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| Disc
No. 148 |
Title
No. CDR-YSHD-101-00 |
| Ravenna
Music Festival 2003 - Riccardo Muti |
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スカラ座フィルハーモニー管弦楽団
他
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CDR-YSHD-101-00
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リッカルド・ムーティ
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2003.07.21
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エジプト国歌・イタリア国歌
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エジプト・ギザ野外劇場
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グルック
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FM/VHS
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歌劇「オルフェウス」 第2幕
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2003.08.28
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ベルリオーズ
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64'06
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葬送と勝利の交響曲 |
★★☆☆☆ OIDT |
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| ラヴェンナ音楽祭2003 エジプト特別公演 リッカルド・ムーティ指揮
(イタリア-エジプト フレンドシップコンサート) |
| 演奏: スカラ座フィルハーモニー管弦楽団|ラヴェンナ音楽祭管弦楽団|カイロ歌劇場管弦楽団&合唱団|ローマ・サンタチェチーリア国立音楽院合唱団|フィレンツェ5月音楽祭合唱団|モニカ・バチェルリ(メゾ・ソプラノ) |
◆1990年にムーティさんの奥方によって創設されたというイタリア・ラヴェンナ国際音楽祭のエジプト・カイロ近郊ギザでの特別公演のライブ録音だ。公演の規模の割には演奏時間が淋しい限りだが・・ラヴェンナ音楽祭のデータベースにもプログラムはこれだけしかないので・・容積よりも比重勝負の公演だったのだろうと思う。ギザ・・と言えば・・スフィンクスと三大ピラミットのある超有名な観光名所でもある。ここの野外劇場は・・実寸大?の「アイーダ」の公演で有名にもなっている。スフィンクスを正面から撮った写真や映像は五万と見たが・・最近・・どうでもいい知識を売り物にするテレビ番組でスフィンクスを背後にした(つまり・・スフィンクスが見ている方向の)画像を見て・・びっくりしてしまった。広大な砂漠の中にポツンと鎮座しているものとばかり思っていたのだが・・なななんと!スフィンクスの前には日本でもお馴染みのフライドチキンやピザ(お土産物屋さんもあったような?)などの建物が並んでいたのだ。観光地だから当たり前なのかもしれないが・・神秘的で神聖な「場」であるものと思い込んでいた自分自身を笑ってしまった。スフィンクスの顔が潰れたのも・・何やらナポレオン軍の射撃練習の標的にされた?とかのようで・・昔も今も・・ニンゲンというのは本当に酷いことをするものだ。。この年のラヴェンナ音楽祭は・・オーケストラコンサートの目玉として・・ブラームスの4つの交響曲がプログラムに並んだ。シリーズとして企画されたものらしく・・1番はフィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(メータ指揮)の演奏会で・・2番はスカラ座フィルハーモニー管弦楽団(ムーティ指揮)・・3&4番はバイエルン放送交響楽団(マゼール指揮)によって演奏されたようだ。そして・・ギザでの特別公演の前日夜9時からイタリア本国で・・カイロの歌劇場を除く2団体合同によって同じプログラムを演奏し・・翌朝ギザへと移動したようだ。従って・・カイロ歌劇場管弦楽団&合唱団との「合わせ」は本番前の極めて慌しい中で行われたのだろう。。結構ハードなスケジュールだったのだ。
◆カイロ歌劇場が加わって・・オーケストラとコーラス各々3団体での合同演奏へと規模が膨らんだこの公演だが・・スカラ座以外のオーケストラはどれ程の編成規模なのか分からないものの・・オーケストラだけでも軽く200名はこえるだろうと思う。こんな音をインホールで出したら・・ロンドンのロイヤルアルバートホールや東京の普門館でも音響飽和と化して鼓膜がビビることにもなりかねない。前日にイタリア本国のインホール公演で演奏された2団体合同の音はどんな感じだったのだろう?・・このオープンエアでの録音から逆算?すると・・多分・・耳栓がほしくなるような・・鼓膜の許容音量ギリギリのところで音が渦巻いていたんじゃないかと想像させられてしまう。・・そこへいくと・・オープンエアでのコンサートなら・・どんなに大音響が爆裂しようが・・基本的に音源からの距離に応じて減衰する直接音だけ耳に入ることになるわけで・・聴衆の鼓膜の負荷は安全圏内に留まることができるのだ。しかしながら・・それをマイクで捉えるとどんなサウンドになるのか?・・ベルリン・フィルのワルトビューネ野外コンサートの収録は結構上手く録ってはいるが・・音的興味だけでも楽しみな音源だった。。どころで・・ベルリオーズの珍しい曲だが・・(「葬送と凱旋の・・」とも訳される)・・交響曲となってはいるが「吹奏楽のための交響曲」だ。1830年7月革命(独裁国王を市民が蜂起して3日間で蹴倒したとされる・・)の10周年記念式典のために政府から委嘱を受けて作曲されたらしい。葬列(蜂起した市民の幾多の犠牲者の?)と一緒に行進しながら演奏する雰囲気だ。埋葬・・追悼・・と続き・・記念碑(慰霊碑?)の除幕式のための音楽(犠牲者を称える雰囲気の)で賑々しく終る。当然・・軍楽隊の演奏を目的にしたハズなので・・打楽器がマーチングに使う胴の厚い中太鼓(プロヴァンス太鼓?)が主体となって・・極めてシブチン?かつモノトーンだ。フィナーレの除幕式のための音楽へ入ると俄然色彩感が浮き上がる。金管の強奏やハイトーン・・シンバルなどの金属打楽器・・なぜか弦楽器も加わったりする。(だれの編曲だぁ?) しかし・・サウンドは完全に吹奏楽基調だ。弦楽器が入っても全然フツウの「管弦楽」としては聴こえない。最後の最後には合唱団も加わって・・「讃歌」としてのもの凄い様相を呈する。巨大編成の管(弦)楽に被さるほどの合唱の猛烈なパワーは圧巻だった。自由主義の旗手たる新国王ルイ18世も結果的には「甘い汁」に溺れたようだ。いつの時代にも・・理想の先には現実が被さって・・どんな新鮮な果物でも必ず腐る時期が来るものだ。実権を握る者は・・歴史は繰り返す・・ということを肝に銘じなければなるまい。
◆それにしても・・イタリアとエジプトの友好記念特別演奏会で・・なんで「フランスの革命」が炸裂するんだぁ??・・。まったく意味のわからないプログラムなのだが・・単純にモニュメンタルな雰囲気を創るだけのことだったら・・マーラーの「千人の交響曲」でもやったらよかったのに・・と思ってしまうのだ。ソリストがワンサカ必要なマーラーは予算の都合で?・・てなことになったのなら・・ムーティさんの奥方の財布の紐が硬いのか?・・あるいは・・こんな砂っぽい野外でやったら声が潰れてしまう?・・そんなら・・「ウエリントン」+「1812年」っちゅう手もある。「1812年」のフィナーレでは・・合唱団も加わって・・なによりもオープンエアだから本物の大砲がぶっ放せる。「ウエリントン」でもイタリアとエジプトの陸軍歩兵部隊を呼んで模擬銃撃戦をやったらいいのだ。本物の大砲もあるので・・「1812年」をやる前には聴衆は既にもう茫然自失に陥って・・1時間くらい休憩を入れなければならなくなるかも!?。・・・そういえば・・この演奏会は・・イタリアとエジプトの「友好記念」だった。模擬的でも両軍の銃撃戦など以ての外!のことになる。。それなら「合同演習」ということにしたらいい。そして・・「大昔のナポレオン軍の亡霊を撃ち払い・・現代の悪魔(テロ)を封じ込める大作戦!」との大義名分をつけたらいい。ナポレオンの軍隊に顔を潰されたスフィンクスさんも・・積年の恨みがスカァーっと一気に晴れること間違いない!。肝心のサウンド(野外ライブ収録での)は・・低い音でゴォーーとかいう(風の音?・・それともクルマの音か?)見事なまでの暗騒音に乗って・・野外ライブとしての特徴満点の・・楽想と共にそのものズバリ!的な音だった。この音源で初めて聴いたのだが・・ハナシの種に・・この音源一つあったらそれでいい!・・というほどの聴きやすくもなぜか繰り返し聴きたくないような気持ちになっていた。。演奏会前半では・・グルックの歌劇「オルフェウスとエウリディーチェ」の第2幕のみが演奏された。地上へ辿り着き陽光を目にするまでは決して振り返ってはならぬ!・・しかし・・禁を破って振り向いてしまったために最愛の妻は再び死の世界へ・・最後には愛(その名もアモーレ!)によって妻が蘇るという極めてハッピーエンドなオペラだ。「精霊の踊り」は単品で超有名にもなっている。演奏されたのは第2幕のみなので・・オペラについてどうのこうのと言ってもしかたないが・・広大な空間(∞)を持つ野外劇場のステージで鳴っているチェンバロのクリアな音と・・バチェルリさんの前の譜面台を過ぎる突っかの疾風がマイクを擽る音・・そして・・雷鳴の轟く音など・・オーディオチックな聴き所?が随所に詰まった面白い音源でもある。確かここのステージは完全無欠?のオープンエアだったような・・ワルトビューネのステージのテントみたいな覆いは無かったと思うのだが・・雷雨になるかもしれない雰囲気の中(弦の奏者は戦々恐々だろうなぁ)・・決してテンポを上げようとはしなかったムーティさんも大したものだ。 |
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| Disc
No. 149 |
Title
No. CDR-YSHD-102-00 |
| Orchestra
of the 18th Century - Japan Tour 1998 - Frans
Bruggen |
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18世紀オーケストラ
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CDR-YSHD-102-00
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フランス・ブリュッヘン
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1998.03.30
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モーツァルト
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東京芸術劇場CH
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フリーメイソンのための葬送音楽 Kv.477
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FM/VHS
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アダージオ Kv.411
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1998.06.05
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レクイエム Kv.626
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70'01
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(グレゴリア聖歌付ブリュッヘン構成版) |
★★★☆☆ |
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| 18世紀オーケストラ 東京公演1998 フランス・ブリュッヘン指揮 |
| 共演: モナ・ユースルッドゥ(ソプラノ)|ヴィルク・ブランモーストローテ(アルト)|セーハー・ファンダースティナー(テノール)|イェーナ・ドラーヤ(バリトン)|オランダ室内合唱団|ユージン・リヴェン・ダベラート(グレゴリア聖歌指揮) |
◆グレオリア聖歌をレクイエムに混ぜるという手法は・・実際の教会でのセレモニーミサではよく行われるのかどうかは分からないが・・コンサートホールでこれをやってしまったのだから・・ブリュッヘンさんのこだわりにも恐れ入る。1985年にローマの聖ペテロ大聖堂で行われた「教皇ヨハネ・パウロ2世により挙行された荘厳ミサ」(正にセレモニーミサだ)のライブ録音盤が手元にあるが・・モーツァルトのハ長調Kv.317 を基幹として・・答唱詩編・アレルヤ唱・奉納の歌・・がミサ曲の中の随所に置かれていた。ミサ曲を演奏したのは・・ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とウィーン楽友協会合唱団にキャスリーン・バトル(ソプラノ)トルデリーゼ・シュミット(アルト)エスタ・ヴィンベルイ(テノール)フェルッチョ・フルラネット(バス)が加わった豪華陣。特にソプラノのキャスリーンは・・2年後にあの夢のようだったニューイヤーコンサートに呼ばれ・・カラヤン先生の贅沢極まる伴奏で天使のような「春の声」を歌って世界中の音楽ファンを魅了し一躍有名にもなった。モーツァルトのミサ曲以外の部分は教会関係の合唱団と指揮者によって別途歌われたのだが・・このブリュッヘンの構成も案外そんなことからヒントを得たんじゃないかとも考えられる。オーケストラのみならず・・ソリストたちもヴィブラートを極力抑えたストレートな発声は・・これまた一種独特の雰囲気となって・・単に楽しむための音楽を聴いているのだということを忘れさせて・・なんでもいいから懺悔に及ばねばならないような方向へ気持ちが持っていかれる。そうは言っても・・これは「死者のための鎮魂ミサ曲」なのだ。神は煩悩満載の凡人の欲望?を許したもう。。(?)
現世のニンゲンとして・・当然至極に持ち合わせた五欲を捨てた時・・凡人は・・生きる意欲まで失ってしまうことを・・神様はご承知なのだ。^^; 今後は・・生かされていると思わねばならぬかも?;^^
◆モーツァルトの音楽には・・残念ながら波長が余り合わないようなのだ。数多ある管弦楽曲も・・一部を除いてどれもこれも「喜遊曲?」に聴こえてしまう。そんな中でも・・「ドン・ジョバンニ」の残虐極まる結幕と・・このレクイエムだけは特別な存在だ。特に・・「レクイエム」だけはせっこせっこ?と音盤を買い集めて・・何かを求めて聴き続けてきた。何を求めたのかはその時々の気持ちによって様々に変わる。そして・・気持ちに応じた演奏を聴き耽ることになるのだ。この・・18世紀オーケストラのサウンドは・・80年代の来日公演で演奏された交響曲第39番の衝撃的名演奏に出くわして以来市販CD(全て編集ライブ録音盤)でハイドン・モーツァルト・ベートーヴェン(全9曲)そして・・メンデルソーンの3番以降の交響曲まで聴いていた。メリハリの利いた研ぎ澄まされた音色(古楽器独特の楽器の特性と奏法からの・・)と・・管と打楽器が突き抜けるサウンドバランスなどは・・小編成によって厚みは出ないものの・・大編成のシンフォニーオーケストラに優るパンチ力があったりして・・その「毒気」を秘めたまま右往左往するような有様でもあった。。この音源は・・再び「毒気」を呼び覚まし・・ダメ押しパンチの如く感性を「古楽奏法」の色の世界に引きずり込んだのだ。引きずり込まれた先にあったものが・・なんと「レクイエム」だったのだから・・もはや諦めるしかないのか?・・。その世界の中で仮死状態となったフツウのオーケストラへの感性が神の慈悲で蘇ることになるのは21世紀に入ってからのことになる。音楽として・・ノンストップに楽しんじゃったりもしてた「レクイエム」だが・・こうしてグレゴリア聖歌を混ぜると・・その度に・・この曲の真の意味合いを確認させられることにもなって・・気が引き締まる思いがするのが不思議だ。 |
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| Disc
No. 150 |
Title
No. CDR-YSHD-103-00 |
| Wiener
Philharmoniker - Mstislav Rostropovich - Seiji Ozawa |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-103-00
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小澤征爾
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2003.10.05
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ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ (Vc)
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ウィーン楽友協会大ホール
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:
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FM/VHS
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シューベルト:交響曲第7番「未完成」
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2004.03.25
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ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
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65'05
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: |
★★★★☆ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(チェロ) 小澤征爾指揮 |
◆商業録音の世界には無い夢の組み合わせというものがある。二十世紀の冷戦時代(ソビエトとアメリカの睨み合いの中)では・・西側と東側のアーティストが共演することは稀だった。カラヤン&ベルリン・フィルとリヒテルも・・ベルリン・フィルは置き去りにされて・・カラヤンとリヒテルがウィーンで合流。ウィーンはウィーンで・・レコード会社の専属契約の関係でフィルハーモニカーが使えずに仕方なくシンフォニカーで間に合わせたチャイコフスキーのコンツェルトは政治と契約とのしがらみからの最大の妥協の産物でもあったのだ。理想的には・・当時のカラヤンなら・・ベルリン・フィルを当然使うだろうし・・たとえウィーンへ行ってもウィーン・フィルが当たり前だったのだ。60年代後半になると・・ロストロポーヴィッチは幸いにも・・ベルリンへのりこんでドヴォルザークのコンツェルトを録音できた。ほぼ同時期にはリヒテルもオイストラッフまでもがベルリンで夢の共演を果たしたのだ。ベートーヴェンのトリプルコンツェルト。ほとんど影同然の存在だったベートーヴェンの秘曲が日の目を見た瞬間だった。オザワさんがまだボストン交響楽団の音楽監督就任に至らず・・サンフランシスコで活動しながらシカゴのラヴィニア音楽祭を手伝っていたような頃だと思う。80年代に入ってボストン響の監督業にも慣れた頃・・手兵と共にロストロポーヴィッチさんとドヴォルザークを録音した。珍しくもフランスのレーベルからリリースされたのには驚いたが・・この録音をもってドヴォコン(ドヴォルザークのチェロ協奏曲の俗語?)は二度と録音しない!とのロストロポーヴィッチさんのご決心にはさらに驚いてしまった。裏を返せば・・もうこんな演奏二度とできまへん!最高究極のものになりやしたぁ!!・・と宣言されたようなものだ。しかしながら・・聴いたものの・・ピンとこないのだ。いや・・演奏自体は本当に良かったのかもしれない。。しかしながら・・問題はその録音された音だった。ソフトフォーカスというんだろうか?・・ポートレイトというか?・・とにかくも美しいのだ。ドヴォルザークってこんなにも上品に響いたっけ??てなことを思いながら・・結果的には一昔前のベルリンで録音した豪快かつ繊細な・・メリハリ感に富んだ・・カラヤン先生との録音盤に思いを馳せてしまう。当初・・少しアップライトで硬い感じのサウンドも後年のリマスターCDでは見事にズッシリトした重量感が出て・・柔らかくも張りのあるような・・新録音!といってもおかしくないほどに蘇生されて・・いまや決定盤なのだ。あの時のロストロポーヴィッチさんのご決心は今でも生きているのだろうか?・・・カラヤン先生のいない今・・愛弟子のオザワ&ウィーン・フィルでもう一度録音し直してくれないだろうか・・・などと思ってた矢先だった。定期演奏会のプログラムの中にこの演奏会を見つけたのだ。サン・サーンスの第3交響曲(オルガン交響曲)にしても夢叶ったり!の気持ちで溢れかえったが・・このドヴォルザークも劣らないくらい嬉しかったことを覚えている。
◆その演奏。。お互いの「癖」を完全に理解した仲のお二人は・・そこそこの御歳ともなって・・一見「競奏」その実「共奏」の展開を阿吽の呼吸で演奏した。バックにいるのがウィーン・フィルだ。悪かろうハズはない。事実・・シフがプレヴィンの指揮で録音したウィーン・フィル以上に・・ウィーン・フィルらしい音色を出している。ティンパニーがロストロポーヴィッチさんに少し遠慮してか・・マイクアレンジ又ははミキシングのせいか・・管弦楽に溶け込んでしまったのが残念なところだが・・管弦楽自体は悠々としたボヘミアの自然を積極的に音化してちゃっかりと自己主張も忘れない。ホルンの咆哮は独自の音色もあってか・・いいアクセントにもなっている。これをメインプログラムとしたからには・・シューベルト(16型コントラバス8・・だよなぁ?)からそのままの編成でやったのだろうか・・という疑問もある。一般的には1プルト減らすものだが・・演奏会の後半でプルトが減ったんではなんとなく淋しい。。まぁ・・そんなことはどうでもいいくらいの分厚いが聴けるので細かいことは忘れることにして・・第1楽章の出だしから独奏チェロが登場するまでの3分半ほど・・これはもう交響曲の世界だ。ここの昂揚感だけはカラヤンの録音でも味わえない魅惑のサウンドだ。1927年3月生まれのロストロポーヴィッチさんは・・御歳76歳を越えられていた。信じられない!ほどの演奏精度。もちろん・・ライブなので音程が不安定な箇所や左指が回らない箇所などもあるにはあるが・・当たり前なのだ。。ロストロさん(失礼!)の子供の世代のバリバリのチェリストでも・・おいおいおい?てな場合が多々ある。腐っても鯛?どころか・・現役バリバリの音だ。年齢を重ねた鯉が・・清水の中で依然として輝いているような・・そんな威厳に満ちたフレージングも随所であって・・なによりも・・チェロを弾くことが楽しくてしょうがない!といった雰囲気が滲み出ている。おそらく・・ロストロさんにとっては寝てても弾ける曲なのだろうが・・チェロ協奏曲の頂点にあるドヴォコンを・・音楽界の夢舞台ゴールデンザールでオザワさんのバックで演奏できる幸せを噛みしめながら・・ウルウル気分となりつつも・・ご自身満身の情熱を歌われたんじゃないかと想像したりもするのだ。76歳の自分がこの世にあるのなら・・その時にも・・もう一度このCD-Rを聴いてみよう。。何かが見えてくるのかもしれない・・・(?) |
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| Disc
No. 151 |
Title
No. CDR-YSHD-104A/B-00 |
| Disc
No. 152 |
Dansk
Radiosymfoniorkester - Lang Lang -
Yuri Temirkanov |
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デンマーク国立放送交響楽団
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CDR-YSHD-104A/B-00
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ユーリ・テミルカーノフ
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2003.12.18
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ラン・ラン (Pf)
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デンマーク放送CH
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:
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FM/VHS
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リャードフ:交響詩「魔法にかけられた湖」
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2004.03.22
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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
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44'22|48'54
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チャイコフスキー:「白鳥の湖」抜粋 |
★★★★☆ OIDT |
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| デンマーク国立放送交響楽団 定期演奏会 ラン・ラン(ピアノ) ユーリ・テミルカーノフ指揮 |
◆欧州の英語圏以外のアルファベットのお国では・・オーケストラの名称が面白いほど変化する場合がある。デンマークのN響とでもいうべき存在の国営放送専属オーケストラだが・・一般的には
Danish National Radio Symphony Orchestra と表記するのだが・・本家のHPを見てみるとオーケストラの名称から
Radio(放送局の)という単語を外してデンマーク国立交響楽団として名乗っていた。もちろん・・アルファベットの末尾にはしっかりと
/DR(デンマーク放送の略語)が添えられていたが・・いずれにしても「国立」のオーケストラには変わりない。主席客演指揮者の称号を持つテミルカーノフさんだが・・サンクトペテルブルグ・フィルハーモニーの独特のサウンドバランスからは完全に切り離れたところで音楽を創っているところがいい。真似をしようにもできるわけもなく・・正に「押し付け」ともなってオーケストラとの軋轢が生じるだけだ。どっかの国で・・国からの微々たる補助金と自治体からの助成金なんかの上に胡坐をかいて・・累積赤字が膨らもうが・・オラ知んねぇ!?・・などと言いながら目先の仕事をこなすだけの目的意識の全く無いオーケストラなどと比べること自体おかしなことだが・・・国立オーケストラともなれば・・たとえ放送局所属であろうがなかろうが・・国の威信を背負って・・団員一人一人のプライドも並みじゃない?んじゃないか・・とも思うのだ。巨漢レイフ・セーゲルスタムの指揮したシベリウスの交響曲全集のセッション録音盤(英国シャンドス)では・・味わい深いサウンドで魅了されて・・巨漢殿の新しい録音(本家ヘルシンキ・フィルハーモニーとの)盤には未だ手が出ないでいる。もう・・コレでいいじゃん!の世界へハマってしまった状態で・・ヘルシンキ・フィルはパーヴォ・ベルクンドとの極めつけもラックに鎮座しているのだ。テミルカーノフさんは・・弦楽器の並びだけは対抗配置にこだわっているようだ。オーケストラのサウンドはカッチリクッキリ?タイプで・・どちらかといえばスリムな感じだ。これも・・ミキシングやホールトーンの影響まで考えないとダメだ。従って一概にはいえないところがもどかしい限りでもあるのだ。弦楽器の厚みはあるのだが・・金管や打楽器が厚みに加わってこないのだ。これが西欧(古い呼び名?)の一流オーケストラとしての証なのか?・・ドシャーンとかバリバリブリブリ・・とかの野暮な音をなるべく控えてストリングスを前面に出す。・・DGにおけるカラヤン時代のベルリン・フィルが正にそうだった。ティンパニーなどは「奥ポコ」などと呼んでいたのだ。
◆この演奏会のプログラムは・・彼女とデートする時にはピッタシとハマる雰囲気を味わえる。隣の席の彼女の手を極自然な雰囲気の中で握ってしまえる勢い?さえあるのだ。結果的に彼女の麗しの御目から・・真珠の一粒でも零れ落ちたら・・即座にハンカチを渡せるように用意しておかねばならない。そして・・そのハンカチは必ず彼女から取り戻して・・帰宅後洗濯せずに桐の箱に封印するのだ。。結婚披露宴で彼女にプレゼントしても良し・・最初の結婚記念日にプレゼントしても良し。。さらにはXXがバレた時の奇跡の慈悲に与るために密かに保管しておくのも良し。何かの時に最大かつ最高の効果を発揮する魔法のハンカチとなるのだ。但し・・席の両側にいる彼女とオバサンの位置関係をしっかりと把握せねばならない。興奮のあまり・・右と左を間違えた瞬間・・とんでもない不幸に陥ることになるのだ。彼女が右ならハンカチは左手に持ち右手はオープンにしておくのだ。そして・・演奏が始まったら・・MegamiwamigiMegamiwamigi・・と繰り返し「その時」まで心の中で呪文を唱えるのだ。これが万一・・言葉として口から出ようものなら・・演奏中にでも彼女は席からいなくなるという・・これまたとんでもない不幸が襲ってくる。。若者よ!頑張るのだ!!・・頑張る者は必ず報われる。。さて・・「白鳥の湖」は色々と思い出深い因縁?もあったりして・・青春の汚点?を未だに引きずってはいるものの・・何度聴いてもいい。6曲の組曲版が録音の世界では一般的だが・・一端「全曲」の魅力にハマってしまうと・・6曲だけの組曲版では大いに物足らなくなる。この演奏会では・・全曲ではないが・・50分にも及ぶなかなか聴き応えのある選曲構成がされており・・有名な情景に始まって・・ワルツ/四羽の白鳥の踊り/パ・ダクシオン/ハンガリーの踊り/スペインの踊り/ナポリの踊り/マズルカ・・そして第4幕で締め括っている。抜粋演奏は色々な構成があるが・・できることなら・・第1幕序奏から始まって・・終曲で完結するように構成していただければ・・なんとなく丸ごと全曲聴いたような気分になれるのだ。この演奏では・・始まりはともかく終曲で完結するので・・十分に聴き応えがある。とは言っても・・コンサートマスターのソロヴァイオリンは意気込みすぎて濁音を出してしまっているし・・金管の一部にもしっかりしてよ!と言いたくなるような部分もあるにはあるが・・全体の流れの中では欠陥ともならない。とにもかくにも・・ロマンティックの極みのようなプログラム・・気難しいクラシックの演奏会など蹴飛ばしたくなるようでもあり・・こういった趣旨?のプログラムをどんどん取り入れて・・底辺の拡大をしなければならないのだ。額縁入りのクラシック音楽愛好家が・・恥ずかしくてハナシの種にもできないようなメルヘンチックなラブロマンスの世界も・・本当は一番聴きたい音楽なんじゃないのか・・などと勝手に思っている。少し遠慮気味だった金管や打楽器も・・白鳥のフィナーレでは箍を外して白熱の爆裂で思いを遂げた。 |
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| Disc
No. 153 |
Title
No. CDR-YSHD-105A/B-00 |
| Disc
No. 154 |
Wiener
Philharmoniker - Seiji Ozawa |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-105A/B-00
|
小澤征爾
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2000.03.12
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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ブラームス
|
FM/VHS
|
交響曲第3番
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2000.08.04
|
交響曲第2番
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38'27|45'28
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: |
★★★★☆ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 小澤征爾指揮 |
◆ブラームスの第3交響曲は不思議な曲だ。・・ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に劣らないメロメロのロマンティシズムを持ち・・なぜかチャイコフスキーのセンティメンタリズムを彷彿とさせ・・各楽章の結尾は全て静かに終る。従って・・ドイツ/オーストリア圏の雄たる楽曲系列なのに・・威厳に満ちた押し付けがほとんどない。何よりも・・長調なのに第4交響曲(短調)のような陰に籠もった楽想を持つ。そんなこんなで・・ブラームスの4曲の交響曲の中でも・・気持ちの中の位置づけ?が極めて難しい。ハ短調の第1交響曲はベートーヴェンの第5交響曲と相似形だ。しかし・・同じヘ長調でも・・ベートーヴェンの田園交響曲での自然からの癒しや第8交響曲の白熱チックなリズムの饗宴など・・どこを切っても出てこないのだ。「悲愴交響曲」での鼓動が止まるイメージとか・・「ツァラトゥストラ」での夜陰に消える・・とか確たるイメージの無いままスーーっと終られたんでは・・30数分間じっと座っていた気持ちを発散させる術を失ってしまうことにもなる。一生懸命に然も有りげなハナシを聞いて・・最後の最後に「ナァーンちゃって!?」みたいに言われて肩透かしに遭ったような・・ブラームス大先生のオヤジギャグをまともに受けて凍り付いた自分を感じてしまうのだ。(←毎度ながら自分のことは手の届かないほど高いところの棚に上げる悪い癖がある・・) それ以前に・・映画のBGMにもなったという第3楽章の甘く切ないメロディーラインなんぞに耽っていると・・若かりし頃ハマっていたグループサウンズの世界が蘇ったりもして・・ブラームスを聴いている中で「花の首飾り」が気持ちの中を横切ったりもするのだ。数多あるクラシックの楽曲の中で・・どういう訳かこの曲だけの現象だ。その原因は未だに分からない。
◆さて・・ Saito Kinen Orchestra との記念碑的なブラームスから10年・・オザワさんのブラームスは進化したのか?・・ブラームスのオーケストラの本拠地で・・演奏会の前後半共に長調だけを並べたプログラムは・・確信犯的な挑戦状だったようだ。なにしろ・・定期演奏会なのだから・・数日をもって全曲演奏するといったチクルスの中の一日ではないのだ。ジュリーニの3番とか・・バーンスタインの2番とか・・同じオーケストラとの超特級品に対してどうのこうのという次元ではなく・・ウィーンにおけるオザワさんの「存在」自体が問われたエポックメイキングな演奏会でもあった。特に第3交響曲は・・カラヤン先生でも苦手だったらしい。案の定録音では・・とにかく明るい方向にベクトルを向けて・・耳あたりのいいスッキリ爽やかなサウンドで・・なるべく早く切り上げる?・・といった演出がなされており・・だからこそ第3交響曲を演奏会後半のメインプログラムに据えたことは一度もなかったんじゃないかと思うのだ。カラヤンだからそうした・・クライバーだから・・といったウィーン・フィルの妥協?は・・果たしてオザワさんの解釈に準じて生まれるのかどうか・・・結果的にはブラームスのオーケストラとしての沽券はオザワさんの前で見事に守られた。オザワさんは捻じ伏せて意思を通すお方じゃない。手兵だったボストン響の四半世紀にも渡る音楽監督の地位は「聞く耳持たぬ」お方だったら何年ももたなかっただろう。。サイトウ・キネン・オーケストラとの演奏会では・・なんと楽員と一緒にご登場されて・・オーケストラのチューニングを指揮台脇で見守っておられるほどの「仲間意識」で指揮されている。あの世界の頂点ウィーン国立歌劇場の音楽監督!が・・そうしているのだ。一部上場企業のお偉方など・・見習わねばならないニンゲンの態度でもある。だから・・オザワさんの振るウィーン・フィルは自然そのままのウィーン・フィルの音がする。ということは・・ありのままのブラームスが音になっているということだ。そして・・それはウィーン・フィルでしか漂わない「音香」をのせて・・心の襞を擽ることになる。自分にとっては超難解?な第3交響曲で・・その究極のロマンティシズムを・・すんなり(素直に)受け入れることができた初めての演奏だった。 |
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| Disc
No. 155 |
Title
No. CDR-YSHD-106-00 |
| Wiener
Philharmoniker - Seiji Ozawa |
 |
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
|
CDR-YSHD-106-00
|
小澤征爾
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1996.02.25
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ウィーン楽友協会大ホール
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モーツァルト:交響曲第32番
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FM/VHS
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ベルク:3つの小品
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1996.08.10
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ドヴォルザーク
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73'57
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交響曲第9番「新世界から」 |
★★★★☆ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 小澤征爾指揮 |
◆モーツァルトの交響曲第32番ト長調KV318・・堂々として立派な名称だ。能書きも先入観もなく曲名だけを頭に入れて初めてFMでこの曲を聴いた時にはビックリ魂消た。35番以降の交響曲しか知らなかった頃だ。ドヴォッパチ(ドヴォルザークの第8交響曲)にハマって・・なぜかト長調という調性には親近感を覚えて・・なかなかオツなフレーズもあったりして・・いい曲じゃん!みたいにその先に大いに期待していた。第1楽章?が終ったら直にナレーションが入ったのだ。おいおいおい!(怒りマーク2個分)・・曲の途中でんがな!!(怒りマーク4個分)・・アナウンサー何してまんねん!!!(怒りマーク16個分)・・・みたいになって・・その後の解説で単一楽章であることを知ったのだ。モーツァルトさんよぉ・・チト手抜きが過ぎまへんか?・・こんなもんが「交響曲」なら・・ベートーヴェンさんの11曲の序曲全部が交響曲となる訳だし・・「フィンランディア」なんかも交響曲第0番って呼ばなきゃなりまへん。41曲も交響曲作ったなどと威張ってはりますが・・他にもこんなふうに手抜きしたのあるんとちゃいまっかぁ?!・・てなことになって・・妙に印象に残ることにもなったナンバーになったのだ。後年・・カラヤン先生がベルリン・フィルハーモニーとのモーツァルトの後期交響曲集のLPボックスセットをドイツグラモフォンからリリースした時に・・どういう訳か(オマケとして?)・・35番の前にポツンと一曲32番が入っていたのには笑ってしまった。初録音だったが・・あのカラヤンにまで録音させた魅力とは?・・・単にお手軽?・・35番(コレもカラヤン先生が振ると演奏時間は至極短い)の余白の穴埋めとしてレコード会社に頼まれた?・・・そんなこんなで・・今でも首を傾げる録音なのだ。前半の2曲目ベルクの作品はベートーヴェンの第5交響曲のモチーフ(ダダダダーン!)のリズム(一聴して直にそれと判る)をパクったりして・・聴き所?はそこしかない。これもまた・・カラヤン先生がキッチリと録音しておられるので・・何かそれなりの芸術的価値?でもあるんだろう。。専門教育を受けていない凡人には・・そこらへんがさっぱりと分からない。そうしたことから・・この演奏会は・・「新世界から」だけの「新世界から」だけのための「新世界から」だけによる演奏会としてベクトルの矢が集中した。オザワさんにとっては・・若かりし頃のサンフランシスコで・・フィナーレ終止和音のフェルマータ処理を含めて・・教科書そのままの模範解答みたいな「新世界から」の録音が残っており・・円熟の中にも歳のせいでの息切れで・・最後のフェルマータを引っ張りきれずに切ってしまったら・・途端に「手抜きした!」てなことにもなりかねない。最後のフェルマータは・・聴衆も呼吸してはならず(ウソです。)・・素潜りの緊張感(の気持ち)を要するのだ。息を止めるか吐息だけにしなくては水を吸い込んでしまうことになるのだ。ご老体の指揮者になればなるほど・・例えば一応の人生の大きな節目である還暦となったお方が・・40分を越す全力疾走のゴール寸前で10秒を超える時間息を止められたら・・100歳まで確実に心肺機能は現役でいられるハズだ。
◆この演奏会の時オザワさんは還暦を迎えられてから5ヶ月が経っていた。指揮者としては・・まだまだお若いのだが・・やはりニンゲン還暦を迎えると身体のあっちこっちにガタがきてるハズだ。きっと物理的な数字で傾向が表れるのではないかと思って・・野暮極まる測定をしてみた。先ずはオザワさん40歳の時(1975年5月セッション録音)のサンフランシスコでの「新世界から」フィナーレ最後のフェルマータは約12秒。56歳のオザワさんがウィーン・フィルと初めて音盤(CD)リリースを果たした1991年5月のライブ録音では約10秒・・・そして・・今回(60歳)のライブでは約7秒!。「約」というのは腹時計で数えたので精度はとんでもなく悪いのではないかと思うものの・・相対的な長い短いくらいの感覚は分かるので・・見事予想通りの結果となったのだ。ニンゲン・・歳には勝てない!というトリヴィアの種?が五分咲きしたことを単純に慶びたい。7秒で切れてても・・この演奏も素晴らしかった。オザワさんは第1楽章の提示部を繰り返すので・・一粒で二度美味しい・・みたいなケチな感覚で儲けたような気分にもなる。さすがに・・シューベルトの「ザ・グレート」第3楽章などは・・たとえウィーン・フィルの音でも・・早くフィナーレいっちゃってよ!みたいな気分にもなるのだが・・「新世界から」の提示部二度聴きは・・この交響曲を一回り大きく感じさせてもいるようだ。いつもながらのウィーン・フィルのトーンに包まれて終楽章まではあっという間の時間感覚となる。これ見よがしのデフォルメもなく・・それでいて聴かせ所ではグィっとテンポを落としたりして・・特にフィナーレコーダなんかは文句のつけようがない。カラヤン先生も晩年にウィーン・フィルとライブチックな「新世界から」を録音したが・・オザワさんの方が腰が据わって立派に聴こえるから不思議だ。(カラヤン先生が提示部の繰り返しをするのは・・ベートーヴェンの第5交響曲くらいだ) 因みに・・カラヤンのフェルマータは約7秒(オザワさんのこれと同じ!)・・そして・・オザワさんのもう一人の師でもあったバーンスタインがイスラエル・フィルと最晩年に録音したフェルマータは約11秒。カラヤンもオザワも12分台で終る第2楽章を・・バーンスタインはなんと!18分もかけてメロメロな情感を赤裸々に描いている。1986年の録音だが・・これに対抗?できるのはチェリビダッケの遺したライブ録音しかない。 |
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| Disc
No. 156 |
Title
No. CDR-YSHD-107-00 (& -AG) |
| Disc
No. 157 |
Wiener
Philharmoniker - Zubin Mehta |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-107-00(-AG)
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ズービン・メータ
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2000.01.16
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エルンスト・オッテンザーマー (Cl)
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ウィーン楽友協会大ホール
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FM/VHS
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ライターマイヤー:管弦楽のための異変体
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2000.08.02
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モーツァルト:クラリネット協奏曲
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79'40|79'41
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ストラヴィンスキー:「春の祭典」 |
★★★★★ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ズービン・メータ指揮 |
◆ウィーン・フィルによる「春の祭典」は・・70年代のアナログ録音絶頂期にマゼールさんがデッカに録音して以来・・正規セッション録音が全く行われないでいる。デジタルの時代になってからは・・メータさんのザルツブルグ音楽祭でライブ録音(商業録音の目的は無く・・後年音楽祭のアーカイヴ音源からCD化された)があるだけだ。マゼールさんが録音したのは・・焼失したゾフィエンザールという・・英国デッカがレコード録音のための音響特性に惚れこんでウィーンでの録音スタジオとして使った多目的イヴェントホールだったので・・本拠ゴールデンザールでの正規録音は全く無い。一方・・エアチェック音源では・・1984年5月に・・ウィーン・フィル定期デビュー間もないオザワさんがゴールデンザールで「春の祭典」を振っている。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」とショパンのピアノ協奏曲第2番(ポゴレリッチ)が演奏会前半のプログラムだった。CDプレイヤーを初めて購入して・・ホームオーディオの世界でLPとCDとが戦闘開始をした時期でもある。LPの新譜が確か二千八百円の時にCDは三千八百円から四千円もしていた。現在の特別に手間をかけたXRCD並みの値段だった。反射膜の蒸着精度も極めて不安定で・・灯りにかざすと無数のピンホールが星空のように浮かんだほどだった。こんな虫食い?だらけの音盤から音でるんかい!・・と・・CDプレイヤーのトレイに載せる前には必ず呟いたものだった。それでも・・聴感上は違和感なく・・しかもノイズレスで音楽として聴こえてくるのだから・・デジタルのテクノロジーとは凄いものだ!などと妙なところで感心したりもしていた。そんな過渡期にFM放送のエアチェックも・・カセットテープの片面収録時間に見合った曲・・そして気に入ったプログラムだけ・・細々とやってたのだが・・オザワさんのこの時のプログラムはどういう訳か・・オーディオデッキ(といっても2ヘッドのフツウのデッキ)では録らずに・・当時ミキシング(波の音+音楽とかカラオケ+マイクとかの)に使っていたマルチイコライザー&ダブルカセット付の遊び道具?で録音したようだった。カセットテープのインデックスカードにキッチリとエアチェック録音データを書いておいたのでよかったのだが・・近年パイオニアのデジタルNR(ノイズリダクション)付3ヘッドカセットデッキで再生した時には・・音調が少々アップライトに変化するものの・・びっくりするほど音がクリアになって・・当時主宰していた音楽サークルの例会でこのテープを(プログラムとして)何人かの仲間と一緒に聴いたこともあった。CDレコーダーを購入してからは・・そのうちマスタリングしようと思いつつ・・ヘルシンキ・フィル来日公演でのシベリウスチクルスのFM音源をデジタルNR付のカセットデッキから送り出した音を聴いて・・その余りのアップライト加減に耳が痛くなり・・即セコハン店行きとなってしまったので・・そのテープ(オザワさんの)をマスタリングしようとした時にはデッキが無い(といってもドルビーC対応3ヘッドデッキのSONYトリプルファイブは今だ健在)ということになって・・棚に上がってしまっている。因みに・・久しぶりにモニターしたところ・・ドルビーBで除りきらないテープノイズが残るものの・・音揺れ無く・・ドロップアウトも我慢の範囲に収まって・・伝送ノイズも僅かに留まり・・・何よりも音調音質はピアノを含めてオーディオグレードでの再生でも十分に通用するレヴェルを保っていた。早くマスタリングせねば・・と気が焦る。。カセットテープの劣化はある時急に音として表れる。既にほとんどのカセットテープは使いものにならない。。
◆その後レヴァインが1990年のザルツブルグ音楽祭で演奏した(CDR-YSHD-115-00 としてCDR化済)が・・ニューミレニアムの大いなる節目の中・・ゴールデンザールで久しぶり(エアチェックでは16年ぶり)の「春の祭典」がメータの指揮で演奏されたのだ。待ってましたぁ!と悦んだのは言うまでも無いが・・そうなればできる範囲でできる限りのオーディオチックな効果も狙わねばならない。レコード会社もオーディオラインケーブルの変更で微妙な音調の差を演出して・・リマスターCD!として再発売するくらいなのだ。そうなれば・・拙者も・・いつもマスタリングに使っているスタンダードケーブルと・・当時新しく購入した米国製純銀(純度99.99%)芯線のラインケーブルとで・・2種類のマスタリングをして同時にCDR化しようとのことに至った。問題は・・そんなメンドッチイ?ことまでしてCDRにするだけの価値のある音源かどうか・・。ライブなので多少の吹き損ないなどは当たり前なのだが・・この曲の核心をどこまでマイクが捉えたのかということだけが気にかかる。メータさんは・・マゼールさんみたいにこれ見よがしのデフォルメをされないので・・演奏の流れに関しては僅かな伸縮を除いて一般的な部類だろうと思う。打楽器と金管はオーケストラから突き抜けて炸裂するかどうか・・・バズドラムの衝撃波はゴールデンザールのホールトーンに包まれてボケないか・・弦楽器はトゲトゲしいほど野蛮に響くか?・・オーケストラのテュッティーはエネルギーに満ちているのか??・・・といったヤボな心配をしながらテープを回した。出てきた音は・・何の不足もない「春の祭典」だった。FMでこんな音をもらちゃっていいのだろうか・・と恐縮するほどの活きた音たちが舞っている。何よりも・・ホルンを始めサウンドは紛れも無いウィーン・フィル独自のトーンだ。俄然やる気が出て・・一晩で2種類のマスタリングをやってしまった。メータさんはロサンゼルス・フィルとニューヨーク・フィルで「春の祭典」をセッション録音しているが・・ウィーン・フィルの前に一気に陳腐化してしまった。スリル満点のライブ録音には・・演奏精度は完璧でも・・セッションで録った気の抜けた演奏など・・特に「春の祭典」のようなややこしい?曲になればなるほど・・太刀打ちできないのだ。但し・・ライブ録音でも「音質と音調」のグレードは絶対条件となる。ORFのマイクは・・一般的にレコード会社が録るよりも・・ゴールデンザールのホールトーンの被りが少なく・・管弦打楽器のバランスが極自然だ。オーケストラの満身の全合奏では本来ヴァイオリンの音など金管と打楽器に隠れて聴こえにくくなるのだが・・ORFはありのままのバランスで録っている場合が多い。これがレコード会社の商業録音になると・・ヴァイオリンパートはどんな全合奏でもクリアに聴こえなければならない・・としたミキシングバランスに変化する。ホームオーディオで相応な音量で再生した時には・・ヴァイオリンパートが喧しく聴こえる大いなる原因なのだ。この収録では・・全合奏の後に尾を引くゴールデンザールの残響感もしっかりと捉えられて・・後半に登場するシンバルもエネルギー感満点で炸裂した。演奏精度は後半にいくに従ってグングンと向上して・・第2部などは文句のつけようが無い。ウィーン・フィルが燃えに燃えて・・メータと共に白熱狂乱の中終結した。マスタリングに使った2種類のケーブルの影響は顕著に表れた。スタンダードとして使っているオルトフォンの純銅(6N+5Nハイブリッド)ケーブルでの音は耳に馴染んだウィーン・フィルの音がする。(当たり前!) それに比べて純銀ケーブルはイコライザーで高域を持ち上げたような・・爽快感はあるものの・・低域は相対的に少しスリムになってしまった。再生イコライザーで補正すれば元の?ウィーン・フィルに戻るので問題はない。・・・ということは・・高域の寝ぼけた音源ならイコライザーを使わなくともケーブルだけで音調の補正ができる・・ということだ。弦楽器が爽やかに抜ける感じや金属打楽器が一層研ぎ澄まされた感じになるのもメリットか。 |
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| Disc
No. 158 |
Title
No. CDR-YSHD-108A/B-AG |
| Disc
No. 159 |
Wiener
Philharmoniker - Daniel Barenboim - Zubin Mehta |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-108A-AG
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ズービン・メータ
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1998.11.29
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ダニエル・バレンボイム (Pf)
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ウィーン楽友協会大ホール
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FM/VHS
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ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第2番
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1999.08.04
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ヒンデミット:交響曲「画家マチス」
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40'07|51'48
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ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 |
★★★★☆ |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ダニエル・バレンボイム(ピアノ) ズービン・メータ指揮 |
◆ベートーヴェンが歌劇「フィデリオ」のために作った序曲は4曲にもなるが・・当初歌劇「レオノーレ」と称していた頃の3曲の序曲を含んでの数だ。ホ長調で書かれた「フィデリオ」序曲を除き・・残りの3曲共にハ長調で書かれている。従って・・序曲集として4曲が集まった音盤を聴くときには「フィデリオ」序曲だけがなぜか浮いたような響きに聴こえてしまって・・連続して聴くには忍びない雰囲気となるのだ。そこえいくと・・「レオノーレ」のための第1番から第3番までの序曲は続けて聴いても面白い。但し・・第2番は第3番のオリジナル版のような存在で・・3番が耳に馴染みすぎているせいかどうか・・このサイトの管理人と同様?に・・非常に武骨な響きがする。楽曲の流れもゴツゴツしており・・今ひとつ統一感もない。演奏時間15分にも及ぶ大序曲なのだが・・ベートーヴェンさんも最初は・・こんなにも粗削りで助長なフレーズをたくさん書き込んでいたということだ。だからこそ・・レオノーレVでの洗練された凝縮感には恐れ入ることになる。。2番を土台に3番へもっていくのは・・骨格は同じでも・・柱だけ残して全面リフォームするようなものだ。いっそうの事・・全く新しい発想で書き直した方が楽じゃないかと思うほど2番から3番への改装?には手間がかかったんじゃないかとヤボな想像をするのだ。それにしても・・この演奏では・・楽想の散らばった武骨な流れを・・素晴らしいティンパニーの叩き込みが要所を見事に引き締めて・・メリハリの利いた然も有りげな大序曲の雰囲気を創っていた。演奏の力(表現力)はスコアを超えたところでも発揮するものなのだということを思い知らされたのだ。ヒンデミットの「画家マチス」は元々オペラのための音楽だったらしい。ナチスの検閲を逃れる?ために・・言葉のない管弦楽だけの作品として化身したものだ。全曲が25分という中途半端な長さなので・・演奏会後半を飾るメインプログラムにはなれない運命だ。音楽の内容はそれなりに重く・・結構聴き応えがあるものの・・メジャーな楽曲には今一歩なれないでいる。フルトヴェングラーがヒンデミットの立場を相当擁護したらしいが・・もう1楽章あって全曲30分を超える中型交響曲となっていれば・・今頃バルトークの「管弦楽のための協奏曲」のように・・結構な頻度で演奏されていたかもしれない。しかしながら・・ドイツ圏のオーケストラや係わりのある指揮者にとっては・・「ドイツもの」の得意な証としての定番メニューでもあるのだ。フルトヴェングラーから受け継いだ当初のベルリン・フィルで・・音楽監督カラヤンの仕事始めとして録音した一連のセッションでは・・ワーグナー/シューマン/ブルックナーなどに交じって・・しっかりと「画家マチス」も録音されたのだ。ウィーン・フィルの音で聴くとベルリンにはないコクがあって・・内容など棚に上げて・・思わず聴き惚れてしまう。
◆後半の協奏曲には・・前年に定期公演の指揮者としてベートーヴェンの「田園&運命」というゴールデンプログラムを振って大成功を収めたバレンボイムが・・今回はピアニストとしてメータと共演した。フィルハーモニカーの指揮者が・・二人も揃ってステージに現れる様は壮観なことだろう。仲間意識のある二人の間には・・嫌味な競奏関係など生まれるはずも無く・・安定した流れの中に満身のダイナミクスを展開するのだ。ピアニズムとガクダンイズムが融和しきった頂点で・・ほんの一瞬両者納得ずくの火花が飛び散った。チラリズムの極致をいく演奏は・・5分に一度のシゲキを発して・・覚醒を促しながらも最後は弛緩の果ての夢見心地へと誘導したのだ。第1交響曲を書く前に・・こんなにも分厚く悠々とした楽想を管弦楽のスコアに発展できたということは凄いことだ。第2番のピアノ協奏曲が4楽章での構成のこともありピアノ独奏付き交響曲の異名があるが・・極めて明るい雰囲気の第2番に比べて内側へ向かう壮絶なエネルギーを感じるこの第1ピアノ協奏曲こそ「交響曲」としても差し支えない重量感がある。どこを切ってもブラームスで・・後年熟したとされる作品群と何ら遜色がないのだから恐れ入る。作品番号僅か15番だが・・68番まで交響曲を作らなかった(作れなかった)ということは・・ベートーヴェンの第5交響曲の影響が如何に絶大なものだったのかの大いなる証明ともなる。一方ピアノ協奏曲では・・ベートーヴェンの作った5曲の協奏曲の世界を・・いきなり「力」で捻じ伏せたかのような勢いをも感じる。猛烈な意気込みが楽想となってガンガンくるので・・ベートーヴェンのような優しさやいたわりを伴った愛を感じることはできない。。作曲という行為が自己表現として行われたのなら・・ブラームスさんは相当ミエミエの野望をもって・・その道の権威にならねばならん・・と思い込まれていたようだ。バレンボイムさんの打鍵は・・そんなブラームスがのり移ったかのように・・アクションメカが壊れる寸前のような強烈な響きを発していた。この曲だけは・・女性ピアニストよりも男性ピアニストの独断場だ。全体重を鍵盤にぶつけるような感じで弾かなければ・・遠慮の無い管弦楽には対抗できないのだ。だからこそ・・協奏曲でありながら・・メインプログラムとして・・ヘタな交響曲などには負けない押しの利いた重量感で聴衆をノックアウトできるのだ。唯一の欠点は第2楽章(緩徐楽章)の助長さだ。ここだけはアクビが出る。なにせ・・意味の無い優しさ?が15分も続くのだから。。AGケーブルでのマスタリングはプラスに働いて・・どちらかといえばシブチンなプログラムのトーンに・・ほんの少し煌きを塗してくれたようだ。 |
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| Disc
No. 160 |
Title
No. CDR-YSHD-109-AG |
| Berliner
Philharmoniker - Daniel Barenboim - Claudio Abbado |
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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-109-AG
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クラウディオ・アバド
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1999.12.12
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ダニエル・バレンボイム
(Pf)
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フィルハーモニー、ベルリン
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:
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FM/VHS
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シューベルト:交響曲第7番「未完成」
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2000.08.08
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ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
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75'39
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: |
★★★★☆ |
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| Disc No. 161 |
Title
No. CDR-YSHD-110-00 |
Berliner
Philharmoniker - Daniel Barenboim - Claudio Abbado |
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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-110-00
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クラウディオ・アバド
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1996.05.18
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ダニエル・バレンボイム (Pf)
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ウィーン楽友協会大ホール
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:
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FM/VHS
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ベートーヴェン
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1996.12.18
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ピアノ協奏曲第3番
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77'46
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交響曲第7番
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★★★☆☆ OIDT
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ダニエル・バレンボイム(ピアノ) クラウディオ・アバド指揮 |
| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン公演 ダニエル・バレンボイム(ピアノ) クラウディオ・アバド指揮 |
◆前年にウィーン・フィルの定期演奏会で盟友メータの指揮の下・・ブラームスの第1ピアノ協奏曲を弾いたバレンボイムだが・・今度は丁度1年間のインターヴァルを空けてベルリン・フィルの定期演奏会で同じブラームスを演奏した。指揮は当時の音楽監督クラウディオ・アバドだ。フルトヴェングラーを原始的に師と仰ぐ純粋無垢のピアニストは・・いつかは自身がベルリン・フィルの音楽監督となることが何よりの望みだったに違いない。。外堀を埋めるためにはドイツものの楽曲をそれなりに演奏できなければベルリン・フィルのシェフとして務まらないことくらいは先刻承知で・・70年代にはレコード会社のカタログのために・・シカゴでブルックナーの全交響曲を録音してしまったのだから恐れ入る。80年代中頃には・・カラヤン先生とベルリン・フィルとの不仲が浮上して・・ポスト・カラヤンの予想レースが始まったりもしていた。そんな時にも・・ピアニストとしての力量を活かして・・弾き振りでベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲全曲をベルリン・フィルと自主制作してレコード会社へ売り込みをかけるなど・・猛然としたアピールを続けていたのだ。1989年にカラヤン先生が没した後・・当然にしてそのポストは自分のものと思い込んでいたバレンボイムさんにとって・・「アバド!」との選択はエエェッ・・ウソでしょ!みたいだったんじゃないかと思う。。もう一人・・絶対オレ様に決まってまんがな!と高を括っていた御仁がおいでになった。カラヤン先生とベルリン・フィルとの最悪の場面では・・お助けマンとして・・他の仕事を蹴倒してもベルリンへ駆けつけたということが自信の根拠でもあったのだ。同じくまさかの「アバド!」の報に激怒?なさった御仁は絶縁状を送って・・もうあんたんとことは仕事しまへん!と宣言なさったのだ。その後・・ドイツ国内では唯一ベルリン・フィルと対抗できると言われているバイエルン放送交響楽団のシェフとして・・ベルリン・フィルへの対抗意識剥き出しの仕事をされて・・後年ついには母国アメリカの最高ポストたるニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任されたのだ。一方・・バレンボイムさんはそうしなかった。現役バリバリの凄腕ピアニストとして・・何時でもフィルハーモニーのステージでアバドさんと直接対決ができるからだ。ちょうど・・バレンボイムさんの手兵となった同じベルリンにあるシュターツカペレ(国立歌劇場管弦楽団)で1999年の5月から7月にかけてベートーヴェンの交響曲全集を録り終えてリリースへ向けて万全の準備をする中・・12月の定期演奏会にピアニストとして出演のスケジュールが決まっていた。一方のアバドさんは・・丁度この月(12月)から翌年5月にかけて同じくベートーヴェンの交響曲全集のための録音を予定していた。12月12日の定期演奏会は・・既に録音が終っていたバレンボイムさんと・・これから始めるアバドさんが鉢合わせしたということだ。しかも・・数ある協奏曲の中でも・・ピアニストとオーケストラ(指揮者)が全力で正面きってぶつかり合うブラームスの第1番だ。正に「決闘!」といっても過言じゃない雰囲気の中・・バレンボイムのピアノはオーケストラに優るド迫力で聴衆の度肝を抜いたのだ。特に・・ピアノの反響板から直接耳に飛び込むステージ正面の聴衆の余りの呆然ぶりに・・演奏が終って振り返ったアバドさんは「我が意を得たり」と慶び・・バレンボイムさんは「シテヤッタリ!」と悦んだ。(らしい。。多分?・・ホンマかいな??)
◆1996年5月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ウィーン公演に同行したバレンボイムさんは・・すでに翌シーズンのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会への指揮者としての出演の内示もあってか・・至極ご満悦だったようだ。ベルリン・フィルの演奏会といっても本拠での定期ではないので・・こんなところで対決などしても意味無いじゃん!(聴衆が本拠とは全く異なる)・・てなことを心得ていらしゃったようだ。ここは控えめに・・といった具合で・・しかも愛に溢れた第2楽章を持つ第3ピアノ協奏曲だ。。ご自身で弾き振りもできるくらいなのだから・・弾くだけの今回は余裕綽々だったハズだ。すでに・・ベルリン・フィルでのご自身弾き振りの全集がリリースもされており・・アバドさんの存在自体に疑問符のつく公演ともなったのだ。そんなことから・・演奏を前にして・・状況的には勝負あったも同然となって・・火花を散らす必要の全く無くなった第3協奏曲は平穏無事のうちに終結した。アバドさんも・・曲の選択間違えちゃったかな?・・みたいなこと思ったりして・・今度出会ったときにはブラームス!とご決心なさったのかもしれない。。(?) そして・・後半の第7交響曲では・・前半のコンツェルトで鬱積したストレスを吐き出すかのように・・猛然とオーケストラを捲くし立てたのだ。ORFの捉えたベルリン・フィルは・・やはり当然のことながら・・ウィーン・フィルのようにコクまろな音の香りなどは全く無く・・しかしながら・・テュッティーでも抜きん出るヴァイオリンセクションの研ぎ澄まされた張りのある音は・・管が重なったときの音量感を倍化せしめるほどに響き渡るのだ。管弦楽の編成規模が分からないので何とも言えないものの・・サウンドバランスは完全に倍管のものだ。自然なものなのか・・ミキシング操作によるものなのか・・??。同じORFがウィーン・フィルと同じ次元で収録したとしたら・・管楽器の音の伸びは凄まじい勢いを持つことになる。余りの伸びのいい音調は・・純銀ケーブルの使用を見合わせてスタンダードに戻す決断をさせたほどだ。後年に録音されるベーレンライター版での軽量化されたベートーヴェンが信じられないような分厚い響きだが・・これのどこがダメなのだろう??・・・それにしても・・ベルリン・フィルのティンパニーも一種独特な音がする。一口に言えば「硬い」音だ。ウィーン・フィルのものと同じく本革張りなのだが・・締まりながらも胴鳴りを伴って響くウィーン・フィルに対して・・こちらはパンパンに張った皮の固有振動だけが伝わってくるような感じだ。カラヤン時代には・・ティンパニストが難聴になりそうなくらいの勢いで叩かれていたハズのティンパニーだが・・ドイツグラモフォンのマイクが捉えた音は・・ほとんどが「奥ポコ」と言われたように地鳴りを伴うような迫力に欠けていた。しかし・・ゴールデンザールに炸裂したティンパニーは・・胴鳴りは控えめでも・・皮が破れんばかりに叩かれて・・その音が見事にマイクに乗ったのだ。トコトコ・・ポコポコといった個性的な音調で・・・。ゴールデンザールの豊満なホールトーンを突き抜けて響くには・・この音もまた理屈にあった音なのかもしれない。 |
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| Disc
No. 162 |
Title
No. CDR-YSHD-111-00 |
| Wiener
Philharmoniker - Zubin Mehta |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-111-00
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ズービン・メータ
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2000.05.14
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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:
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FM/VHS
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マーラー
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2000.07.19
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交響曲第2番「復活」
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79'48
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: |
★★★★★ OIDT |
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| ウィーン芸術週間2000 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 演奏会 ズービン・メータ指揮 |
| 共演: マルガリータ・デ・アレルラーノ(ソプラノ) マリアナ・リポヴシェク(アルト) ウィーン楽友協会合唱団 |
◆1975年に英国デッカへウィーン・フィルを振って「復活」を録音したメータさん(当時39歳)だが・・四半世紀(25年)を経て・・本拠ゴールデンザールで完熟の味を披露した。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督時代はコマーシャルベースに乗り切れずに・・ロサンゼルス・フィルハーモニック音楽監督時代の「奇跡」は再び訪れなかったのだが・・90年代にウィーン・フィルのニューイヤーコンサートへ登場するや・・終身栄誉付三奉行の一人として・・ウィーンに君臨するまでになってしまった。64歳になったメータさんが39歳の時とどれだけ違う「復活」を聴かせてくれるのか・・そしてまた・・同じウィーン・フィルでも・・ほとんどの楽員が入れ替わった現在のメンバーでいかなるサウンドを出すのか・・さらには・・焼失したゾフィエンザールで英国デッカが捉えたウィーン・フィルと・・本拠ゴールデンザールでORFが捉えたライブのウィーン・フィルとは??・・などなど・・ベクトルの矢は何本にもなってこの音源に向かったのだ。マーラーの交響曲の中でも・・その編成の巨大さでは第8交響曲(千人の交響曲)に軍配が上がるものの・・オラトリオ的な第8番と比べて・・純粋な器楽交響曲としての土台の部分だけでも凝縮された充足感が味わえるのだが・・数多ある「歌曲」の中でも・・ダントツ抜きん出て鳥肌の立つ如くの感動を呼ぶ「原光」の歌いだしの弱音が起点となって・・合唱とオルガンが加わったフィナーレ最後の大爆裂に至るまでのじれったいような時間の流れと仰ぎ見るダイナミクスの高さは・・演奏上・・そして録音上・・至難なワザを要する楽曲なのだ。
◆復活交響曲の第1楽章は・・元々単独の交響詩として作曲されたこともあって・・20分余りの時間の中で起承転結が充実して大変に聴き応えのある曲想を持っている。この楽章が終った後には・・5分間の小休憩を置くような指示もあるらしいのだが・・5分という時間は至極中途半端な時間でもあって・・ホールの聴衆にとってはロービーへと繰り出すこともままならない上に・・指揮者が台の上で時間を潰すには結構長い時間ともなるだろうし・・オーケストラが一端楽屋へ引っ込むのも往復だけで5分はかかってしまう。従って・・この演奏会も含めて・・そのインターヴァルの概念は・・「物理的な5分」という時間から・・「楽章が終ったら相応な時間内に気持ちを切替えよ!」といったファジーな方向へと変化定着したようだ。メータさんは1分間ほどインターヴァルを設けたが・・この間オーケストラは各自勝手なチューニングのような音を発している。こういった雰囲気もセッション録音にはない臨場感となるのだ。マーラーさんは・・何かにつけて細かい指示をスコアに書く癖があったらしく・・ご自身の複雑な心境が音譜や記号には収まりきれない多義に渡るものだったのだろう。。だからこそ・・指揮者が独自の解釈で演奏しにくく・・ベートーヴェンのように指揮者によってまるで違う音楽のようにも響く・・といったことにはならない。テンポの多少の伸び縮みはあっても・・フレーズの一部にデフォルメチックな演出を咬ました演奏などほとんど無いハズだ。
◆1975年の若かりしメータさんの・・デッカによる当時の超優秀な録音は・・もちろんCD化されて現在のカタログにも生きている。しかしながら・・2台のCDプレイヤーを使ってリアルタイムに切り替え比較をすると・・この音源(放送音源)の活き活きといた音たちのエネルギーは次元の違う輝きを放っていた。デッカの音が悪いわけではなく・・今回のORFによる収録がさらに上をいく雰囲気を伴っていたという単純至極なことなのだ。少なくとも・・やはり・・ティンパニーの押し出し感はORFが録るウィーン・フィルの大きな特徴でもあるのだか・・それがたまらなくライブとしての興奮度合いを倍化させていることだけは確かだ。シンバルとバスドラムが同じような勢いで重なった時のテュッティーの迫力など地鳴りのような余韻さえ感じられる。FMの放送音源であることが信じられない瞬間でもあるのだが・・さて・・このままヴォリュームに触れることなくフィナーレの大爆裂がどんなふうに襲いかかってくるのか・・・そんないつのまにかの興奮の中で・・重箱の隅をつつくことなど忘れてしまっていた。腰砕けにならなかったコーダに圧倒されながら・・「おまえが生まれたことが無益でなかったこと・・おまえの人生・・そして生きる苦しみさえ・・決して無益ではなかったことを信ぜよ!」との天からの声に耳を傾けながら・・毎度のことながら全身電気が走りながらウルウル状態へと陥ってしまっていた。。ゴールデンザールの9人の女神さまたちも・・天上(いや天井)から舞い降りて・・ステージ所狭しと並んだ演奏陣とホールを埋め尽くした聴衆に・・温かな祝福のキスをして周るのに大忙しだったに違いない。 |
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| Disc
No. 163 |
Title
No. CDR-YSHD-112A/B-00 |
| Disc
No. 164 |
Salzburger
Festspiele 1999 - Wiener
Philharmoniker - Sir Simon Rattle |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-112A/B-00
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サー・サイモン・ラットル
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1999.08.29
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クルターク:シュテファンの墓石
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ザルツブルグ祝祭大劇場
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(ギターと器楽合奏のための)
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FM/VHS
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マーラー
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1999.12.17
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交響曲第2番「復活」
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31'09|60'27
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第1楽章|第2〜第5楽章 |
★★★★☆ OIDT |
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| ザルツブルグ音楽祭1999 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 演奏会 サー・サイモン・ラットル指揮 |
| 共演: ユリアーネ・バンゼ(ソプラノ) ビルギッド・レンメルト(メゾソプラノ) アーノルド・シェーンベルク合唱団 |
◆「子供の魔法の角笛」という歌曲集の中の一曲を丸ごと交響曲の「楽章」として使ってしまったマーラーの度胸もさることながら・・合唱団を含むステージ上の演奏陣とホールを埋め尽くした聴衆から一斉に注目を浴びる「原光」の歌いだしは最高潮の緊張感に襲われる部分でもある。管弦楽のみによるそれまでの3つの楽章で・・聴衆はすでにもう出来上がっており(飲みすぎにはご注意ください))・・興奮の中で「復活」への重い扉を静かに開けなければならない。この一瞬の雰囲気が・・天上の世界へ通じるエスカレーターが動くかどうかの決め手にもなるのだ。エスカレーターを階段として膝をガクガクさせながら登るのか・・ゆっくりと雲上の景色を楽しみながら立ったまま昇っていけるかは・・全てこの「一瞬」にかかっているといっても過言じゃない。だからこそ・・「原光」を歌うアルト(メゾソプラノ)は凡人ではダメなのだ。こうなったら・・その美貌は棚に上げることにしても・・煩悩で固まった万人の視線の集中する中・・決して不快な表情をされることなく笑顔を絶やさない・・女神さまのような温かな御心を持った女性によって歌われるべき楽曲なのだ。ここで歌うレンメルトさんは・・ラットルさんの声楽絡みの作品の録音にはほとんど登場しているほど・・多分ラットルさんお気に入りのメゾソプラノじゃないかと思うのだが・・やはり・・棚にお上げする必要など全く無いほどのお方だった。。万一にもここを・・「あのお方?」が歌おうものなら・・「おお、赤い薔薇よ・・」が「ワォーッ!真っ赤なトマトじゃん!!」へと飛躍して・・復活するにも一旦ケチャップの海に浮かんだH.D.を51本食さねばならぬという一大試練を乗り越えねばならない。(?) レンメルトさんの情感に満ち溢れた御声は・・ギシともいわせず静かに重い扉を開けて・・天上の世界への連動エスカレータを動かした。そうなったら最後・・後は身を任せて「その時」をワクワクしながら待つのみとなる。
◆ザルツブルグでのウィーン・フィルは・・かつて英国デッカがゾフィエンザールで録った音に似て・・ORFのマイクをもってしても少しスリムな感じになる。横長のホールの影響が出たということになるのだが・・ティンパニーをステージ上手側に置いたことが功を奏して・・定期演奏会の録音で聴けるいつもながらの「あの音」をマイクがクッキリと拾っている。オルガンは当然電子オルガンになるわけだが・・マイクで拾ったオルガンの音は・・本物であっても電子オルガンであっても・・聴き分けができないという。かつて・・オーマンディが君臨したフィラデルフィア管弦楽団の当時の本拠アカデミー・オブ・ミュージックは・・当初はオペラハウスとして設計されたためかどうか・・当然オルガンの設備はなかった。後年にコンサートホールとしてフィラデルフィア管弦楽団の本拠とするべく改装を行う時にパイプオルガンの導入で侃々諤々の議論があったらしい。。その時に、楽器商の言った言葉は・・マイクで拾った音は変わりありませんよ!の一言だったそうだ。そして・・さらに・・微妙なピッチの問題や維持管理の費用などにも及び・・当時マイクで拾われる機会の多かった同楽団は「電子オルガン」を選択したとのことだ。そして・・ステージ反響板に幾多と組み込まれたスピーカーから出るオルガンのサウンドは・・RCAのマイクにも拾われて・・あの「オルガン交響曲」でも大活躍したらしい。同じ電子オルガンでも・・フィラデルフィアのようなステージ設備組込みの大規模なものではない祝祭大劇場での電子オルガンだが・・やはりそれなりに聴こえるところなんぞは・・さすがにプロフェッショナルを感じる。そういった「効果」がないような代物なら・・カラヤン先生が同じステージで・・「展覧会の絵」のフィナーレにオルガンの低音ペダルを加えようとはしなかっただろう。我が家に鎮座するエレクトーン(EL-90)でさえ・・本物と間違えるようなパイプオルガンの音を出すくらいなのだから・・電子オルガンといっても侮れないものだ。しかしながら・・この演奏会の1年後に・・本拠ゴールデンザールで本物のオルガンを使った「復活交響曲」は・・たとえオーディオスピーカーからは同じように聴こえても・・あの大オルガンが鳴っている!というイメージだけで・・感激が何倍にも膨らむ。残念ながら・・この録音は・・悪くはないのだが・・1年後のメータさんの「復活」の音には足元にも及ばない。ティンパニーはまずまずだが・・その他の打楽器がどういう訳かマイクに乗らないのだ。従ってOIDTを施しても・・メリハリ感の向上には結びつかないのだ。本来なら★3個級の音だが・・楽曲自体の持つ余りのエネルギーに圧倒されて・・思わずプラス1個献上してしまった。。 |
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| Disc
No. 165 |
Title
No. CDR-YSHD-113A/B-00 |
| Disc
No. 166 |
Wiener
Philharmoniker - Zubin Mehta |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-113A/B-00
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ズービン・メータ
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1998.04.19
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マルティン・ガブリエル
(Ob)
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ウィーン楽友協会大ホール
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ウェーンベルン
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FM/VHS
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管弦楽のための6つの小品
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1999.08.08
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モーツァルト:オーボエ協奏曲
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33'33|54'41
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マーラー:交響曲第1番 |
★★★★★ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ズービン・メータ指揮 |
◆1992年に創立150周年記念としてクライバーと来日するハズだったウイーン・フィルだが・・蓋を開けたらシノーポリを代役としてマーラーの第1交響曲をメインプログラムとする公演を行った。地元のホールでの生演奏を聴いた後に・・NHKホールでの東京公演(地元と同じプログラム)をBSの電波による生中継の音源で聴けるという贅沢に与ったのだ。本拠ゴールデンザールでの音は・・1989年にマゼールの指揮でソニークラシカルによるセッション録音盤があるが・・ORFによるライブ収録にはなかなか縁が無かった楽曲のようだった。。ソニークラシカルによる収録は・・ゴールデンザールの豊満なホールトーンを積極的にミキシングしたにもかかわらず・・オーケストラのクリアネスを失うことなく・・テュッティーの後にシャーン!といった明るいトーンで残響が尾を引く。マーラーの交響曲全集の録音の一環として腰を据えてゴールデンザールの響きを研究した一つの成果なのかもしれない。打楽器の炸裂もボケることなくメリハリの極みに貢献して・・これはこれで結構な名録音だ。この音源は・・マーラーを得意とするメータさんが・・ゴールデンザールで待望の第1交響曲を演奏したライブ録音なのだが・・ORFのマイクはソニークラシカルに優る凄い音を捉えていた。ソニーの音にも不足は感じないのだが・・ORFが収録したウィーン・フィルは打楽器の爆裂エネルギーがまるで違う。ティンパニーの独特の打音・・目の眩むシンバルの輝き・・響きの中にボケない引き締まったバスドラムなど・・正にドシャーーン!とテュッティーを突き抜けるあり余るエネルギーを伴った青春の衝撃波・・・管弦楽の醍醐味が全て詰まった文句のつけようのないフィナーレだ。メータさんの指揮も杓子定規ではなくて・・グググイっとエネルギーを溜め込んでドバァーっと一気に放出するという「術」を心得て・・否がおうにも興奮の極致へと誘うのだ。聴衆の皆さん!・・重箱の隅などつついている場合ではありませんぞ!・・耳とか心とか・・そんな次元を通り越して・・全身でこの波動を受けてください!・・理屈なんぞ考えずに・・ただただあなた方の青春が「今」あることを身体で感じるのです・・・鬱陶しい悩みを抱える人たちこそ・・今もって「青春」を生きているのだ!と自覚してください。。そういったことを全てポジティブに打開できるように・・元気の出る強烈な波動をお贈りしているのですよ。。・・メータさんの呟きが聞こえてきそうな元気満点の演奏から・・なぜか「太陽の塔」を創った故岡本太郎さんのお言葉をも浮かんできたのだ。。
◆演奏会の前半で演奏されたモーツァルトのオーボエ協奏曲は・・ウィーン・フィル主席オーボエ奏者ガブリエルさんのソロだ。例えばあの宮本さんのメロウな甘いトーンを聴きなれた耳には・・ツーンとすましたスリムなトーンは異様に聴こえるかもしれない。・・そう・・これこそ紛れも無いウィーン・フィルのトーンなのだ。同じウィーン・フィルでも・・奏者によって音が変わるのかどうか分からないが・・1975年のベーム指揮によるNHKホールでのライブ録音以来・・オーボエの音色が徐々に変化したようで悔しい思いをさせられていたわけなのだが・・さすがガブリエルさん!・・音量は出ないし壊れやすく?吹きにくいときた秘蔵のリードで晴れ舞台に臨まれたようだ。ティンパニーとホルンに並ぶ「ウィーン・フィルの三種の神器」はかくして聴衆の眼前に姿を現した。オーケストラの音色の半分はオーボエで決まる!。チューニングのAの音もオーボエから発するように・・オーケストラの「核」としての存在感は大きいのだ。一流オーケストラのオーボエの音色はやはりそれなりのトーンを持っているのが常識にもなる。逆にいえば・・一流でなくとも・・オーボエがそれなりのトーンを持っていれば3流が2流へ・・2流が1.5流へと一気にグレードアップする。オーケストラの全ヴァイオリンをストラディヴァリへと代えるよりも・・手っ取り早くて安上がりな方法でもある。主席オーボエ奏者にはコンサートマスター並みの待遇を与えてもお釣りがくるんじゃないかとも思うのだ。優秀な音楽監督はもちろん必要だが・・優秀なオーボエ奏者を見つけ・・三顧の礼を尽くして「核」としてご就任願う事の方が優先課題なのだ。ソロ活動をどんどんやっていただき・・コマーシャルベースにお載せして・・ソロアルバムのCDをシリーズもので定期リリース・・できたらテレビCMにもご登場願えば最高だ。あまりの忙しさにオーケストラの演奏会をたまに欠席されても急病扱いとして・・評価の定まるまでの3年間の「時」を温めるのだ。評価さえ定まれば・・この主席オーボエ奏者目当てに満席が続くこと間違いない。ましておや・・オーボエ奏者がイケメンともなれば・・若い女の子も色紙持参でかけつけて・・「演奏中は黄色い声をお立てにならないようにご自制ください」などと場内アナウンスをしなければならないほどの熱気ムンムンの中でのコンサートとなって・・あのオーケストラ・・最近勢いがまるで違う!みたいな評判でNHKもハイビジョンカメラを持ち込むようになるかもしれない。オンリーワンの存在は侮れないのだ。 |
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| Disc
No. 167 |
Title
No. CDR-YSHD-114-00 |
| Wiener
Philharmoniker - Zubin Mehta |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-114-00
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ズービン・メータ
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1995.11.19
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ウォルフガング・シュルツ
(Fl)
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ウィーン楽友協会大ホール
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モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
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FM/VHS
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モーツァルト:フルート協奏曲第1番
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1996.08.08
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ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
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75'19
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ドビュッシー:夜想曲〜祭 |
★★★★☆ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ズービン・メータ指揮 |
◆かつてLPの時代には・・モーツァルトといえばベームでしょ!・・というほどの紋所だった。60年代から70年代初頭にかけてベルリン・フィルで交響曲全集を録って・・それが終るとデッカとの専属契約から解放されたウィーン・フィルを使って・・同じレーベルでもう一度全集を作ろうといった勢いだったのだ。70年代中頃から始まったウィーン・フィルとの録音は・・おそらく80年代に至る長いスパンでのプロジェクトだったに違いない。同時に計画された「管楽器のための協奏曲集」は順調に録音完了したのだが・・交響曲の方は後期交響曲集としてまとめるにもままならないのんびりムードでの進行だった。名誉総裁としてのロンドン交響楽団への義理立てからチャイコフスキーの後期交響曲集を録音するといった回り道?もあった上に・・モーツァルト以外の主要レパートリーを録ることが最優先された結果でもあったのだが・・案の定・・僅かな曲数を遺して80年代に入った早々ベートーヴェンの「第九」の再録音を最後に亡くなってしまったのだ。ウィーン・フィルのデッカからの解放がもう5年早ければ・・あるいは完成したかもしれない幻の全集でもある。。ベーム亡き後は・・バーンスタインがあっという間に後期交響曲集(+α)をライブ編集で完成させたし・・なんとレヴァインさんが猛然とウィーン・フィルによる初めての交響曲全集を完成させてしまった。同じレーベルなので・・ベームが完成させてたらレヴァインの録音は有り得なかったことになる。現在ではほとんど・・ウィーン・フィルとは縁の無いレヴァインさんが・・ウィーンのシンボルのようなモーツァルトの交響曲全集を完成できたのか?・・オマケにパールマンと5曲のヴァイオリン協奏曲全曲や数曲の管弦楽曲・・そして大ミサ曲まで・・まるでウィーン・フィルからモーツァルトを任されたような感じの集中ぶりだったのだ。これだけ信頼されての仕事なら・・当然ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートへのお呼びがかかっても良さそうなものだが・・定期演奏会にさえ疎遠になってしまったのだから何か複雑な事情があったことは間違いないだろう。。そんな中で・・ニューイヤーコンサートにも登場して・・定期演奏会にも常連組として名を連ねるメータさんなのだが・・モーツァルトとなると今一つ確たるイメージが湧かない。インドという激暑のお国のイメージがどうしてもまとわりついて・・イタリアのムーティさんのような爽やかな陽光の下に歌われる(カンタービレに溢れる)極上のモーツァルト!といったプラスのイメージには結びつくことはなかった。
◆そんなこんなの後で・・メータさんがモーツァルトの交響曲と協奏曲を1曲づつプログラムに入れた演奏会がFMでオンエアされたのだが・・正直言って・・「ダフニスとクロエ」目当てのエアチェックだったのだ。奇しくも・・レヴァインが同じウィーン・フィルと全曲版でセッション録音もしているラヴェルの最高傑作だが・・ストラヴィンスキーの「火の鳥」と違って・・組曲と云っても本来のバレエの後半部分フィナーレまで丸ごと抜き出したものだから・・CDプレイヤーのトラック番号で「夜明け」からスタートさせれば「第2組曲」として聴くことができる訳だ。同じウィーン・フィルで録音したマゼールさんとも比較が楽しめるわけで・・僅か15〜6分の曲のためにテープを回した。しかし・・・これがとんでもない間違いだったことにモニターの時点で気が付いたのだ。モーツァルトのプラハ交響曲は・・すでに18世紀オーケストラの弦バスの躍動感に痺れきっていて・・たとえウィーン・フィルでも敵わない!との思い込みあったのだが・・ついにグランドオーケストラの演奏でその「毒気」から解放されることになったのだ。いいじゃん!メータさん!!やるじゃん!ウィーン・フィル!!と思わずニタニタさせたのはやはり弦バスの活き活きとした躍動感だった。楽器や編成規模・・そして奏法自体がまるで異なるウィーン・フィルの弦バスでも・・こんな表現ができるんだぁ・・といった感激。正に求めていた響きが現れたのだ。こうなったら最後・・頭の中はモーツァルト一色となって・・「ダフニス」はオマケのようにもなってくるから不思議だ。よくよく考えたら・・ORFの捉えたウィーン・フィルの響きは・・たとえオーボエがあの音色から遠いところで鳴ってたとしても・・打楽器(ティンパニー)とホルンだけは牙城を守っていた。そして・・そのサウンドはメリハリ感の充実したパンチの効いたものだったのだ。この録音では・・オーボエのあのネイロもしっかりと認められて・・三種の神器揃い踏みの贅沢なサウンドとなっていた。18世紀オーケストラの押し出しの強いサウンドバランスに骨格が似てたのだ。眼から鱗となった真迫のプラハ交響曲は・・ベームやバーンスタイン・・そしてレヴァインにも聴けない響きとなって・・メータさんの固定観念を覆した。 |
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| Disc
No. 168 |
Title
No. CDR-YSHD-115-00 |
| Salzburger
Festspiele 1990 - Wiener Philharmoniker - James Levine |
 |
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-115-00
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ジェームス・レヴァイン
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1990.08.11
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:
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ザルツブルグ祝祭大劇場
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ブラームス
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FM/VHS
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交響曲第2番
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1991.03.25
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ストラヴィンスキー
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75'35
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バレエ音楽「春の祭典」 |
★★★★☆ OIDT |
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| ザルツブルグ音楽祭1990 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 演奏会 ジェームス・レヴァイン指揮 |
◆ドイツグラモフォン社(DG)は・・この当時にレヴァイン&ウィーン・フィルで「春の祭典」の新録音をする計画を持っていた。実現すれば・・ウィーン・フィルにとっては16年ぶり2度目の録音となるハズだった。同じ頃・・DGはベーム・バーンスタインに続くブラームスの交響管弦楽曲全集を作るためにこのステージにマイクをセットしていた。第1弾としてブラームスの第2交響曲をライブ録音でリリースするためだ。本拠ウィーンのゴールデンザールでの日程がなかったのか・・手っ取り早く第1弾の制作を急いだのかは分からないが・・当時まだイエローレーベルでのヘッダーデザインが生きていた中で・・ヘッダーデザインを使わずに再発売盤のような安物イメージのジャケットで緊急?リリースされたことを覚えている。余りの安物イメージだったので・・後にリリースされる全集セットの発売まで待つことにしたほどだ。ライブといっても・・この音源のような一発そのままのライブ演奏ではなくて・・プローベの音まで含みいれた複数回の演奏会を継ぎ接ぎ編集したものだ。そしてまた・・今後ウィーン・フィルの最新全集となる録音を・・なんでザルツブルグで録らなきゃいけないんだ?・・などと思いながら今ひとつワクワクしない自分を感じていた。「春の祭典」は・・後年メータが本拠ゴールデンザールで演奏したものに比べても・・ほとんど遜色のない素晴らしい白熱の演奏なのだが・・DGはリリースしなかった。ブラームスでテープを回していたのだから・・当然「春の祭典」でも回してたハズだ。この時のウィーン・フィルの演奏にご不満だったのか・・後年レヴァインさんの意向によって・・ニューヨークの手兵メトロポリタン歌劇場のオーケストラ(METオーケストラと称した)と録音に及んで・・「展覧会の絵」との豪華カップリングでリリースされた。
◆ウィーン・フィルと国立歌劇場との関係を真似て・・メトロポリタン歌劇場のオーケストラをコマーシャルベースに載せようとのプロジェクトがあった。「XXX歌劇場管弦楽団」の名称では交響管弦楽曲の録音盤にはインパクトが全くない上に・・楽員一人一人がニューヨーク・フィルにも負けない優秀な奏者であっても・・オーケストラの名前には反映されないのだ。ベルリンやドレスデンなどの由緒ある歌劇場のオーケストラでも「シュターツカペレ」と名乗れば・・たちまちコンサートオーケストラのイメージに切り替わって・・ベートーヴェンでもブラームスでも音盤が売れることになる。メトロポリタンも・・「METオーケストラ」と名乗って・・メトロポリタン歌劇場を「MET」の中に隠してしまった。ベートーヴェンの「英雄」にシューベルトの「未完成」をカップリングしたり・・シュトラウスの「ドン・キホーテ」&「死と変容」・・お得意のワーグナー管弦楽曲集などを連発リリースしたが・・思うようには売れなかった。ウィーン・フィルのようになろうとしたのだが・・「METオーケストラ」などという陳腐な名称自体が・・ニューイヤーコンサートとゴールデンザールとが合体したイメージの中で燦然と輝く「ウィーン・フィル」という世界最高のオーケストラのイメージの前では・・寄せ集めの録音用臨時楽団みたいに思ってしまうのだから・・名称のイメージというのも恐ろしいものだ。その後・・METオーケストラの録音プロジェクトは完全に消滅して・・録音自体も忘れ去られようとしている。レヴァインお好みの対抗弦楽配置によるサウンドバランスはなかなか面白く・・録音状態も文句のつけようがないほど優秀だ。しかしながら・・例えばベートーヴェンの「英雄」などは演奏が浮いてしまって・・ドスの効いた真迫感が全く伝わってこない。腕っこき奏者たちの驕りが音になって表れたかのように・・ベートーヴェンの凄みを抉っていないのだ。世界一ギャラが高いといわれるMETのオーケストラだが・・世界一高額の弦楽器を揃えているといわれるフィラデルフィア管弦楽団の演奏した「英雄」の足元にも及ばない。ワーグナーの管弦楽曲集はお手のもので素晴らしいが・・オーケストラだけで「ニーベルングの指輪」からの管弦楽曲集(一部編曲&構成さえしっかりとすれば一遍の交響詩とも成り得る)を録音しなかったのは残念至極だった。レヴァイン&METの決定盤として・・セル&クリーブランドの名盤さえ陳腐化させるだけの大いなる可能性があったのだ。レコード会社の企画担当の腕次第で・・オーケストラの売り出しなど何とでもなるのだが・・本筋を見抜けなかったプロジェクトのために・・レヴァインまでが沈没するという・・滑稽極まる一瞬の打ち上げ花火に終ってしまったのだ。 |
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| Disc
No. 169 |
Title
No. CDR-YSHD-116A/B-00 |
| Disc
No. 170 |
Prague
Spring 1996 - London Classical Players - Roger
Norington |
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ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ
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CDR-YSHD-116A-00
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ロジャー・ノリントン
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1996.05.12
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:
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スメタナホール、プラハ
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スメタナ
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BS/VHS
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連作交響詩「我が祖国」
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1996.06.27
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前半|後半
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40'09|45'47
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: |
★★★★☆ OIDT |
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| プラハの春 国際音楽祭1996 開幕演奏会 ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ ロジャー・ノリントン指揮 |
| ◆「プラハの春」史上初めて | | |