ミスター・アートのコンサート&CDレビュー♪
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 Review No.034  for Concert
 2007.11.6  18:45  Aichi Prefectual Art Center - Concert Hall
 The Mariinsky Orchestra, St. Petersburg  -  VALERY GERGIEV
アーティスト: サンクトペテルブルグ・マリインスキー劇場管弦楽団 名古屋公演 ワレリー・ゲルギエフ指揮
演奏会場: 愛知県芸術劇場コンサートホール
プログラム前半: チャイコフスキー作曲 バレエ音楽「白鳥の湖」作品20 より
                        Tchaikovsky: "Swan Lake" op.20  - Suite (Gergiev-serection)
プロコフィエフ作曲 バレエ組曲「ロメオとジュリエット」
                        Prokofiev: "Romeo & Juliet"  - Suite (Gergiev-selection)
プログラム後半: ストラヴィンスキー作曲 バレエ音楽「春の祭典」
                        Stravinsky: Le sacre du printemps
アンコール曲: リャードフ作曲 交響詩「バーバ・ヤーガ」 作品56
                       Lyadov: Baba Yaga, op.56
チャイコフスキー作曲 バレエ音楽「眠れる森の美女」作品66 より   ワルツ
                       Tchaikovsky: "Sleeping Beauty" op.66   - Waltz
ワレリー・ゲルギエフ
<楽器配置と指揮台、指揮棒なしのゲルギエフ>

楽員が出て来る前にコントラバスはステージに向かって左側奥、チェロは右手に既に置かれていました。ステージ向かって左側から第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリン12、その左手奥にコントラバス7、中央から右にチェロ10、ハープ2、右側前面にはヴィオラ10が並んでいました。中央のひな段は手前から木管群、金管群、打楽器群と並んでいますが、金管は左からトランペット、トロンボーン、テューバ、その右側はホルンが4本でした。最上段の打楽器は左に小太鼓、中央にかけてティンパニ、その右に大太鼓、ドラという布陣でした。指揮者は通常、ステージに向かって左側から出入りしてますが、ゲルギエフさんは右側から出てきました。そして普通なら指揮台に上がるわけですが、その指揮台がないのです。ゲルギエフさんは弦楽器奏者と同じ平土間で指揮するという珍しい光景でした。一方、ヴァイオリンの後ろの方にはひな壇がありました。ゲルギエフさん、この日は指揮棒を持って登場しましたが、2003年11月、東京のNHKホールで聴いたマーラー交響曲第3番の時は指揮棒なしでした。曲によって指揮棒を使うか否かを決めるようです。


<“終曲”のない「白鳥の湖」の抜粋>

今回、演奏される「白鳥の湖」は、有名な《情景》で始まり、《終曲》で終わる組曲だとばかり思い込んでいました。その最初の《情景》でオーボエに少しミスが出て先行き不安でしたが、その後は持ち直しました。コントラバス、チェロの本数が少ないにもかかわらず、低音の響きはたっぷりとして厚みがありました。びっくりしたのはトロンボーンのソロで、その朗々とした太い音はテューバの音と思ってしまうほどでした。4曲目に演奏された《情景》でのヴァイオリンとチェロのソロはともに線が太く、真近で聴いているかのように大きく聞こえました。楽器ソロも含めオーケストラの音色の美しさに欠けるからでしょうか、今ひとつ乗りきれない感じではありした。《ハンガリーの踊り》からは生き生きした演奏になり、この調子なら《終曲》は、盛りあがって大円団となるはずでしたが、最後は、あれっ?と思うような中途半端な終わり方でした。後からプログラムをよく見てみると、〔情景、ワルツ、4羽の白鳥たちの踊り、情景、ハンガリーの踊り、情景(ロットバルトの死)〕となっていて、最後は《終曲》という表示ではないのです。最後が《情景(ロットバルトの死)》では尻切れトンボの感じが否めません。カラヤンやアンセルメなど多くのCDでは組曲の最後にある《終曲》を今回なぜ演奏しなかったのでしょうか。その疑問は後から解説書を読んで、ようやく解けました。チャイコフスキー自身が演奏会用に編んだ組曲は、1882年10月21日に初演されたのですが、その時の組曲では第4幕の終曲を一部省略した《情景・終曲》が最後に置かれていたのです。今日では、この組曲版をもとにして、指揮者により多少の変更があるようです。ゲルギエフさんとしては、この抜粋をチャイコフスキーが編んだままの組曲として忠実に再現したということなのでしょう。それならば演奏会の曲目も『「白鳥の湖」より』とするのではなく、『組曲「白鳥の湖」(原典版)』とでもすべきだと思うのですが‥。その演奏はバレエが踊れるようなオーソドックスなテンポでしたが、粗削りながら力強くスケールの大きなスヴェトラーノフのCDを聴いた耳には、物足りなさを感じました。


<「ロメオとジュリエット」>

シェークスピアは37もの戯曲を書きましたが、その中で「ロメオとジュリエット」はベルリオーズ、グノー、チャイコフスキー、バーンスタインなどの名だたる作曲家によって様々な形で作品化されてきました。その中でプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」は最も親しまれている作品で、プロコフィエフのモダニズムからロマンティシズムに復帰する転換期に書かれました。チャイコフスキー以来の古典的なバレエで、明るさと悲しみ、情熱、リリシズムが混在し、現在では20世紀の名作として親しまれています。しかしこの作品の作曲から初演までの道程は平坦ではありませんでした。ロシア革命の前、1918年に祖国を離れたプロコフィエフは、ソ連に復帰した1935〜6年に全52曲を作曲しました。その音楽は前衛的な作風から親しみやすいものへと変わっていました。ロシア的な題材によらないバレエというのは、チャイコフスキー、グラズーノフ、ミンスクと続いた近代ロシアのバレエ史において画期的なものであり、それまで前衛的なバレエ音楽を書いていたプロコフィエフにとっても、やはり新しい取り組みでした。最初の台本ではジュリエットは間一髪、ロメオが自殺する前に目をさますハッピーエンドで終わることになっていました。しかしプロコフィエフは急遽ラストを原作どおりの悲劇に書きかえたのです。このことが「社会主義には悲劇はない」とするイデオロギーに反し、公演は破棄されてしまい、このバレエが初演されるまで5年も経ってしまったのです。その間、プロコフィエフは音楽がお蔵入りするのを避けるため、このバレエ音楽から管弦楽第1組曲Op.64bis(1936年11月)と第2組曲Op.64ter(1937年4月)を編みました。今回の演奏はその第1組曲と第2組曲から〔モンタギュー家とキャピュレット家、少女ジュリエット、僧ローレンス、メヌエット、仮面舞踏会、別れの前のロメオとジュリエット、タイボルトの死〕の7曲を選んで演奏されました。

マリインスキー劇場[バレエ組曲「ロメオとジュリエット」各曲の場面と音楽]


1曲目の《モンターギュ家とキャピレット家》は第1幕の舞踏会の場面での「騎士の踊り」が中心ですが、
その前に第7曲「大公の宣言」(第3幕の前奏曲でもある)が置かれ、悲劇的な結末を暗示しています。

2曲目の《少女ジュリエット》は舞踏会が始まる前、控間で乳母をからかって踊るジュリエットを描いています。
冒頭のヴァイオリンと木管楽器で歌い継ぐ主題は、おどけたジュリエットの愛らしさを描いています。

3曲目の《僧ローレンス》は第2幕でロメオが僧ローレンスにジュリエットへの愛を打ち明ける場面を描写しています(第28曲)。
ここではチェロが僧ローレンスの人柄を表すかのように穏やかに語りかけています。

4曲目の《メヌエット》はロメオとジュリエットの出会いの場となるキャピュレット家の舞踏会に招待した客人たちが登場する音楽(第11曲)です。

5曲目の《仮面舞踏会》はキャピュレット家の舞踏会に忍び込むロメオたちを描いた曲(第12曲)です。
力強いアクセントに特徴があり、気分を高めていきます。

6曲目の《別れの前のロメオとジュリエット》はジュリエットの寝室での場面です。
タイボルトを殺したため、追放されることになったロメオがジュリエットに別れを告げる悲壮感に満ちた第3幕の音楽(第39曲)です。
冒頭のフルートの旋律や2人の愛の主題を織り交ぜながら進んで行きます。

7曲目の《タイボルトの死》は親友のマキーシオを殺されたロメオが、タイボルトと決闘の末、彼を殺してしまう場面です。
第2幕の幕切れの場面の音楽を巧みにつなぎ合わせて作られており、
最後の葬送行進曲が異例の4分の3拍子で書かれ、劇的に高まって終わります。



<ロシアのオーケストラの実力の片鱗が感じられ、迫力と機動性に富んだ演奏>

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、さすがロシアのオーケストラの実力の片鱗が感じられた演奏でした。チェロ、コントラバスの低弦が厚みのある音を出し、ヴァイオリンのきちっと揃った高音は聴きものでした。金管ではホルンが力強い音を出し、トランペットソロも上手いと思いましたが、旧ソ連のオーケストラに聴かれた突き抜けるような鋭い音ではありませんでした。これは劇場のオーケストラであることも一因かもしれませんし、ゲルギエフの指導による薫陶によるものかもしれません。それとロシアのオーケストラもインターナショナル化から免れられず、ローカル色が薄れてきたからなのかもしれません。「タイボルトの死」では、予想したとおり、ゲルギエフさんの統率下、オーケストラは迫力と機動性に富んだ演奏を繰り広げました。この曲で思い起こされるのはもう30年ほど前になりますが、テレビで見たロジェストベンスキーとモスクワ放送交響楽団の演奏です。切れ味鋭い迫真の演奏が繰り広げられ、今も脳裏に焼き付いています。あの時の演奏を凌駕するものにはなかなか出会えないものです。



<バレエ音楽「春の祭典」作曲の経緯とセンセーショナルな初演>

ストラヴィンスキーは1910年の「火の鳥」から1957年の「アゴン」まで13曲ものバレエ音楽を書きましたが、その中で人気があるのは、初期の作品「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」のいわゆる3大バレエです。前2作がロマン主義や印象派の影響を留めていたのに対し、「春の祭典」は、抽象的なバーバリズムを狙い、複雑なリズム、原始的な迫力に富んでおり、現代音楽の古典的存在として、最も人気のある20世紀の名曲となっています。「春の祭典」の着想がわいたのはストラヴィンスキーがペテルブルクで1910年に「火の鳥」の最後の部分を書いていた時でした。邪教的な題材を得意とする画家で友人のレーリヒと共同で筋書きを1911年夏に作り、1912年11月にスコア全体のオーケストレーションが完成しました。初演は1913年5月20日、パリのシャンゼリゼ劇場で行われ、聴衆に強烈な印象を与え、センセーションをまき起こしました。

[第1部「大地礼賛」] 古代ロシアの異教徒が大地に春を呼ぼうとする儀式の様子を描いたものです。

その第1曲「導入」は忍びよる春の神秘を表すファゴットの神秘的な旋律で始まります。
クラリネットやオーボエなどの木管やトランペットが入れ代わり加わって行きます。
再びファゴットの旋律が現れ、そこに弦楽器のピチカートが意味ありげに鳴ります。そして鳴動が起こり始めます。

第2曲「春のきざしと乙女たちの踊り」は若き原始人の女性の踊りを表し、
強烈な弦のトゥッティによるスタッカートのリズムには心が沸き立ちます。
ファゴットがぶっきらぼうな主題を吹き、ホルンが第2の主題を奏し展開して行きます。
クライマックスが形作られ、春の喜びを告げるような主題がトランペットに現われます。

第3曲「誘拐の遊戯」に入ると、大太鼓の一撃が加わりティンパニが鳴り渡ります。
原始社会の略奪結婚を描いたもので、トロンボーンやトランペットが唸りをあげ、変拍子となって打楽器が力強く鳴り響きます。

第4曲「春のロンド」ではフルートのトレモロにのって小クラリネットとバスクラリネットが太古の春を示すような物憂げなロンドを吹きます。
チェロ、コントラバスが深みのある響きで悠久のフレーズを奏でた後、
ティンパニの強打、そしてトロンボーンなど金管群の呻きが加わり、打楽器群が烈しく打ち鳴らされます。
静まると小クラリネットとフルートが吹く最初のロンド主題に戻ります。

第5曲「敵対する部族の戯れ」では低音弦をバックにトランペットと高音弦群により第1の旋律が現れ、展開していきます。
第2の旋律が高音弦に現れ、この2つの旋律が対立し絡み合いながら、低弦と金管が唸りをあげ、打楽器が響き渡ります。

第6曲「賢人の行列」は原始村落で祭祀のリーダーである長老や賢人の行進を表しています。
ファゴットと低音弦のリズムにのってテューバにより重々しい旋律が奏されます。
つづく第7曲「大地への口づけ」は極めて短いレントで、賢人たちが大地を讃えて拝むところが神秘的な弦の響きにより示されます。

そして第1部の最後、第8曲「大地の踊り」ではテンポの速い踊りが繰り広げられます。
大太鼓、ドラ、ティンパニの響きに、ホルン、トランペットと弦楽器の細かい動きが絡みあい、激しい勢いのうちに締めくくられます。

バレエ「春の祭典」[第2部「いけにえ」] 夜の情景を表し、春を呼ぶために太陽神イアリロにいけにえとして捧げられた処女が踊りながら死んでしまう様子が描かれています。

第1曲「導入」のラルゴは3本のフルートがクラリネットの伴奏により陰欝な異教徒の夜を暗示します。
ヴァイオリンのソロを含む精妙な弦楽器の響きが印象的で、次の曲のテーマが顔を出し、
金管や木管、弦楽器と、いろいろなリズムに彩りが加えられて繰り返されます。

第2曲「乙女たちの神秘な集い」は乙女たちが集まっていけにえを選び出す場面です。
幻想的な第1の主題が弦楽器により奏され、もうひとつの主題がアルトフルートのソロで吹かれます。
この主題は2本のクラリネット、弦楽器に受け継がれると、弦のピチカートのリズムにのって、重苦しい感じの第3主題が現れます。
最初の主題が再び現れて発展し、トランペットが導いて荒々しいリズムとなり、次の場面へとなだれ込んで行きます。

第3曲「選ばれた乙女への賛美」では、リズムも拍子も変転し、恐ろしさが増してきます。
断片的ながら「火の鳥」の主題を思い起こさせるメロディが顔を出し、各楽器が絡み合いながら独特の効果を上げています。

第4曲「祖先の霊の呼びさまし」はいけにえを祭るために祖先の霊を呼びさます場面です。
ティンパニの強打に導かれ金管により原始的な祈りが力強いモティーフとして現れます。

第5曲「祖先の儀式」では低弦と打楽器のリズムにのってイングリッシュホルンとアルトフルートが神秘的なメロディーを奏でます。
祖先の霊への儀式に入り、ファゴットが刻むリズムの上をアルトフルートが細かく揺れる音型を奏でます。
トランペットによって祖先の霊がいけにえの乙女を受けいれるようにとの祈りが始められます。
フルートの音型はいつまでも続き、ヴァイオリンのトレモロによって春の角笛が模写されます。
トゥッティになり、クライマックスになるにつれてトランペットに現れたメロディが繰り返されて行きます。
バストランペットに続いて、クラリネットがけだるいメロディを変形して奏します。

第6曲の「いけにえの踊り、選ばれた乙女」では、いけにえの苦悶を表すかのようにトゥッティで切迫したモティーフが奏されます。
ピッコロ、小クラリネット、トランペットにヒステリックなモティーフが現れ、苦悶と興奮が深まります。
いけにえの死を意味するメロディが金管楽器により吹かれます。
金管楽器と打楽器の耳をつんざくような響きに、いけにえの女性が倒れかけて、
祖先の霊がこれを抱え、太陽の神イアリロに捧げられる凄絶なフィナーレとなります。



<バレエ音楽「春の祭典」各場面で印象に残ったのは‥>

この曲の演奏では、金管と木管楽器が増え、ホルンが8本、テューバも2本になり、打楽器ではティンパニ奏者が2人に増えました。第1部第1曲「導入」の冒頭からバスーンが肉厚のある表情豊かな音を出して傑出していました。第2曲「春のきざしと乙女たちの踊り」は衝撃的な出だしですが、印象に残ったのは、弦がスタッカートのリズムをきざむところです。最初は、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスだけで、第1ヴァイオリンはこれに加わらないのですが、途中から、今度は第2ヴァイオリンが抜けて、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスで同じリズムをきざむんですね。楽譜の読めない私には、3階席からオーケストラの様子を眺めることで、ここでの楽器の使い方がわかりました。第1部の終わりの「大地の踊り」では、弦の激しい動きにのってトランペットが短く速いフレーズを吹くところが圧巻でした。第2部前半は一転して静かで精妙になりますが、濃厚な味つけで、この曲は「ロシア」の太古が舞台だということを思い起こさせてくれます。第4曲「祖先の霊の呼びさまし」の演奏ではティンパニが目立ちました。第1ティンパニ奏者はスリムな体形で、左右のティンパニを同時に叩く時、上着の下の白いワイシャツの肩のところが時々見えるのです。それほど両腕を広げて、弾むようにバチを叩いていました。最後の場面「いけにえの踊り、選ばれた乙女」では劇的に演奏が進められましたが、ゲルギエフさんは最後のところでテンポをぐっと落とし、その後、長い沈黙が続きました。そして最後は、すべてが終わる強靭な一撃によって曲が閉じられました。この由緒あるロシアの劇場オーケストラは緊張感を保ちながらも決して冷たくならない響きを持っています。金管は突出することなくバランスのある音を出し、弦は厚みがあってよく統率されていました。ロシアのオーケストラ特有の厚みのある低音は健在で、右手寄りに並ぶチェロの音に少し遅れて、左側奥の7本のコントラバスが厚みのある音を出していました。音量の大きさという点では、レスピーギの「ローマの松」「ローマの祭」やショスタコービッチの交響曲の方が「春の祭典」より勝っていると思います。このバレエ音楽はじっくり感動して聴いたというよりは、オーケストラの響きやリズムに自然と酔いしれたといった方がいいでしょう。曲が終わると、ゲルギエフさんは、ほぼ満員の聴衆から大喝采を浴び、何度も呼び返されました。ファゴットとティンパニのソロ奏者を立たせただけで、他の楽器の奏者を立たせることはありませんでした。この曲の要の楽器が素晴らしい演奏を繰り広げたことに敬意を示したものかと思いますが、それ以外、楽員、聴衆に対し余分なサービスをしないのはゲルギエフさんらしいと思いました。


<興味津々のアンコールは2曲&聴きたかった前日の東京公演>

アンコールは、ゲルギエフさんが聴衆の方を向いて、「リャードフ、バーバ・ヤガー」とアナウンスするのが、はっきり聞こえました。今年の夏にPMFオーケストラのアンコール曲で聴いた(レビューNo.29)ところでしたので、比較してどんな演奏を繰り広げるのか興味津々でしたが、これが期待に違わぬいい演奏でした。ゲルギエフさんは速めのテンポでぐいぐい進めて行きます。勢いがあり、トロンボーンの張りのある音と弦楽器の低音の効いた響きが印象的でした。そして最後は、木管が茶目っ気を持って鳴り、終わりました。アンコール2曲目はゲルギエフさんのアナウンスがよく聞こえませんでしたが、出てきた音楽からすぐにわかりました。チャイコフスキーの「眠りの森の美女」から《ワルツ》でした。ここでは一転して力を抜いた優美な音楽が繰り広げられ、満場の拍手を受けていました。今回聴いたロシアバレエ音楽を集めたプログラムはNHK音楽祭2007と同じでしたが、ゲルギエフさんとマリインスキー劇場管弦楽団の2007年日本公演の他のプログラムも大変意欲的で興味深いものが並んでいました。名古屋公演の前日、東京のサントリーホールでの演奏会はチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」とラフマニノフの交響曲第2番という最も聴いてみたいプログラムでしたが、東京まで行く状況になく、涙をのんで諦めました。


(2007.12.31 UP)



《参考にしたCD等》

♪ チャイコフスキー: 「白鳥の湖」Op.20
☆ エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)ソビエト国立交響楽団
[Gramzapis CDKM 1002]
スヴェトラーノフ盤は今回の演奏会の曲目に「スペインの踊り」「ナポリタンの踊り」「マズルカ」が加えられていますが、
ゲルギエフさんの表現が生温いと思ってしまうほど濃厚かつ劇的な演奏でワクワクしてしまいます。
ところが終わり方はゲルギエフさんと同じ尻切れトンボなのです。

♪プロコフィエフ: バレエ組曲「ロメオとジュリエット」 Op.64

☆ エルネスト・アンセルメ(指揮)スイスロマンド管弦楽団
[DECCA 440 630‐2]
☆ エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
[PHILIPS 420 483‐2](1981年12月30日、ライブ録音、レニングラード・フィルハーモニー大ホール)
アンセルメ盤は10曲の抜粋で、デッカの素晴らしい録音と相まってバレエの情景が目に浮かぶような演奏です。
ムラヴィンスキー盤では第2組曲6曲が取り上げられていて、そのスケールの大きさと稟とした清廉な演奏には胸動かされます。


♪ ストラヴィンスキー: 「春の祭典」

☆ ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
[PALEXA CD‐0531](1978年8月31日、ライブ録音、ルツェルン、スイス)
☆ エサ=ペッカ・サロネン(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
[SONY SBK89894](1989年)
カラヤン盤は、珍しいライブ盤でベルリン・フィルのソロの上手さが際立ち、オペラのようにドラマティックで熱のこもった演奏です。
サロネン盤は、疾走するようなテンポなのですが、リズムの切れ味鋭くシャープな迫力が魅力的な演奏。


♪ リャードフ: 交響詩「バーバ・ヤガー」Op.56

☆ ミハイル・プレトニュフ(指揮)ロシア・ナショナル管弦楽団
[DG POCG‐1962 447 084‐2](1994年4月録音、モスクワ音楽院大ホール)

♪ チャイコフスキー: バレエ「眠れる森の美女」Op.66より《ワルツ》

★ エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)NHK交響楽団
[NHKテレビ録画](2000年10月7日定期演奏会録画、NHKホール)
晩年、N響を指揮してロシア物に見事な演奏を繰り広げたスヴェトラーノフの映像。
この《ワルツ》の中間部では、突然取り出したハンカチを顔に当てて両手で拭き始め、
その間、指揮せずにオーケストラに任せていた珍しい光景に唖然としてしまいました。



 
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