hall |
Nagoya
Philharmonic Orchestra - HANNU LINTU |
| アーティスト: |
名古屋フィルハーモニー交響楽団 第339回定期演奏会 ハンヌ・リントゥ指揮 エヴァ・クピーク(ピアノ) |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場コンサートホール |
| プログラム前半: |
ニールセン作曲 序曲「ヘリオス」作品17
Nielsen:
Ouvertüre "Helios" op.17, FS.32
グリーグ作曲 ピアノ協奏曲イ短調作品16
Grieg:
Klavierkonzert a-moll op.16 (Ewa Kupiec, Klavier/Piano) |
| アンコール曲: |
シューマン作曲 「子供の情景」から トロイメライ
Schumann:
Kinderszenen, op.15 - "Träumerei" op.15-7
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| プログラム後半: |
シベリウス作曲 交響曲第6番ニ短調作品104
シベリウス作曲 交響曲第7番ハ長調作品105
Sibelius:
Symphonie Nr.6 d-moll op.104
Sibelius:
Symphonie Nr.7 C-dur op.105 |
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<シベリウス記念の年、日本で最も注目のプログラム>
ついにシベリウスの交響曲第6番と第7番が名古屋で聴ける日が来ました。グリーグ没後100年・シベリウス没後50年記念として名古屋フィル定期演奏会で取り上げられたものです。シベリウスの記念の年に、祖国フィンランドや英国ではシベリウスの交響曲チクルスが催されています。日本では単発で2番、7番等のシンフォニーがプログラムに加えられてはいますが、特に目立ったものは見当たりません。その点では、6番と7番のシンフォニーをプログラムの後半に据えた名古屋フィルのこの演奏会は、今年、日本でもっとも注目すべきものだったと思います。そしてこの演奏会の前半には、シベリウスと同じ1865年に生まれたデンマークの作曲家ニールセンの序曲『ヘリオス』と今年没後100年を迎えるグリーグが作曲した有名なピアノ協奏曲が取り上げられ、北欧一色の興味深いプログラムとなりました。指揮者のハンヌ・リントゥはフィンランド生まれでパヌラやムーシンに師事し、ヘルシンボリ響の首席指揮者等を歴任し、ラウタヴァーラやサーリアホの作品のCDをリリースしています。愛知万博の年、2005年2月に名古屋フィルを初めて指揮し、「レンミンカイネンとサーリの乙女」、ヴァイオリン協奏曲(Vn:カトリーン・ショルツ)、交響曲第2番のシベリウスプログラムを聴かせてくれました。
<愛知県芸術劇場コンサートホールのデザインについて>
今年2月の大阪フィルの定期演奏会(レビューNo.26参照)にご招待いただいた大阪の友人を、この記念すべき演奏会にお誘いし、一緒に楽しみました。彼には何度か名古屋に来てもらっているのですが、愛知県芸術劇場コンサートホールは初めてで、名古屋フィルを聴くのも初めてとのこと。コンサートホールの天井が、カーテンを束ねたような造形になっているのが珍しく感じられたようです。私からは、ウェブサイト「シンフォネア」管理人が指摘されているデザイン上の欠陥、すなわちステージ用の吊り下げ照明が剥き出しのまま天井からぶら下がっていて、見苦しいといった話をしました。さらに言えば、オペラやバレエ用の大ホールや美術館が入る複合施設の中にあるため、余裕のない空間となってしまい、ロビーにそのしわ寄せがきているように感じます。ショスタコーヴィチの交響曲第11番コーダでの「まだ鐘がある!」事件(レビューNo.28参照)があったのが、同じ定期演奏会の2日目で、余韻を楽しむことができるかどうか不安を抱えながら聴かなくてはなりませんでした。席は2階の前の方やや右寄りで、オーケストラ全体が良く見えるところでした。
<新たな曲と出う喜び:ニールセンの序曲「ヘリオス」>
ニールセンの序曲「ヘリオス」は、今回の演奏会に取り上げられるまでは知らない曲でした。ニールセンというと交響曲第4番「不滅」ぐらいしか知らず、不思議なことにこれまで彼の作品の生演奏を聴いたことがありませんでした。演奏会の前にこの曲をCDで何回か聴いたのですが、交響詩とも言える内容に、新たな曲と出会う喜びを感じました。ニールセンは出版社に前借りした1年分のお金でギリシャのアテネにスウェーデンの作曲家ステンハンマルとともに留学しました。「ヘリオス」とはギリシャ神話の太陽神のことで、ニールセンはエーゲ海に昇る朝日からインスピレーションを得て、アクアポリス神殿の見えるアテネ音楽院でこの序曲「ヘリオス」を書きました。スコアの冒頭にはこう書いてあります。「静けさと闇。安らかな賛歌が響く中、日が昇り、金色に輝くその王道を歩み、再び静かに海へと沈んで行く。」冒頭のアンダンテは、低弦の弱音による持続音の後、ホルン→木管→高弦と主役の楽器が移り変わって行き、暗闇から光が徐々に差してくる情景が思い浮かびます。ホルンがコラール風のメロディを吹き、さらにトランペットが高らかにファンファーレを吹き鳴らします。晴々とした心持ちとなるところです。ヴァイオリンがはつらつとした主題を奏し、ティンパニ、金管も加わります。ピチカートに乗ってチェロ、木管、ヴァイオリンが歌った後、金管が頂点を築きます。弦楽器群が第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→ヴィオラ→コントラバスとフーガを奏した後、オーケストラの全奏により主題が再現されますが、徐々に静まって行きます。チェロの伴奏に乗りホルンがしみじみと吹かれて、日没の様子が描き出されます。そして、最後は、この曲の冒頭と同じく低弦の弱音による持続音が静かに響いて曲は閉じられます。今回、リントゥさんが指揮する名古屋フィルは、馴染みのあまりないニールセンのこの曲(テューバも加わった2管編成)を、じっくりと聴かせてくれました。ホルンの出番が多いのですが、ミスもなく、トランペットは輝かしいファンファーレを聴かせてくれました。最後は静かに終わるため、フライングの拍手が心配されましたが、それはなく、ホッとした次第です。
<清涼な雰囲気、リリシズムに溢れたグリーグのピアノ協奏曲>
「ペール・ギュント」とこのピアノ協奏曲で有名なグリーグですが、ショパンに傾倒しピアノ独奏用に全10集66曲にのぼる叙情小曲集を37年間にわたって書き綴って来ました。その第1集は1867年に出版され、その年、いとこにあたるニーナと結婚し、翌年、女の子が生まれます。このもっとも幸せだったグリーグ25歳の時に、ピアノ協奏曲イ短調が生まれました。晩年にもう1曲、ピアノ協奏曲イ短調を計画しますが、健康がすぐれず断念します。その代わりに、このイ短調のピアノ協奏曲を大幅に改訂しました。初稿に比べるとホルン2本、トロンボーン3本にテューバが加えられた他、ピアノ・パートで100箇所、オーケストレーションで300箇所もの変更がありました。こうしてノルウェーの清涼な雰囲気に包まれ、リリシズムに溢れた名曲が生まれたのです。
[第1楽章]アレグロ ・モデラート: 冒頭のティンパニのトリルに続いて、いきなりピアノがフィヨルドに落ち込む滝のように激しく下降するカデンツァで始まります。第1主題はシューマンのピアノ協奏曲と似たところがありますが、より哀愁を含んだ旋律です。コーダの前には第1主題に基づくカデンツァがピアノソロで弾かれます。
[第2楽章]アダージョ: 複合三部形式。弱音器を付けた弦楽器によって静かな主題が奏でられ、それをピアノが受け継いで行きます。アダージョのテンポで情感豊かに演奏される幻想的な間奏曲とも言えます。
[第3楽章]アレグロ・モルト・エ・マルカート: ノルウェーの民族舞曲風の主題がピアノで提示され、オーケストラがこれを引き継ぎます。その間、ピアノは分散和音を繰り返します。最後は華麗なクライマックスを迎えて曲を閉じます。
<打鍵は力強く、熱気をはらんだクピークのピアノ>
グリーグのピアノ協奏曲は有名で数多くのCDが出ているにもかかわらず、意外にも実演で聴く機会は少ないように思います。ポーランド出身の女流ピアニスト、エヴァ・クピークは叙情味を示すというよりは、ピアノのビルティオーゾを聴かせるといった感じがしました。打鍵は力強く、曲が進むにつれ熱気をはらんだ演奏となりました。その一方で心に染み入るような情緒やみずみずしさはあまり感じられませんでした。伴奏のオーケストラは2管編成で、コントラバスは5本に減り、他の弦楽器もひとまわり小さくなりました。しかし響きは豊かで、ピアノと渡り合っているような感じがしました。この曲で重要な位置を占めるホルンのパートで音を外さないか心配でしたが、名古屋フィルのホルン奏者は無難に吹き、ホッとしました。
<ピアノのアンコール曲「トロイメライ」は相応しいか否か?>
ピアノ独奏者クピークさんの力強い演奏には盛んな拍手が続き、それに応えてのアンコール曲は意外にも、シューマンの「トロイメライ」でした。私はてっきり、グリーグの「叙情小曲集」からの1〜2曲を演奏するとばかり思い込んでいましたので、最初、北欧の曲を集めたプログラムには不釣合いなアンコール曲に失望を禁じ得ませんでした。しかし、後からよくよく考えてみると、ライプチヒ音楽院に留学したグリーグはシューマンを大変尊敬していました。グリーグのピアノ協奏曲第1楽章の出だし部分がシューマンのピアノ協奏曲第1楽章と大変よく似ていることに表れているように、シューマンとグリーグとは切っても切れない関係と言えます。こうしたことから、クピークさんは、アンコールにシューマンの有名曲を持ってきたのではないかというのが私の推論ですが、うがった見方でしょうか?
<清楚で詩情豊かな第6交響曲と私の忘れられない想い出>
交響曲第2番からシベリウスの世界に足を踏み入れ、他の交響曲も聴いてみたいと思って、手に入れたのがカラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏する交響曲第6&7番のLP(アナログ)レコードでした。第6番のシンフォニーは第2番や第1番のような劇的な盛り上がりや親しみやすいメロディラインといったものがなく、最初はその作風が大きく違っているのに戸惑いを感じたものでした。しかしシベリウスならではの節回しが所々にあり、何度も聴くうちにシベリウスの深い森の中に足を踏み入れていました。カラヤン盤イエローレーベルのLPジャケットの絵は、遠くに湖の見える深い森の中央に、白いドレスの女性がたたずんでいるのが描かれています。それは、交響曲第6番の清楚で詩情豊かな曲想にぴったりの情景で、いつもこのLPジャケットの絵を眺めながら聴いていました。初めて交響曲第6番の実演を聴いたのは、シベリウスゆかりの地を訪れるため、1979年9月、フィンランドへ旅をした時のことで、生涯忘れられない思い出となっています。シベリウスが、晩年を過ごしたヘルシンキの郊外にあるヤルヴェンパーの「アイノラ」を訪れたその日の夜、ヘルシンキのフィンランディアホールで、パーヴォ・ベルグルンドが指揮するヘルシンキ・フィルの演奏を聴くことができました。その時の前半のプログラムがシベリウスの交響曲第6番だったのです。この日、訪れたアイノラの風景を思い出しながら、夢心地のうちに聴き入りました。余談ですが、後半に演奏されたブラームスのピアノ協奏曲第2番(ピアノ:セシル・ウーセ)において、ヘルシンキ・フィルの演奏するフレーズが、ふとシベリウスの音楽であるかのように感じられたことをはっきり覚えています。ベルグルンドとヘルシンキ・フィルの演奏には、創立以来の伝統によるシベリウス固有の響きが染みついているんだと思いました。そのヘルシンキ・フィルは創立100周年にあたる1982年1月に初来日を果たしました。その時に、第1回カラヤン国際指揮者コンクール(1969年)で優勝した若きオッコ・カムと渡邉曉雄さんがヘルシンキ・フィルを指揮してシベリウスの交響曲全曲を演奏するTDKコンサートが東京で行われました。ハガキ申し込みによる公開演奏会で、交響詩「フィンランディア」、交響曲第3番&6番というプログラムの入場券が当たり、東京まで聴きに行きました。会場は残響感のない東京厚生年金会館でしたが、シベリウスの交響曲の中でめったに聴けない第3番と想い出深い第6番が、実演で聴けたという喜びで胸がいっぱいになりました。
<不思議な魅力を持つ交響曲第6番に反映されたものは?>
シベリウスは交響曲第6番のスケッチを第5番と一緒に始めました。第5番を書いている間に、第6番の中心をなすドーリア風のモティーフを創り出します。彼はその新しいシンフォニーについて、1919年、カルペラン男爵に次のように述べています。「交響曲第6番は烈しく情熱的な性格のものです。それと対照的な牧歌的な暗さ。多分4楽章になります。結末はオーケストラの烈しい騒音となって、その中に中心の主題は飲み込まれてしまうでしょう。」1915年に作曲された第5番はこの間、1916年秋、1919年秋と改訂を重ねたため、第6番は1923年頃にようやく出来上がりました。その間に第6番の内容は、当初とは違って、牧歌風の穏やかな曲想に変わっていました。ひとつには、作曲中のある時点で「コンチェルト・リリコ」(叙情的協奏曲)という表題を持つ第2のヴァイオリン協奏曲が意図され、それが第6番に反映されたというものです。さらに当時の状況としては、フィンランドを支配していたロシアの崩壊やフィンランドの独立への内紛等、混乱の時期にありました。そんな時に経済的、精神的依りどころだったカルペラン男爵が世を去ります。彼の死は寂漠感と宗教的境地にある心の投影となって、この作品に反映されたと言われています。そしてこれより20年ほど前、シベリウスはイタリアで交響曲第2番の作曲を進めている間に、パレストリーナの宗教曲をたくさん聴いたと記されています。シベリウスは第6番の作曲時までには、ルネサンスの宗教曲手法の研究をさらに進め、教会旋法や対位法的手法を取り入れた独特の作風を確立するに至ります。こうしたさまざまな要因、シベリウス自身の試行錯誤の末、ドーリア調のモティーフが大きな位置を占める不思議な魅力を持った交響曲が生まれたのです。初演は、1923年2月、ヘルシンキに於いて作曲者自身が指揮するヘルシンキ・フィルによって行われました。
[第1楽章]アレグロ・モルト・モデラート: 2分された第2ヴァイオリンで始まり、ヴィオラそして第1ヴァイオリンが加わって緩徐楽章のように始まります。この清く厳かな響きのドリア調の主題に、オーボエ、次にフルートが懐しさと寂寥感を持って呼応し、自然の神秘も感じさせます。ホルンも加わり、木管と弦により曲想がふくらんだところにハープも入ります。次に弦のトレモロ伴奏やティンパニが加わり、木管がアレグロで爽やかに進んで行きます。チェロやヴァイオリンの無機的とも言える下降進行がしばらく続いた後、金管を背景にしながらチェロが趣のある第1主題を奏で、高揚して行きます。弦を主体としたモティーフにより頂点を築き、木管が受け継いで、舞曲風に変化したりします。ホルン群が鳴り響き、弦の激しいトレモロがそれを受け継いで、ティンパニなどの強いアクセント楽句で総休止します。そして上行、下降による2つのフレーズが深い響きを奏でると、金管が決然と鳴り響いて終わりを告げます。最後は木管と弦が、導入のモティーフを短く奏で、さりげなく終わります。
[第2楽章]アレグレット・モデラート: ティンパニの弱奏に始まり、フルートとファゴットついでオーボエ、クラリネットとハープが寂しさを漂わせて主題を奏でます。第1・2ヴァイオリンが主要主題を奏し、ホルンやヴィオラ、チェロ、ティンパニ、トロンボーンも加わって展開して行きます。第1ヴァイオリンとチェロが主題中間のモティーフを奏で、フルートや他の楽器にも波及する短いモティーフが木管主体で進行した後、「ポコ・コン・モート」と楽譜に表示された少し動きのある後半に入ります。弦の無窮動風の進行が続き、そこに木管が小鳥のさえずりのようにモティーフを吹いた後、ピチカートがコントラバスとハープにより奏でられます。そしてクラリネットとオーボエにより第1楽章のラストと同じように簡潔に終わります。
[第3楽章]ポーコ・ヴィヴァーチェ: リディア調の主題によるスケルツォ風の楽章です。弦によってシベリウスの交響詩「夜の騎行と日の出」の騎行(レビューNo.1参照)を思い起こさせる主題が奏でられると、木管に続いてヴァイオリンによる主題が現れます。弦の3連型の刻みに乗って、フルート、次にオーボエが第2主題を吹きます。弦と木管は交互に騎行のリズムで曲を進め、フルートが断片的な旋律を吹き、金管がアクセントを加わえて高揚します。主題旋律を構成する2つのモティーフが木管により重ねられた後、第2主題と騎行のリズム、それにフルートによる断片的な旋律が再現され、展開されます。金管によるアクセントが加わって、最後はフルオーケストラにより荒々しく結ばれます。
[第4楽章]アレグロ・モルト: 再びドリア調の宗教的境地に戻り、ヴァイオリン、木管、ホルンによる下降の主題に、ヴィオラを含む低弦が上行で応じます。この応答の主題がフルートやオーボエにより少しずつ変形しながら進んで行きます。ヴァイオリンによるリズミックな楽節が現れ、短かなモティーフが奏でられた後、第1ヴァイオリンとヴィオラが掛け合う主題に進みます。この音型には金管が加わって盛り上がり、短かなモティーフ、掛け合う主題が再現され、弦が最初の主題の形を少し変えて奏でます。木管がその続きを変奏し、ホルンは弦と同じ形で続きます。短かいモティーフ、掛け合う主題が現れ、展開して行きます。木管やホルンが冒頭の主題を変奏し、最後の頂点へと盛り上がります。それを受け、ヴァイオリンが冒頭主題を奏で、木管がそれに応えます。この応答主題は主に弦とオーボエから徐々にオーケストラ全体に広がって行きます。「ドッピオピウ・レント」(さらに倍ほどの遅さで)に入り、結尾主題が厚みのある美しい弦によって現れ、木管が寂しげに応えます。最後はティンパニが最弱音で叩かれる中、ヴァイオリンの下降による応答主題の冒頭モティーフの最後のニ音が引き延ばされ、ヴィオラとティンパニの音が消えても、ニ音だけが残り、最後に名残惜しそうに静かに消えて行きます。
<残響を活かし、共感を込めた第6番の演奏>
待ちに待ったシベリウスの交響曲第6番。この曲の実演を聴きたい一心で、この地域以外の音楽愛好家もこの名古屋フィルの演奏会に足を運ばれたようです。第1楽章の冒頭からシベリウス独自の清澄な世界に引き込まれました。長身でダイナミックな指揮ぶりのリントゥさんは、第1、2楽章を少し早めのテンポで進めました。第1楽章がぷつっと切れた感じで終わってしまい、もう少し味わいが欲しいところです。変わっていたのはトランペットの音にアクセントをつけ、コントラバスも部分的に強調して奏させていたことです。第3楽章はベルグルンドの言葉を借りると、「もっと荒々しく演奏できるところ」なのですが、第4楽章とのバランスを考えたのか、おとなしい表現に終わりました。その第4楽章は、じっくりと歌わせ、トロンボーンの力強さは実演ならではのものでした。木管では、フルートの音色に、もう少し清々しさを求めたい気もしました。オーボエの音色は数年前に比べると、安心して聴いていられるようになりました。2管編成(なぜか弦は14型、コントラバスは7本)で、ホルン4本、トランペット3本、トロンボーン3本にハープ1台、ティンパニという楽器編成にもかかわらず、こんな音楽が生み出せるとは‥。この日の演奏は、私の琴線に触れるところまでは至りませんでした。しかし、このホールの音響特性を活かした演奏は、シベリウスの交響曲において残響がいかに大切かということをつくづく感じさせてくれました。また、名古屋フィルの柔らかく美しい弦は、ますます磨きがかかり、この曲を、これほど高いレベルで共感を込めて演奏してくれるとは予想できませんでした。そしてこの曲の最後で、弦の音が名残惜しそうに静かに消え、リントゥさんが、ゆっくり手を下ろしてから拍手が起こりました。幸いにも演奏前の不安は杞憂に終わり、余韻を楽しむことができ、ホッとしました。
<シベリウスの第7交響曲をはじめて聴いたのは…>
第7交響曲を初めて聴いたのも第6交響曲と同じく、カラヤン指揮ベルリン・フィルのLPレコードでした。単一の楽章で演奏時間も20数分と短いのですが、その中身の濃いことに感嘆し、ますますシベリウスの音楽に惹かれていきました。そのカラヤン盤とともにレコードで忘れられないのは、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによる1965年のモスクワライブです。金管の響きはロシアのオーケストラ独特のもので異質なのですが、これほどスケールが大きく緊張感に溢れた演奏はありません。この曲も実演としては、めったに聴く機会がなく、1978年5月、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の3回目の来日時に大阪フェスティバルホールで聴いたのが唯一のものでした。アイザック・スターンとのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、ラヴェル「ダフニスとクロエ」第2組曲とともに、このシベリウスの第7交響曲が演奏されるという夢のようなプログラムでした。今回、名古屋に来てもらった大阪の友人と一緒に聴いたのですが、あの演奏会はともに忘れられないものでした。オーマンディの巧みな指揮、フィラデルフィア管弦楽団の上手さとシベリウスの第7交響曲を聴いた満足感に浸りきりました。オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏するシベリウスの第2交響曲をテレビで見て感激して以来、大阪でシベリウスの第7交響曲の実演を聴くまでに11年が経っていました。今回はその時から29年ぶりに聴く第7番の実演でした。それにしても、カラヤンとフロールの「悲愴」、そして、オーマンディとリントゥの「シベリウス7番」と大阪の友人と共に聴く曲に浅からぬ因縁を感じます。
<最後の交響曲で楽章融合が完成>
シベリウスの交響曲第5、6、7番は同じ時期に着想されましたが、交響曲第7番について1918年5月20日の手紙には、こう書かれていました。「第7交響曲、生命と活動の喜び、情熱的なパッセージを伴って。3楽章制で、フィナーレはヘレニック・ロンド(ギリシャ風ロンド)」また第6番と第7番の間で、楽想の発展に伴ってこの2つの交響曲が入れ代わる可能性も記されていました。第6番が完成した時(1923年1月)には、第7番は単一楽章へと形を変えていました。第6番が完成した1年後の1924年、第7番は完成しましたが、当初は「交響幻想曲」と名付けられていました。シベリウスは既に第2番、第3番、第5番と一部、楽章の融合を行ってきましたが、第7番に至って、全ての楽章を融合させたのです。そしてハ長調という簡潔で率直な調に基づきながら、調に縛られず、いろいろな調に自由に移行していく方法がこの曲で取られています。2管編成、弦5部ですが、第6交響曲にあったバスクラリネットとハープはこの曲には入っていません。初演は、彼の音楽を高く評価し、新作ができる度に出かけて指揮していたイギリスで行う予定でした。しかし病のため叶わず、スウェーデンのストックホルムで1924年3月、作曲者自身の指揮により初演されています。
<第7交響曲を解析してみると‥>
曲はアダージョで始まり、ティンパニに導かれて、低弦から高弦にかけての上行音階のモティーフが奏でられます。ファゴットとホルンがつくる柔らかい和音の上にフルートとクラリネットがもの悲しい旋律を吹きます。しばらくの間、9部に分割された弦により第6交響曲の第1楽章に似た素朴で叙情的な主題が奏でられます。第1ヴァイオリン、ついで第2ヴァイオリンとヴィオラが冒頭の上昇モティーフを奏し、そこにトロンボーンが深い幽久の主題を吹きます。森のざわめきのように弦の強いトレモロにフルートとクラリネットが旋律を吹き、他の木管、ホルンに受け継がれます。「ウン・ポケッティシモ・メーノ・アダージョ」(わずか遅さを減じて)では木管と弦によって応答ふうの楽句が聞こえてきます。これらのモティーフが展開していき、曲はそれまでの2分の3拍子に代わって4分の6拍子となり、まず第2ヴァイオリンとヴィオラ、ついで木管に4分音符連続の、次のスケルツォのリズムを予見する音型が現れ、やがて曲は「ヴィヴァーチシモ」となります。いわばスケルツォで、弦による動機を中心に力強く発展し、管楽器、ティンパニも加わって激しく楽句が繰り広げられます。その後、アダージョに入り、波のうねりのような厚い弦にトロンボーンが旋律を朗々と吹き、他の金管がこれに和音を重ねます。再び、前の激しい楽句が現れますが、次第に弱まって行きます。
アレグロ・モデラートに入るとともに、ハ長調に戻り、牧歌風の旋律が弦と木管で歌われ、聴き手を素朴で落ち着いた気持ちにさせてくれます。さらに同じ楽想を吹くフルート、オーボエに新たな旋律が加えられ、この2つの旋律が変形され、調性も変化していきます。先のスケルツォ風楽節の主題に似た動機を弦が上行形、管が下行形で対話し、次第に速度と強度を増して、ハ長調のプレストに入ります。ここでは、ヴァイオリン、コントラバス、ティンパニがト音の持続音を奏し、6声部に分割されたヴィオラ、チェロが細かい4分音譜の動きで荒々しく熱っぽく奏し、4本のホルンが不気味に曲頭の音階の動機を吹きます。アダージョに入り、トロンボーンの動機が現れ、先のアダージョの楽節のように金管によって豊かに扱われます。金管の荘厳なコラールによりクライマックスに達すると、突然冷水を浴びせるように弦が下降音型を奏で、木管、金管もその響きに合わせます。弦は引き続き、溢れるような歌を奏で、ホルンが中心主題の断片を名残惜しそうに吹きます。フルートとファゴットが静かに曲のはじめに出てきた旋律を回想した後、最後に全楽器により荘重に、そして無限の彼方に昇って行くように曲は閉じられます。
<第7交響曲の魅力を十分に伝えたリントゥ&名古屋フィル>
第6番が演奏された後の拍手が収まると、リントゥさんが舞台に現われ、すぐに第7番の演奏が始まりました。第6交響曲の時とは違って、冒頭から衿を正したような指揮ぶりでした。中間部のトレモロでは、やや集中力に欠けたところがあったように感じられたものの、リントゥさんと名古屋フィルは、全体を通じて見事な演奏を聴かせてくれました。清澄な響きから雄大なクライマックスに至る神々しい音楽を真摯に演奏し、このシベリウス最後の交響曲の魅力を十分聴衆に伝えたと思います。ラストに於いてはトロンボーンの響きに負けることなく、弦楽器が厚みのある美しいハーモニーを奏で、名古屋フィルがここまで表現できるようになったのかと、嬉しさとともに感慨深いものがありました。来年5月の名古屋フィル定期演奏会では、金聖響の指揮でシベリウスの第5交響曲が予定されているようですが、その次には、ぜひとも第4交響曲、そして第3交響曲を取り上げていただきたいものです。
《参考にしたCD》
♪ ニールセン 序曲『ヘリオス』Op.17,FS.32
☆ ジャン・マルティノン(指揮)シカゴ交響楽団
[RCA 82876762372]
♪ グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調 Op.16
☆ レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)、ディミトリー・キタエンコ(指揮)ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
[Virgin
CLASSICS 7243 5 61745 2 8](1990年6月録音 グリーグホール、ベルゲン)
♪ シベリウス 交響曲第6番 ニ短調 Op.104
☆ ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[DG 457 748‐2](1967年4月、9月録音、イエスキリスト教会、ベルリン)
☆ オッコ・カム(指揮)ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
[TDK‐OC014](1982年1月22日ライブ録音
東京厚生年金会館)
☆ パーヴォ・ベルグルンド(指揮)ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
[EMI 7243 5 68646
2 7](1986年5月録音 カルチャーホール、ヘルシンキ)
※ カラヤン盤は、ベルリン・フィルの機能を活かした精緻な演奏で、オーロラのように冷たい光を放っています。カム盤は、虚飾を廃した素朴で味わいのある演奏。ベルグルンド盤を聴くと、フィンランドの静寂な森と湖の風景が懐かしく想い出されます。
♪ シベリウス 交響曲第7番 ハ長調 Op.105
☆ ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[DG 457 748‐2](1967年4月、9月録音、イエスキリスト教会、ベルリン)
☆ ユージン・オーマンディ(指揮)フィラデルフィア管弦楽団
[RCA BVCC‐38124](1975年12月10日録音、スコッティッシュ大聖堂、フィラデルフィア)
☆ エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
[ALTUS ALT054](1977年10月19日、NHKホール、東京
ライブ録音)
※ カラヤン盤は、ベルリン・フィルと精緻かつ圧倒的な盛り上がりで聴かせます。オーマンディ盤はフィラデルフィア管の磨き抜かれた豊かな音色により明快でスケール感溢れる演奏を繰り広げています。ムラヴィンスキー盤は1965年のモスクワ音楽院でのライブと同様、強靭かつ透明な弦、力強い金管により、劇的ともいえる崇高さを表しています。
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