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 Review No.038  for Opera
 2007.12.5  18:30  Center for Culture & Arts, Aurora Hall, Nagoya
 The Leningrad State Opera
       (In Memory of Mussorgsky - Mikhailovsky Theatre) 2007 in Japan
アーティスト: レニングラード国立歌劇場 名古屋定期公演
演奏会場: 旧称 名古屋市民会館大ホール
プログラム: ボロディン作曲/リムスキー・コルサコフ&グラズノフ補筆編曲: 歌劇「イーゴリ公」 全2幕5場
                        Borodin/ Rimsky-Korsakov/ Glazunov: "Prince Igor" 
スタニスラフ・ガウダシンスキー(演出)、アンドレイ・アニハーノフ(指揮)レニングラード国立歌劇場管弦楽楽団、合唱団、バレエ
〔配役〕ニコライ・コピロフ(イーゴリ公)、ヴァレンチナ・サラプロア(ヤロスラーウ゛ナ:イーゴリ公の2番目の妻)、
カレン・アコポフ(コンチャク汗:ポロヴェッツ人の指導者)、アレクサンドル・マトウ゛ェーエフ(ガリツキー公:ヤロスラーウ゛ナの弟)、
ドミトリー・カルポフ(ウラジーミル:イーゴリ公の先妻の息子)、ナタリア・ヤルホワ(コンチャコウ゛ナ:コンチャク汗の娘)

Andrey Anikhanov (Cond.)、Nikolay Kopylov (Prince Igor)、Valentina Sarapulova(Yaroslavna)、Karen Akopov(Konchak Khan)、
Alexander Matveev(Galitsky)、Dmitry Karpov(Vladimir)、Natalia Yarkhova(Konchakovna)


<ボロディン『イーゴリ公』は名古屋初演>

レニングラード国立歌劇場は1991年以降、毎年年末に来日し、日本各地で有名なオペラを上演し、比較的安い料金で多くのオペラファンを楽しませています。これまで見に行ったことはなかったのですが、今回はボロディンの未完の大作(R.コルサコフ、グラズーノフにより完成された)『イーゴリ公』が名古屋で初めて上演されるとあって、会場の名古屋市民会館大ホール(旧名称)に出かけました。『イーゴリ公』はロシアオペラの代表作の1つと言えるものですが、これまで日本で上演された回数は多くありません。1965年のスラブ歌劇(ホルウ゛ァート指揮、NHK交響楽団、ザグレブ国立歌劇場合唱団の演奏)が日本での初演でした。その後、1970年の大阪万博の時、来日したボリショイ劇場(シモノフ指揮、ボリショイ劇場管弦楽団、合唱団)による引越し公演で取り上げられ、また1995年の同劇場来日公演(ソローキン指揮、ボリショイ劇場管弦楽団、合唱団)でも上演されました。そして2007年、レニングラード国立歌劇場の来日公演が『イーゴリ公』の4度目の上演となりました。この後、2008年2月にゲルギエフ率いるサンクトペテルブルク・マリインスキー歌劇場の来日公演で取り上げられたところです。



<遥か昔の中央アジアに想いを馳せる『ダッタン人の踊り』>


『イーゴリ公』というと、『ダッタン人の踊り』が有名ですが、それを初めて聴いたのは、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団のLPレコードによるものでした。その後に買ったアンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団のR.コルサコフの交響組曲『シェラザード』のLPレコードの余白に入っていたのが、この『ダッタン人の踊り』で、合唱が付いていました。『シェラザード』の千夜一夜物語の音楽に続いて、遥か昔の中央アジアに思いをはせるボロディンの音楽を静まりかえった夜更けに、ヘッドフォンで何度も聴いたものです。いつの日か『ダッタン人の踊り』が入ったオペラを見てみたいと思っていましたが、ついに、その望みが叶いました。



<『イーゴリ公』の作曲が進まなかったのは…>


1869年4月、評論家としてロシア5人組の理論的指導者だったスターソフの勧めにより、ボロディンはこのオペラの作曲を思い立ちました。その年9月から作曲にかかり、1879年頃までにいくつかの部分が書かれ、それは演奏会でも取り上げられました。ボロディンはこのオペラを18年抱え続け、夏休みや病気で休養している時を利用しては少しずつ書いていました。秀いでた化学者、医師として本業に力を注ぎ、女子医科大学創立にも尽力したのですから、『イーゴリ公』の作曲が遅々として進まなかったのも当然です。それからこのオペラの台本は、『イーゴリ軍記』をもとにボロディン自身が作曲と並行して書いたもので、作曲する時間がさらに短くなってしまいました。その後、作曲はほとんど進まず、ボロディンが亡くなった時、完成していたのは、プロローグの最初の合唱や『ダッタン人の踊り』が含まれているポロウ゛ェッツ人の陣営の場面などでした。710ページに及ぶフルスコアのうち、リムスキー=コルサコフが368ページについてボロディンの残したピアノ譜やスケッチを基にオーケストレーションを施し、グラズーノフは序曲をまとめ上げ、157ページのオーケストレーションを担当しました。残りの185ページ(全体の4分の1)が、ボロディン自身のオーケストレーションによるものですが、リムスキー=コルサコフの校訂が加えられなかった箇所は1小節たりともなかったそうです。初演は1890年、マリインスキー劇場で行われ、拍手喝采を浴びました。その後、ロシアの歌劇場のレパートリーに定着し、20世紀初頭にヨーロッパ各国でも上演されるようになりました。




<『イーゴリ公』のあらすじ・内容>


一般的にはプロローグ付き4幕の構成なのですが、レニングラード国立歌劇場オペラの今回の公演の幕の構成(プロローグを含む全2幕5場)に沿って、あらすじを追ってみました。


【序曲】 劇中の基本的旋律から成り立っており、ボロディンがピアノで弾くのを何度となく聴いたグラズーノフが、その記憶を基に譜面を書いたものです。ロシア的な深い響きの序奏の後、金管によるファンファーレに続いて、木管により速い動きの旋律が示され展開して行きます。イーゴリ公のアリアの旋律がホルン独奏、木管、弦楽器と受け継がれていきます。これまで出てきた旋律が繰り返されますが、コンチャク汗のアリアの旋律も顔を出し、盛り上がって曲を閉じます。メロディーラインの扱いは、グラズーノフが後に作ったバレエ「ライモンダ」「四季」の音楽を彷彿とさせます。

【プロローグ】プーティウ゛リの広場
史実に基づく12世紀末のお話。ロシアは東方遊牧民族、ポロウ゛ェッツ人の侵入に脅かされていました。イーゴリ公が貴族たちを引き連れ聖堂から堂々と出てきて、民衆は公を讃えた賛歌《栄えあれ、空の太陽》を歌います。イーゴリ公はポーロウ゛ェッツ人を討つと宣言し、人々は勝利を願いますが、急に空が暗くなり太陽が見えなくなって、ついに真っ暗になってしまいます。ここで、トランペットにより“運命”のメロディーが吹かれますが、ベートーベンの第5交響曲の運命の動機を変形したような音階です。人々は不吉な予兆に出陣を思い留まるようにと合唱します。しかし、イーゴリ公は祖国のために戦おうと呼びかけ、その勇気と決断力が民衆に伝わります。グドーク(弓で弾く古いロシアの弦楽器)弾きのスクーラとエローシュカは、隊列を離れ、こっそり逃亡します。イーゴリ公の先妻の息子ウラジーミルと後妻ヤロスラーウ゛ナは涙を流しながら思い留まるようにと、《愛しい方、出陣は止めて》を歌います。イーゴリ公は、「義務と名誉が遠征をやめることを許さない。」と言い、義弟ガリツキー公に留守を頼みます。イーゴリ公に恩義がある義兄のガリツキー公は、恩返しのつもりで尽くすと答えます。イーゴリ公と息子ウラジーミルは《賛歌》が響く中、出陣して行きます。


【第1幕(第1場)】ガリツキー公邸の中庭
ガリツキー公はイーゴリ公が戦地に赴く間、国の後事を託されたのですが、毎日、遊興三昧の生活を送っていました。イーゴリ公の軍隊から抜け出したスクーラとエローシュカもここにいました。陽気にグドークを弾きながら、「ガリツキー公のために掠ってきた娘たちが家に帰りたいとベソをかいている。」と笑いながら合唱となります。そこに現れたガリツキー公は「酒と女が人生だ。」とアリア《もしわしに栄誉が与えられ、プーティブルで公爵となれたら》を歌います。そこに女たちがやってきて、「掠ってきた娘を返してください。」と懇願しますが、ガリツキー公は「お前たちも捉らえるぞ」と脅して追い払ってしまいます。スクーラとエローシュカたちは飲めや歌えの大合唱の後、中庭から去って行きます。

【第1幕(第2場)】 宮殿内のヤロスラーウ゛ナの部屋
ハープや木管にのってオーボエが叙情あふれるメロディーを吹き、ホルンや弦楽器による美しい間奏の後、イーゴリ公の妻ヤロスラーウ゛ナはアリア《長い年月が過ぎ去った》で、軍を率いてポーロウ゛ェッツへ出征した夫や息子の身を案じ、一人残されたわびしい気持ちを歌います。そこへ女たちがやって来て、「お妃さま、辱められないようお助けください。イーゴリ公がいないので、ガリーツキー公を抑えてください。」と訴えます。そこに当のガリーツキー公が姿をみせ、ヤロスラーウ゛ナが暴挙を問いただすと、「娘たちは大切に扱っている。」とうそぶきます。「夫が帰ってきたら、全部言いつける。」と言うと、ガリツキーは「イーゴリ公がいない今は、この俺が支配者だ。」と凄み、「夫が長い間、留守なので、その寂しさがお前を苛立たせるのだ。」とヤロスラーウ゛ナをからかいます。ヤロスラーウ゛ナは激怒してガリツキー公に娘を釈放するよう促します。ガリツキー公は、「また新しい娘を手に入れればいいさ。」と言いながら出て行きます。貴族たちが入って来て、ロシア軍が敗れ、イーゴリ公たちは敵に捕らえられてしまったという知らせがもたらされ、ヤロスラーウ゛ナは気を失いかけます。ポロウ゛ェッツ人の来襲を知らせる不吉な鐘が鳴り響き、男たちは城壁に向かい、女たちは祈ります。ティンパニやドラが鳴り響いて幕となります。


【第2幕(第1場)】 ポロウ゛ェッツ人の陣営、夕暮れ時
イーゴリ公とその息子ウラジーミルは、捕虜として丁重な扱いを受けていました。コンチャク汗の娘コンチャコウ゛ナはイーゴリ公の息子ウラジーミルに恋しています。ポロウ゛ェッツの娘が「昼に太陽に照らされて乾いた花も夜霧に濡れて再び生き返る。乙女たちも夜になると恋人を待つ。」と異国のどことなく甘味でけだるい感じの歌を歌い、娘たちの合唱が加わります。続いて《ポロウ゛ェッツの娘たちの踊り》が始まります。(「ダッタン人の踊り」が単独で演奏される時には、この踊りが最初に付け加わるケースが多くなっています。)コンチャコウ゛ナは踊りを止めさせ、捕われの身のウラジーミルへの恋心を込めたエキゾティックなアリア《夜の帳がおりると》を熱い想いを込めて歌い、娘たちも声を合わせます。ロシアの捕虜たちが昼の労働を終えて戻って来ると、ポロウ゛ェッツ人の娘たちは優しく迎え、食べ物や飲み物を与えます。誰もいなくなると、ウラジーミルが現れ、恋人が早く来ることを願って、アリア《太陽が森に隠れると》を熱い想いで歌います。コンチャコウ゛ナが現れ、愛の二重唱《愛しい人よ》になります。2人の忍び逢いの中で、イーゴリ公が捕虜の身で2人の結婚に反対していることが明らかになります。足音が聞こえてきて、2人は別れます。イーゴリ公が姿を現し、ロシア軍は敗北し、捕虜の屈辱を味わったと悲痛にアリア《疲れた魂は眠らず》を歌い始めます。勇敢に戦ったロシア軍に想いをはせ、「楽しげな戦いの宴の歌、わが敵に対する勝利」と勇壮に歌い、中間部では妻ヤロスラーウ゛ナを想ってやさしく呼びかけ、再び悲痛な調子になります。そこにポロウ゛ェッツの兵士でキリスト教の洗礼を受けたオウ゛ルールが寄ってきて、イーゴリ公に逃亡するよう勧めますが、逃亡はロシア君主に相応しくないとして断わります。やがて夜が明けてコンチャク汗が現れ、イーゴリ公に「何故ふさぎ込んでいるのか?」と尋ねます。イーゴリ公は「自由を奪われた鷹は、生きることができない。」と答えます。コンチャク汗は勇敢に戦ったイーゴリ公が気に入り、尊敬していると言い、懐柔しようとして、アリア《カヤールの合戦で傷つき》を歌います。初めは「あなたはカヤールの合戦で傷つき、仲間といっしょに捕虜になった。」という調子から「いやいや、公よ、今やあなたは捕虜ではない、私の親愛な客人だ。」と歌い、「もしもわしに忠誠を誓うなら、カスピ海の彼方の女たちを与えよう。」と歌ってイーゴリ公の気持ちを動かそうとします。イーゴリ公は「汝が我に自由を与えれば、再び汝と戦って、汝の進路を塞ぐ。」と答えます。コンチャク汗は決意の固いイーゴリ公の心を引き付けるためポロウ゛ェッツ人、奴隷たちに踊りを見せるよう命じます。これが有名な《ポロウ゛ェッツ人(ダッタン人)の踊り》です。

〔ポロヴェッツ人(ダッタン人)の踊り〕
最初の序奏は遊牧民の音楽の特徴を示す弦とホルンの音の上にオーボエ、フルートが哀愁に満ちた旋律を吹きます。続いて心動かされる優美な女性合唱《風の翼に乗って》とともに《女奴隷たちの踊り》が始まります。合唱は哀愁を込めて歌われ、やがてクラリネット独奏の軽快な調べに始まり、管弦楽だけの《荒々しい男たちの踊り》となります。次第に激しさを加え、哀愁を含んだ旋律が金管で重なり合ってエネルギッシュに突き進み、一段落します。ここでティンパニの打ち出しから、強いアクセントを持った合唱《汗を讃える歌を歌え》により《全員の踊り》が力強く華やかに繰り広げられます。踊りは熱狂してシンコペーションリズムの《子供たちの踊り》になり、堂々たる男性合唱《讃えよ汗》をバックに《男たちの踊り》で白熱します。そして再び《風の翼に乗って》が歌われ、心動かされます。最後は《荒々しい男たちの踊り》の楽想による《全員の踊り》で次第に激しくなり、最後にコンチャク汗を讃える大合唱で終ります。この踊りにおいては、情熱と甘いけだるさ、安逸と瞑想、優しさと激しい勇猛さが、豊かなメロディーと美しいハーモニー、そして多様なリズムにより見事に表現されていて、私たちを魅了します。


【第2幕(第2場)】 プーティウ゛リの広場

イーゴリ公を待つヤロスラーウ゛ナは悲しみに落ち込んでいて、悲しみのモノローグを口ずさみ、アリア《私は飛びまわるカッコーのように》を歌います。そこに農民の一団が通りかかり、ソプラノに先導された民謡風の合唱《おお、嵐の風ではない》で征服された悲哀を表します。この時、突然イーゴリ公が戻ってきて、ヤロスラーウ゛ナと抱き合い、再度、敵の進路を塞ぐつもりだと話します。ほろ酔い気分のスクーラとエローシュカは、まだイーゴリ公が帰還したことを知らず、イーゴリ公を馬鹿にして歌っていましたが、思いがけないイーゴリ公の姿に驚きます。如才ない2人はすぐにイーゴリ公の帰還を知らせる鐘をうち鳴らし、集まってきた人々にイーゴリ公の帰還を最初に告げ、罰を免れます。民衆は勇敢なイーゴリ公を讃え、歓呼の大合唱となり幕が下ります。




<オペラ『イーゴリ公』の実演の感想あれこれ>


このオペラの聴衆を見てみると、高年齢の女性が比較的多く見うけられましたが、超一流のオペラの観客のように着飾って見に来たという人は少ないようでした。海外オーケストラの来日コンサートが聴ける位の料金で、超一流ではありませんが、外来歌劇場により古今東西の有名オペラを楽しむことができるのです。

始まる20分前に席に着いたのですが、オーケストラメンバーは既にピットに入っていて、開演までずっと練習し、いろんな音が飛び交っていました。若い指揮者アニハーノフが登場し、序曲が始まりました。この序曲はアマチュアのオーケストラがよく取り上げますが、この時の演奏は、これがプロの歌劇場のオーケストラの音かと首を傾げるような演奏でした。弦楽器は数が少なく、カスカスした音で、管楽器も冴えず、170年も伝統があっても、こんなものかと悪口をたたきたくなるほどの出来でした。

幕が開いてイコン(東方正教の聖人)の顔の透かしが入った薄い幕が前面にあり、その奥で女性が持つ明かりが揺れ動きながら合唱が歌われます。私の座った席は2階で、ステージから離れているため、舞台の登場人物は小さくしか見えませんでした。字幕が左右2ヶ所にありますので、ちんぷんかんぷんのロシア語の歌詞でも内容が分かり便利です。

前半のプロローグと第1幕は内容的に少々退屈になる筋書きと進行で、特に有名なアリアがあるわけでもなく、勇壮で劇的な場面もありません。ところがプロローグでの賛歌《栄えあれ、空の太陽》など、合唱が豊かな声量で朗々と歌い、女性の声も美しく響いてきます。物語が進行するにつれ、歌の伴奏ではオーケストラの演奏も安定してきました。

休憩後の舞台(第2幕第1場)は赤と黒で彩られ、少し怪しげな雰囲気です。イーゴリ公の息子ウラジーミルとコンチャク汗の娘コンチャコウ゛ナによる愛の二重唱《愛しい人よ》がありますが、ここで男性のウラジーミルの方が女性のコンチャコウ゛ナよりも背が低いのは様になりません。

感動したのは、何と言っても『ダッタン人の踊り』に尽きます。序曲の貧弱な演奏を帳消しにする見事な出来でした。迫力に満ちたオーケストラの響きで、トライアングルの音が心地良く、ティンパニは荒々しく響き、ピッコロの音は甲高く抜けていきます。有名な《風の翼に乗って》の合唱が舞台の後ろの方から優しく響き、舞台中央ではアラビアンナイトを思い起させる白い衣装の女性が踊り、たいへん印象的でした。後方の女性合唱は手を揺らしながら歌っていて、バレエに彩りを添えていました。そして荒々しい男性ダンサーの踊りは野性味あふれるものでした。このダイナミックで異国情緒あふれるシーンは、全曲でもっとも見ごたえ、聴きごたえがあるものでした。終わると同時に真っ暗になり、観客の盛大な拍手が続きました。しかし、舞台は幕が下りずに場面が変わるだけですので、暗いままでトンカチやっていて、次の場面の準備に大忙しのようでした。

その間、鐘の音を模してチャイムが鳴らされていました。そして、第2幕第2場の最後の場面では、鐘が舞台の上に降りてきます。スクーラとエローシュカのひょうきん者コンビが鐘を鳴らして、イーゴリ公の帰還を民衆に知らせる場面がありますが、このガウダシンスキーによる演出では鐘がポイントとなっているように思いました。

リムスキー・コルサコフとグラズーノフがまとめた幕の構成は第3幕にこのポロヴェッツ軍陣営を配した〔プロローグ付き4幕版〕なのですが、実際の舞台では、この第3幕の大部分がボロディン自身の作曲でないことから、一般的にはカットされることが多いようです。今回の上演もそれにならっていますので、第2幕第1場の後、ポロヴェッツ軍の陣営でイーゴリ公は脱走しますが、息子のウラジーミルは敵の大将の娘コンチャコウ゛ナとともにコンチャク汗の陣営に残る場面がカットされています。そのため、『イーゴリ公』の内容をよく知っていないと、第2幕第1場では捕まっていたはずのイーゴリ公が第2幕第2場で、突然、帰還したり、息子ウラジーミルの消息は分からないままで、話が一気にとんでしまうことになります。ボロディンの未完のオペラ『イーゴリ公』を完成させたリムスキー=コルサコフとグラズーノフの尽力によって、現在、私たちはこのオペラを観ることができるのですが、一方で、すべてをボロディン自身が作ったわけではないことから、演出でもいろんな捉え方があるようです。演奏だけにとどまらず演出の違いの点からも、是非、他の歌劇場によるオペラ『イーゴリ公』を観てみたいものです。


(2008.05.11UP)


《参考にしたCD、LD、本》

♪ ボロディン オペラ『イーゴリ公』

☆ ワレリー・ゲルギエフ(指揮)サンクトペテルブルク・キーロフ劇場管弦楽団、合唱団
ミハイール・キット(イーゴリ公)、ガリーナ・ゴルチャコーワ(ヤロスラーウ゛ナ )、ウラジーミル・オグノヴェンコ(ガリーツキー公)
ブラート・ミンジルキーエフ(コンチャ−ク公)、オリガ・ボロディナ(コンチャ−コウ゛ナ)

(1993年9月28日〜10月2日、ライブ録音、マリインスキー劇場、サンクトペテルブルク)
[CD:PHILIPS PHCP-5327‐9]

☆ ベルナルト・ハイティンク(指揮)コヴェントガーデン ロイヤルオペラハウス管弦楽団、合唱団、英国ロイヤル・バレエ団
アンドレイ・セルバン(演出)、セルゲイ・レイフェルクス(イーゴリ公)、アンナ・トモア=シントゥ(ヤロスラーウ゛ナ )
ニコラ・ギュゼレフ(ガリーツキー公)、エレナ・ザレンバ(コンチャ−コウ゛ナ)

(1990年2月ライブ収録、コウ゛ェントガーデン ロイヤルオペラハウス)
[LD:PHILIPS PHCP‐5327‐9]
※ 〔ゲルギエフ盤〕はCD全曲盤として、現在、店頭で購入できる唯一のもの。このオペラの初演を行い、オーケストラ、合唱、そして歌手たちのアンサンブルが見事なキーロフ・オペラ(マリインスキー歌劇場)はロシアオペラの真髄を聴かせてくれます。
〔ハイティンク盤〕は映像が楽しめるLDによる全曲盤で、総勢200人を越える出演者によるエキゾティックな舞台が楽しめます。トモア=シントウのヤロスラーウ゛ナもいいのですが、コンチャーク汗の娘役のザレンバが独特の雰囲気を持っていてひじょうに魅力的です。

♪ ボロディン 『ダッタン人の踊りと合唱』(オペラ『イーゴリ公』から)

☆ エルネスト・アンセルメ(指揮)スイス・ロマンド管弦楽団、青少年合唱団、ローザンヌ放送合唱団
[CD:Decca KICC 8116](1960年11月録音)
☆ エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)ソビエト国立交響楽団、ソビエトテレビ・ラジオ大合唱団
[CD:MERODIA MOS20020](1974年録音)
※ 〔アンセルメ盤〕は、最初に《ダッタン人の娘たちの踊り》が加えられ、軽快なテンポでバレエ場面を彷彿とさせます。
娘たちの合唱の清廉な歌声とトライアングルの響きが絶妙です。
野性的ではないものの、ティンパニの響きがこの年代の録音としては出色です。
〔スヴェトラーノフ盤〕は、娘たちの合唱の部分でオーケストラはたっぷりとしたテンポで艶めかしく歌い、
荒々しい野性的な舞曲では速いテンポでぐいぐい進み、熱狂的に盛り上がります。


† 「ボロディン その作品と生涯」 A.ゾーリナ(著者)、佐藤 靖彦(訳者)[新読書社 1994年2月発行]

 
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