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Review
No.040 for Concert |
2008.5.16 18:45 Aichi
Prefectual Art Center - Concert Hall |
Nagoya
Philharmonic Orchestra - SEIKYO KIM
Joseph
Alessi, trombone
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| アーティスト: |
名古屋フィルハーモニー交響楽団 第347回定期演奏会 ジョゼフ・アレッシ(トロンボーン)
金聖響指揮 |
| 演奏会場: |
愛知県芸術劇場コンサートホール |
| プログラム前半: |
ヨーセフ・ハイドン作曲 オラトリオ「天地創造」より 第1曲「混沌の描写」
Haydon:
"The
Representation of Chaos" from "The Creation"
シャルル・ケクラン作曲 管弦楽のための夜想曲「星降る天穹に向かって」 作品129
(日本初演)
Koechlin:
Nocturne for Orchestra "Vers la Voute Etoilee" op.129
ニーノ・ロータ作曲 トロンボーン協奏曲
Nino
Rota: Trombone
Concerto
フランク・マルタン作曲 トロンボーンと管弦楽のためのバラード
Martin:
Ballade for Trombone and Orchestra |
| アンコール曲: |
ジョン・グリーン作曲 「波止場にたたずみ(I Cover
the Waterfront)」
エルネスト・デ・クルティス作曲 「帰れソレントへ」 |
| プログラム後半: |
シベリウス作曲:交響曲第5番変ホ長調作品82
Sibelius:
Symphony No.5 in E-frat major, op.82 |
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<シベリウス第5交響曲、それに未知の曲との遭遇を楽しみに‥>
♪ 名古屋フィルの定期演奏会で、昨年のシベリウス交響曲第6&7番に続き、第5番を最近売り出し中の若手指揮者、金聖響が振るというので、どんな演奏になるか楽しみにしていました。また、この定期演奏会は、今シーズンから名古屋フィルの首席指揮者となったティエリー・フィッシャーが企画したツァラトゥストラ・シリーズの2回目にあたり、《隠れた世界》というテーマのもとにプログラミングされたものです。フィッシャーさんは《隠れた世界》のプログラムについて次のように記しています。
「宇宙の神秘への答えを求めて、まずはハイドンの『天地創造』による混沌から生命誕生までの崇高な描写から始めます。次のケクランの『星降る天穹に向かって』は、その暖かく親密でロマンティックな音楽が、広大な宇宙の魅力と神秘のイメージを我々に見せてくれます。その後、ノスタルジックなロータの『トロンボーン協奏曲』と、それとは対照的なマルタンのジャズ風の『バラード』という、2つの素晴らしいトロンボーンとオーケストラのための作品をはさんで、最後はシベリウスの極めて祝祭的な『交響曲第5番』で締めくくります。」
日本初演の曲やトロンボーンとの競演もあり、期待が高まります。これまで1度も聴いたことのない曲が前半に並んでいて、未知の曲との遭遇がもうひとつの楽しみでもありました。
<バロック・ティンパニが加わったハイドン作曲オラトリオ「天地創造」第1曲「混沌の描写」>
オラトリオとは宗教を題材にした劇的な音楽で、このハイドンのオラトリオは、J.S.バッハのオラトリオやヘンデルのメサイアと並んで、この分野でもっとも重要な作品です。このオラトリオは、キリスト教の立場から天地創造を扱ったものです。果てしない混沌としたカオス状態から、まず光が創造され、水、空気から海、大地ができ、さまざまな生命が現れ、アダムとイウ゛が創造される‥という題材をミルトンが書いた『失楽園』から取ったものです。ハイドンはこのオラトリオを1798年に完成しましたが、その時、既に番号のついた第104番までの交響曲を作曲し、66歳と円熟期を迎えていました。1799年3月、ウィーンのブルク劇場で行われた公開初演では、ハイドン自身の指揮により約180名にものぼる大規模な編成によって演奏されたそうです。今回の演奏会で取り上げられた第1曲「混沌の描写」は、第1部〔天地創造の第1日目の経過〕の序奏で、2管編成のオーケストラだけで演奏されます。強奏による一撃が天地の始まりを表し、巧妙な和声法と色彩豊かなオーケストレーションにより混沌の時を描写していきます。
♪ 楽員が出てきて、第1ヴァイオリン14、第2ヴァイオリン12、ヴィオラ8、チェロ6、コントラバス4と弦楽器が並びました。弦楽奏者の数が多いのに、ハイドンの曲では各パートの半分の人しか演奏していないので、変だなと思っていました。それはハイドンのオラトリオ『天地創造』第1曲「混沌の描写」の演奏の後に、ケクランの夜想曲を続けて演奏するため、予めこの曲を演奏する楽員もステージに並んでいたというわけです。ハイドンのオラトリオ『天地創造』第1曲「混沌の描写」は、わずか5分ほどの短い曲なのに、わざわざ小ぶりなバロック・ティンパニを持ち込むこだわりよう。それなら対向配置にしてほしかったのですが、そうしなかったのは、この後に演奏する曲に合わせたためなのでしょうか。このオラトリオ『天地創造』第1曲は声楽が入る前のオーケストラだけの序奏といった趣で、この後どのように展開されて行くのか続きを聴いてみたくなりました。
<ケクラン 管弦楽のための夜想曲『星降る天穹に向かって』は日本初演>
シャルル・ケクラン(1867〜1950)は、フォーレに師事し、《ペレアスとメリザンド》組曲のオーケストレーションを担当しました。多作家で、作品番号は226にものぼっています。管弦楽のための夜想曲《星降る天穹に向かって》は1923〜33年に作曲(1939年に改訂)されました。初演は50年も後の1989年9月、ベルリン芸術週間において、ゾルターン・ペシュコー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団により行われました。この曲は、静かな曲想と淡い色彩に特色があります。ピチカートが旋律を縁取り、大太鼓が時折現れ、立体感を感じさせます。通常の楽器に加え、オーボエダモーレ、バスクラリネット、コントラファゴットといった変わった楽器が使われ、それぞれソロの役割を持ちながら、ハーモニーを形作って行きます。クライマックスに達した後、最後は静かに終ります。
♪ ハイドンのオラトリオに続いて演奏されたケクランの曲では、あらかじめ中央に置かれていた通常のティンパニが使われ、舞台に向かって右奥でバロックティンパニを叩いていた奏者が移動しました。この曲はこれといったメロディラインはなく、様々に変化していく響きの中で、少しずつ盛り上がってきて、聴き入ってしまいました。今回が日本初演とのことですが、なかなかいい曲で、誰かCDに録音してくれないでしょうか。ハイドンとケクランが作曲した年は150年も間が空いているにもかかわらず、この2曲は続けて聴いても、まったく違和感がありませんでした。金聖響さんは次のように述べています。「オラトリオ『天地創造』第1曲とケクランの管弦楽のための夜想曲の組み合わせは絶品で、この2曲を連続して演奏することは、しっかりした哲学をお持ちの常任指揮者フィッシャーさんからの提案でした。」
<今年、注目を集めるニーノ・ロータ トロンボーン協奏曲>
『道』、『太陽がいっぱい』、『ゴッドファーザー』などの映画音楽の巨匠として有名なニーノ・ロータ(1911〜1979)は、「映画音楽は趣味にすぎず、本業はクラシック音楽の作曲家」と公言していたそうです。近年、その3曲の交響曲や協奏曲に注目が集まっています。トロンボーン協奏曲は1966年に作曲され、初演は1969年5月にミラノ音楽院において行われました。ニーノ・ロータの音楽を広めることに意欲をみせるリッカルド・ムーティは、今年の9月にウィーン・フィルを率いて日本で演奏会を開きますが、何とこのトロンボーン協奏曲がそのプログラムに入っているのです。(独奏はウィーン・フィル首席トロンボーン奏者のイアン・バウスフィールド)
〔第1楽章 アレグロ・ジュスト〕 弦楽器のピチカートで始まり、独奏トロンボーンが印象的な主題を奏し、オーケストラがそれを引き継いで行きます。連打のモチーフがオブリガート風に扱われたりして明快に展開して行きます。
〔第2楽章 レント、ベン・リマート〕 第1部は冒頭に出て来る動機が繰り返し現れます。第2部では独奏トロンボーンがメロディアスな高域音階を吹いていきます。オーケストラと独奏トロンボーンの掛け合いの後、第1部が再現され、第2部も短縮されて繰り返され、変奏されて終わります。
〔第3楽章 アレグロ・モデラート〕 木管楽器の伴奏に乗って、独奏トロンボーンが軽快な主題を吹き、それは広がりを感じさせるようになります。跳躍音形の主題となり、展開していきます。その後、テンポを落として、独奏トロンボーンの自由なカデンツァとなり、最後は、冒頭の部分が再現され、簡潔に曲を閉じます。
♪ 今回のトロンボーン独奏は現在ニューヨーク・フィル首席のジョゼフ・アレッシ。開放感があり明るく軽快な感じのロータの曲の演奏では、その柔らかいホルンのようなトロンボーンの音色に魅了されました。たぶん技巧的には難しい曲なんでしょうが、アレッシさんの演奏はそれを感じさせません。
<マルタン作曲トロンボーンと管弦楽のためのバラード・・・繊細で内面的な面があるトロンボーン>
フランク・マルタン(1890〜1974)はスイスのフランス語圏のジュネーブに生まれました。フランク、ダンディ、ラウ゛ェルの影響を受けましたが、十二音技法の発想を調性音楽に応用し、独自の音楽語法を開拓しました。1940年の作曲で、もとはピアノ伴奏だったのですが、エルネスト・アンセルメの助言によりマルタンはオーケストラ稿を作りました。トロンボーンに代わり、テナーサックスでも演奏可能です。冒頭の独奏トロンボーンによる主題は、ほぼ十二音技法の流儀に従っています。この独奏に対し、二管編成のオーケストラは和音の線を支えています。第1部は静かに進むのに対し、第2部はアレグロで軽快に進みます。テンポが速まりクライマックスとなって、独奏トロンボーンとオーケストラが掛け合って何か意味ありげに曲は終ります。
♪ 十二音技法によるとされているマルタンの曲は、響きがさらっとした感じですが、中間部ではジャズ的な雰囲気もあり、最後は盛り上がって楽しめました。ここでもアレッシさんの明るく柔らかな音色に聴きほれてしまいました。これまでトロンボーンと言うと、オーケストラでの荘重な響き、あるいは吹奏楽やジャズのビッグバンドでの強く鋭い響きのイメージを抱いていたのですが、アレッシさんの演奏はトロンボーンが繊細で内面的な面を持っていることを教えてくれました。
<イタリア系アメリカ人のジョゼフ・アレッシが選んだアンコール曲>
♪ 鳴りやまぬ拍手に応えてのアンコールはジャズ風の曲。(ジョニー・グリーンの「波止場にたたずみ」という曲だそうで、) ムーディーで雰囲気ががらっと変わりました。伴奏のオーケストラもリラックスして盛り上げました。さらにもう1曲アンコールがありました。英語で曲名を言っているようでしたが、3階席からではよく聞こえません。「‥ソレント」と聞こえましたので、有名なナポリターナかなと思っていましたら、そのとおりで、伴奏なしのトロンボーンだけで「帰れソレントへ」の演奏が始まりました。見事な技巧によりトロンボーンを難なく鳴らして、大喝采を浴びていました。何故ナポリターナをアンコールに選んだのかと思っていましたら、アレッシさんはイタリア系アメリカ人だと解説のプロフィールに書いてあり納得しました。またロータのトロンボーン協奏曲もアレッシさんの十八番の演目だったのでしょう。今回、アレッシさんは、この名古屋フィルとの競演のみの来日とあって、トロンボーンに関わっている人にとっては、垂涎の演奏会だったようです。一方、トロンボーンには知識のない私のような素人でも、この楽器の持つ奥深い音色を堪能させてもらいました。
<2回の改訂を経て完成したシベリウス第5交響曲>
1915年はフィンランドの国民的作曲家となっていたシベリウスが生誕50年を迎える年で、その祝賀行事としてシベリウスの新作の交響曲をメインとする演奏会が予定されていました。その前年の1914年5月〜6月に唯一のアメリカ訪問を行ったシベリウスは、その年の9月の私信において、交響曲の着想が浮かび形になろうとすることについて、こう書いています。「深い谷にいる。登る山がおぼろげながら見え始めてきた。するとその瞬間、神が扉を開いて、神のオーケストラが演奏する。交響曲のアダージョ、現世、苦悩、魂が歌うときの狂喜…」1915年に入り、春の気配が近づいてくる4月のある日、シベリウスはもやのかかった冷たい日ざしのなかを歩きながら、この交響曲について強烈なインスピレーションを得たと記しています。そして4月21日の午前11時10分前、16羽の白鳥がシベリウスの上を旋回し、陽光の射すもやの中を銀のリボンのように消えていった光景について、「生涯で最も感銘を受けたものの1つ。何という美しさ‥自然の神秘と人生の苦しみ」と書いています。さらにその鳴き声は、楽器の音ではトランペットに近いとも記しています。シベリウスが受けたこの感銘は第4楽章(現行版では第3楽章)のラストに近い、「ラルガメンテ・アッサイ(十分にたっぷりと)」のトランペットに2分音符主題が現れ、弦で歌われる旋律と調和して行くところに表わされていると言われています。新作交響曲の作曲はシベリウスの誕生日の12月8日の記念演奏会に間に合い、ヘルシンキに於いて作曲者自身の指揮により初演されました。3回の公演が追加され、大好評だったにもかかわらず、シベリウスはこの交響曲には手を加える必要があると考えていました。翌年、こう書いています。「第5交響曲に戻った私は神と格闘している。私はこの交響曲にもっと人間的な形を与えたい。」第2稿は1916年12月8日、シベリウスの51歳の誕生日にトゥルクに於いて行われた演奏会で自身の指揮により披露されました。しかしこの改訂にも満足しないシベリウスは、1917年に再び改訂しようとしました。ところがフィンランド独立宣言前後の内戦による不穏な情勢下、シベリウスにも手が及び、一時、住居のあるヤルヴェンパーを離れるまでに至りました。そして2年後の1919年になって、ようやく最終稿(現行版)が完成します。「第5交響曲の第1楽章は、私がこれまで書いたものの中で最も立派なものの一つである。私はどうしてこんなに盲目であり得たのだろう!」
とシベリウスは記しています。1919年11月24日、ヘルシンキに於いて現行版がシベリウスの指揮により初演されました。4楽章から成っていた初稿版の第1楽章と第2楽章は融合され、現行版では3楽章形式になりました。2回の改訂を経て完成された現行版は、作曲家シベリウスの厳しい自己批判とシンフォニストとして伝統的な形式を打破しようとする強固な意思により生まれたのです。
〔第1楽章 テンポ・モルト・モデラート 〜 アレグロ・モデラート〕 ティンパニのトレモロにのって、ホルンが森の夜明けを表すような第1主題を吹き、ファゴットとフルート、オーボエが応えます。この主題は木管の間でやり取りされ、牧歌的な気分が続きます。弦楽器に「ややフルート風に」と示されたトレモロが現れ、木管が第2主題を吹き、フルオーケストラで高揚した後、波が寄せるようなモティーフを経て静まります。さざめく弦の音型にのってトランペットが第1主題のモティーフを変奏した楽句を奏で、フルート、ホルンが受け継ぎます。木管が半音階進行の楽句を奏で、第2主題が様々に変容しながらホルンの橋渡しを経て、弦楽器が半音階的楽句で奏しはじめ、木管楽器が短く応えます。さざめく弦にのってファゴットが吹かれ、金管をバックにして、弦楽器に「悲愴的に」と記された旋律がたっぷりと奏でられます。第2交響曲にも現れるフレーズで木管とホルンが呼応し、クライマックスに達し、トランペットが第1主題を朗々と再現します。そのままアレグロ・モデラートの田園的なモティーフが木管に現れ、ティンパニのきざむリズムにのって別の旋律がトランペットの独奏で示されます。この主題は木管とホルンに引き継がれ、フーガ風に展開されます。弦がきざむトレモロは延々と続き、ついで木管が経過的に奏でられ、またスケルツォ主題の変奏になります。トランペット、ついでホルンが中間主題を吹き、いくつかの副次的モティーフが木管に現れ、弦楽器のスケルツォによりじわじわと急迫してきます。2連の音型がホルンや他の金管に現れ、次第に高潮し、「プレスト」でトランペットに終結主題が朗々と何度も繰り返され、頂点に達してこの楽章を閉じます。
〔第2楽章
アンダンテ・モッソ、クワジ・アレグレット(アレグレットに近い動きを持ったアンダンテ)〕 冒頭、クラリネット、ホルン、ファゴットに導かれて、ヴィオラとチェロのピチカートが主題を示し、2本のフルートと掛け合いながら進みます。弦楽器はアルコ(弓で奏する)となって、細分された動きにより変奏を始め、展開していきます。ヴァイオリンとフルートの掛け合いの後、アクセントを付けたホルンの楽句が加わって盛り上がり、再び移行旋律がたっぷりと奏でられます。弦楽器のピチカートをバックにフルートとファゴットが吹かれますが、ここはブラームスの第4交響曲第4楽章に似ています。木管による主題の変奏に弦が絡み、次第にテンポを上げ、ヴァイオリンの表情に満ちた移行部を経て、金管による2回の決然としたモティーフが吹かれ、全休止となります。弦によるピチカート、オーボエのスタッカートなどで主題が扱われ、コーダへ進みます。弦がポーコ・ラルガメント(ややたっぷりと)で主題を表情豊かに提示し、それを受け、木管がさりげなく吹かれ、この素朴で味わい深い楽章を閉じます。
〔第3楽章
アレグロ・モルト〕 快活で流れるような第2ヴァイオリンとヴィオラによる走句が流れる中、ティンパニ、ホルン、木管が入れ代わり現れ、進みます。副次的な楽句が現れ、弦のさざめくような音型は終って、コントラバスの特徴のあるリズムと全体の静かな動きの中に主題が美しく浮かび上がります。そしてホルンが3度音程の力強いフレーズを繰り返し、それを背景にフルート、オーボエ、チェロにより晴れやかで広がりのある主題が現れます。これがしばらく続いた後、木管が軽妙に吹かれます。やがて「ミステリオーソ(神秘的に)」と記された、弱音器付きの弦のトレモロが再現され、フルートとクラリネットによりメロディアスな主題がしみじみと再現されます。やがて、テンポを落としてコントラバスを除くすべての弦楽器がハイポジションで朗々と歌いますが、そこには一抹の寂寥感が漂います。調性は変ホ短調から変ホ長調に変わり、金管が朗々と鳴りわたるなかを弦楽器は音を強めながら、「ウン・ポケッティーノ・ラルガメンテ(幾分幅広く)」と記された終末楽節へと移行します。シベリウスに深い感銘を与え、至福の境地に導いた白鳥たちに触発された楽句が現れ、最後に金管が堂々と響きわたった後、6つの和音が鳴って全曲を閉じます。
<不満の残った金聖響と名古屋フィルのシベリウス第5交響曲>
♪ 古楽器風のテンポによるベートーヴェンの交響曲が話題となった金聖響さんですから、この演奏会でも対向配置をとるかもしれないとの期待を持っていたのですが、残念ながら通常どおりの配置でした。対向配置で、シベリウスの第5交響曲がどんな響きになるのか聴いてみたかったのですが‥。編成は第1ヴァイオリン14、第2ヴァイオリン12、ヴィオラ10、チェロ8にコントラバス7と弦楽器の数はハンヌ・リントゥが指揮したシベリウスの第6&7交響曲の時(レビューNo.31)と同じ数でした。木管楽器はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、金管楽器はホルン4、トランペット3、トロンボーン3、打楽器はティンパニ。演奏は、予想していたとおり、曲の出だしから速めのテンポで進みました。シベリウスの交響曲、とくにこの第5番には大自然を表すスケール感と抒情性が必要だと私は思っています。ところが情感もなく広大な自然が感じられない速いテンポで演奏してしまっては、後に何も残りません。これといった感興も感じられないまま、第1楽章のコーダまで来てしまいました。ここでの盛り上がりはひとつのポイントなのですが、心を震わせるまでには至りませんでした。さらに名古屋フィルの弦楽器の音が金管の響きに完全に埋もれてしまっていたのは残念です。第2楽章は、落ち着いたテンポになったのですが、訴えるものがなく心に染み渡るような演奏にはなりませんでした。オーボエを始めとした木管の音色もどうも冴えません。フルートなど、もう少し柔らかい音が出せないのかなと思います。第3楽章に入り、キビキビした弦楽器の演奏から、その後の展開に期待が高まりましたが、よかったのは美しいトレモロの中で低弦が響くところだけでした。朗々とホルンが響き渡るところでは、何となく不安定な演奏に興が削がれました。また、このところ美しい音を聴かせていた名古屋フィルのヴァイオリン群からは、清々しい響きが聴かれなかったのは残念でした。最後で、金管の和音が「ジャン」と6回鳴るところは、最初の1回と最後の2回はティンパニが入り、その中間の3回にはティンパニは加わらないのですが、この「ジャン」と鳴った後の休止の間隔が難しいところです。長くなり間延びしてもいけませんし、短くて性急になってもいけません。金聖響さんは間延びしないように、この間隔を短くしたのですが、中間の「ジャン」での金管の響きにしまりがなく、ここでも満足の行く演奏は聴かれませんでした。
<すばらしい実演に巡り会えないシベリウスの交響曲第5番>
♪ 金聖響さんのシベリウスの指揮には期待とともに一抹の危惧を抱いていたのですが、残念ながら最悪の結果に終わってしまいました。これまでシベリウスの第5交響曲の実演は、オッコ・カム指揮のヘルシンキ・フィル、ロリン・マゼール指揮のクリーブランド管弦楽団、岩城宏之指揮の名古屋フィル、そして今回の金聖響指揮の名古屋フィルと4回聴いてきました。しかしオッコ・カムとヘルシンキ・フィルを除いては、情感に乏しく心に訴えるところがない演奏に終始していました。ライブ録音も含め、この曲のCDには名演奏が数多あるのですが、実演ではすばらしい演奏になかなか巡り会えません。何故なのでしょうか。
(2008.07.19UP)
《参考にしたCD、本》
♪ ヨーゼフ・ハイドン: オラトリオ『天地創造』より 第1曲「混沌の描写」
☆ トーマス・ヘンゲルブロック(指揮)バンタザール=ノイマン・アンサンブル
[DHM BVCD-37011〜2](2001年7月9〜12日
録音)
※ ざらっとした感じの弦の響き、バロック・ティンパニの強打などメリハリを付けてカオスを表現した古楽器による演奏です。
♪ フランク・マルタン: トロンボーンと管弦楽のためのバラード
☆ クリスチャン・リンドベルイ(トロンボーン)、リッカルド・シャイー(指揮)ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
[DECCA POCL‐1570](1994年4月録音、コンセルトヘボウ、アムステルダム)
♪ ジャン・シベリウス: 交響曲第5番 変ホ長調 Op.82
☆ ジョルジュ・プレートル(指揮)ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
[BMG TWCL-2009](1967年
録音)
※ この曲を初めてレコードで聴いたのは、この演奏(1970年3月、河出書房刊の世界大音楽全集/19に入っていた)で、第1楽章の怒涛のようなコーダが印象に残っていました。CD復刻版で聴きなおしてみたところ、ほれぼれするような音色の木管、スケール感溢れる金管とティンパニ、シルキーな弦により繰り広げられる魅力的な演奏に思わず引き込まれました。隠れた名盤と言えるでしょう。
☆ オッコ・カム(指揮)ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
[TDK-OC015](1982年2月4日ライブ録音、大阪フェスティバルホール)
※ ヘルシンキ・フィル100周年記念来日公演で渡邉暁雄さんとシベリウスの交響曲全7曲を振り分けて演奏したオッコ・カムの記念すべきライブ録音。名古屋公演では交響曲第2番とともに演奏され、その初々しいストレートな表現は魅力的でした。
☆ サー・アレクサンダー・ギブソン(指揮)スコットランド・ナショナル管弦楽団
[Chandos CHAN 8388](1983年録音、SNOセンター、グラスゴー、イギリス)
※ シベリウス指揮者として名を馳せたギブソンさんの自然で滋味溢れる演奏は忘れられないものです。
♪ ジャン・シベリウス: 交響曲第5番 変ホ長調 Op.82 (1915年初稿版)
☆ オスモ・ヴァンスカ(指揮)ラハティ交響楽団
[BIS I-91-2](1995年5月11〜12日録音、十字架教会、ラハティ、フィンランド)
※ シベリウスの遺族から1回限りの許可を得て、この初稿版の録音が可能となったものです。現行版との違いは大変興味深く、聴く者を不可思議な世界へ誘います。初稿版はオーソドックスな4楽章形式になっていて、その第1楽章の冒頭は馴染みのホルンのモティーフがなく、3小節目の木管から始まります。その後も素材は同じでも、調性や組み立てはかなり現行版とは異なっています。第3楽章(現行版の第2楽章)では順序の入れ替えが多く、途中、木管による奇妙な行進曲が出て来たりします。初稿版の終楽章は小節数が679と、現行版482に比べ多く、演奏時間が長くなっています。弦の刻みにのってフルートの吹くメロディの終りの方は変わってきて、茫漠たる感じで繰り返されます。ホルンが3度音程の力強いフレーズを繰り返すところでは、トランペットが不協和音で呼応するため驚かされます。調性が変ホ長調に変わり、金管が朗々と鳴りわたるところでも、弦楽器が不協和音を響かせ、不安感を表しているように思われます。コーダは現行版の6回の和音ではなく、弦のトレモロとティンパニのロールにのって、金管が響き渡るオーソドックスなものになっています。この初稿版を聴くと、現行版では冗長な部分がカットされ、華やかさが加えられて、いかにまとまった形になったのかがよくわかります。一方、初稿版では何度か表われる謎の不協和音の存在から、この曲が本当に祝祭的だったのか疑問に思います。
† 「北欧の巨匠」から “シベリウスの生涯と芸術”(管野浩和 著)(音楽之友社 1994年11月発行)
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