ミスター・アートのコンサート&CDレビュー♪
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 Review No.036  for Concert
 2008.1.18  18:45  Aichi Prefectual Art Center - Concert Hall
 Nagoya Philharmonic Orchestra  -  TADAAKI OTAKA
  MASAAKI SUZUKI(ORG)  CHIEKO TERATANI(MS)  TUYOSHI MIHARA(T)
  Okazaki Mixed Chorus  Okazaki Sinior High School Chorus Club
アーティスト: 名古屋フィルハーモニー交響楽団(第343回定期演奏会)  尾高忠明指揮
    
鈴木雅明(オルガン) 寺谷千枝子(メゾソプラノ) 三原剛(テノール)
岡崎混声合唱団 愛知県立岡崎高等学校コーラス部 近藤惠子(合唱指揮)
演奏会場: 愛知県芸術劇場コンサートホール
プログラム前半: 尾高惇忠作曲 オーケストラのための「肖像」
                        Atsutada Otaka: "Portrait" for Orchestra
プーランク作曲 オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調
                        Poulenc: Concerto for Organ, Strings and Timpani in G
プログラム後半: デュリュフレ作曲 レクイエム 作品9
                        Durufle: Requiem, op.9
尾高忠明<未知の曲が並んだプログラム「フレンチ・オルガン・コネクション」>

尾高忠明さんの振る名古屋フィルの演奏は、昨年、記念の年に組まれたエルガープログラム(レビューNo.27)など印象に残るものが多くあり、また聴きたいと思っていました。フレンチ・オルガン・コネクションと題された今回のプログラムは、フランスのオルガンに関わる3人の作曲家の作品が取り上げられました。プーランクのオルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲、デュリュフレの「レクイエム」、それに忠明氏の兄、尾高惇忠:オーケストラのための『肖像』と、めったに聴けない(聴いたことがない)曲目が並んでいました。しかし尾高忠明さんの指揮、鈴木雅明さんのオルガンという当代随一の演奏家により、未知の曲を聴くことができるということで、前々からこの演奏会を楽しみにしていました。前もってプーランクとデュリュフレの曲を何度かCDで聴いて演奏会に臨みました。演奏会場のコンサートホールは、馴染みのない曲目が並んでいるためでしょうか、3階には空席が目立ちました。



<暗い雰囲気と輝かしい響きの「オーケストラのための『肖像』」>


尾高惇忠(1944〜)は戦後、日本の音楽界で指揮者、作曲家として活躍した尾高尚忠(1911〜1951)の長男で、パリで音楽を学びました。そのパリ留学時代にデュリュフレにオルガンを師事したこともあり、「フレンチ・オルガン・コネクション」と題されたこの演奏会のプログラムの最初を飾るのに相応しい作品です。1993年8月12日、京都会館に於いて、弟の尾高忠明の指揮、京都市交響楽団により初演されました。3本のトランペットが重々しく静かに鳴って、曲は始まります。暗い雰囲気の曲想が続き、そのうち3本のトランペットによる輝かしい音を皮切りに、舞台に向かって左側に配置された打楽器群が全開となります。ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、ハープ、トムトム、チェレスタに鉄琴、ビブラフォン、ボンゴまで加わり、金管が輝かしい音響を奏でます。その後、再び、暗い雰囲気の曲想に戻り、輝かしい盛り上がりをみせた後、最後は3本のフルート等により静かに曲は終わります。最初は武満徹の暗い色調の音楽(レビューNo.35)を思い起こしましたが、その後の多彩な打楽器による輝かしい響きは聴きものでした。拍手に応え、尾高忠明さんはトランペット奏者を立たせ、また客席にいる尾高惇忠さんを讃え紹介しましたが、3階の私の席からはその姿は見えませんでした。



<見事な楽器のコラボレーション;プーランク「オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲」>


バレエ組曲「牝鹿」などで知られるプーランクは「エスプリの作曲家」とも称されていますが、この「オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲」は同じ人が書いたとは思えないほど、その曲想は違っています。曲はその名前が示すようにオルガン、弦楽器とティンパニだけで演奏され、管楽器は除かれていますが、その管楽器の代わりにオルガン独奏が多彩な音色を作り出しています。全曲は7つの部分からなり、切れ目なく演奏されますが、この曲の楽想、構成にはブクステフーデやバッハの幻想曲の影響があるとされています。卓越したピアニストだったプーランクですが、オルガンには精通していたとは言えず、傑出したオルガニストのデュリュフレの助言を得て、この曲が出来上がりました。1939年6月にパリに於いてデュリュフレのオルガン独奏、デゾルミエールの指揮により(聴衆を入れての)初演が行われました。曲は冒頭アンダンテで厳かな楽想が、いきなり独奏オルガンの強奏により現れます。これは何となくミュージカル「オペラ座の怪人」のテーマ音楽に似た感じがします。この楽想を弦楽器とティンパニがオルガンと交互に奏して行きます。突然、活発なアレグロ・ジョコーゾに移り、“非常に柔らかく、そして強く”と指示された旋律が、リズミカルに弦楽器によって奏され、オルガンと掛け合いながら進んで行きます。その後、対照的なアンダンテ・モデラートに変わり、オルガンと弦楽器が透明な色調でポリフォニックに奏します。途中、劇的に高潮するところもありますが、その清澄で荘重な雰囲気は印象的です。次のアレグロ・モルト・アジタートでは「きわめて、はつらつとして、快活に」と指示があるように、活気と興奮に満ちた音楽が繰り広げられ、オルガンと弦楽器、ティンパニとの多彩な競奏が続きます。最後のところでチャイコフスキーの「悲愴」第4楽章のフレーズに似たところが少し顔を出し、穏やかで静かなレントを挟んで、最初のアレグロが再現されます。はつらつとした音楽がさまざまに変奏され、“非常に活動的、陽気に”進行した後、冒頭の主題が“非常に静かに、ゆっくりと”したテンポでオルガンとビオラのソロにより再現され、穏かな中に消えていきます。最後はオルガンに3小節のモティーフが現れ、フォルテシモの一撃により曲は閉じられます。



<パイプオルガンの多彩な音を堪能する!>


「オーケストラのための『肖像』」の演奏の後、楽員はいったん退席し、場内は暗くなって、ティンパニが舞台左側から中央へ移されます。編成は弦楽器が縮小され、コントラバスは6本になりました。弦楽オーケストラとティンパニ、パイプオルガンだけからなる協奏曲ですので、金管と木管の奏者はいません。尾高忠明さんがステージの指揮台に、鈴木雅明さんがパイプオルガン前中央のコンソール(演奏台)の前に登場し、お辞儀をして演奏が始まりました。冒頭のオルガンの響きからすっかり引き込まれてしまいました。ゴシック風の堅固な響きに始まり、途中から軽やかな楽想に変わり、クラリネットの音色かと思うような響きも聞こえてきて、パイプオルガンの多彩な音が楽しめました。オルガンに呼応して、尾高さんの指揮の下、オーケストラも見事な伴奏で、とくにヴァイオリンの細やかな音はCDでは聴けないものでした。要所要所でアクセントを付けるティンパニもオルガン同様、主役のはずですが、圧倒的なパイプオルガンの響きの前には影が薄く感じられました。オルガン、ティンパニと弦楽オーケストラを融合し、各楽器の能力を引き出す巧みなオーケストレーション、それに荘厳さ、輝かしさ、優しさ、堅固な力強さなどを見事に表し、魅力あふれる曲だと思います。これまで、このホールでサンサーンスの交響曲第3番やR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」、レスピーギの「ローマの松」といった部分的にパイプオルガンの入った管弦楽曲を聴いてきましたが、全曲を通してパイプオルガンが鳴っているのを聴くのは初めてのことでした。生で聴くこの曲でのパイプオルガンの音には、力強さ、荘厳さだけでなく、デリケートさや軽やかさも感じられました。以前、このホールのパイプオルガンは音が小さくて、あまり響かないイメージを持っていましたが、今回は、音が大きく聴こえ、オーケストラの音を包みこむかのような音量があり、このホールのパイプオルガンの響きをはじめて堪能しました。



<パイプオルガン補助者の動きが気になって‥>


遠いながらも3階の席からは、正面のパイプオルガンの様子がよく見えました。気になったのは、譜面をめくる役で黒いパンタロンスーツの若い女性の動きでした。最初、パイプオルガンを弾き続ける鈴木雅明さんの右側の補助椅子に座っていましたが、途中から立ち上がって、譜面をめくるだけでなく、左側に行ってパイプオルガンのストップ・ノブ(音栓つまみ)を引いて右側に戻ります。さらに鈴木雅明さんが座っている椅子の右側に座って、足元のペダルを踏んでいるようでした。こうした様子を見ていると、オルガニストは両手両足を使って演奏しているので、オルガンや曲によっては、音色の調整や音量の調節など補助者の助けがないと演奏ができないことがわかります。



<オルガニスト、デュリュフレと「レクイエム」>


モーリス・デュリュフレ(1902〜1986)はフォーレと同じように少年時代から聖歌隊で教会音楽の実践体験を積み、作曲はパリ音楽院でポール・デュカスなどに師事しました。卒業後はパリの主要な教会のオルガン奏者を歴任し、母校の和声学の教授としても活躍しました。オルガニストとしても多忙でしたが、1975年に女性オルガニストでもあるマリー=マドレーヌ夫人とともに自動車事故に遭い、晩年は演奏活動が続けられませんでした。オルガニストとして、この演奏会でも取り上げられたプーランクの「弦楽とティンパニのための協奏曲」など様々なオルガンのための音楽を初演し、このプーランクの協奏曲やサンサーンスの交響曲第3番、バッハのオルガン曲など録音も数多くあります。彼が作曲し出版した作品は、生涯でわずか14曲と少ないのですが、その中で、この「レクイエム」が最もよく知られています。作曲は1947年、彼が45歳の時に楽譜出版社の依頼によるものでした。当時、「死者のためのミサ」のグレゴリオ聖歌の旋律に基づくオルガン組曲が構想中で、その素材がレクイエムへと発展することになりました。最終的に出版された譜面に「父の思い出に」という献辞があり、父への追悼の念が込められていると考えられています。作品は1947年9月に完成し、同年11月、放送により初演され、公開演奏会はその年の12月28日、ポール・パレー指揮コロンヌ管弦楽団により行われました。フルオーケストラ版の他に、教会に於いても演奏できるように、作曲者自身が編曲したオルガン版と室内オーケストラ版が1961年に出版されています。



<「レクイエム」と呼ばれているのは‥>


「死者のためのミサ」が「レクイエム」と呼ばれているのは、その冒頭の言葉「レクイエム・エテルナム(永遠の安息を、主よ、彼らに与えたまえ)…」によるものです。逝きし者のために遺された者が「レクイエム」を歌うのですが、それはただ悲しみの歌ではありません。キリスト教では死は永遠の安らぎを得るための出発点で、遺された者は、死者の安らぎを祈り、神を讃えて「レクイエム」を歌います。しかし罪深い現世の身への最後の審判が下され、「レクイエム」にはその状況も描かれています。ベルリオーズやウ゛ェルディの「レクイエム」は最後の審判の情景をドラマティックに描くことにより、神の恐ろしさを強調しています。対照的に天上の至福を描くことによって死者の魂を鎮めようとしたのが、フォーレやデュリュフレの「レクイエム」です。



<グレゴリオ聖歌の主題に基づいて作られた「レクイエム」>


曲はT.〈入祭唱〉U.〈キリエ〉V.〈主イエス・キリスト(奉献唱)〉W.〈サンクトゥス〉X.〈ピエ・イエス(慈悲深き主イエス)〉Y.〈アニュス・デイ〉Z.〈永遠の光〉[.〈我を救いたまえ〉\.〈楽園にて〉の9部からなっていて、フォーレの「レクイエム」と全く同じテキストとなっています。最初のT.〈入唱祭〉とU.〈キリエ〉は切れ目なく演奏されます。X.〈ピエ・イエス(慈悲深き主イエス)〉にメゾソプラノ独唱、V.〈主イエス・キリスト(奉献唱)〉と[.〈我を救いたまえ〉にはバリトン独唱が入りますが、これもフォーレの「レクイエム」に倣っています。デュリュフレの「レクイエム」ならではの特徴としては、グレゴリオ聖歌を忠実に使用したことです。「私のレクイエムは、一貫してグレゴリオ聖歌の主題に基づいてつくられています。ある時は完全にテキストを重んじ、オーケストラパートはそれを支えたり、コメントするためにだけ介入します。…私は何よりもまずグレゴリオ聖歌の主題の特徴を活かそうとし、ソレームのベネディクト派修道僧たちが確立したグレゴリオ聖歌のリズムと近代の拍節法を調和させようと努めました。」とデュリュフレは述べています。



<デュリュフレの「レクイエム」の内容>


T.〈入祭唱〉の冒頭は、もやに包まれたような何とも言えない雰囲気で、グレゴリオ聖歌の一節が男性合唱にあらわれ、続いて女性合唱が入ってきて、男性合唱と女性合唱が交互に歌い、オーケストラと対話するように進みます。その美しさは桃源郷にいるかのようです。

U.〈キリエ〉はオルガンの響きにのって、グレゴリオ聖歌の旋律がフーガ風に合唱により歌われます。トランペットが柔らかく吹かれ、その音形をバックに「主よ、憐れみたまえ」の合唱が少しずつ盛り上がりを示し、最後の木管の柔らかな響きの美しさは何と形容したらいいのでしょう…。

V.〈主イエス・キリスト(奉献唱)〉は、オーケストラにより重苦しい旋律で始まりますが、アカペラ風の祈りに満ちた女性合唱に続き、混声合唱が「かれらを獅子の口より救いたまえ…暗黒に陥らないように。」と力強く劇的に歌います。そして女性合唱に続き、バリトン独唱が「賛美の犠牲と祈りを捧げまつる。」と歌います。

W.〈サンクトゥス〉ではオーケストラがうねるような音形を繰り返し奏し、女性合唱が「サンクトゥス(聖なるかな)」と歌うのはたいへん印象的です。そこにフルオーケストラをバックに男性合唱も加わり「Hosanma in excelsis(いと高きところにホサンナ)」と歌い、クライマックスとなります。

X.〈ピエ・イエス(慈悲深き主イエス)〉はこのレクイエムの真ん中に位置し、メゾソプラノが「慈悲深き主イエスよ、永遠の安息を、かれらに与えたまえ」と落ち着いた深みのある声で歌い、それに合わせチェロのソロが美しい調べを奏でます。

Y.〈アニュス・デイ〉では女性合唱と男性合唱が交互に「世の罪を退けたもう、神の子羊、永遠の安息をかれらに与えたまえ。」と歌います。穏やかなひとときで、バックで奏でられる弦楽器によって、ゆらめくような叙情的な旋律が流れ、ハープ、ホルンが夢幻的に鳴り、心が癒されます。

Z.〈永遠の光〉はファゴット、オーボエの吹く素朴な旋律に合唱とオルガン、それにフルート、弦楽器が絡みあって、叙情的かつ厳かな雰囲気を醸しだします。そして変化する和音の上に「レクイエム・エテルナム(永遠の安息を、主よ、彼らに与えたまえ)…」と歌われます。

[.〈我を救いたまえ〉は、たえなる金管の音で始まり、男性合唱が「われを救いたまえ、主よ、恐ろしい日の永遠の死から。」と歌います。やがて混声合唱になって盛り上がり、バリトンが「われ恐れおののく、審判のためにいつか来る怒りの日に。」と歌います。男性合唱から混声合唱となり、フルオーケストラをバックに「かの日、怒りの日、災いと不幸の日。大きな歎きの日」と歌って、激しいクライマックスとなります。フォーレとデュリュフレの「レクイエム」には「怒りの日」はないと言われてますが、このクライマックスに於いて「怒りの日」が顔を出します。最後は混声合唱が金管、弦楽器と掛け合いながら歌い、静かに消え入るように終わります。

\.〈楽園にて〉はハープと弦楽器、ホルンの調べにのって、女性合唱の透き通るような歌声で始まります。オルガンが天から降り注ぐ一筋の光のように響き、永遠の休息を願うかのように静かに曲は閉じられます。



岡崎混声合唱団<清々とした美しい調べ、優しい歌声に癒され、心を洗われる‥>


演奏会に戻って、休憩後はメインのデュリュフレの「レクイエム」ですが、まず合唱団が入場します。このレクイエムを歌うのは、愛知県では進学校で有名な岡崎高校の卒業生と在校生からなる120〜130人の若いアマチュア合唱団です。4段に組まれた台にずらっと若い団員が並びます。向かって舞台上段の左側が、白いブラウス姿の卒業生の女性合唱で、その前に青い制服を着た女子高生が並んでいました。男性の団員も卒業生は黒いスーツ、男子高生は青の制服で、女性よりも少し人数は少ないようでした。

T.〈入祭唱〉では、オーケストラの低音楽器による伴奏にのって、歌いだした合唱団の柔らかな響き、癒されるような歌声に目の前が霞んでしまいました。しばらく柔らかで夢心地の歌声が続きます。

U.〈キリエ〉の出だしのところで、パイプオルガンの音をバックに響く歌声を聴いていると、30年ほど前、パリのノートルダム寺院で聴いたクリスマスイブのコンサートのことが思い出されました。

V.〈主イエス・キリスト(奉献唱)〉や[.〈我を救いたまえ〉での盛り上がりは、ドビュッシーの交響詩「海」やラウ゛ェルの「ダフニスとクロエ」のクライマックスの響きと何となく似たところがあると思いました。

W.〈サンクトゥス〉Y.〈アニュス・デイ〉は瞑想的な雰囲気に心地よさを感じ、その美しくも神秘的な音楽に魅了されました。

X.〈ピエ・イエス(慈悲深き主イエス)〉でメゾソプラノとチェロのソロの掛け合い、そこでパイプオルガンがバックに響くところは、特に印象に残りました。

鈴木雅明さんの弾くパイプオルガンが低音域を支え、その厚みのある響きには心動かされました。2人の独唱者は、声があまり届かず、合唱に埋もれてしまった感じがしました。オーケストラは尾高さんの指揮のもと、柔らかくすっきりとした響きで、大音量の時でも、全くうるささを感じませんでした。ホルンが少しひっくり返ったり、木管に優美さが不足していることを除けば、見事な演奏を繰り広げました。生で聴くオルガンの響きと合唱の歌声に、これまで聴いてきたのとは全く違う音楽の魅力を感じました。何十年と音楽を聴いてきましたが、まだ知らない曲に、こんなすばらしい曲があったとは‥。不協和音は一切なく、透き通るような清々とした美しい調べに、心を洗われるような気がしました。合唱は上手いのかどうか門外漢の私には分かりませんが、曲のはじめから終わりまで、その優しい歌声に癒されました。最後は静かに曲が終わり、雰囲気を壊すフライングの拍手もなく、静寂のひと時があったのは幸運でした。盛大な拍手に応えて、尾高さんと2人の独唱者、合唱指揮者は何度も出て来ました。合唱団も拍手をしていました。尾高さんが眠る仕草をして、オーケストラのメンバーも引っ込んで拍手は止みました。ところが帰る途中、ホールの中で再び拍手が起こっているのがホワイエで聞こえました。おそらく合唱団に対して拍手が巻き起こっていたのでしょう。

(2008.03.02UP)




《参考にしたCD》

♪ プーランク: オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調

☆ ジョルジュ・プレートル(指揮)フランス国立放送局管弦楽団 モーリス・デュリュフレ(オルガン)
[EMI TOCE‐9828](1961年2月21、23日録音)
☆ クラウス・ペーター・フロール(指揮)ベルリン交響楽団 ヨアヒム・ダーリッツ(オルガン)
[Deutsche Schallplatten TKCC‐15129](1986年1月、シャウスピールハウス、ベルリン)
プレートル盤はやや速いテンポでぐいぐい進んで行きます。
オルガンはこの曲の初演者であり、「レクイエム」の作曲者のデュリュフレで、その心に深く響きわたる演奏には強い感銘を受けます。
フロール盤はこの協奏曲の名前どおり、オルガンに互してティンパニがその存在感を大きく示しています。

♪ デュリュフレ: 「レクイエム」 Op.9

☆ ミッシェル・プラッソン(指揮)トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団、オルフェオン・ドノスティアーラ合唱団
アンネ=ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ) トーマス・ハンプソン(バリトン)
マリー=クレール・アラン(オルガン)
[EMI TOCE‐55087](1999年4月9、10日録音、トゥールーズ、フランス)
☆ チョン・ミュンフン(指揮)サンタ・チェチェーリア音楽院管弦楽団、同合唱団
チェチーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ) ブリン・ターフェル(バリトン)
ダニエル・ロッシ(オルガン)
[DG POCG‐10144](1998年6月録音、ローマ)
☆ フレデリク・マルムベルク(指揮)スウェーデン放送合唱団
マレーナ・エルンマン(メゾ・ソプラノ) オーレ・ペルソン(バリトン)
マティアス・ワーガー(オルガン)
[BIS‐SACD‐1206](2004年4月録音、ストックホルム、スウェーデン)

プラッソン盤は柔らかな木管の響きや合唱にフランス独特の雰囲気が感じられ、天国に近いところにいるような気になる演奏です。
ミュンフン盤は劇的な表現が聴きもので、夢心地というよりは地上に近いところにいるような演奏で、
メゾ・ソプラノのバルトリが美しい声で聴かせます。
マルムベルク盤はオルガン版ですが、エリクソンに鍛えられた世界屈指のスウェーデン放送合唱団の透き通るような歌声が魅力です。



 
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