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| Disc
No. 032 |
Title
No. CDR-YSHD-026A/B-00 |
| Disc
No. 033 |
Wiener
Philharmoniker - Nicolaus Harnoncourt |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-026A/B-00
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ニコラウス・アーノンクール
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2001.11.04
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ウィーン楽友協会大ホール
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スメタナ
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FM/VHS
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連作交響詩「我が祖国」
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2002.08.05
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前半|後半
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41'15|44'27
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:
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★★★★☆ OIDT
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ニコラウス・アーノンクール指揮 |
◆第1曲「高い城」とは「高きに位置する城」のことらしいのだが・・これは全く意味が違ってくる。「高い城」となれば・・壮大な高層建築をイメージして・・エレベーターの無い時代には天守閣?まで上るのがさぞかし大変だろう・・とまで心配をすることにもなる。「高きに位置する・・」となると・・山の上か雲の上か・・ラピュタまでイメージを広げなければならない。我が祖国・・我が故郷に山河在り・・といったことからも・・スメタナのイメージの中では動かざる山の如くの存在として想いを馳せたのかもしれない。。しかし・・原題「ヴィシェフラド」というのは固有名詞で・・地名としても・・そこに建つ古城の名称ともなって・・そして・・スメタナやドヴォルザークの眠る墓地もあるらしい。どうやら・・歴史博物館的公園の様相のようで・・プラハ市街から山を登って辿り着く・・といったことではないらしいのだ。ところが・・その場所は・・モルダウ川の辺(ほとり)にあって・・古城は切り立った崖の上に建っているという。。ということは・・「高きに位置する・・」という意味合いは・・モルダウ川の川面から見た古城の景観だったのだ。その前に・・「ヴィシェフラド」という原題が固有名詞であるということを覚えておかねばなるまい。城の「高さ」などはこの曲の内容には全く関係なく・・しかしながら・・第1曲「ヴィシェフラド」と第2曲「モルダウ」とは景観的にも一体化した相関関係をもって・・チェコ王朝の栄枯盛衰の歴史が川面に映し出されているのだ。一般的には・・交響詩「モルダウ」として独立した楽曲のように演奏される機会が多いのだが・・カラヤンは第1曲「ヴィシェフラド」と第2曲「モルダウ」を対で録音している。「我が祖国」として全曲の録音こそしなかったものの・・この2曲を一対として録音したのはカラヤンだけだ。後年CD化された時に・・トラック1に「モルダウ」が・・トラック2に「ヴィシェフラド」が入っていたことに唖然となってしまった。CDプレイヤーのプログラム機能があるのでいいようなものだが・・担当したリマスターエンジニアがいかにボンクラであったか・・言わずもがなの編集でもあったのだ。
◆そういえば・・「我が祖国」の全貌(全曲)を知ったのは・・未だLPの時代だった70年代前半にクーベリックがボストン交響楽団と録音した音盤でのことだった。クラシック音楽のレーベルとしてはダントツ抜きん出た勢いで新譜を連発していたドイツグラモフォン社が・・初めてアメリカへ進出した記念すべき新録音だったような記憶があるのだが・・そのクーベリックが一昔前にウィーン・フィルと「我が祖国」を英国デッカに録音していたことなど知る由もなかった。後年に・・CD化されたので聴いてみると・・1958年のステレオ録音としてはまずまずの音質ながら・・コンサートホールで聴くイメージからはほど遠い・・響きのない無垢のオーケストラサウンドとなって・・音像がこじんまりと纏まってしまっていたのが些か残念ではあったが・・それでもウィーン・フィル固有の音色は随所で香り立って・・DSPで残響を創生すればゾフィエンザールがゴールデンザールにもなって結構楽しめていた。80年代に入ってからリリースされたレヴァイン指揮のCDは・・本拠ゴールデンザールのホールトーンが見事なバランスでオーケストラの響きを引き立たせて・・テュッティーから抜き出るティンパニーの打音を始め文句の付け所が無い名録音に大満足をしたものだった。「プラハの春」での「我が祖国」の意義を実感するのは・・さらに後年・・奇しくもBS付TVを購入した1990年に・・初めて映像で観ることのできた「プラハの春」国際音楽祭開幕演奏会での・・クーベリックがチェコ・フィルハーモニックに帰還した・・究極!の「我が祖国」だったのだ。この時の大いなる感動の余韻は毒気ともなって・・毎年の開幕演奏会での「我が祖国」を「今ひとつ?」の世界へ落とし込んでしまっていたのだが・・21世紀の幕が開いて・・「プラハの春」とは全く関係の無いところで・・極めて充実した「我が祖国」が爆裂したのだ。それが・・ウィーン・フィルの定期演奏会で・・アーノンクールが指揮した「我が祖国」だった。ORFが捉えたサウンドは・・放送録音とは思えないほどの鮮烈なもので・・ステージ左右に分かれた2台のハープの掛け合いから始まる冒頭などはゾクゾクの極みだ。当初・・アーノンクールさんの一癖?と思ってしまったところも・・リズムのポジティブな弾力感からのもので・・演奏の流れ自体は至極自然だ。ノリントンさんのような古楽奏法にこだわった音創りでもないので・・コクのあるウィーン・フィルのサウンドが存分に楽しめる。 第1曲冒頭のハープは・・ORFでもフェダーUPで誇張している。これを自然なダイナミクスの中に戻すところからマスタリングを始めなければならない。完成したダイナミクスの自然な流れは・・その後のテュッティーを意味深く響かせた。 |
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| Disc
No. 034 |
Title
No. CDR-YSHD-027A/B-00 |
| Disc
No. 035 |
Wiener
Philharmoniker - Seiji Ozawa |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-027A/B-00
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小澤征爾
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2001.11.22
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シュテファン・ブラダー (Pf)
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ウィーン楽友協会大ホール
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FM/VHS
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ブラームス
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2002.08.06
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ピアノ協奏曲第1番
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49'21|39'02
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交響曲第2番
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★★★★★ OIDT
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 小澤征爾指揮 |
◆ウィーン・フィルの定期演奏会でブラームスの作品を指揮するということは・・ある意味ではニューイヤーコンサートでシュトラウスを振るのと同じくらい指揮者にとっては誉れ高き仕事となる。ニューイヤーコンサート初登場が真近に迫ったオザワさんのブラームスだけの定期演奏会は・・オザワさんにとっての全く新しい境地が芽生えた記念すべき公演ともなったようだ。四半世紀にも及んだボストン交響楽団音楽監督としての録音でも・・ベートーヴェンやブラームスのまとまった録音が無くて・・長い間淋しい思いをさせらていた。どういうわけか・・90年代に入ったら・・サイトウキネンでブラームスとベートーヴェンの全曲を録音したのだが・・なぜボストンでは録らなかったのか?・・長年に渡った音楽監督としての音創りの集大成が何も残らないままベクトルがウィーンへ向かってしまったようだ。サイトウキネンは夏の期間限定のオーケストラだ。しかも・・フツウのフェスティヴァルオーケストラとは違って・・恩師の斉藤秀雄先生の門下生が中心となって・・恩師の教えを最高精度で実現するためのノスタルジックな雰囲気の中で演奏が進めらているハズなのだ。しかしながら・・サイトウ門下の指揮者はオザワさんだけではないのに・・いつの間にかオザワさんのオーケストラみたいになってしまった。。そして・・サイトウキネン・フェスティヴァル松本と称する夏の音楽祭も・・完全にオザワさんのための音楽祭となって・・万一オザワさんが抜けることにでもなったら・・オーケストラもフェスティヴァルも存続が不可能になるんじゃないかとさえ思ってしまう。。そんな中で・・メジャーレーベルによって録音された幾多のCDには・・それなりのスーパーオーケストラの演奏であるにもかかわらず・・オザワさんでなければならない理由を見つけることはできないでいた。。少なくとも・・音盤の上での競合から抜き出るための毒気?が・・オザワさんの演奏には全く無いのだから仕方ないのかもしれない。余りにも正統オーソドックスな音楽の運び方は・・「変わったこと?」を求め続ける現代人の耳には大いなる刺激不足となって印象に残らないのだろうか・・・?。恩師直伝の色気のない厳格な指揮法(ダウンビートの底を叩くようにハッキリと・・)からは「魔法」が生まれないことも事実ではある。アカデミックなメソードによる完璧なビートは・・「春の祭典」には活きても・・ベートーヴェンやブラームスでは杓子定規にも聴こえてしまうのだ。これがウィーン・フィルとなると・・同じビートを刻んでも・・音楽の流れに色香漂う脈動が生まれることになる。オザワさんは・・ついにそれを・・指揮者とオーケストラとの間の阿吽の呼吸へと昇華させるべき核心を掴み・・解脱の境地へと辿り着いたようだ。対極にあった「恩師」と「師匠」との哲学の葛藤は・・サイトウキネンとウィーン・フィルとの間にもある対極の性格の中で揉まれて・・オザワさんの中で育まれていた蛹から脱皮した蝶が・・真のマエストロとして羽ばたいた奇遇な瞬間だったのかもしれない。
◆ブラームスのピアノ協奏曲第1番は・・独奏ピアノ付き交響曲とも呼ばれる第2ピアノ協奏曲にも引けをとらない50分にも及ぶ大曲だ。非常に合わせるのが難しいともいわれて・・この曲を演奏するのを嫌がる指揮者も多いと聞く。ブラームス29歳の時に作曲された第1ピアノ協奏曲だが・・丁度第1交響曲にも着手した頃だ。冒頭からの・・オーケストラのもの凄いエネルギー感は・・まるで交響曲の開始のようでもあり・・ベートーヴェンの9曲のシンフォニーを継承する第10番としての意味合いからも・・作品68として18年後に発表される第1交響曲のハ短調よりも・・第1ピアノ協奏曲のニ短調の方がブラームスの目指した「交響曲第10番」の在り方だったんじゃないかと思ったりもするのだ。ブラームスほどのお方が・・1曲のシンフォニーを作るのに19年間もかかるハズなど有り得ないことだ。・・きっと・・その間に何曲も交響曲を一応作ったのだろうと考えるのが自然だと思うのだが・・第1ピアノ協奏曲の出だしの楽想は・・そんなブラームスの若き意気込みをも感じさせるド迫力をもってオーケストラを煽り立てる。そんな猛然としたオーケストラに対抗すべく・・独奏ピアノは強靭な打鍵が必要とされる。それを・・マヌケなエンジニアが収録すると・・ピアノに頭を突っ込んで聴いているような「お化けピアノ」となってしまう。いくら強靭な打鍵といっても・・ピアノの響きはオーケストラの全合奏に敵うハズなどないのだ。それを・・如何にオーケストラと対等に鳴ってるかのように収めるのがエンジニアの腕の見せ所でもある。メカアクションの音が打楽器のように過分にマイクに乗ってしまったりする録音に出くわしたこともあるが・・管楽器のブレスを丸ごと拾ってしまうのと同じで・・マイクの存在が気になって音を楽しめない大いなる要因ともなる。。そんな中でもこの協奏曲の収録は・・独奏ピアノとオーケストラとが49対51という(別に測定器で測ったわけじゃないが)絶妙なバランスで展開するのだ。ステージから10列程度離れた席で目を瞑って聴くとこんな風に響くかも?・・といった感じでもある。ところが・・後半の第2交響曲でもオーケストラの音像が変化しないのだから恐れ入る。ORFのエンジニアは・・ウィーン・フィルとゴールデンザールの音を知り尽くして・・ブラームスがもっともブラームスらしく響くポイントを心得ているのだろう。。オザワさんは・・ウィーン・フィルでブラームスをよく取り上げているのだが・・ボストンでもサイトウキネンでも得られない音があって・・やはり最終的には録音に残すことを目指しているのではないかと思っている。恩師の指揮法を超えたところで開花したオザワさん独自のオーケストラとのコミュニケーションで・・100%のブラームスを残してほしいと願っている。できることなら・・バーンスタインのように全てのコンツェルトも含めた全集の形で・・・。^0^/ |
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| Disc
No. 036 |
Title
No. CDR-YSHD-028A/B-00 |
| Disc
No. 037 |
Wiener
Philharmoniker - Mariss Jansons |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-028A/B-00
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マリス・ヤンソンス
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2002.01.12
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ウィーン楽友協会大ホール
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ロッシーニ:歌劇「泥棒かささぎ」序曲
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FM/VHS
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メンデルスゾーン
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2002.08.07
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交響曲第3番「スコットランド」
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48'42|41'09
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プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」抜粋
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★★★★★
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 マリス・ヤンソンス指揮 |
◆メンデルスゾーンのシンフォニーといえば第4番「イタリア」しか知らなかった頃・・カラヤン指揮ベルリン・フィルの第3番「スコットランド」と序曲「フィンガルの洞窟」をカップリングしたLPがリリースされて・・一気にそのセンチメンタリズムの虜となってしまったことを覚えている。その後・・交響曲全集へと発展して・・ソリストや合唱団に加えてオルガンまで入った第2番「賛歌」なるとんでもない面白い交響曲に出くわしてしまったのだ。ベートーヴェンの「第九」にも似た大曲だ。楽曲自体の評判は必ずしもいいものではなかったようだが・・凡人でも分かりやすい勇壮華麗なテーマがフィナーレで再び現れて・・今度はコーラスにオルガンまで加わって壮大に盛り上がるところなどは・・リスナー冥利に尽きる!といってもいいほどの抜群の爽快感を味わえる。どういうわけか・・「スコットランド」と「フィンガルの洞窟」だけは・・相応な音量で再生すると・・テュッティーが妙にアップライトに響いて・・ベルリン・フィルのヴァイオリンが・・硬直した金属質の冷たい響きと化して・・鼓膜を刺すような感じになることが悩みの種ともなっていた。こういった音を「研ぎ澄まされた・・」とか「鋼のような・・」とかいうのだろうか?・・とも思ったりして・・如何にこれを聴きやすく再生するか・・といった思案に明け暮れたこともあった。その後何かの資料で・・ドイツグラモフォンの録音システムにドルビーNRが導入された時期の録音だった・・ということが判ったのだ。おそらく・・マイクロフォンも銘柄が変わったのかもしれない。。とにかく・・60年代のベルリン・フィルのサウンドがびっくりするほど硬くキツイ音に変化したのだから・・同時期にEMIからリリースされたLPの・・柔らかくも筋金入りのサウンドにゾッコン惚れ込んでしまったようだった。だからこそ・・「スコットランド」をまともな音で聴きたくて・・オーケストラのサウンドだけを頼りにフィルハーモニア管弦楽団(クレンペラー指揮)のLPを買いに走ったのかもしれない。サクサクっとしたシャーベット感覚のフィルハーモニアの弦は耳当たりがすこぶる良く・・噂に聞く指揮者独特のゆったりとした重いテンポ運びでの展開も嫌味が無く・・これさえあればカラヤンのLPなど無くても構わないという心境にまで達したのだ。CDの時代へと突入してからは・・英国デッカの録音によるウィーン・フィルの全集が登場した。LPからのCD化だったのだが・・フィルハーモニア管弦楽団とはまた違ったシルキータッチの弦の音色は・・やはりテュッティーとなっても決して鼓膜を刺すようなことはなく・・鮮烈なサウンドの中に散りばめられたホルンやオーボエの独特なトーンを含めて・・望みうる最高の音調で「スコットランド」が聴けることを悦んでいた。
◆ところが・・ORF/NHKからFMに載って届いたヤンソンス指揮ウィーン・フィルの「スコットランド」の極超?自然なサウンドは・・市販CDを一気に陳腐化させてしまった。。これは・・もう「生」そのままの音だ。そんなバカな!と何度も聴き直すが・・聴けば聴くほど惚れこんでしまうのだ。これは・・FM音源なのだ!・・キャパには限界があって・・絶対に何か劣っているハズ!!・・と重箱の隅をつつくようにモニターしても・・どこにも瑕疵など見つからない。。ロッシーニの序曲冒頭の小太鼓のロールから・・既に腰を抜かすほどの仰天をしていたのだが・・世紀の名録音をゲットしてしまったのかもしれない・・という気持ちの底から湧き上ってくるような悦びの気持ちを抑えることができないでいる。。さらには・・プロコフィエフの凄まじい迫力など・・よくぞFMのキャパに収まったものと・・我が耳を疑うほどの爆裂ぶりなのだが・・よくよく考えたら・・この演奏会でヤンソンスのDNAを・・そういえば!・・と初めて思い出した一瞬でもあったのだ。ウィーン・フィルが「水を得た魚」となったかのように描くドラマの世界は・・国立歌劇場の演目でもあるのだ。マゼールがウィーン・フィルと英国デッカに「春の祭典」を録音したが・・ずっこけるような?打楽器の連打にはウィーン・フィルも随分と面食らったんじゃないかと推察するものの・・なにせ初めて・・天下のウィーン・フィルがセッション録音をした記念すべきLP(現CD)だったので・・テンポのデフォルメのことなど何処かに吹っ飛んでしまって・・もはや「逸品」として愛聴せざるを得ない唯一無二の存在だった。当時は・・あのウィーン・フィルが目を回しつつ・・などと思ったりしたものだが・・よくよく考えたら・・同じデッカでのカラヤンの「惑星」も・・国立歌劇場音楽監督時代に珍しくもバレエ公演を振った記念録音だったのだ。ウィーン・フィルは・・歌劇場のオーケストラとして・・初見でもそこそこのアンサンブルを組み立てしまうほどの能力をもった職人集団でもあるわけだから・・バレエ音楽などはお茶の子さいさい?なのだろう。。マリスは・・親父アルヴィドに似てロシア臭さをごり押ししない。サンクトベテルブルグ・フィルとのラフマニノフも・・オスロ・フィルとのシベリウスも・・洗練されたインターナショナル感覚での演奏となって・・期待に反して今一つ物足らないことが多かったのだが・・少なくともこの「ロメジュリ」に関しては・・第1曲の「モンタギュー家とキャブレット家」からして音の出方が半端じゃない。。狂ったように爆裂する打楽器と金管に触発されてかどうか・・木管と弦楽器まで「こんな音出してもいいかしら?・・」みたいな勢いで弾き捲くる。そうすると・・破裂寸前の強烈な音圧の中で・・また見事にウィーン・フィルのサウンドバランスに収まるのだ。「変幻自在」とはこういった有様のことを言うのだろうか!・・。ブラヴォー!ウィーン・フィル!!
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| Disc
No. 038 |
Title
No. CDR-YSHD-029-00 |
| Wiener
Philharmoniker - Riccardo Muti |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-029-00
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リッカルド・ムーティ
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2002.02.17
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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シューマン:交響曲第4番
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FM/VHS
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ラヴェル:スペイン狂詩曲
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2002.08.08
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ファリャ
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64'55
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バレエ音楽「三角帽子」 <第2部>
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★★★★★
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 リッカルド・ムーティ指揮 |
◆ウィーン・フィル定期演奏会2001/02シーズンのORFの収録はどれもこれも素晴らしいが・・ヤンソンス指揮のメンデルスゾーンと並んで・・今回も全く不足の無い全身鳥肌クラス?の凄い音だ。ええい!ままよ!!・・と本格的な音量で再生しても管弦打楽器のバランスが崩れることなく・・然も有りげなウィーン・フィルがサウンドステージに展開する。打楽器のインパクトは皮が破れる一歩手前の様相でテュッティーから抜きん出て衝撃波となり・・オーケストラが持つ最高音圧での破壊力をリスナーに叩きつけるかのようだ。フェイドインをかけたように始まるスペイン狂詩曲の「夜への前奏曲」。スペインの夏の夜への誘いらしいのだが・・これほど妖艶に演奏されるとムクムクっと煩悩が立ち上がって?・・じっとしていられなくなるのが悩みの種にもなる。。名盤!カラヤン指揮パリ管弦楽団のものは・・腰が重くて・・とかの悪評も立ったが・・その妖艶さ加減は今もなお右に出る演奏など出現していない・・と思っていたら・・ムーティさんがついにやってくれたようだ。ライブで・・しかも放送音源で・・並ぶどころか追い越してしまったのだ。ドンチャン騒ぎ?をイメージする「狂詩曲」という題名から・・派手さなどほとんど期待できないような・・内向的なベクトルを持つ不思議な感触の曲なので・・好んでストレス発散的に聴くようなことなどなかったのだが・・これに続いて「三角帽子」の第2部が始まるところがムーティさんの憎らしい?演出だった。ベートーヴェンの「運命」がパロディーとして入る第1部などはすっ飛ばして・・スペイン情緒が爆裂する第2部だけを演奏したのは・・「三角帽子」在りき・・としてのプログラムではなく・・ラヴェルからファリャへと続くスペインの陰陽が見事に連結された一大「交狂詩?」となって・・ウィーン・フィルが羽目を外して楽しんじゃっているような感じもする。シューマンの第4交響曲は・・時間的には小型交響曲の部類だが・・中身は凝縮大充実でメインプロとしても全く差し支えない比重の重い楽曲だ。しかし・・それでも・・シューマンを演奏会前半に置かねばならなかったほど・・ムーティさんの「スペイン」は群を抜いたアイデアだったのだ。これを真似してアンセルメで試してみたが・・オーケストラには失望してしまった。
◆前半に演奏されたシューマンの第4交響曲は・・全集としてCDにも録音があるお得意の楽曲だ。全4楽章がアタッカで演奏されるので・・咳払いをする暇もなく30分間続けて緊張を強いられる。ジャン・フルネがN響でこれを演奏した時には・・第1楽章の後インターヴァルを入れた。当然聴衆は・・コレ幸い?と咳払いをするわけだが・・普段この曲を聴く時のこじんまりとした印象からはうって変わって・・大交響曲の様相へと変貌したことに驚いたものだ。そこで・・CDの再生で・・第1楽章の後にオートポーズでインターヴァルを作ってみた。数秒間の息抜きタイムの後リモコンで再スタートさせればいいのだ。・・そう思って試してみたが・・結果としては見事にズッコケてしまった。CDの場合には・・残響の中に第2楽章のトラック番号が打ち込まれており・・ポーズで停めると停電でシャットダウンしたような奇妙な感じとなるのだ。やはり・・アタッカで収録されている音源は・・それなりの覚悟で30分間息を抜かずに聴き通さねばならないようだ。シューマンのシンフォニー開眼?にはバーンスタインのお世話に与った。もっとも・・2番と4番だけのハナシだが・・2番は札幌PMFで若者のオーケストラのリハーサルをテレビで観た時だ。第2楽章のリズムのとり方など・・ウエストサイドの作曲家でなければできないようなビートの説明を聞いて・・シューマンへと固定観念が払拭されたことを覚えている。また・・4番は・・これもテレビの画面だったのだが・・確かウィーン・フィルとの演奏だったような気がする。。第3楽章の木管の音形がクッキリと浮かび上がって・・それまでに聴いたことの無いバランスで音が鳴ったのだ。木管の合奏に惚れこむことなどほとんど無かったこともあってか妙に印象に残って・・その後の最大の聴き所となって現在に至っているわけだが・・ムーティさんの抜群のリズム感とカンタービレが合体した第4交響曲は絶品ものだ。あの時の強烈な印象が蘇って・・同じウィーン・フィル(といっても・・楽員はほとんど入れ替わっているのだが・・)の木管が・・同じホールでのライブで・・活き活きとしたリズム音形を奏でる様はゾクゾク感満点となって聴き惚れてしまった。第2交響曲もムーティ&ウィーン・フィルのライブで聴くことができるのだが・・レコード会社の録った音にも優る真迫力で押し寄せるシューマンの情熱の塊には・・ただただ唖然とするしかないようだ。 |
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| Disc
No. 039 |
Title
No. CDR-YSHD-030A/B-00 |
| Disc
No. 040 |
Wiener
Philharmoniker - Bernard Haitink |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-030A/B-00
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ベルナルド・ハイティンク
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2002.03.06
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」
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FM/VHS
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ベルク:管弦楽のための3つの小品
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2002.08.09
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シューベルト:交響曲第8番
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40'50|51'29
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:
|
★★★☆☆
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ベルナルド・ハイティンク指揮 |
◆シェーンベルグ・・ベルク・・ウェーンベルン・・・いわゆるウィーンの「三羽烏」のオンガクは・・未だによく解らない。これで・・身震いするほど感動しましたぁ!・・などとのたまうものなら・・モーツァルトやシューベルトなどは即刻「歌謡コンサート」の世界に閉じ込められることとなるのだ。オーケストラの響きの洗練度を図る目的だけで作られたような感じがしないでもない理屈優先のガッキョクは・・決して高揚することなく・・中途半端に心の襞を嘗め回す。メインプログラムと成り得るのは・・シェーンベルグの初期作品の一部のみで・・残りは演奏会のプログラムとしては刺身のツマみたいなものだ。「ルル」があるじゃん・・とかの話はさておいて・・この連中の作曲技法(理論)を世界中の音楽大学が然も有りげに崇めたてたがために・・二十世紀の創生音楽のほとんどは・・歴史に残らない・・つまりはニンゲンに見放された・・ただの音符の羅列と成り果てたのだ。シュトックハウゼンとか・・もっと悪人はウジャウジャ居るが・・理屈の塊で音符を書いた先駆者の一派であることだけは確かなことだ。古典音楽も・・形式だの対位法だの・・なんやかんやと理屈があるのだが・・要するに理屈に魂が載るかどうかが・・凡人の気持ちの中に染み込むかどうか・・ブッチャケて云えばヒットするかどうかの境界線じゃないかと思う。。>>・・・・・これもまた・・屁理屈でしたぁ!。
m(_ _)m << カラヤン先生がこの「三羽烏」だけでボックスセット(LP)をリリースした時には・・演奏会では絶対に聴けない音が録音の世界では実現できる・・オーケストラの楽器配置はフレーズ毎にでも変更できるのだから・・といったコメントがあったような記憶があるのだが・・正にこれらのオンガクの本質を見抜いたご発言だったのだ。丁度・・ドイツグラモフォン社が録音システムにテープノイズを削減するドルビーNRを導入して・・結果として広がった膨大な実用ダイナミックレンジは・・カラヤン先生のピアニッシモへのこだわりを一層深めることになっていった。その結果・・ベルリン・フィルでカラヤンが目指した究極のピアニッシモは・・家庭でLPをスピーカー再生する平均的な最大音圧レヴェル(70dB前後?)では・・ほとんど(全く)聴こえないレヴェルにまで落ち込んで・・CDが出るまでは再生至難な音でもあったのだ。自分にとっては・・演奏会で聴けるハズの音が・・音盤(LP)では聴こえない・・ということが我慢ならないことでもあったわけだが・・後年にCD化された音を聴いた時に・・ノイズに埋もれないピアニッシモのありがたさを初めて実感することになる。そして・・そんなピアニッシモの上に積みあがったダイナミクスで聴く「三羽烏」のオンガクが・・如何に色彩的なサウンドを発しているのかということも知ることになったわけだ。身体や感覚に訴えるサウンドも悪くないじゃん!^^ ・・・但し・・音が悪ければ全てが台無しとなる。
◆幸いなことに・・オーディオテクノロジーの発展のお陰で・・こういった音楽を活かすことができるようになった。聴き方のコツは・・感動したい!との望みを棚に上げて・・ただひたすらに音響空間に身を浮かべ・・音調の揺らぎに身を委ねることにつきる。どういう訳か・・いつの間にか・・どこからともなく不思議な「感動」に包まれた心地の良い自分自身を自覚することになるのだ。独断と偏見の極みから推察すれば・・「オーディオ」を道具にオンガクを楽しんでおられるお方よりも・・「オンガク」を道具にオーディオを楽しんでおられるお方向きの・・絶妙な「道具」に成り得るガッキョクの一つでもある。モーツァルトとシューベルトは言わずもがな・・・万一・・ウィーン・フィルの定期で・・こりゃダメだぁ〜なんてことになったら・・世界中の一大「事件」ともなる。ハイティンクさんの指揮は極めてオーソドックスで・・刺々しいフレージングなどは全くない。今までに無いような革新的な音創りを期待でもしようものなら・・途端に気だるさを撒き散らす悪魔からのお誘いをうけることにもなる。音調の揺らぎに身を浮かべた後に・・シューベルトの「ザ・グレート」となると・・よほど気を引き締めて聴かない限り・・いつの間にか涎を垂らす醜態を演じてしまうことになってしまうだろう。。従って・・こういった流れのプログラムの場合には・・サイドテーブルにワインやチューハイなどを置くことは以ての外のことで・・少し濃い目のコーヒーに・・ファイト!一発!!なる有名ドリンクを混ぜ込んで・・チビリチビリやりながら覚醒を保たねばならないのだ。そうやって充実した意識の下に聴くウィーン・フィルとのシューベルトは・・革新的な音創りなど野暮の骨頂?とも思えてくるほどの・・メリハリの利いた素晴らしい音調で・・ロマンの香り溢れる「歌」の世界へと惹きこまれてしまうことになる。リピートをカットして・・第3楽章を10分に留めたハイティンクさんの演奏の流れは大成功だった。交響曲としての楽章バランスが整って・・フィナーレに至るまでにロマンティシズムがもたれないで楽曲全体が筋肉質にギュっと引き締まる。なんでもかんでもリピートすればいいってもんじゃないという典型的な見本がこの「第3楽章」なのだ。もっとも・・・高額チケットを買って演奏会に出かけた時には・・1分でも余分にウィーン・フィルのサウンドに浸っていたい!・・ということがあるのかもしれない。。
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| Disc
No. 041 |
Title
Nos. CDR-YSHD-031-00 & CDR-YSHD-032-00 |
| Disc
No. 042 |
St.Pertersburger
Philharmonie - Tschaikowsky Zyklus in Japan 1993 - Temirkanov |
 |
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サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
|
CDR-YSHD-031/032-00
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ユーリ・テミルカーノフ
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1993.06.20/21/28
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エリソ・ヴィルサラーゼ (Pf)
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サントリーホール
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:
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FM/VHS
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交響曲第1番「冬の日の夢想」*
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Live on Air
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交響曲第2番「小ロシア」
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44'12|67'34
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ピアノ協奏曲第1番
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★★☆☆☆ OIDT*|★★★☆☆OIDT
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| Disc
No. 043 |
Title
Nos. CDR-YSHD-033-00 & CDR-YSHD-034-00 |
| Disc
No. 044 |
St.Pertersburger
Philharmonie - Tschaikowsky Zyklus in Japan 1993 - Temirkanov |
 |
 |
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
|
CDR-YSHD-033/034-00
|
ユーリ・テミルカーノフ
|
1993.06.21/28/29
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歌劇「エフゲニーオネーギン」 ポロネーズ
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サントリーホール
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交響曲第3番
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FM/VHS
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交響曲第4番
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Live on Air
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序曲「1812年」*
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53'56|66'11
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プロコフィエフ:「タイボルトの死」
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★★★★☆ OIDT|★★★★★OIDT*
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| Disc
No. 045 |
Title
Nos. CDR-YSHD-035-00 & CDR-YSHD-036-00 |
| Disc
No. 046 |
St.Pertersburger
Philharmonie - Tschaikowsky Zyklus in Japan 1993 - Temirkanov |
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サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
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CDR-YSHD-035/036-00
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ユーリ・テミルカーノフ
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1993.06.20/30
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:
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サントリーホール
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:
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FM/VHS
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交響曲第5番
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1993.11.07|Live on Air
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交響曲第6番「悲愴」
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47'13|46'59
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:
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★★★★☆ OIDT
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| Disc
No. 047 |
Title
Nos. CDR-YSHD-037-00 & CDR-YSHD-038-00 |
| Disc
No. 048 |
St.Pertersburger
Philharmonie - Tschaikowsky Zyklus in Japan 1993 - Temirkanov |
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サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
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CDR-YSHD-037/038-00
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ユーリ・テミルカーノフ
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1993.06.21*/29/30
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堤 剛 (Vc)
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サントリーホール
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マキシム・ヴァンゲーロフ (Vn)
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FM/VHS
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ロココの主題による変奏曲
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1997.11.07|Live on Air
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ヴァイオリン協奏曲
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58'09|55'49
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マンフレッド交響曲*
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★★★☆☆ OIDT|★★★★★OIDT*
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| サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 日本公演 (チャイコフスキー・ツィクルス) ユーリ・テミルカーノフ指揮 |
◆カラヤンが没して僅か4ヵ月後にベルリンの壁が崩壊・・・東側の自由化の流れは衰えずに・・ついにはソビエト連邦まで渦の中に巻き込んだ。ムラヴィンスキーが没して・・ソ連邦が解体され・・全て国立だった交響楽団は右往左往の大騒動となった。新しく誕生した民間のオーケストラ(ロシア・ナショナル管弦楽団)は・・格段の待遇を武器に優秀な奏者の引き抜きに奔った。旧ソ連邦では・・国の看板ともなっていたモスクワのアカデミー国立交響楽団をはるかに凌ぐウルトラ級の優秀奏者を抱える旧レニングラード・フィルもご多分に漏れず・・主席級は勿論のこと・・次席級さえ尽く抜けてしまったらしい。。緊張から弛緩へとオーケストラの空気が180度変化した時・・ムラヴィンスキーを反面教師?とするテミルカーノフが・・恋われて音楽監督の任についたのだ。ウィーン・フィルやベルリン・フィルに優るとも劣らない名声と個性・・そして何よりも・・その最高級の合奏精度を誇っていたムラヴィンスキーのオーケストラは・・ただの・・ローカルオーケストラへと凋落する一歩手前だったのだ。ソ連邦解体後のレニングラードは・・サンクトペテルブルグへと都市名を変えて・・新しい名称と新しい音楽監督の下・・「マンフレッド」を含むチャイコフスキの全ての交響曲を連続演奏するという特大企画のプログラムを引っ提げて来日した。フルトヴェングラーの後任のカラヤンがそうだったように・・ムラヴィンスキーの後任のテミルカーノフも尽く比較批評された。それは楽曲の演奏法ではなく・・創りだされるオーケストラのサウンドについてのことだった。楽員の何割かが入れ替わって・・実質的には別のオーケストラといってもいいような旧レニングラード・フィルなのだが・・新進気鋭の奏者たちが要所を固め・・そして幸運にも・・楽器配置は旧レニングラード・フィルそのままだった。世界に例を見ない・・独特の金管楽器のステージ上手へのオフセット配置は・・ホームとするフィルハーモニーホールのステージ奥行きの物理的制約からくる必然的なものなのだが・・この個性的なサウンドバランスがあってこそ・・通常配置のオーケストラなどとは同じ次元で語れないほどの個性を持っていた。しかし・・サントリーホールの吊りマイクは・・ステージ上手から聴こえるハズの切れ味鋭い強烈なブラスを捉えていなかった。かくして・・ムラヴィンスキーのオーケストラとは全く異なる・・メリハリのない軟弱なチャイコフスキーが電波にのったのだ。 交響曲では・・3番と5番を除き・・シンバルとバスドラムの炸裂がFMのキャパの中で活きるかどうか・・という心配が横切った。カラヤン最後の来日公演での・・生放送の酷すぎるダイナミクスを思い出してしまったのだが・・NHKはやはり「安全装置」に頼っていた。。生放送は音がいい!・・との「神話」など・・単に盛大な音源テープノイズから開放されるだけという・・アナログテープ収録の時代の話だったのだ。PCM収録可能なデジタルチックなご時世では・・「録音」での放送の方が・・生放送での一発勝負の「送り出し」に比べたら・・限界ダイナミックスの見極めに余裕が生まれることになるハズだ。「1812年」の演奏が終った後・・アナウンサーが・・「皆さん・・如何でしたでしょうか!・・凄い迫力でしたね!!・・」などと興奮して喋っているのだが・・万一リスナーが・・「ロシアのオーケストラなのに・・こんな音しか出せないのか!・・」と思い込んでしまったら・・一体誰が責任を取るのだろう。。嘘偽りのないありのままの真実を伝えることが使命のハズの放送局ならば・・「本日の演奏は・・凄い迫力でホールを揺すりましたが・・そのままお伝えすると送信設備が壊れてしまいますので・・勝手ながら炸裂テュッティーから牙を抜かせていただきました。なお・・本日の音響エンジニアは凡野倉之助でございます。皆様方よりのクレーム多々となった場合には即刻クビにいたしますので・・どしどしご意見をお寄せください。・・」くらいのアナウンスを入れてこそ・・信頼される放送局になり得るのだ。N響のFM生放送を聴かなくなった原因も・・こんなことからだったような気がしている。
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-034-00
(FM Aircheck) |
CDR-YSHD-128-00
(BS Aircheck) |
CD/ DG 453
446-2 |
| St.Petersburger
Phil. 1993 Tokyo Live |
Tanglewood Festival
1998/Ozawa |
Russian National
Orchestra/Pletnev 1996 |
| チャイコフスキー:序曲「1812年」〜大砲の入りから終結までのピークレヴェルホールド(CDプレイヤーからのライン入力) |
| SPPOは大砲をバスドラムで代用|タングルウッドはシェード外でキャノン砲を実射|DGのCDも本物の大砲・・ド迫力☆驚異的なり! |
◆当初全ての作品を・・音源そのままにHDDへ入れていた。CD-Rに書き込みをして一通り試聴したのだが・・寝ぼけたようなサウンドからは「音源の価値」など全く見つからなかった。マスタリングをOIDTでやり直すことに挑戦した。メリハリの無い軟弱なチャイコフスキーは・・やはり・・NHKの送り出しエンジニアのせいだった。。本来のダイナミクスが失われた中での軟弱な抑揚をもって・・テミルカーノフの「演奏表現」と勘違いをさせられていたのだ。楽曲の抑揚を・・本来有るべきオーケストラのダイナミクスへと蘇生をした。16ビットのダイナミックレンジの低ビット限界スペックは・・24ビットコンバーターが難なく補った。炸裂するフォルティッシモへのレヴェル補正は曲中何度も必要だったが・・臨機応変の推察レヴェル補正を経てHDDに仕上がった「1812年」をヘッドフォンでモニターしたところ・・オリジナルのVHSマスター音源とは次元の全く違うダイナミクスの波が押し寄せ・・ロシアの金管が本来のフォルティッシモで炸裂した。ダイナミクスをつぶすような放送(生中継に限らず・・)ならば・・やらないほうがいいのだ。。ムラヴィンスキーの引き締まった響きとは異なる・・開放されたサウンドの魅力もまた格別なものとなった。サンクトペテルブルグ・フィルは・・紛れも無くテミルカーノフのオーケストラとなって・・ムラヴィンスキーのやらなかったチャイコフスキーの魅力溢れる初期の交響曲を・・同じ楽器配置で演奏した。研ぎ澄まされたヴァイオリンのヴィブラートが消滅した代わりに・・右から骨太の金管が存在をアピールするようになっていた。良し悪しは別にして・・ゆったりとした時間の流れの中でチャイコフスキーの音楽をリラックスして聴けるようになったことは・・逆に言えば・・ムラヴィンスキーの究極のキビシズム?が・・世界でも稀なほどの「逸品」だったことへの・・自然発生的反作用なのかもしれない。。テミルカーノフは・・マンフレッドを除くチャイコフスキーの交響曲全曲を・・イギリスのオーケストラと録音した。手兵と4番以降を録音していながらの「?x
∞」的な仕事をやってのけたのだ。「ムラヴィンスキーのオーケストラ」は・・そんなにも魅力の失せた存在に成り果てたのか・・・と愕然となった。。レコード会社の事情や都合・・・或いは策略?かどうかは知らないが・・リスナー(自分だけかも?)は・・・ムラヴィンスキーのやらなかった楽曲を「ムラヴィンスキーのオーケストラ・・&必然的楽器配置」で聴きたいのだ。プレトニョフ&ロシア・ナショナル管弦楽団が対抗配置で・・DGに最高級のチャイコフスキーを既に録音しているからには・・テミルカーノフ&サンクトペテルブルグ・フィルも・・金管上手オフセット&対抗配置での(つまりは・・本拠地で)管弦楽曲&マンフレッド付交響曲全集を・・ありのままのダイナミクスで録音してほしい!・・と渇望しているところでもある。 |
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| Disc
No. 049 |
Title
No. CDR-YSHD-039-00 |
| Mito
Chember Orchestra - Fumiaki Miyamoto(Ob) - Seiji Ozawa |
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水戸室内管弦楽団
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CDR-YSHD-039-00
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小澤征爾
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2002.06.26
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宮本文昭 (Ob)
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水戸芸術館コンサートホール
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:
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FM/VHS
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平 義久:「彩雲」 <初演>
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2002.09.30
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モーツァルト:オーボエ協奏曲
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59'35
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ハイドン:交響曲第60番
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★★★☆☆
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| 水戸室内管弦楽団 第50回記念定期演奏会 小澤征爾指揮 |
◆この年のお正月に・・ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに出演して・・「悪魔の踊り」ではまるで交響曲かの如くもの凄いパワーを爆裂させ・・ライブCDがポップスの売り上げをも脅かすヒットチャート上位にくい込む中・・由緒あるニッポンの片田舎(失礼!)の・・こじんまりしたコンサートホール座付の室内管弦楽団を振りにやってきたオザワさんだが・・このオーケストラは・・なんとサイトウキネンのミニチュア版なのだ。学閥パワーの結束で・・サイトウ・キネン・フェスティヴァルにまで発展した・・ニッポンの有り様もろ出しのような図式でもある。このモンドコロが目に入らぬかァ!?・・と・・聴衆は半刻(1時間)にも満たないプログラムに頭(こうべ)を垂れることにもなるのだ。。前座・・協奏曲・・そして交響曲と・・王道をいくプログラムではあるものの・・日本最高のオーボエ奏者ミヤモトさんのメロウ極まる音色で・・モーツァルトを聴くことだけに興味が集中して・・あとはスーパースター世界のオザワを観るためだけに時間が流れるという・・極めてミーハーチックな演奏会であったのかもしれない。。この公演は・・第50回の記念定期でもあって・・二日間行われる定期公演の初日の録音なのだが・・同じ6月始めに行われた指揮者無しでの第49回定期がS席六千円に対して・・オザワさんの振る第50回定期のS席はなんと
壱万五千円也!。・・協賛企業付の公演なのだが・・二日間で壱千五百万余の売り上げだ。49回目と50回目との差額がオザワさんのギャラとすれば・・二日間の公演で壱千万円ほどお稼ぎになったことになる。。協賛企業さんというのは・・一体何をおやりになって「協賛」しておられるのか・・・。えぇっ?・・まさか・・ギャラの不足分(?)の上積みでっか?・・・どないなってまんねん!(ケチなこと考えてしもうたぁ^^;)
◆しかしながら・・このオーケストラは・・「仏作って魂入れず」のニッポンのコンサートホールの中でも・・レジデンスオーケストラとして・・「仏に魂を入れた」珍しい存在となって・・極小弦楽編成ながら2管を確保して・・古典作品ならトラ(エキストラのこと)を入れずに何でもござれ・・という体制は素晴らしい限りだ。同じような団体として・・オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が岩城さんの肝入りで大活躍中だが・・こちらも日本の室内管弦楽団としては珍しく・・創設当初から世界のメジャー&トップレヴェルを目指したスーパーアンサンブルなのだが・・創設後の評価が余りにも高いので・・石川県はこの団体専用のコンサートホールを造ってしまった。これがまた・・贅を尽くした素晴らしいホールで・・パイプオルガン備え付きの1500余席の中規模音楽専用ホールなのだ。OEKが将来シンフォニーオーケストラへ成長した時のために・・相当な空間的余裕を担保したものなのか?・・または音楽専用といえども1000席に満たない小規模ホールでは・・定期会員が溢れて複数回の公演が必要となって・・「割に合わない?」ことになるのか・・は定かではないが・・コンサートホールとして4管16型のシンフォニーオーケストラを・・十分迎えられるだけのキャパがあって・・石川県もなかなか心憎い配慮をしたものだと感心するほかない。
◆水戸芸術館という器は・・それなりの評価はあるようだが・・ここの最大の欠陥は・・コンサートホールからパイプオルガンを分離してしまったことだ。600余席のコンサートホールなのだが・・オルガンはロビー(エントランスホール)へと追いやられ・・仕切りをすれば300席のオルガンホールになるらしいものの・・オルガン入りの楽曲を演奏する場合にはどうするんだろう?。。オルガンの響きを理想的に醸し出すためには・・コンサートホールの空間では無理と判断したのかどうか・・・しかしながら・・この徹底的な中途半端さこそ・・設計者のこだわりの音響哲学からの・・頑固一徹な我儘でもあって・・芸術作品としての建物を意識しすぎた結果として・・将来必ず・・使い勝手が悪い!・・などと不満が出ることになると思っている。そういえば・・地元の大手デパート本店の吹き抜けロビーに・・本格的なパイプオルガンがあったことを思い出した。。吹き抜けなので・・容積的には十分な空間があって・・静寂の中での響きはそれなりのものじゃないかと思うのだが・・なにせデパートのロビーなのだ。オルガン奏者は・・ワイワイガヤガヤと騒然とした中で弾くことになるのだろう。。バブル経済真っ只中での客寄せの道具(シンボル?)だったのだろうが・・オルガンビルダーが汗水たらして組み上げた数億円もする手作りの楽器を・・おもちゃのようにロビーに飾っておくだけのこととなったら・・音楽の女神たちのしっぺ返しがくるのかもしれない。。 |
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| Disc
No. 050 |
Title
No. CDR-YSHD-040A/B-00 |
| Disc
No. 051 |
State
Symphony Orchestra of Russian Federation - Live in Tokyo - Evgeny
Svetlanov |
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ロシア国立交響楽団
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CDR-YSHD-040A/B-00
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エフゲニー・スヴェトラーノフ
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1997.04.21
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樫本大進 (Vn)
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サントリーホール
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チャイコフスキー
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BS/VHS
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スラブ行進曲
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1997.10.17
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ヴァイオリン協奏曲
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55'32|56'54
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交響曲第5番
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★★★★☆
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| ロシア国立交響楽団 日本公演1997 エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 |
◆1965年旧ソビエト国立交響楽団の音楽監督に就任して以来・・ソビエト連邦崩壊後も新生ロシア国立交響楽団のシェフとしての任を務めたスヴェトラーノフさんだが・・34年目にしてその関係にヒビが入ったようだった。1999年10月3日に行われたロシア国立交響楽団の楽員総会では・・音楽監督スヴェトラーノフ氏への不信任案が出され・・賛成68・・反対9・・白票28・・で可決されてしまったらしい。。多分・・この時点で・・楽員側は連邦文化省へ決議の結果を基に音楽監督の解任を求めたものと思われるのだが・・お役所の常で直には結論が出るわけが無い。そのまま放ったらかしにされた楽員側は業を煮やして・・翌年2000年1月6日に再度楽員総会を開き・・音楽監督解任の再確認を含めて何点かの改善要求決議を行って・・もしこれらの要求が通らねば2月からストライキを行う・・との脅し文句を付けて文化省へのりこんだようだ。ただ・・この時の総会には・・楽員の出席は70名に留まったとのことなので・・前回に白票を投じた楽員は「わしゃ・・もう知らん!」とばかりにネガティブな行動をとったのだろう。。問題は・・なぜ?・・スヴェトラーノフさんへ三行半を突きつけたのか?・・ということなのだが・・これがさっぱりと分からないのだ。しかしながら・・総会決議の中に・・1992年に取り決められた「経営方針」の変更とか・・楽団資料のセキュリティーの改善・・とかの項目もあって・・どうやら音楽監督絡みのことのようにも思えてくる。つまりは・・スヴェトラーノフさんの芸術的意向の問題では無く・・マネージメントに対する不満が爆発したようだ。旧体制下そのままの考え方で君臨を続ける音楽監督(及びその権限)では・・民主的な運営にはほど遠く・・楽団所有の楽譜なども・・音楽監督の他のオーケストラへの客演の際に勝手に持ち出されたんでは楽団の利益に反する・・みたいなことだったんじゃないかと思うのだ。旧レニングラード・フィルの専制君主だったムラヴィンスキーが没したのは1988年(1月19日)だから・・正に旧ソビエト連邦(1991年12月に連邦解体)の末期にあたる。新生ロシア連邦でサンクトペテルブルグ・フィルへと改称されて・・新音楽監督テミルカーノフの下で民主的な運営に改められたことは・・当然にしてモスクワの新生ロシア国立響へも情報が逐次流れたのだろう。そんな中で・・「オレらの楽団・・看板が変わっただけで中身は全然昔と一緒じゃん!」てなストレスを溜め込んでいったのかもしれない。。とにもかくにも・・サンクトペテルブルグ・フィルまで一緒になって・・今後スヴェトラーノフ氏とは一切演奏しない・・と覚悟を決めた楽団側に折れた文化省は・・楽団からのストライキ突入の最後通告後・・極めて迅速?にスベトラーノフさんを解任してしまったのだ。旧体制下では考えられないような事態なのだが・・この間「辞任」もせずに成り行きを見守ったご本人の心境如何なるものだったのか!・・その後僅か2年で没してしまったことが・・なによりの「証」なのかもしれない。
◆そんなこんなの爆発へとストレスを相当溜め込んだロシア国立交響楽団を率いて来日したスヴェトラーノフさんだが・・ひょっとしたらご本人は「知らぬが仏?」だったのかもしれない。オーケストラ側も仕事と割り切って臨んだのだろう。。その軋轢による歪みなど・・演奏の中には微塵も無かったのだ。スヴェトラーノフさんは・・ヴァイオリン協奏曲で全くプルトを削らなかった。「スヴェトラーノフのオーケストラ」は・・コントラバス9挺を擁する18型巨大弦楽編成で樫本大進を迎えたのだ。ふかふかのクッションのような分厚いオーケストラのダイナミクスは・・ピアニッシモでも弦バスの凄みが活きていたのだから恐れ入る。伴奏ではなく「共奏」・・オーケストラの主張とソロの主張が時にぶつかり合って「競奏」ともなる。オーケストラのここぞの満身の全合奏は・・まるで交響曲の一節の如くに爆裂し・・遠慮のない響きはソリストの闘争心をかきたてたようだ。力関係での解釈の妥協からくるリハーサル時のストレスは・・本番の中でとっかとして発散することになったんじゃないかと思うほど・・一見軟弱風ニッポンダンジのソリストは・・仁王立ちで見事ロシアの「巨熊」と対峙した。いやはや・・これほどの迫力でチャイコフスキーの協奏曲を聴いたのは初めてのことで・・これを聴いた以降は・・協奏曲でもって・・なんでプルトを減らさなきゃならないのか・・と考えさせられるようになってしまった。スラブ行進曲の重量感は・・ムラヴィンスキーの「ルスランとリュドミラ」との対極にも感じる極めて遅いテンポによる演奏からのものだったのだが・・これはもはや・・行進曲というよりも交響詩といった方がいいのかもしれない。交響詩として「前奏曲」と名の付く楽曲の如く・・この曲も行進する先にあるべきものを暗示したような曲想と化していたのだ。もしアンコールとして演奏されたなら・・聴衆は葬列の一員となったような気分で・・意気沈々と足取り重くホールを出て駅に向かわねばならなかっただろう。。第5交響曲は・・スヴェトラーノフの十八番でもあって・・何をか云わんや!の世界でもある。同じロシアで同じ対抗弦楽配置ながら・・サンクトベテルブルグ・フィルの音調とはかくも違うものかと驚くものの・・根底でつながる余裕綽々のロシアンブラスのパワー感にはホトホト痺れっぱなしとなるのだ。この一種独特の爆裂的雰囲気だけは・・ウィーンやベルリンにも無いもので・・ましておやニッポンのオーケストラなど足元にも及ばない。それにしても・・カラヤンもそうだったが・・意見対立の果ての解任(辞任)劇ほど後味の悪いものは無い。。民主的?に事を運ぶナヨッチイ?シェフがほとんどだが・・オーケストラというものは・・有能な(これが絶対条件ではあるが)専制君主に仕えてこそ・・末代にまで語り継がれるビッグネームと成り得ることを・・目先の労働条件ばかり気にする「今」の時代の楽員は知る由も無い。 |
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| Disc
No. 052 |
Title
No. CDR-YSHD-041A/B-00 |
| Disc
No. 053 |
NHK
Symphony Orchestra - 1997/98 Season Opening Concert - Evgeny
Svetlanov |
 |
 |
NHK交響楽団
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CDR-YSHD-041A/B-00
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エフゲニー・スヴェトラーノフ
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1997.09.06
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中村紘子 (Pf)
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NHKホール
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チャイコフスキー
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BS/VHS
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スラブ行進曲
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Live on Air
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ピアノ協奏曲第1番
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55'27|59'03
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交響曲第5番
|
★★★☆☆
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| Disc
No. 054 |
Title
No. CDR-YSHD-042A/B-00 |
| Disc
No. 055 |
NHK
Symphony Orchestra - Evgeny
Svetlanov |
 |
 |
NHK交響楽団
|
CDR-YSHD-042A/B-00
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エフゲニー・スヴェトラーノフ
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1997.09.17
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諏訪内昌子 (Vn)
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NHKホール
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グラズノフ:抒情詩
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BS/VHS
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グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲
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on air 1997.09.19
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ストラヴィンスキー
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49'26|40'17
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バレエ音楽「火の鳥」(短縮版)
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★★★☆☆
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| Disc
No. 056 |
Title
No. CDR-YSHD-043-00 |
NHK
Symphony Orchestra - Evgeny Svetlanov |
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NHK交響楽団
|
CDR-YSHD-043-00
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エフゲニー・スヴェトラーノフ
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2000.10.06
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チャイコフスキー
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NHKホール
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「くるみ割り人形」〜第1幕
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FM/VHS
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「白鳥の湖」より
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Live on Air
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「眠れる森の美女」抜粋
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73'56
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「くるみ割り人形」〜パ・ド・ドゥ
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★★★★☆ OIDT
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| NHK交響楽団 定期演奏会 エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 |
◆スヴェトラーノフさんは手兵ロシア国立交響楽団との来日後僅か半年で・・今度はN響で同様のプログラムを振りに単身来日した。デカイ音を出すことの得意なN響と「爆演家?」との組み合わせは・・NHKホールというこれもまたバカデカイ空間を決戦場としてシーズン開幕の栄誉を担った。N響の・・特に金管奏者達は・・普段の何倍もの負荷に耐えるべく・・肺活量のパワーアップの訓練で目が回り・・スタミナドリンクの空き瓶が自宅に山となっていた。(ヤボな想像です)・・いざリハーサルとなって・・楽員は肩透かしにあったような・・ホットしたような・・妙な安堵感に襲われていた。。スヴェトラーノフさんは・・N響の標準楽器配置そのままで・・楽員に対して最高の儀礼を尽くし・・客演指揮者としての良識を失っていなかった。無理な爆裂などは要求せずに・・N響のサウンドバランスに任せてきったのだ。ここはモスクワではない!・・と自分自身に言い聞かせるように。。手兵が吼えまくった同じソリストとの同じ曲の録音とは全く違って・・N響は冷静さを保ち続け・・宙に浮いたピアニストは珍しく熱くなった。指揮者の遠慮は「策略」だったのか?・・スヴェトラーノフの「遠慮心」に敬意を抱いたN響は・・自発的に協力体制をとったのだ。ネガティブだった金管軍団は・・かないっこないロシアンブラスへの挑戦の意も込めて・・「お仕事」のブレスにアマチュアチックな情熱を吹き込んだ。。結果として・・温存すべき余裕の全てを使い切ったサウンドは・・正に火花散る如くとなって・・スヴェトラーノフさんの望んでもいない爆裂が・・広大なホールを揺らすこととなったのだ。サントリーホールでの公演ならば・・ロシア国立響と同じ土俵での対等勝負となるところなのだが・・NHKホールの空間は並みの音量では満たされないのだ。ひょっとしたら・・火花のチカチカ現象は・・特に管楽器奏者の血の気が引いた目の中に映った・・卒倒寸前の幻影だったのかもしれない。。(?)
◆ シーズンオープニング定期から間もない二度目の定期では・・N響のポジティブな協力はより計画的となって・・物理的な音量としてではなく・・飛び交う音符の一つ一つに輝きを与え・・大音響を有機的に整理する方向へと動いたようだ。N響が指揮者を「立てた」・・初めての協力体制だったような気がするが・・スヴェトラーノフさん編纂の短縮版「火の鳥」は・・中途半端なフレーズを取り去っただけの僅かな短縮で・・壮大な交響詩的感覚は全く損なわれていなかった。凝縮された時間の中で・・ドロドロの「ロシア」が蠢き・・あくびの出ない緊迫したフレーズだけが繋げられて・・聴き応えのある音楽の流れを形成した優れものの編纂だ。前半のグラズノフの叙情性は・・スヴェトラーノフさんの「核心」なのかもしれない。。論より証拠・・スヴェトラーノフさんの自作品「ヴァイオリンと管弦楽のための詩曲」は・・ガサツな人間には絶対に作れない曲想なのだ。スヴェトラーノフさんの爆演イメージは・・余りのニンゲンチックな感情の素直なバクハツからのものであって・・音楽的芸術表現の極みでもあったのだ。しかしながら・・玉石混合となってしまった国営レコード会社「メロディア」による余りにも酷い録音の音調は・・歪められたバランスとダイナミクスの幻影の中に爆裂的なイメージを想像させて・・固定観念として植えつけてしまった感じがしないでもない。フルトヴェングラーの時代の録音が狂信的なリスナーを増加させたのと同じように・・カチンコチンに固まったあげくにヒビまで入った不安定な録音は・・リスナーに都合のいい勝手な想像心でものを言わせる大いなる原因となってしまったようでもある。
◆さて・・珍しいチャイコフスキーのバレエ音楽だけによる2000年の10月定期公演だが・・その年の2月にロシア国立交響楽団の音楽監督を解任されて・・全くのフリーの立場となったスヴェトラーノフさんの来演だった。ロシア国内で「嫌われ者」として烙印を押されたかのように・・解任後の活動の場はもはやロシア国内にはなかったようだ。英国BBCやフィルハーモニア管弦楽団・・スウェーデン放送交響楽団・・オランダのハーグなど・・海外のオーケストラへ活路を求めて客演の旅を続け・・そんな旅の疲れが蓄積して心臓に負担がかかったのではないかとも思える。カラヤン先生も・・ベルリン・フィルと決別してから僅か数ヵ月後に心臓発作で逝ってしまった。長年君臨した立場が無くなるということは・・その精神的なダメージは・・結果的には肉体をも蝕むほどのことだったのだろう。。「人生」を否定されたのと同じくらいのショックから・・時間と共に立ち直ったスヴェトラーノフさんの見つけた世界は・・母国ロシアのメルヘンの情景だったのか?・・・スヴェトラーノフさんのこだわりは・・児童合唱が要る「くるみ割り人形」の第1幕を前半で演奏したことだ。「雪のワルツ」の静寂な余韻を残して休憩となって・・後半では「白鳥の湖」のあのメロディーで聴衆をメロメロに陶酔させてから・・シンフォニックな「眠りの森の美女」を最高潮の打ち上げ花火の如く炸裂させたのだ。ところが・・スヴェトラーノフさんにとってのメインプログラムはまだ終っていなかった。なんと・・前半の「くるみ割り人形」こそ・・この定期公演のメインだったのだ。N響の定期公演ではやらないアンコールで・・スヴェトラーノフさんは・・「くるみ割り人形」第2幕から・・感情の極みのような「あの曲」を内面大爆裂させた。。アンコールであってアンコールに非ず。。当初から仕組まれた演出としてのプログラムビルディングの妙だったのだ。最後の「アンコール」を聴かずに駅へと急いだお方たちは・・スヴェトラーノフさんの核心を聴かずに・・中途半端にプログラムの流れを自ら断ち切ってしまったのだ。まぁ・・熱心なファンの方たちではなかったのだろうが・・(?) |
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| Disc
No. 057 |
Title
No. CDR-YSHD-044-00 |
| Bayrauther
Festspiele 2001 - Beethoven Sinfonie Nr.9 - Christian Thielemann |
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バイロイト音楽祭
2001
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CDR-YSHD-044-00
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バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
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2001.08.10
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クリスティアン・ティーレマン
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バイロイト祝祭劇場
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FM/VHS
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ベートーヴェン
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2001.12.29
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交響曲第9番「合唱付」
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73'50
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★★★★☆ OIDT
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| バイロイト音楽祭2001 創設125周年&戦後再開50周年記念「第九」特別演奏会
クリスティアン・ティーレマン指揮 |
| エミリー・マギー(ソプラノ) ミシェル・プレート(アルト)
ロバート・ディーン・スミス(テノール) ローベルト・ホール(バス) |
◆「第九」という楽曲は・・ご存知の通り・・人類皆兄弟などと「愛」を謳ってお祭り騒ぎで終結するのだが・・どうも詩の一節に馴染めないところがあったりして・・随分と交響曲全集のみならず単発のCDを買い込んではみたが・・ある時期から「第九」だけは手付かずにラックのお飾りになって・・長年の間沈黙の音盤の代表格になっていた。。音盤の自作を始めるようになってからは・・マスタリングの過程で必ず否応無しに耳に飛び込んでくるようにもなって・・一発OKでマスターディスクが完成すればともかく・・何回もテイクを重ねることにでもなれば・・ブッチャケたハナシ・・ウンザリすることにもなるのだ。ましておや・・このような記念公演の放送予定を目にすれば・・必然的に・・あの50年前のライブ録音盤を聴いておかねば・・などと2〜3回繰り返して必死に?聴くことにもなる。短期間に連続通算して・・「第九」という楽曲自体を6〜7回聴くことにもなり・・暫らくの間は頭の中で「第九」がガンガン鳴り響くことにもなる。スコアを見ながらともなれば・・目はショボショボ・・肩はコリコリ・・歯がウキウキで食欲はガタガタ・・挙句の果てに・・偏頭痛を伴って夜は寝付けず・・睡眠不足で・・といった恐怖の期間を忍ばねばならなくなる。。それでも・・また新たにエアチェック・・マスタリング・・という繰り返しに及ぶのは・・悪夢のような悪酔いから覚めてからの地獄の二日酔いでギャフンと思いつつも・・また一杯!と性懲りも無くやってしまうのと同じことなのかもしれない。。^^;
◆余談はさておき・・25年毎の西洋の区切りは・・「四半世紀」としての意味合いで重みがある。何処かの国の15周年記念!・・などと意味不明な区切りでのバカ騒ぎとは次元を異としているのだ。50年前のこのステージにフルトヴェングラーがいた。。ティーレマンはフルトヴェングラーの幻影となって・・先入観念の霧の彼方へ消え去った・・とした当初の印象とは異なって・・あらためて聴いてみると・・フィルハーモニア管弦楽団を振ってCDデビューしたあのベートーヴェン第5&第7交響曲のデフォルメチックな奇怪なパワーは無いものの・・ライブで・・しかも相当なプレッシャーを伴ったに違いないバイロイトのステージで・・寄せ集めとはいえ・・一流奏者たちを相手に・・よくぞここまでドライブしたものだと思うようなフレージングが随所に聴かれる。50年前の指揮者は・・もはや畏敬の念の塊のように・・オーケストラから「どうぞ・・思いのまま・・」てな状況だったんじゃないかと想像するのだが・・若き俊英ティーレマンとの力関係では・・当然オーケストラ側にお伺いを立てるようなことにもなる。「お前のテンポ・・メチャクチャやんかぁ!」・・などと文句が出れば・・「ハイ!以後気ーつけます!」・・と随時修正をも余儀なくされるハズだ。しかしながら・・然るべきオペラハウスのシェフとして実績を重ねているティーレマンは一歩も下がらず・・「あんた・・なにゆうてまんねん!・・わいはこないやりたんや・・ここはひとつ協力してんか!!」・・などと仰ったかどうか・・・不満たらたらの造反分子?たちが縦の線を微妙に歪ませたり・・譜面と違う音を発したり(故意か偶然かは定かではないが)・・と音楽の流れはウネリまくる。結果として出来上がった音楽は・・正にティーレマン独特のものと化して・・聴衆は大喝采を贈ったのだ。壮絶なティンパニーの打ち込みと共に・・ライブならではのスリル溢れるゾクゾクの雰囲気は・・やはりフルトヴェングラーが優るものの・・比較にならないほどの優れた音質は・・それなりの感動を呼び込んだ。これがオンエアされたのは・・奇しくも朝比奈先生が亡くなられた「その日」の深夜だった。。従って・・このマスターテープをモニターした年末には・・フルトヴェングラーどころか・・朝比奈先生の幻影までが被さったことを覚えている。 |
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| Disc
No. 058 |
Title
No. CDR-YSHD-045-00 |
| Koninklijk
Concertgebouworkest - Charles Dutoit - Orgelsinfonie! |
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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
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CDR-YSHD-045-00
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シャルル・デュトワ
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1995.01.27
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シャントル・ジュイエ (Vn)
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コンセルトヘボウ
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FM/VHS
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ビゼー:「アルルの女」第2組曲
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1996.10.07
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シマノフスキー:ヴァイオリン協奏曲
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76'49
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サン・サーンス:交響曲第3番
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★★★★☆ OIDT
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| ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮 |
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-045-00
(FM Aircheck) |
CDR-YSHD-049-00 (FM Live on
Air) |
XRCD/ Victor JMCXR-0002 |
| Concertgebouw
1995.01/Dutoit |
Musikverein Goldensaal 2002.11/Ozawa |
Boston Symphony Hall 1959.04/Munch |
| サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」
第2楽章第2部終結部(フィナーレ・コーダ)約2分間のピークレヴェルホールド |
◆世界の3大ホール(ボストン・ウィーン・アムステルダム)は、立派な大オルガンを備えているが・・ボストンを除き・・未だオルガン交響曲の正規録音が無い。(←2005年7月現在です) ありがたいことにFMライブ放送は・・こういった録音にお目にかかれるのだ。既にエアチェックで・・この音源と共に・・オザワさんがウィーン・フィルを振ったオルガン交響曲が・・ウィーン楽友協会ゴールデンザールからオンエア(生中継)され・・シャルル・ミュンシュのXRCDで蘇った録音年代を疑うほどの超ハイファイ録音と共に・・3大ホールでの録音が一気に揃ってしまった。エアチェック・・恐るべし!・・いや・・ありがたきかな!!・・
音質も極上だ。。残念ながら・・ホールの音響特性まではスペアナ上には表れないが・・優れた音響特性のホールは・・オーケストラの発した炸裂サウンドを余すことなくマイクへ載せる。各々の楽器のエネルギーは・・マイクとの距離やマイクの感度に左右されるので・・同一次元での比較は不可能となるものの・・其々のスペアナ上で相対的にエネルギーが載った音域(周波数帯域)を見れば・・一目瞭然にその音源の持つ性格が判ってしまうのだから・・口下手の凡人にとってはありがたい限りの音調表示器?でもあるのだ。そして・・FMながらの優秀音源!と公言することの・・何よりの「証」ともなって・・同時に・・主観的なミーハーレビュー?では絶対に発見できない・・物理的な真実をも・・あからさまに曝すことにも貢献?している。。^^;
◆この音源・・・ペダルの弱音もはっきりとレヴェルを示し・・OIDTによって最後の盛り上がりも見事に蘇った。第2楽章後半のオルガン登場は凄みがあり・・ブルブルブルッと部屋の空気が振動するほどの迫力がある。カラヤンの録音した別録り大聖堂の大オルガンから発せられた・・ホンの少し埃っぽい・・こけおどし的な威圧感などはないものの・・コンサートオルガンとしては指折りの充実した響きで・・ムジークフェラインのオルガンよりも重心の低い厚みのある音に惚れこんでしまった。また・・最後のコーダでのティンパニーの打ち込みは・・腰砕けになることが多々あるのだが・・この録音では満身の打ち込みが一打ごとに衝撃波となって・・フォーカスの定まった爆裂感で・・大団円を見事に締め括った。スペアナの左から3本目は40Hzのバスドラムの一撃によって盛り上がったものだが・・125Hzのティンパニーや8KHz以降高域を盛り上げたシンバルなど・・響きに埋もれずテュッティーから抜きん出て炸裂するオーケストラ満身のエネルギー感が見事にバランスした優秀な録音だ。一方・・楽友協会ゴールデンザールでは・・16フィートパイプが唸って32Hzを盛り上げるが・・全体的には低域は軽く・・バスドラムもティンパニーも響きの中から突出しない。その代わり・・ウィーン・フィルのブラスとシンバルが派手派手しく炸裂して・・ウィーン・フィルとしては珍しいほど華麗なサウンドと化して鮮烈なイメージを押し出している。アンプに再生イコライザー(トーンコントロール)がある場合には・・コンセルトヘボウの音源では・・10KHzを6dBほど持ち上げれば鮮烈感がさらに増し・・楽友協会の音源では・・100Hzを同じく6dBほどブーストすれば重心が下がって・・一層腰の据わったドッシリとした音調で楽しむことができる。ミュンシュ&ボストン交響楽団の音源は・・本家本元のマスターテープ(米国RCA所蔵)から手間をかけてマスタリングをしたにもかかわらず・・FM音源(特にコンセルトヘボウ)と比べても特別に群を抜くような存在ではなかった。とはいっても・・1959年という録音年代からすれば・・超絶的な名録音として・・デジタルの時代にも通用する立派なサウンドだ。しかしながらの<・・・・・>は「言わずもがな?」にしておこう。。^^ |
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| Disc
No. 059 |
Title
No. CDR-YSHD-046A/B-00 |
| Disc
No. 060 |
Berliner
Philharmoniker - Sergiu Celibidache |
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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-046A/B-00
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セルジュ・チェリビダッケ
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1992.04.01
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シャウスピエールハウス
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ブルックナー
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BS/VHS
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交響曲第7番
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1992.12.21
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第1〜2楽章|第3〜4楽章
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66'01|44'33
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★★★★★
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 特別演奏会 セルジュ・チェリビダッケ指揮 |
◆皆さん・・心配しないでください。。私は演奏しませんから・・・(笑)・・演奏会の前に話しをするのは良くないのですが・・今夜は特別な夜なので・・感謝の言葉を述べさせていただきます。。まず・・私たちは・・世界最高のベルリン・フィルハーモニーと一緒にいるわけですが(拍手)・・彼らといると世界の中心にいるように感じられます。(拍手)・・・それと同時に・・偉大なチェリビダッケさんがこのオーケストラを指揮なさることを・・私たちは嬉しく思います。(拍手)・・・このオーケストラは・・彼のオーケストラでした。。彼は・・ここベルリンで困難な時期に・・オーケストラのためだけでなく・・ベルリンの人たちにも愛情を注がれ・・最後の一切れのパンを彼らと分かち合いました。。ご自身も「ドイツ人ではないが・・ベルリン人だ!」と仰っています。。チェリビダッケさんは・・33歳の時・・初めてこのオーケストラを指揮され・・戦後最も困難な時期に・・このオーケストラの再建のために貢献されました。。彼は・・フルトヴェングラーさんに対しても・・素晴らしい誠実さで接し・・オーケストラと共に歩んできました。。そして・・37年か・・38年前に・・最後に指揮台に立たれています。。ここ(シャウスピエールハウス)ではありませんが・・・。そして・・今日再びチェリビダッケさんは・・ベルリン・フィルハーモニーと演奏するために来られました。。彼の母国(ルーマニア)の・・恵まれない子供たちのために・・このコンサートを開くことを・・彼は同意してくれました。。その事に対して・・チェリビダッケさんとオーケストラのメンバーと・・そして・・聴衆の皆さんに感謝します。。これから始まる演奏を楽しみにしています。。そして・・チェリビダッケさんは・・まもなく80歳になられますが・・素敵な誕生日(6月28日)を迎えられるよう・・心から願っています。。(拍手・・・チェリビダッケ登場・・・大統領と握手・・・指揮台へ・・)・・・演奏会冒頭でのワインゼッカー大統領の演説だ。(NHK-BS画面字幕より転記)
◆1989年11月9日の「ベルリンの壁崩壊」から約1年経った翌1990年10月3日に東西ドイツが統一された。帝王カラヤンは既にこの世になく・・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督にはクラウディオ・アバドが就任していた。新生統一ドイツも・・ベルリン・フィルも・・新体制で暗中模索を続けていた1992年の春に・・当時のドイツ大統領ワインゼッカー氏が粋な計らいでベルリン・フィルを指揮することに気の進まないチェリビダッケさんを口説き落とした。。丁度・・チェリビダッケさんの母国ルーマニアも民主化へと突き進み・・ベルリンの壁崩壊から僅か一ヶ月後には流血革命が起こり・・長年のチャウシェスク独裁政権が打倒された後・・翌年1990年5月の自由選挙で真の民主国家としての新体制を樹立したのだが・・やはりドイツと同じ旧体制から引き継いだ負の遺産の処理には暗中模索の幾多の経済的悩みを抱えていた。そんな中での『母国の子供たちのために・・』との口説き文句は・・チェリビダッケさんの心を動かすのには余るほどの説得力を持っていたのだろう。。丁度この頃・・本拠フィルハーモニーホールが天井の改修工事で使えず・・定期演奏会をここシャウスピエールハウス(芝居小屋の意・・現在はコンツェルトハウスに改名)で行っていたこともあり・・フィルハーモニーホールで憎っくきカラヤン?の幻影を見るハメにならなかったことが幸いしたのかもしれない。。レニーやカルロスがベルリン・フィルを指揮したことも一大事件?だったが・・チェリビダッケさんがベルリン・フィルを振るということは・・ワインゼッカーさんがいなければ実現しなかった奇跡の再会コンサートだったのだ。。そして・・チェリビダッケさんが指揮した楽曲は・・ブルックナー!の第7交響曲だ。オーケストラこそウィーン・フィルだったが・・カラヤンの最後の録音となった曲目でもある。まぁ・・そんな野暮な詮索などせずとも・・チェリビダッケさんの最も好きな楽曲だったのだろう。。チェリビダッケさんのブルックナーは・・もはや言わずもがなの偏屈孤高の世界にあって・・真似のしようの無いほど・・どれが主旋律なのか訳のわからないような錯誤に満ち溢れた・・超絶的感動巨編を打ち立てている。手兵ミュンヘン・フィルとのライブ録音以上に・・音符一つ一つに込められたエネルギーが膨張しきって・・リスナーの時間感覚を徹底的に麻痺させるのだ。主旋律よりも対旋律・・キザミの一つ一つに意味が込めらたかのように響き・・通常テンポの演奏とは全く別の曲のようにも聴こえるのだ。。この「毒気」に当たったら最後!・・他の指揮者による演奏は・・解毒の期間中にはとても聴けない。。>>シテヤッタリ!・・カラヤンのCDなど・・これでもう聴けまい!!・・<< |
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| Disc
No. 061 |
Title
No. CDR-YSHD-047A/B-00 |
| Disc
No. 062 |
150
Jaher der Wiener Philharmoniker - Riccardo Muti |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-047A/B-00
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リッカルド・ムーティ
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1992.04.23
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シューベルト:交響曲第7番「未完成」
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ウィーン楽友協会大ホール
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マーラー:リュッケルトによる5つの歌
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BS/VHS
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ベートーヴェン:コリオラン序曲
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Live on Air
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メンデルスゾーン:交響曲第4番
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54'13|63'33
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ラヴェル:ボレロ
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★★★★☆
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 創立150周年記念特別演奏会 クリスタ・ルードヴィッヒ(Ms) リッカルド・ムーティ指揮 |
| ◆なにもこのような記念すべき演奏会で・・由縁のないメンデルスゾーンやラヴェルをやらなくてもいいと思うのだが・・俺はイタリア人だぁ・・の我儘を受け入れて「イタリア交響曲」を演奏したウィーン・フィルの・・「ムーティにぞっこん!?」の表れなのかもしれない。。事実・・後年のニューイヤーコンサートに登場する回数は・・並の惚れようではない何よりの証拠でもあるのだ。なんともかんとも・・ごった煮のようなプログラムの中に・・歌劇場の座付オーケストラとしての手馴れた自信も垣間見える。白眉はリュッケルトリーダーとボレロであることに間違いは無いのだが・・ベートーヴェンはなんでシブチンな「コリオラン」なんだぁ?・・・。ひょっとすると・・ゲネラルパウゼ(総休止)をゴールデンザールの音響空間に「献呈」したかったのか・・・(?)
DSPの残響調整には・・真っ先に使う「ガッキョク」でもあるのだ。。まぁ・・シューベルトからマーラーへと続くメローな世界の延長線上で休憩となって・・ロビーワインなんぞでほろ酔い気分になった聴衆の「気」を引き締めるのには・・緊張感溢れて・・ピッタシとハマった楽曲でもあ | | |