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| Disc
No. 230 |
Title
No. CDR-YSHD-151A/B-00 |
| Disc
No. 231 |
Orchestre
Symphonique de Montreal - Japan Tour 1996 - Charles
Dutoit |
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モントリオール交響楽団
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CDR-YSHD-151A/B-00
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シャルル・デュトワ
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1996.06.26
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野島 稔 (Pf)
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サントリーホール
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:
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FM/VHS
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チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
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1997.04.28
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ストラヴィンスキー:ペトリューシカ
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37'35|52'10
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ラヴェル:ボレロ |
★★★★☆ OIDT |
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| モントリオール交響楽団 東京公演 野島 稔(ピアノ) シャルル・デュトワ指揮 |
◆Expo’70(大阪万博)の芸術展示の一環として来日公演を持った時には・・世界の一流オーケストラとしての認知などは全く無い状態で・・悲惨なほどのお客の入りだったらしい。。ニューヨーク・・クリーブランド・・パリ・・ベルリン・・ロンドン・・レニングラード(現サンクトペテルブルグ)といった輝かしいビッグネームの中に混じっての・・メジャーレーベルの録音戦略対象外のオーケストラのチケットなどは売れるハズもなかったのだ。パリ管弦楽団は・・1967年創設の出来立てホヤホヤのオーケストラだったが・・フランスの威信をかけて・・ベルリン・フィルに対抗できるスーパーオーケストラとして・・由緒あるパリ音楽院管弦楽団を解体再編してまで編み出した最終兵器?だった。ボストンの音楽監督を辞任して母国へ戻っていたシャルル・ミュンシュを音楽監督に据えて・・EMIによって録音された「幻想交響曲」でスーパー大ヒットを飛ばしていた。来日の前年に急逝したミュンシュに代わって・・カラヤンが音楽顧問に就任・・同じくEMIによってフランクの交響曲が録音された。そんな中での来日公演だったが・・カラヤンが指揮していたら・・ベルリン・フィルとの来日どころの騒ぎに収まらず・・チケットの争奪戦は流血の事態にまで発展した可能性もあった(?)・・かもしれない。。ロンドンの(ニュー)フィルハーモニア管弦楽団もまた・・来日直前にマニア憧れの的だったジョン・バルビローリの急逝で代役指揮者(ジョン・プリッチャード)との来日を余儀なくされた。バルビローリは・・手兵ハレ管弦楽団とのシベリウスの交響曲全集で高評価を受けていて・・日本でのシベリウスの演奏が待ち望まれていたのだ。しかし・・バルビローリさんにはお許しを願って・・代役指揮者が良かった!。プリッチャードさんがついてこなければ・・シベリウスの第2交響曲フィナーレコーダでの・・あのティンパニーの素晴らしい「改変版」による打ち込みの妙技に与れなかったのだ。つまりは・・プリッチャードさんは「改変版」のパート譜をティンパニストに「押し付けた?」・・ということになる。相当な意気込みがなければ・・実現しなかったことなのかもしれない。。東西冷戦の犠牲は芸術の世界にまで及び・・レニングラード・フィルを率いて来日するハズだった国宝エフゲニー・ムラヴィンスキーは・・当時のソビエト連邦政府からの出国許可がおりずにまたもや「幻」の存在となってその幻影を一層膨らませた。代役指揮者のアルヴィド・ヤンソンスは・・かつて同楽団がウィーンとロンドンでドイツグラモフォン社に録音した時の楽器配置をもって・・チャイコフスキーとショスタコーヴィッチの第5交響曲を・・ベルリン・フィルでさえ逆立ちしても真似のできない?幽玄の世界に震えるヴィブラートと伴ったウルトラアンサンブルで聴衆を魅了しつくしたのだ。そして・・当時・・鬼となった?音楽監督の・・容赦のないトレーニングが結実して・・世界一の合奏精度を誇ったクリーブランド管弦楽団は・・帰国後間も無く音楽監督が急逝するという不幸に見舞われた。当時のジョージ・セルとクリーブランド管弦楽団の名声は・・カラヤンとベルリン・フィル以上だったような気もしている。
◆デジタル録音が本格化した80年代の前半に・・英国デッカがラヴェルの管弦楽曲を全てデジタルで録音するというプロジェクトを立てた。契約アーティストの中に・・然るべきフランス本国の楽団とフランス人指揮者の組み合わせが無かったことも幸いしたのか・・デッカとしては血眼になって探したんじゃないかと思われる。アンセルメの遺したフランスものの路線を・・デジタルのカタログに再び埋めなければならなかったのだ。スイス・ロマンド管弦楽団は・・アンセルメの没後ガタガタの状態が続いていた。ここに・・フランス系のそれなりの指揮者がいたら・・デッカはもう一度ヴィクトリアホールにマイクを立てたかもしれない。。創設指揮者との半世紀にも及ぶ蜜月の崩壊は・・その建て直しには並大抵の努力では追いつかない厳しい現実に直面していたのだ。デッカが見つけたのは・・カナダのフランス語地域を代表するモントリオール交響楽団だった。なにしろ・・オーケストラの正式名称は・・固有名称としてフランス語表記がなされており・・Orchestre
Symphonique de Montreal という楽団名自体から既にラヴェルの音香が漂っていた。そして・・音楽監督は・・あのスーパーピアニストのアルゲリッチの元旦那という誉れ高き?経歴も付いていて・・フランス系スイス人としてアンセルメの路線を引き継ぐにはピッタシのハマリ役でもあった。シャルル・デュトワは・・レコード会社のカタログ充足のために・・なくてはならない貴重な存在ともなって・・メジャーレーベルの戦略に載って破竹の勢いでビッグネームに成長することになったのだ。こういった幸運がなければ・・NHK交響楽団の音楽監督就任もあり得なかったんじゃないかと思うほどだ。この音源・・1996年の来日公演の時には・・フランス国立管弦楽団の音楽監督も兼任して・・前月には同じホールで来日公演もしているので・・かけもち連チャンという離れ業?をやったことにもなる。翌々年(1998年)からは・・いよいよNHK交響楽団の音楽監督にも就任するというスーパー多忙な「音楽監督渡り鳥生活?」を送ることになるのだ。カナダ・・日本・・フランス・・・となれば・・正に世界一周の旅となる。マイレージが溜まって溜まって・・どうされたんだろう?。。2001年にフランス国立管弦楽団を・・2002年にモントリオール交響楽団を・・そして2003年にはNHK交響楽団をも・・毎年次々と音楽監督を辞されたわけは・・聞くのも野暮!・・「くたびれたぁ!^^;」なのだろう。。だれが考えても・・世界一周3団体かけもちで続くわけなどないのだ。チャイコフスキーの協奏曲は・・ボレさんとの腰の据わった名演奏をCDにしているが・・野島さんのピアノはライブとしては精度のいい方で・・ほぼ破綻なくモントリオールの意気込み満点の力演に対峙した。韓国のソウルで・・演奏停止となった最悪の場面に遭遇したことから・・少々音を外すくらいの演奏上の傷などは目を瞑れる余裕もあるのだが・・野島さんのピアノは結構なハイレヴェルだ。聴いているうちに・・野暮な心配など忘れてしまって・・素晴らしいコンツェルトの世界にドップリと浸ってしまっていた。それにしても・・モントリオールの音色の美しさは何と表現したらいいのか!・・・フルートとオーボエが牽引する第2楽章の美演は・・数多の音盤の中でもパリ管弦楽団に並び文句の付けようがない。「ペトリューシカ」と「ボレロ」は・・もはやこのコンビの十八番だろう。。オーケストラに余程の自信がなければ・・とても海外公演で演奏できるような楽曲ではないのだ。特に・・CDの売り上げに評価が直結する日本での公演は・・まるでコンクールの様相でもある。。しかし・・どうだろう!・・このノリノリ余裕綽々の妙技。。明らかに・・N響とは違う音色へのこだわりを感じて・・オーケストラ自体のやる気が音に乗っている。型にはまらないのびのびとしたフレージングが楽曲の魅力を倍化させているようだ。こんな凄い「ボレロ」聴かされたんじゃ・・ステージに「おひねり」投げ込まないと申し訳が立たない?ようでもある。。ヴッ・ヴッ・・ヴッ・・・ブラヴォー!と叫ぶために・・演奏終了1分前からカウントダウンを始めたオタクマニア?のお歴々も・・ボッ・ボッ・ボッ・・ボッ・・・ヴォレッロだぁッ!・・まいったかぁ!!・・とデュトワさんが大見得を切った瞬間全身固まって・・ブォ〜ッー・・としか声にならなかったようだ。。CDの美音は・・嘘じゃなかった!^^ |
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| Disc
No. 232 |
Title
No. CDR-YSHD-152A/B-00 |
| Disc
No. 233 |
Symphonieorchester
des Bayerischen Rundfunks - Japan Tour 2000 - Lorin Maazel |
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バイエルン放送交響楽団
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CDR-YSHD-152A/B-00
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ロリン・マゼール
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2000.11.03
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ハンナ・チャン (Vc)
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サントリーホール
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:
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BS/VHS
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マゼール:チェロと管弦楽のための音楽
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2001.03.09
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ベルリオーズ:幻想交響曲
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31'34|57'46
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ビゼー:「アルルの女」〜ファランドール |
★★★★☆ OIDT |
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| バイエルン放送交響楽団 東京公演 ハンナ・チャン(チェロ) ロリン・マゼール指揮 |
◆マゼールさんの・・作曲家としての日本デビュー公演ともなった演奏会だ。自作の新作・・→自信作!(?)・・なのかどうかは分からないが・・チェロ協奏曲とせずに「チェロと管弦楽のための音楽」としたところがミソだ。演奏時間30分を要するそこそこ長い曲でもあるのだが・・一体何を訴えたいのかさっぱりと解らない。楽章などもないので・・とりとめもない退屈な時間が延々と続く。30分が1時間にも感じる不思議な時間の流れがある。。こういった曲には・・CDプレイヤーの残量時間表示が大いに役に立つ。もう・・そろそろ終るかと思うようなフレーズにさしかかったときに・・まだ15分もあるのかぁ・・とため息をつくことにもなるのだ。元々ロストロポーヴィッチさんのために作られたらしいのだが・・ということは・・相当な難曲なのか?。。楽曲の後半15分間は・・時間が停滞したような・・というよりも時空の歪みの中でチェロが蠢き・・そして喘ぎ捲くる。時として煽り立てられるバックのオーケストラはチェロの時空間とは全く次元を異にしているかのように協調しない。・・だから・・協奏曲じゃなくて・・「チェロと管弦楽のための一部オーバーラップした各々勝手な音楽?」としたのかもしれない。前衛音楽ほど酷くは無いが・・陰鬱の限りの典型的なゲンダイオンガクだ。気持ちに絡まるメロディーラインの欠片も無く・・ホッと一息できるハーモニーも無く・・時間を進める躍動的なリズム感覚も無い。・・そういえば・・学校で習った「音楽の三要素?」・・・なんにも無いじゃん!。・・ということは・・この曲は・・「音楽」ではなくて・・何なんだぁ!?。。高尚なお方曰く・・「アンタはん・・人生には喜怒哀楽っちゅうもんがおますやろ・・マゼールはんは怒と哀だけで作ってまんねん。。モーツァルトはんとは正反対になぁ。・・・怒と哀の世界には時間感覚など消え失せますやろ?・・頭ん中真っ白になったりしてなぁ・・。そんな時・・頭ん中に音楽湧き出まっか?・・嫁はんとドげんかした時とか・・子供の通信簿見た時とか・・女神はんにフラれた時とか・・思い出してみなはれ!・・そういえば・・最近では・・子供の携帯電話の請求書見た時もそうでしたでぇ・・・ホンマに!^^;
」・・「先々の先で仕掛けたお誘いが・・暖簾に腕押しみたいになって・・ひょっとしてワイふられたんかいな?・・と気が付くまでに一ヶ月もかかったりした時なんぞ・・哀の底に沈みましたがなぁ!。いやぁ・・恐れ入りましたぁ!」「アンタはん・・正真正銘のアホちゃいます?」「いやぁ・・お褒めに与り光栄至極・・」「やっぱりアホや・・・・・ほな・・サイナラ!」・・なんのこっちゃ?!
◆ハンナ・チャンは・・1982年生れとのことだから・・この演奏会当時は弱冠18歳だ。1994年11歳(小学校5年生!)にしてロストロポーヴィッチ国際チェロコンクールで優勝してしまった天才だ。翌年・・ドレスデン国立管弦楽団の韓国公演でシノーポリと共演して指揮者の目玉を飛び出させ・・その翌年にはドレスデンで再度共演。ドレスデンの聴衆の度肝を抜いた当時中学1年生だった彼女は・・国際舞台へと一気に躍り出たのだ。そして・・本公演でのマゼールさんの新作。。もう・・こうなると・・マゼールさんの作った曲が「音楽」なのかどうか?・・みたいな低次元のハナシなど棚に上げて・・その退屈さが「チェロ」の音色を浮き立てているような感覚にもなってくる。。苦痛の極みともいえる時間の滞った展望のない音の世界を・・若き天才チェリストが切り拓いて進む様には・・瞑想的にヨガの境地を味わうか・・暗中模索で闇の世界を彷徨うか・・を・・チェリストを介してリスナーに挑戦状をたたきつけるかの如くにも聴こえる。マゼールさん・・ハンナちゃんのようなチェロの妖精に挑戦状突きつけられたんでは聴かん訳にはいかんでしょう。。いやぁ・・まいったなぁ!・・だけど・・もっと楽しくやりましょや!・・妖精の花園を思わせるような曲作ってぇーな!頼んまっせ。。ホンマに。・・演奏会後半の「幻想交響曲」は・・クリーブランド管弦楽団で二度も録音するほどお気に入りの曲らしい。中でも二度目の米国テラークへの録音では・・未だ対抗馬が現れていないほどの壮絶極まる打楽器のド迫力が爆裂して・・衝撃波となってガラスを割るんじゃないかと・・まるで最新録音盤みたいな感覚でいたのに・・もう録音から20年も経っているのだ。。気持ちの中で止まっている時間と・・気持ちの外で過ぎ去った時間とが・・妙なところで交差して・・時空を遡って覗き込んだ昔の自分の感性と今の感性を比べても・・全く変わっていないものと思い込んでいた。。そんなこんなでの中で・・幻想交響曲のフィナーレをスペアナにかけてみた。第5楽章終結部・・コルレーニョからの約1分半をCDプレイヤーの固定出力からスペアナへ直接入力してのピークレヴェルホールドだ。一目瞭然に各音盤の音調が分かるが・・BSエアチェックの音調は低域のエネルギー量ではダントツで・・しかも高域端までバランスのとれたサウンドを炸裂させている。特別にどこかのサポートマイクの音が強調されるわけではなく・・オーケストラの音塊をマスで捉えた・・極自然なサウンドだ。テラークもワンポイントが謳い文句だったが・・ティンパニーの抜きん出た炸裂感は・・ホール(ステージ)の構造上の違いからくる反響エネルギーがメインマイクにポジティブに載ったことからか?(あるいは・・ちゃっかりとサポートマイクで拾ったのかもしれないが・・) ヘラクレスザールでのBRSOは・・コントラバスがマイクに載らないが・・バスドラムとティンパニー・・そして金管などはメリハリ感満点で・・これはこれで十二分に迫力がある。それにしても・・サントリーホールでのBRSOのサウンドは・・放送音源であることを忘れさせる。まるで・・時空を遡って・・当日のサントリーホールの特等席に座っているような雰囲気だ。^^v
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-152B-00
/BS Aircheck |
TELARC CD-80076 /CD |
ORFEO C 499 991
B /CD |
| BRSO/Maazel 2000.11
Tokyo Live |
Cleveland Orch./Maazel 1982.05 |
BRSO/Kubelik 1981.09
Herkulessaal Live |
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| Disc
No. 234 |
Title
No. CDR-YSHD-153A/B-00 |
| Disc
No. 235 |
NDR
Sinfonieorchester Hamburg - Japan Tour 2000 - Günter Want |
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北ドイツ放送交響楽団
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CDR-YSHD-153A/B-00
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ギュンター・ヴァント
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2000.11.14
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:
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東京オペラシティCH
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シューベルト
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BS/VHS
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交響曲第7番「未完成」
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2001.03.16
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ブルックナー
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32'10|67'17
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交響曲第9番 |
★★★★★ |
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| 北ドイツ放送交響楽団(NDR ハンブルグ) 東京公演2000 ギュンター・ヴァント指揮 |
◆米寿(88歳!)を迎えられたヴァントさんが手兵と共に最後の来日公演を行った。サラリーマンが定年退職させられる還暦の歳からが本領発揮となる指揮者の人生行路にあっても・・なかなかここまでは現役として活動できないのが実情だ。ニンゲンの生命力というのは・・物理的な尺度ではとても測ることなどできずに・・しかしながら・・文化国家での平均寿命という統計的な絶対尺度から言えば・・70歳台後半からの健康の維持は精神的(気)充実度や安定度からの影響が絶大なものになるようだ。卒寿(90歳)を迎えたムーシン教授やストコフスキーさん・・そして朝比奈先生も・・もう10年・・というスパンでものごとをお考えになったに違いないのだが・・100歳にリーチ!をかけるまでもなく・・相次いで亡くなられてしまった。。そして・・ヴァントさんも・・結果的に最後となったこの公演の後・・卒寿を迎えられて一ヶ月余で天に召されることになったのだ。・・・ヴァントさんとは・・二昔以上も前に・・韓国のソウルで遭遇している。ニッポンのN響にあたる韓国国営放送局(KBS)のオーケストラ(KBS交響楽団)の定期演奏会があることをホテルのインフォメーションで知った時・・暇つぶし?に出かけたのが若き(といっても還暦を迎えられていた?)ヴァントさんの客演する演奏会だったのだ。当時のソウルには・・日本もそうだったが・・音楽専用のコンサートホールなどあるハズもなく・・しかしながら・・NHKホールに優る4000席(確か?)の巨大な文化会館が定期演奏会の会場だった。そして・・客席右側壁面にパイプオルガンが備わっているところなど・・正にNHKホールにそっくりな設計でもあったのだ。後に・・この巨大ホールで・・フィラデルフィア管弦楽団ソウル公演(ムーティ指揮)にも遭遇することになるのだが・・確か・・ヴェルディの「シチリア島の夕べの祈り」序曲・・メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(チョー・リャン・リン)・・チャイコフスキーの第4交響曲・・というプログラムだったような記憶がある。チケットは・・もちろんホールの当日券窓口で購入。日本円換算で参千円程度(S席で!)だった。KBS響のS席料金が同じく日本円換算で約壱千円だったので・・当時の日本国内のチケット代に比較して20%程度で聴けた訳だ。タクシー料金も国内線航空チケット料金も本当に安かったのだ。世宗王(キング・セジョン)の名前を冠した文化会館大ホールは・・フィラデルフィア管弦楽団をもってしても・・ホールを揺するような音圧感に乏しく・・響きは無きに等しいような有様だった。そんな中でも・・チョー・リャン・リンの弾くヴァイオリンの美麗な音色だけは・・今でも妙に強く印象に残っている。ムーティさんが・・チャイコフスキーの第4交響曲終了後・・アンコールもやらずにそそくさと楽員を退散させたのには呆気に取られてしまったが・・ガラガラの会場に嫌気がさしていたのかもしれない。。
◆ KBS交響楽団の定期演奏会でヴァントさんが振ったのは・・韓国の新人級の女性ピアニスト(名前忘失)とのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とブルックナーの第2交響曲だった。NHK交響楽団の定期演奏会へ協奏曲のソリストとして出演するにも・・それなりの実力が要求されるのと同じく・・この公演の女性ピアニストも・・当然にして相当な実力の持ち主なのだと考えていた。第1楽章の出だしから・・いくらライブとはいえ・・「音」外し過ぎとちゃいまっか?・・みたいなイライラを募らせてはいたのだが・・なんと途中で相当な荒れ模様となって・・血の気が引くように演奏が止まってしまったのだ。ピアノの上には譜面などあるわけも無く(チャイコフスキーで譜面を見ながら弾くことなど有り得ない?)・・ピアニストは立ち上がって指揮者の前においてあるスコアを見に行ったのだ。詳しいやり取りは聞こえてこなかったが・・おそらく・・・>>ごめんなさい!マエストロ・・わたしド忘れしちゃいました。・・どうしましょう?・・・・ニンゲン誰しもよくあることじゃよ・・ほんじゃここからもういっぺんやろうか!・・ここからじゃよ・・スコアよう見ときなはれ・・・・マエストロ!ありがとうございます・・・・オーケストラの皆様方・・本当にごめんなさい!!^^;
<<・・・その間・・聴衆はただただ唖然!・・・そして・・何事も無かったように・・途中から演奏は再開されたのだ。ピアニストの心境を思えば・・頭真っ白での綱渡り的な演奏だったんじゃないかと思って・・心中察するに余りあるのだが・・素人さんのピアノの発表会に来てるわけではないのだから・・誠に複雑怪奇?な想いを持って・・ハラハラドキドキしっぱなしのチャイコフスキーとなってしまったのだ。それでも・・なんとかかんとか辿り着いたフィナーレの終結和音が鳴った後・・ブラヴォー!・・はないだろッ!!・・・これで興ざめして・・後半のブルックナーを聴かずにホールを出てしまった。。時にヴァントさんは・・未だマイナーな存在だったのだが・・ひょっとしたら後半のブルックナーは起死回生の如くの超絶的名演奏だったかもしれない。まぁ・・2番という馴染みのない交響曲と響かないホールとの組み合わせが・・聴かなくてもいいかぁ!?みたいな気持ちへと変化させたのかもしれないが・・ピアノ協奏曲に関してだけは・・この事件?以降には・・少々の「音外れ」くらいでは驚かない・・という次元の下がった聴き方を余儀なくされているような気がしないでもない。。記念すべき千年紀に・・好々爺となったヴァントさんは・・「これから自分の時代が来る」とばかりに「未完の米寿?」を2曲の未完成交響曲に喩えたのか?。。オーケストラの合奏精度がまるで違うのかもしれないが・・朝比奈先生のブルックナーにはない洗練されたフレージングは・・「神への献上」と言っても過言じゃないほどの・・敬虔極まるあのメロディラインを浮き立たせて・・ブルックナーへの畏敬の念を表出したのだ。このCD-RのBS音源は・・2000年11月14日の演奏会のものだが・・公演は12日から連続3日間・・同じプログラムで行われたらしい。RCAからリリースされたライブCDは・・3日間の演奏の編集合成ライブなのだ。奇しくも3日後の17日には・・京都コンサートホールで・・92歳の朝比奈先生が・・手兵大阪フィルハーモニー交響楽団とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」を演奏している。東に西に・・日本国内新旧の「都」でもって・・大長老ともなった世界の二大ブルックナー指揮者による競演が行われたのだ。 |
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| Disc
No. 236 |
Title
No. CDR-YSHD-154A/B-00 |
| Disc
No. 237 |
Berliner
Philharmoniker - Waldbühne Open Air Concert 2000 - Kent Nagano |
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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
|
CDR-YSHD-154A/B-00
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ケント・ナガノ
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2000.06.25
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バントゥス: He got Rhythum
|
ワルトビューネ野外音楽堂
|
ラヴェル:ラ・ヴァルス
|
DVD(TDBA-0009) Sound-Track
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松下 功:和太鼓協奏曲「飛天遊」
|
:
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ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
|
64'04|47'34
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ガーシュイン:歌曲集 |
★★★★★ |
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ワルトビューネ野外コンサート2000 ケント・ナガノ指揮 |
| 共演: 児玉 麻里&桃(ピアノ) 林 英哲(和太鼓) スーザン・グラハム(メゾソプラノ) |
| 曲目: バントゥス:ヒー・ガット・リズム(ジョージ・ガーシュインへのオマージュ)|ラヴェル:ラ・ヴァルス|松下
功:和太鼓協奏曲「飛天遊」|林 英哲: 宴(うたげ)|趙 李平:映画「さらば、わが愛/覇王別姫」より 交響組曲|後半→
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲|ガーシュイン:魅惑のリズム|私の彼氏|うまくやれたら|私を守ってくれる人|サマータイム|アイ・ガット・リズム|リンケ:ベルリン気質 |
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| 松下 功:和太鼓協奏曲「飛天遊」全曲
PH |
林 英哲:「宴」全曲(大太鼓のみ) PH |
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」フィナーレPH |
◆BS録画の大失敗により・・市販DVDに救いを求めた音源だ。ブッチャケた話・・林英哲さんの演奏だけのために購入したDVDなのだ。噂では聞いていたのだが・・素晴らしい!としか言いようの無いほど英哲さんの打ち込みはドスの効いた凄みがあった。直径1Mを超える大型の和太鼓がステージ中央奥に聳え立って・・その周辺には円弧を描くように大小各種の打楽器(和太鼓系を中心に)が並んでいる。ベルリン・フィルハーモニーもこれに対抗するためかどうか・・金管打楽器含めてフル編成だ。ストラヴィンスキーの「春の祭典」を彷彿とさせるフレーズが垣間見えたり・・ニヤっとする部分もあったりするのだが・・とにもかくにも・・「春の祭典」など吹っ飛んでしまうほどのド迫力だ。ヘッドフォンでモニターした時点では空気を揺するような脈動感は感じられなかったが・・スピーカー再生の時には・・大太鼓は音としてではなく地響き(床鳴り)として身体にズンズンと響いてくる。家族が「一体何事か!?・・」と飛んできたこともあったほどだ。。一旦この「快感」を味わってしまうと・・中途半端な音量では聴いちゃいられない。。従って・・再生の機会はドンドンと減って・・それ以来・・一回としてスピーカーで聴くことが叶わなかった音源でもある。そこで・・今回初めてスペアナで物理的な特性の凄さを確認しようとワクワクの気持ちで測定してみた。。測定してみて・・唖然!となった。。なんじゃこれは!の結果だったのだ。なんと・・低域の40Hz以下が・・見事にもフィルターでスパっと削られている(みたい?)ではないか!・・・しかし・・ラヴェルの「ダフニス」のフィナーレでは・・ベルリン・フィルのバスドラムの40Hzがエネルギー量こそ少ないものの・・キッチリとマイクに載っているのだ。。胴深の大型和太鼓の音は実に複雑で・・バチで叩く瞬間の打撃音から始まり・・手前の皮の振動が胴内の空気を揺すって反対側の皮を揺する。太鼓が大型になればなるほど・・胴の唸りは低周波エネルギーとなって周りの空気の共鳴を呼び・・閉鎖空間のコンサートホールならばワォ〜〜ン・・ワォ〜〜ンといった大型の梵鐘にも似た唸りを発するハズである。この演奏会は・・「野外」ということもあって・・そこまでの音が発生しなかったということもありえるわけだ。。フィルター処理の音なのか・・マイクで捉えたありのままの音なのか・・ということは結局分からなかった。しかし!・・50Hzからのエネルギー量は半端じゃなくて・・これが地鳴りの原因だったようだ。アンコールとして大太鼓のみで演奏された「宴」では・・基音と倍音の関係が極めて良く分かる。バチの当たる(神様のハナシではなく・・)皮の位置でも音調が変化する太鼓ならではの基音の変化が表れたりするが・・50〜400Hz(3Wayスピーカーではウーハーの受持ち帯域)の圧倒的な音響エネルギーは・・まともな音量で再生すると・・軟なウーハーなら吹っ飛んでしまうことになる。この音源のマスタリングのために使ったDVDプレイヤーはP社の
DV-S747A というコンパチ機だが・・24bit/192KHzというDVDオーディオ並みのアップコンバート回路を経由したアナログ出力を直接CDレコーダーのアナログ入力へ送って・・CDレコーダーの24ビットADCでHDDへリニアPCM化したものだ。DVD自体のサウンドトラックよりも・・一層肉厚になったような気がするのは手前味噌での自己満足かもしれない。。上のスペアナの真下にあるPHの意は・・ピークホールドのこと。全曲とあるのは・・全曲を通したピークレヴェルをホールドしたということ。和太鼓も管弦楽も全てこの中でエネルギーがアップダウンして蠢いているということになる。まぁ・・「音」のことなどはともかくとしても・・・ ニッポンダンジ!林
英哲。・・・・その魂の鼓動・・天晴れの極みなり!! |
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| Disc
No. 238 |
Title
No. CDR-YSHD-155A/B-00 |
| Disc
No. 239 |
The
Mahler Chember Orchestra - Japan Tour 2003 - Daniel
Harding |
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 |
マーラー室内管弦楽団
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CDR-YSHD-155A/B-00
|
ダニエル・ハーディング
|
2003.09.09
|
ベートーヴェン
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サントリーホール
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「アテネの廃墟」序曲
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FM/VHS
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交響曲第6番「田園」
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2004.07.08
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交響曲第5番
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48'37|38'06
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交響曲第4番〜第4楽章(アンコール) |
★★★★☆ |
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| マーラー室内管弦楽団(ベルリン) 東京公演2003 ダニエル・ハーディング指揮 |
◆ベルリンに本拠を置くマーラー室内管弦楽団(MCO)は・・1986年にクラウディオ・アバドによって創設されたグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団(ウィーン)を母体として・・これもまたアバドによって1997年に精鋭プロフェッショナル集団として創設された室内管弦楽団だ。
9-8-6-5-3 という弦楽器を含む17カ国48名の小型2管オーケストラとして・・ドイツグラモフォンへの録音でもお馴染みになっている。演奏曲目は・・ベートーヴェンやブラームスはもちろんのこと・・ブルックナーやマーラーにまで及ぶ。マーラーの名前が冠されているわけだから当然のことだが・・2管の第4交響曲ならハナシも分かるが・・第7交響曲まで演奏するとなると・・そこまで背伸びをする必要があるのか?と野暮な疑問を感じてしまうのだ。。創設当時の1997年といえば・・アバドさんがベルリン・フィルハーモニーの音楽監督として在任中のことだ。1999年から2000年にかけてベルリン・フィルと共にドイツグラモフォンへ録音したベートーヴェンの交響曲全集では・・室内管弦楽団といっても過言じゃないほどの小編成だったことを思い返すと・・そこにもう一方の手兵であるマーラー室内管弦楽団の影が見え隠れする。。アバドさんの絡んだ室内オーケストラといえば・・ロンドンに本拠を置くヨーロッパ室内管弦楽団(COE)もある。1981年の創設だから・・アバドさんがロンドン交響楽団(LSO)で活躍していた頃じゃないかと思うのだが・・やはりシンフォニーオーケストラにはない何かを求めて?のことだったのか・・。。近年COEはアーノンクールさんとの繋がりが蜜となって・・アバドさんは遠慮気味なのかあまり表立って話題に上らなくなってしまったようだ。そんなこんなの中・・アバドさんは・・今度はマーラー室内管弦楽団を核として・・スイスのルツェルン音楽祭のためのフェスティヴァルオーケストラを創ってしまった。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を退任後・・「音楽」だけに没頭できる音楽環境を作ることを宿願成就させたのかもしれない。。集まったメンバーのもの凄い陣容は・・おそらくサイトウキネンも太刀打ちできないだろう。。2003年の新生祝祭管弦楽団デビューコンサート(マーラーの復活交響曲)は・・ドイツグラモフォンによってライブ録音されて・・めでたくコマーシャルベースにも乗ったのだ。8月11日から9月中旬までの夏季音楽祭期間中なのだが・・祝祭管弦楽団としての仕事が終ったのかどうか・・9月9日にその核たるマーラー室内管弦楽団が俊英ダニエル・ハーディングに率いられて来日した。
◆ハーディングは生年月日を明らかにしていないのかどうか?・・1975年生まれ?とか書いてある資料があったので・・それを参考にすると・・2003年の来日公演では28歳だったということになる。もちろん・・オーケストラのメンバーも若者ばかりなので・・飛び出す音のエネルギーも相当なものじゃないかと想像していた。古楽器のアンサンブルではないので・・アーノンクールの指揮したヨーロッパ室内管弦楽団のCDとの聴き比べも面白いことになるだろうし・・1999年から2000年にかけて師匠たるアバドさんがベルリン・フィルと録音したベートーヴェンも参考になれば・・とほんの少し(第5番の第1楽章のみ)比較試聴と洒落込んだ。。特に・・アバド&ベルリン・フィルのベートーヴェンは数年ぶりに聴く音源だ。なんとゴールドCDだったのだ。そんなことも忘れていたのだから・・時が経てば音盤に刻まれた音の詳細など・・うる覚えでしかなくなるのも肯ける。そして・・この「うる覚え」ってのが良くないのだ。。これが・・然も有りげな「思い込み」を呼び込んで・・固定観念として定着してしまう。いつの間にか・・先入観だけでものを言ってしまったり・・先入観がネガティブなイメージなら・・聴かずじまいとなって何年もの間埃を被ってしまうことにもなるわけだ。前身のサイトでは・・自作音盤についても・・マスタリングから1〜2年経過した中で・・「うる覚え」の段階へと記憶が低下したにもかかわらず・・思い込みでコメントを書いてしまったことが多々あった。もちろん・・そういった中で書いたということを明記した上でのことだったのだが・・新サイトへの移行準備の中で今書き溜めているレヴューでは・・全ての音源をたとえ一部でもリアルタイムに聴いた上で駄文としているので・・その印象が180度全く変わることも多いのだ。その代表選手がこの音盤だ。ウィーン・フィルでの「マタイ」でも・・バロック奏法を強要?していたらしいが・・余程自信があるのだろう。。この演奏会でも完全なバロック奏法で・・ガーディナーもブリュッヘンも・・そしてノリントンでさえびっくり仰天するような音調でメリハリの効いたベートーヴェンが炸裂する。弦楽器のプルトを刈り込んだアバド&ベルリン・フィルのベートーヴェンが至極中途半端に聴こえてしまうほど・・良きにつけ悪しきにつけ・・徹底的な古楽器の音調を実現しているのだ。対抗配置(コントラバスはステージ下手)の効果も満点で・・ステージ上手に置かれた小ぶり(多分)なティンパニーの硬く締まった打音がテュッティーの頭から抜きん出て・・金管と共に牙を剥くような感じなのだ。しかし・・全ては既に・・先駆者(古楽器のオーケストラ)によって実現された「演奏効果」でもある。。ただ・・それをモダーン楽器のアンサンブルで実現したことは「新しい?」ことなのだろう。。こういった場合には・・何を聴くべきか?・・・そう・・ベートーヴェンを舐めていないか!・・という音楽家としての核心が・・情熱となって燃え上がっているのかどうかにかかっている。ヴィブラートのない音の伸張に研ぎ澄まされた鋭利な切れ味があるのか?・・田園交響曲での田舎に着いた時の喜びと目に入った情景が最後に本物の感謝となって気持ちが爆発するか?・・余りにも有名な2曲の対の交響曲を・・合奏できる悦びの中でそのスリルだけを味わってはいないか?・・などなど嫌味なフィルターもかけてもみたが・・このバロック奏法からくる独特のメリハリ感がそのままあり余る若きエネルギーの爆裂といったイメージにも重なって・・最後まで「聴かされてしまった!」という・・誠に情けない結果に終ってしまった。^^; それにしても・・アーノンクールやアバドに優る演奏効果があったことには驚いた。特にアバドとベルリン・フィルのサウンドなど・・スカスカと思い込んでいたのが結構な厚みがあって・・そんなことならいっそうのこと・・フル編成で演奏しても良かったんじゃないかとさえ思ったほどだった。せっかくのベルリン・フィルなのだから・・・。 |
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| Disc
No. 240 |
Title
No. CDR-YSHD-156A/B-00 |
| Disc
No. 241 |
NDR
Sinfonieorchester Hamburg - Günter Want |
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北ドイツ放送交響楽団
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CDR-YSHD-156A/B-00
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ギュンター・ヴァント
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1997.01.31
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ハンブルク・ムジークハレ
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シューベルト
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FM/VHS
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交響曲第7番「未完成」
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1997.10.05
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交響曲第8番「ザ・グレート」
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29'32|54'54
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★★★★☆ |
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| 北ドイツ放送交響楽団(NDR ハンブルグ) シューベルト生誕200年記念特別演奏会 ギュンター・ヴァント指揮 |
◆ヴァントさんの最後の来日公演の3年余り前に本拠で行われた演奏会のライブ録音だ。それでもヴァントさんは85歳というご高齢だったが・・同じオーケストラを振っての「未完成交響曲」が3年間というインターヴァルを開けて2種類聴けることになった。1995年3月28/29日のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会に同じプログラムで出演しているが・・RCAによってライブ録音(もちろん2日間の編集合成ライブだが・・)された「場」の雰囲気よりは・・こちらの方が温かい。場の雰囲気とは・・オーケストラの音調や響きの加減のことでもあるので・・当然のことかもしれない。ヴァントさんは・・最晩年になってベルリン・フィルへの出演が増えたようだが・・ブルックナーの交響曲を何曲かライブ録音するようになって初めて・・朝比奈先生のブルックナーともなんやかんやと比較されるようになったみたいだ。朝比奈先生もワールドレヴェルでは至極マイナーな存在だったが・・ヴァントさんもレコードの録音はそこそこあったものの・・オーケストラのネームヴァリューの無さと共に・・今一つ決定打も無く・・知る人ぞ知る?非常に地味な存在に甘んじていたのかもしれない。そんな中で・・1995年のベルリンでのシューベルトは・・80歳を超えた好々爺のイメージと共に・・一気にベームの次元へと昇華させたのだから・・ベルリン・フィルというオーケストラのネームバリューはもの凄いものがあったのだ。この演奏会は・・シューベルト生誕200年という記念の年に本拠ハンブルグで行われたものだが・・「ザ・グレート」では・・かつて名盤として君臨したフルトヴェングラーやベームの指揮したベルリン・フィルの録音に優るとも劣らない深い味わいがあった。初めて「ザ・グレート」のLPを手にしたのがフルトヴェングラーのドイツグラモフォンへのセッション録音盤だったせいか・・60年代後半に録音されたカラヤン盤でのテンポ感は許しがたいものがあった。「未完成交響曲」ではこれが逆転して・・余りにも音の悪いウィーン・フィルを指揮したフルトヴェングラーのLP(運命とのカップリング)からカラヤン&ベルリン・フィルの本物のステレオLPへと進んだ時には・・初めて静寂の中に「未完成交響曲」の内へと向かう軟らく甘美な情感が理解できたような気になっていた。しかしながら・・こと「未完成」だけは・・どんな演奏を聴いてもほとんど変化のないモノクロームの世界に閉じこもってしまったような感覚で・・特別に決定盤などを探求することもなく疎遠になっていた。つまりは・・「未完成交響曲」を目的に音盤を購入することなどは全く無く・・全てはお目当ての楽曲にオマケとしてカップリングされていたものが・・いつの間にか結構な種類溜まってしまったということになる。
◆そんなわけで・・「未完成交響曲」は大の苦手な曲でもあるのだ。未だに決定盤としての「基準?」を設けることができないでいる唯一の有名楽曲となって・・これを聴くたびにスコーーンと抜けない気持ちの中途半端さを嘆くことになる。。虫歯になりそうな超絶的な甘さに耐えられないというのが本音なのだが・・トロンボーンの音の出方とティンパニーのバランスによっては・・一瞬なりとも甘さのストレスから解放されるような気にもなったりして・・ほんの少しの期待感を持ったりもする。万一・・両者共に奥に引っ込んだようなサウンドで聴かされると・・途端に気持ちが滅入ってしまうのだから困ったものだ。いつの日か・・この曲の未だ気が付かない核心を抉った演奏(録音)が出現することを祈りつつ・・ヴァントさんの文句の付けようがないほどの美演を「前座」として聴き流してしまった自分自身を情けなく思っている。。しかし!・・後半の「ザ・グレート」には惹かれるものが多々あった。楽曲自体の魅力やヴァントさんのゆったりとしたテンポ感は言うに及ばず・・そのこだわりをもったフレージングが素晴らしかったのだ。安定感抜群のホルンで始まる穏やかな序奏から・・既に名演奏の予感が漂ってわくわくの気持ちが湧き上ってくるのだが・・提示部へと入っても決して先を急ぐ素振がないのもいい。。ここのテンポを知ると全体が見えてくると言ってもいいほど重要な箇所なのだ。第1楽章では序奏から提示部への流れと共に・・どういう訳か一気に興味がコーダへと飛ぶ。インテンポでさり気なく流してしまう(意外にもこんなのが多い)か・・大見得を切ってエモーションを溜め込むか・・という最大の聴き所があるのだ。ヴァントさんはここで・・本当に理想的?な大見得を切ってくれた。理想的というのは・・フルトヴェングラーのような・・という意を込めているのだが・・逆に言えばカラヤンみたいに淡白な終わり方をしてほしくない・・との願望もある。これがなければ「ザ・グレート」はここで終ってしまうことになる。。さらに・・第2楽章のテンポの絶妙なゆったり感など・・もはや・・フルトヴェングラーのステレオ録音だ。トロンボーンとティンパニーはサウンドの中に確実な存在感があって・・それでいて決して喧しくない。リピートをしない第3楽章もいい。54分に達する全曲の中の10分という長さは・・フィナーレの12分ともバランスがとれて・・リピートを聴くことのじれったさから解放される。酷い演奏になると・・第3楽章が全楽章中最も長い楽章となる場合もある。シューマンが言ったとか?の「天国的な長さ」という意味は・・スコア通りに演奏した時の第3楽章スケルツォのことだったんじゃないかと思うほどだ。リピートを実行するかしないかの僅か「5分間」の差が・・こんなにも曲全体の印象に影響を与えるということは・・ひょっとしたら・・庶民としての感性の・・「最高級」の中に過ごす時間の・・許容限界の表れなのかもしれない。見栄を張って泊まる超高級ホテルのスウィートルームでは・・肩は凝っても・・絶対に寛げないのと同じように・・・。^^; |
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| Disc
No. 242 |
Title
No. CDR-YSHD-157A/B-00 |
| Disc
No. 243 |
London
Symphony Orchestra - Japan Tour 2004 - Sir
Colin Davis |
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ロンドン交響楽団
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CDR-YSHD-157A/B-00
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サー・コリン・デイヴィス
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2004.03.09
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庄司紗矢香 (Vn)
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京都コンサートホール
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FM/VHS
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シベリウス:交響詩「大洋の女神」
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2004.07.09
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シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
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47'13|47'55
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ストラヴィンスキー:「火の鳥」全曲 |
★★★★☆ OIDT |
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| ロンドン交響楽団 京都公演2004 庄司紗矢香(ヴァイオリン) サー・コリン・デイヴィス指揮 |
◆創立100周年を迎えたロンドン交響楽団の・・京都での公演がオンエアされた。この演奏会では使われていないが・・ここのパイプオルガンはなかなか変わった設計がなされている。先ずは・・平安建都1200年記念として建設されたということから・・古都のイメージを醸し出す「竹」をパイプに使ったストップを持つこと。これ即ち・・和楽器の尺八や篠笛の音色を表現できる。送風装置が2種類あって・・一定圧の空気を送る通常の装置と共に・・複数のふいごから交互に空気を送って呼吸をしているような音の脈動を得られるものとが切り替え可能だそうだ。さらに・・ステージ奥のセンターから右よりにオフセットされて・・しかも前面に並ぶパイプの奥にある何千本ものパイプを収納した部分も含めて・・オルガン全体をホールの中に据えたレイアウトとなって・・3次元でのオルガンの威容が眼前に飛び込んでくるようになっている。手鍵盤に相当するパイプがステージ奥中央に位置し・・ペダル鍵盤に相当するパイプは右端へまとめられているということらしいのだが・・個人的な嗜好から言えば・・パイプの幾何学模様はステージ奥センターに左右対称で配置した方が・・完璧なシューボックススタイルのホールには必要不可欠なデザインじゃないかとも思うのだ。。オルガン単独の演奏会へ出かけたことがあるが・・客席センターで聴いたときに・・なんとなく響きが片寄って聴こえる瞬間があったことを覚えている。何よりも・・視覚的に落ち着かないのが最もダメなところだ。クルマのデザインもそうなのだが・・99%素晴らしいものがあったとしても・・1%の常道を逸したこだわりのデザインが全体の印象を大きく減じることがある。。一本のライン・・パーツ1個の取り付け位置・・などニンゲンのバランス感覚を超えたところで斬新さを謳い文句として世に問うても・・そんなものはあっという間に陳腐化するのだ。人間工学を分かっていないデザイナーが・・建築の世界にも増えつつあることは嘆かわしい限りだ。ニンゲン自体は・・51%の長所と49%の欠点で成り立っている(これが逆転すると不幸のどん底で暮らすことになる)わけなので・・そんなニンゲンサマが・・ご自身利用するものへの評価というものは・・棚上げ音頭を歌いながらの我儘勝手なものなのだ。
◆世界中のコンクールで・・毎年のように天才が出現しているわけだが・・紗矢香ちゃんもまた1999年10月のパガニーニコンクールで優勝してしまった!というとんでもない実力の持ち主だ。当時まだ高校生(16歳)だったという。。一流ソリストとなるにはチト無理かもしれないものの・・将来楽器の奏者として生計が立てられるようにとの思いで幼いことから厳しい練習をして・・とにかく音楽大学へ入るために必死の勉強を余儀なくされるフツウの高校生の立場では・・とりあえず譜面を完璧に音にすることだけが目的みたいなものだ。ここのパッセージ・・難しいんだぁ・・全然指がまわらないよぉ!・・今度の試験どうしよう
^^; ・・・みたいなレヴェルで事が運んでいるんじゃないかと思ったりするのだが・・天才は弾けて当たり前の世界を飛び越えて・・そのパッセージに絡む「色」の表現に悩んだりする。。大人になって(といってもケルン国立音楽大学の現役女子大生!)・・シベリウスを十八番とする指揮者と楽団に同行した紗矢香ちゃんが・・どんな「色」でシベリウスを奏でるのか・・楽しみ尽きない演奏会となった。冒頭で演奏された交響詩「大洋の女神」は「波の娘」とも呼ばれるが・・ギリシャ神話の海神「オケアノス」と表記した方が誤解が無くていいかもしれない。シベリウス独特のウネリの音形がそのまま「波」を表す。結構地味な曲想で・・第4交響曲を思わせるフレーズを垣間見たりしながら・・最後に向かって滔々と盛り上がっていくのだが・・そこに達するまでにはそこそこ集中力も要るようだ。続くヴァイオリン協奏曲は・・本当に素晴らしい演奏だった。京都コンサートホールは・・見かけとは違ってホールトーンは結構スリムなのだが・・これが功を奏したのかどうか・・突き刺さるような鋭いヴァイオリンの響きは・・シベリウスの国の極寒の空気そのものだ。第2楽章では一転して・・暖炉端でロマンティックな大人の夢を語るような・・ほんの少ししわがれ声なんぞを出してみたり・・若さに似合わないような味わい深い音色でホッと一息つかせた後・・フィナーレでは吹雪に対抗して迸る情熱の全てを塊にしてぶつけた。これを支えるオーケストラも・・独奏ヴァイオリンに被さる如くの熱演となって・・厳寒の国のニンゲンだけが作ることの出来る「極光浪曼?」という名のアロマの香りを炙り立てたのだ。実際のコンサートホールで聴くヴァイオリン協奏曲は・・席の位置によってオーケストラとのバランスが目まぐるしく変わってしまう。。席によっては・・オーケストラの全合奏の最中にヴァイオリニストが結構な強奏で弓を上下させていても・・目で見ていなければ音として「想像」できないようなパターンが多々ある。大ホールで聴く「アランフェス協奏曲」のギターなんかは・・オーケストラの弦楽編成を極端に刈り込んだとしても・・PAがほしくなるほどの音量でしかないのだ。録音の世界では・・そのバランスが如何様にも設定できるわけで・・だからこそ・・紗矢香ちゃんの発した音が大きかったのか・・或いは足りなかったのか・・などのことへの言及などできるわけがないのだ。しかし・・ホールで聴いた場合にも・・座席の位置との絡みによって決められたバランスの中で聴くしかないということになるのだから・・マイクで拾った放送音源もまんざら悪くは無いということになる。NHKのマイクが捉えた独奏ヴァイオリンは・・ほんの少しオン気味だったが・・そのお陰で第2楽章の絶妙な渋みのある音調が活きることになった。ブラヴォー!紗矢香ちゃん!! |
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| Disc
No. 244 |
Title
Nos. CDR-YSHD-158/159-00 |
| Disc
No. 245 |
Japan
Philharmonic Orchestra - Takahiro Sonoda - Hidemaro
Konoe |
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日本フィルハーモニー交響楽団
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CDR-YSHD-158/159-00
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近衛秀麿
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1969.09.30|1970.04.27
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園田高弘 (Pf)
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東京文化会館大ホール
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ベートーヴェン
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DVD(OVBC-00013) Sound-Track
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ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
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シベリウス
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40'46|45'55
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交響曲第2番 |
★★★☆☆ OIDT |
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| 日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 園田高弘(ピアノ) 近衛秀麿指揮 |
◆当時フジテレビの専属だった日本フィルだが・・N響か日フィルかと言われるほどのオーケストラだったらしい。時にNHKホールは未だできておらず・・東京文化会館は唯一の音楽の殿堂として・・NHK交響楽団を始め東京の主要オーケストラの定期演奏会や外国のオーケストラの東京公演もほとんど全て此処で行われていたのだ。オペラなどにも使える多目的ホールではあったが・・オーケストラコンサートにアレンジされた時のステージは・・客席と一体感のある反響板や五角形のステージ面の奥に重なる台形面状の山台など・・地方のホールにはない立体的な都会のセンスを醸し出して・・テレビ映りのすこぶるいいステージだった。当時・・NHKシンフォニーホールという名の番組(確か・・総合TVで日曜夜10時から1時間枠だったような?)は欠かさず見ていたような記憶があるが・・確か・・下手の山台に打楽器が・・中央には当たり前だが管楽器が・・そして上手にはコントラバスが2プルトづつ前後2段に分かれて載っていた。。センターの管楽器はともかくとしても・・その他の楽器がステージベタ置きで並ぶ地方のオーケストラのステージに比べて・・視覚的にN響が立派に見え続けた大いなる要因でもあったわけだ。フジテレビのネットワークは地元の民放にもあったのだが・・日本フィルの番組など全く記憶に無いところをみると・・全国配信していなかったのだろう。。日本フィルは・・1972年にフジテレビから解雇されたが・・結果的には・・渡邊暁雄派の楽員で本筋を継承する意味もこめた新生「日本フィル」と・・小澤征爾の下に集まった楽員で構成された「新日本フィル」という2つの団体に分裂することになる。当時には・・まさか小澤さんがウィーンにまで登りつめるなどとは夢にも思わなかったのだが・・現在でも「桂冠名誉指揮者」という称号があって・・シーズンに1回は必ず新日フィルを振りにやって来るのだから・・オーケストラとしてもホクホク?の思いで・・当時のターニングポイントで授かった幸運に感謝しなければならないのかもしれない。なにせ・・普段6〜8千円のS席料金が・・小澤来演ともなれば一気に1万4〜5千円へと跳ね上がるのだから・・単純にニッポンのオーケストラの演奏会などと言えない様相だ。現在(2005年)本家の日本フィルには「炎のコバケン」小林研一郎氏が音楽監督として在任中だが・・紆余曲折の時空を超えて35年前の日本フィルの映像がDVDで蘇ったことは喜ばしい限りのことだった。しかしながら・・このDVDを購入してまで聴きたかったのは・・あの噂に聞いた日本のストコフスキー・・即ち近衛秀麿編曲版?の「シベ2」を聴かねばならぬとの思いからだったのだ。収録の年代は・・奇しくも同じ東京文化会館大ホールで行われたセル指揮クリーブランド管弦楽団の東京公演(1970年5月22日)と僅か一ヶ月しか違いが無く・・その公演のNHKによるライブ録音盤(ソニークラシカルより正規盤としてリリースされた)を先に入手していた印象から・・日本フィルのフジテレビによる1970年4月27日のステレオライブ録音には大いに期待のできる音源のハズだった。DVDのサウンドがあの江崎さんのレーベル「EXTON」でマスタリングされたということも・・NHKのライブ録音以上の鮮烈なサウンドが蘇るのではないか・・とのワクワクの期待感につながった。
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-159-00
/DVD |
SONY/NHK SRCR-2539/40
/CD |
Private CD-R(板起し) /LP (OS-2398-Y) |
| Japan Phil./Konoe
1970.04.27 Live |
Cleveland./Szell
1970.05.22 Tokyo Live |
London Phil./Pritchard
P:1970.10 |
◆上のスペアナは・・全てシベリウスの交響曲第2番フィナーレコーダ(約5分間)のピークレヴェルホールド画面だ。バスドラムもシンバルも楽器編成にはない「シベ2」としては特に50Hz以下の低域はほとんど関係の無い領域だ。従ってエネルギーの載る最低域は・・コントラバスの60Hz前後からとなる。高域端は・・シンバルが無くても・・金管の炸裂で・・フラットにまでは及ばないものの・・10KHz前後の倍音域までは十分エネルギーが載るハズだ。今回初めてスペアナに出してみて・・やはり聴感上の印象が物理的なデータに一致する部分多く・・しかしながら・・ここまで完璧な録音を当時既に行っていたNHKの凄さは・・スペアナを見て初めて知った事実でもある。。俗に「板起し」と言われるアナログLPからのデジタル音盤化だが・・レーベル(英国PYE)の消滅で未だにCD化となっていないプリッチャード指揮ロンドン・フィルハーモニックのLPを・・テクニクス(SL1200MK4)のターンテーブルで回して・・オーディオテクニカのカートリッジ(ATN150MLX)で拾った音を・・ラックスマン(L-570)のフォノイコライザー(MM)で整音して・・HDD付きCDレコーダー(YAMAHA
CDR-HD1000)の24ビットADCを経由してHDDに納めたものを編集処理をしてCD-Rに書き込んだものだ。LPジャケットには録音データが書いていないが・・1970年10月発売の記載があったので・・近衛&日本フィルやセル&クリーブランドのライブ録音と時期的には同じ頃の録音と思われる。ただし・・これはレコード会社が行ったセッション録音だ。LPのスクラッチノイズ(プチッ・・とかパチッ・・とかの)によるスペアナへの影響は高域(スペアナ上では右端から12本分)で現れるが・・そのピークレヴェルはスペアナに現れる下から3〜4個分のセグメント(1個が3dB)に達するものの・・全ては楽音エネルギーの中に含みこまれて・・画面上には全く影響が無かった。当時世界一の合奏精度を誇っていたクリーブランド管弦楽団の・・60Hzから立ち上がった唸るようなコントラバスの胴鳴りに支えられた見事なオーケストラサウンドにはただただ感服するばかりだ。近衛版の「シベ2」は・・トランペットを5本・・ホルンを6本に増強して・・最後のコーダではロンドン・フィル盤と同じくティンパニーの改変打音が聴ける。ただ・・クリーブランドと同じ数のコントラバスが全くマイクに乗っていないのだ。低音の支えの無いオーケストラというのは・・情けない限りにアップライトな響きと化してしまうのだ。これは・・相応な低音感を得ようと・・その音域のエネルギーを基準として再生ヴォリュームを上げてしまうことによって・・相対的に高域の出力が過多となって・・ヴァイオリンや金管が喧しく感じるようになるのだ。5本のトランペットの猛烈な強奏が高域端を盛り上げたようだが・・楽曲全体にわたるアップライトな感じは低域エネルギーの絶対量の不足からのもので・・金管の増強による影響ではない。ロンドン・フィルハーモニックのLP盤も・・コントラバスのエネルギーが全くマイクに乗らなかった。しかし・・基音の高域端(3〜4KHz)に強調がないので・・日本フィルよりも自然なオーケストラトーンとして聴こえる。日本フィルの音源は・・元々テレビのスピーカ(それも白黒時代の音など二の次とした・・)でなんとなく「自然に?」聴こえるようなバランスだ。これくらいのアップライトな音源でなければ・・テレビのスピーカーからはモコモコの音しか出てこない時代だったのだ。そして・・DVDといえども・・現在でも・・フツウのテレビに接続して観ている家庭がまだまだ多いのだ。オーディオ経由で聴くサウンドトラックの音質は・・繰り返して聴こうとするだけの意欲を持つには全く至らなかった。。「古い音源だから・・」という理由は・・NHKの音源がある限り屁理屈となる。 |
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| Disc
No. 246 |
Title
No. CDR-YSHD-160-00 |
| Berliner
Philharmoniker - Herbert von Karajan |
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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-160-00
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ヘルベルト・フォン・カラヤン
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1977.12.31
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フィルハーモニー、ベルリン
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ベートーヴェン
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DVD(UCBG-3013) Sound Track
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交響曲第9番「合唱付」
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65'52
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★★★★☆ OIDT |
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ジルヴェスターコンサート1977 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 |
| 共演: アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ) アグネス・バルツァ(アルト) ルネ・コロ(テノール)
ホセ・ヴァン・ダム(バス・バリトン) ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団(コーラスマスター:ヴァルター・ハーゲン=グロル) |
◆日本の大晦日から正月元旦への流れは・・総選挙の投票率さえ及ばない大晦日のお化け番組にほとんどの国民が釘付けとなって・・今年こそ紅だとか・・いや白に決まりだ!・・などと集計ボールの勘定を固唾を呑んで見守り・・蛍の光を聴きながらあっという間に過ぎ去った1年間を偲んで・・あと15分すると夢と希望に満ち溢れた新年がやって来ることに期待を膨らませ・・行く年来る年の除夜の鐘を聞きながら初詣に出かける仕度を始めることになる。深夜なのに妙に頭が冴え渡って・・大群衆に揉まれて帰宅した後も興奮で寝付かれずに・・元旦に目を覚ましたら夕方だったということも珍しくはなかった。。東と西を寝ぼけ眼で間違えて・・初日の出に間に合ったか!・・と沈む夕陽に手を合わせたこともあったりした。。今から思えば・・アホやん!。・・いや・・当時の年末年始は・・一応?真面目に一年間溜まりに溜まった煩悩の整理をシッカリとしてたのだから・・やっぱりアホだった。。そんなこんなの中・・当時の西ベルリンでは・・年末年始にはカラヤンとベルリン・フィルがシッカリと仕事をしてたのだ。現在のようなジルヴェスターコンサートとして定着したのは1981年以降のことなのだが・・それ以前には1月1日まで連続した日程で・・まるで定期演奏会のように公演がもたれていたのだ。現在のフィルハーモニーホールが落成した1963年以降のデータを調べてみると・・1966年に初めて大晦日と翌年元旦の二日間連続でのコンサートが行われている。要するに・・ジルベスターコンサートとニューイヤーコンサートとなって・・ウィーンでの同様のコンサートに対抗するかのようでもある。因みに曲目は・・モーツァルト:ディヴェルティメント第17番|シュトラウス:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲|皇帝円舞曲|アンネンポルカ|常動曲|うわごと(Jos.)|喜歌劇「こうもり」序曲・・だった。1967年(大晦日)/68年(元旦)にはベートーヴェンの「第九」・・・1968/69年にはモーツァルト:ピアノ協奏曲第21番(エッシェンバッハ)とブルックナー:第7交響曲・・・1969/70年にはペンデレツキ:デ・ナトゥーラ・ソノリス|ベートーヴェン:大フーガ|シュトラウス:「ツァラトゥストラ」・・・1970/71年には再びベートーヴェンの「第九」・・・1971/72年にはロッシーニ・ビゼー・シベリウス・プッチーニ・マスネ・マスカーニ・グノー・スッペ・Jos.シュトラウスといった小品名曲集・・・1972/73年にはなんと!ブルックナー:第5交響曲・・・1973/74年には年末年始でベートーヴェン・ツィクルス(29日:4&7番|30日:1&3番|31日:2&8番とレオノーレV|1日:9番|2日:6&5番)・・・数年間のブランクの後・・1976/77年には30日から3日連続日替わりプログラム(30日:モーツァルトの39番とシュトラウス「ドン・キホーテ」|31日:モーツァルトの41番とシュトラウス「英雄の生涯」|1日:モーツァルトの40番とシュトラウス「ドン・ファン」&「ティルオイレンシュピーゲル」)・・・そしてDVDになった「第九」が演奏された1977/78年には29日から(29日:マーラーの第6交響曲|31日:ベートーヴェン「第九」|1日:マーラーの第5交響曲)・・・1978/79年には30日から3日連続小品名曲集が復活して(30&31日:ヴェルディ・ビゼー・リスト・ベルリオーズ・マスカーニ・スッペ|1日:ロッシーニ・ビゼー・リスト・シャブリエ・プッチーニ・マスカーニ・グノー・スッペ)・・・1979/80年にはやはり30日から3日連続で(30&31日:ベートーヴェンのトリプルコンツェルト&シューマンの第4交響曲|1日:Joh.&Jos.シュトラウスコンサート)・・・1980/81年には(30&31日:シュトラウスの「4つの最後の歌」と「ドン・キホーテ」|1日:ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番とチャイコフスキーの「悲愴」)・・・といった具合に日本人の感覚すれば・・とても年末年始のプログラムとは思えないような楽曲まで並んで・・気楽に?気重に?厳粛に?・・その年によってコロコロと気持ちを変えなければいけないような感じでもある。これが・・1981年からは・・年末(30&31日)2日間だけのコンサートとなって・・・前年に続いてブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番&シュトラウスの「アルプス交響曲」・・・1982年の年末にはシュトラウスの「4つの最後の歌」とまたもや「アルプス交響曲」・・・1983年の年末にはシューベルトの「未完成交響曲」と小品名曲集(ロッシーニ・スメタナ・シベリウス・Joh.&Jos.シュトラウス)・・・1984年の年末にはバッハのヴァイオリン協奏曲第2番と「マニフィカト」・・・1985年の年末には小品名曲集(「魔弾の射手・道化師・マノンレスコー・ハンガリー狂詩曲第5番・天体の音楽・ボレロ)・・・1986/87年の年末年始は念願のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートへ出演・・・1987年の年末にはワーグナープログラム(「タンホイザー」序曲・ジークフリート牧歌・「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死)・・・そして・・生涯最後の年末となった1988年にはプロコフィエフの古典交響曲とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(キーシン)・・・といったプログラムの流れだった。晩年の余りにも短すぎるプログラムには・・ベルリンの聴衆からクレームもついたと聞き及んでいるが・・しかしながら・・日本では逆立ちしても真似のできないことをやっていたことになる。そして・・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の年末の「第九」は・・このDVDでの演奏が最後となった。それにしても・・元旦早々から・・ブルックナーの5番やチャイコフスキーの6番など・・とっても聴けまへーーん!!。。・・が、・・当時のカラヤンなら・・観てるだけでもえかったかも!? )*_*(/~
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-160-00
/DVD |
CD (DG 415 832-2) |
CD (DG/NHK UCCG-9396) Digital |
| 1977.12.31 Live
at Philharmonie |
1976.12.06|1977.01.28
Philharmonie |
1979.10.21 Live
at Tokyo Fumonkan |
◆上のスペアナは・・カラヤン&ベルリン・フィルの3種類の音盤を比較したもので・・上段は第1楽章の白眉300小節目から約30小節続くティンパニーの壮絶な叩き込みの部分・・下段は第4楽章で最後のソリスト4重唱が終ってからのコーダ(約1分半)をピークホールドしたものだ。上段第1楽章の楽器編成は通常の2管編成(ホルンのみ4本)だが・・下段第4楽章コーダには・・ピッコロ・コントラファゴット・3本のトロンボーン・トライアングル・シンバル・バスドラム・・そして混声合唱が加わる。音調の特徴は・・柱の飛び出たところに表れて・・特に・・ティンパニーの打音がテュッティーがら抜きん出て炸裂しているのかどうかが一目瞭然だ。1979年の東京ライブでは混声合唱の勢いも端的に表れて・・バスドラムの猛烈な効果と共に・・生演奏さながらのバランスで迫ってくる。ベルリン・フィルとの2度目の全集録音となった76/77年のものは・・バスドラムがマイクに乗らなかったのが惜しまれるものの・・ティンパニーの狂ったような叩き込みを伴って金管とシンバルが高域端まで伸びた倍音エネルギーと共に爆裂する様は極めて爽快でもある。肝心のDVDのサウンドトラックは・・映像ありきの収録だったようだ。第1楽章での2人の奏者によるティンパニーの怒濤の響きはダントツ抜きん出てリスナーを圧倒するが・・さすがにフィナーレともなると破綻なく綺麗にまとまってしまったようだ。スペアナで見る限りは金管もシンバルもマイクに乗らなかった様子だが・・しかし・・なぜか・・聴感上ではこれが一番自然なのだ。映像に付いた音声には・・大なり小なり何らかの「強調」があるものだが・・ユニテルの録音スタッフは・・正にFMライブ中継の如くのワンポイント音調で録ったようだ。だから・・相応な音量で再生しても・・嫌味な音が全く耳に絡まない。それどころか・・相応な音量までヴォリュームを上げるに従って・・リアル感がグングン増して・・実際にフィルハーモニーの座席に座っているような気分にもなるほどだ。セッション録音との音調の差(特に高域端)は・・DVDライブ音源に比べて確かに鮮烈な響きを持ってはいるものの・・DVD音源を6dBほどセッション録音盤よりもヴォリュームアップすることによって・・ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団とウィーン楽友協会合唱団との力量の差が浮かび上がることになる。もっとも・・セッション録音盤では・・合唱だけはウィーン楽友協会大ホールでの別録合成録音らしいので・・合唱の真迫力はオーケストラと共には無いことになる。やはり・・嘘のないライブの凄みはサウンドにはっきりと表れていたということだ。なお・・後年に再制作した「第九」の映像作品(テレモンディアル/ソニー)は・・同時期にドイツグラモフォンでもデジタル再録音盤としてリリースされているが・・この映像だけはいただけなかった。LD(レーザーディスク)時代に全集で購入したものの・・アップばかりでステージやオーケストラの全景が全く映らず・・金魚がパクパクする如くのソリストの大写しには気持ちが悪くなってしまった。「策士・・策に溺れる」とはかくの如し!・・77年の本物のライブ映像を一旦見てしまったら・・作り物のセッション映像などアホらしくて見ちゃいられない。。音盤でも・・マヌケなエンジニアが編集すれば・・たちどころに「流れの嘘」がバレテしまうのだが・・映像ではモロに「嘘」が見えてしまうのだ。映像で音楽が理解できるように・・との然も有りげなポリシーだったらしいが・・テープの音に合わせて「演技」してる奏者なんかを見せたら・・理解する前に笑っちゃうかもしれない。そんな映像など後世に残さない方がいい。。カラヤン先生の名誉のために・・ |
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| Disc
No. 247 |
Title
No. CDR-YSHD-161A/B-00 |
| Disc
No. 248 |
Wiener
Philharmoniker - Neujahrskonzert 1987 - Herbert
von Karajan |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-161A/B-00
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ヘルベルト・フォン・カラヤン
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1987.01.01
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キャスリーン・バトル (ソプラノ)
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ウィーン楽友協会大ホール
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:
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DVD(SIBC-30) Sound-Track
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ニューイヤーコンサート 1987
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:
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第1部|第2部
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33'09|63'39
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: |
★★★★★ |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤーコンサート1987 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 |
| 曲目: 第1部 ⇒ Joh.シュトラウス:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲|Jos.シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」|Joh.シュトラウス:アンネン・ポルカ|Jos.シュトラウス:ワルツ「うわごと」|第2部
⇒ Joh.シュトラウス:喜歌劇「こうもり」序曲|Joh.シュトラウス(父):アンネン・ポルカ|Joh.シュトラウス:ポルカ「観光列車」|Jos.&Joh.シュトラウス:ピチカート・ポルカ|Joh.シュトラウス:皇帝円舞曲|常動曲|ポルカ「雷鳴と電光」|ワルツ「春の声」(キャスリーン・バトル)|Jos.シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」|Joh.シュトラウス:ワルツ「美しく青きドナウ」Joh.シュトラウス(父):ラデツキー行進曲 |
◆衛星放送が受信できるテレビを導入したのが1990年のことだった。。それまでは・・ニューイヤーコンサートは第2部から始まる音の悪いNHKの教育テレビで暇つぶしにチラリと見る程度だったのだ。第1部から始まるFM放送は・・アナウンサーのナレーションが喧しくて・・相応な音量で聴いていても1曲ごとにヴォリュームのアップダウンを余儀なくされて・・聴くこと自体面倒になっていた。エアチェックなどは論外で・・とにかくドップリとその雰囲気に浸ることのできない悔しさはオーバーフローしかけたストレスにも似て・・反作用としてニューイヤーコンサートへの興味のベクトルを強制的に他のアイテム?に向けさせてもいた。。そんなこんなの中・・1987年のニューイヤーにカラヤンが登場すると知ったときには・・BS付テレビとハイファイステレオビデオデッキの購入を真剣に考えたりもしたものだった。カタログにある値段の合計金額が月給の何か月分にも相当する数字であることを確認すると・・安月給の身の上で購入できるようなシロモノではないことが直に判ったのだ。今の世の中で・・おもちゃのように安くなったハイファイビデオや当時の憧れだった29インチ級大型テレビの値崩れなど・・あの時の苦労は一体何だったのか!・・と苦笑いしたりもする。。FM放送から教育テレビへのリレーで・・リアルタイムにシッカリと見聴きしたカラヤンのニューイヤーは・・妖精キャスリーン・バトルの擽られるように甘いハイトーンや・・十八番(おはこ)の皇帝円舞曲で最高潮に達して・・初めてまともに見たニューイヤーとして気持ちの中に刻み込まれたのだ。そうなると・・当然にして・・ライブ録音盤の登場を首を長くして待つことになるわけだが・・DGからリリースされたCDを手にして愕然となったことを覚えている。なんと!・・「皇帝円舞曲」(その他数曲も)が収録されていなかったのだ。LPの時代から・・色々と音盤を買い込んできたのだが・・これほどがっかりしたCDはかつて無かった。。後に全曲丸ごと収録されたLD(レーザーディスク)がリリースされたのだから・・カラヤンのアプルーヴァルが無かったわけじゃないハズだ。1枚のCDにまとめるために止む無くカットしたのなら・・後年に完全収録の2枚組CDを出せばいいのだが・・未だにそのままだ。DVD(映像)がソニーだから・・皇帝円舞曲収録の権利はDGには無かったということなのだろうか?・・・1991年以降に完全な形でニューイヤーを聴けるようになったことで・・1987年のカラヤンも・・ありのままの演奏の流れにドップリと浸りたいとの思いが高まっていた。
◆DVDのサウンドトラックのいいところは・・演奏の流れには手を加えていないということだ。曲間の拍手が「ありのまま」なのは・・ライブ録音の「命」でもある。レコード会社は・・この肝心な部分を曲間インターヴァル均一化?の方向で編集するわけだから・・一曲毎に同じようなフェイドアウトでつながっていくことになる。場の雰囲気の脈動感みたいなもの(これが臨場感なのだ)が殺がれて・・単純に楽曲アルバムの様相を呈することにもなるのだ。ところが・・DVDはCDプレイヤーでは再生できない。1台の決められたDVDプレイヤーの音調でしか音を聴くことができないのだ。複数台あるCDプレイヤーでは・・プレイヤー固有の音調の他に・・デジタルケーブルの違いによる音調変化もあって・・万一音源の特性にあばれがあった場合でも・・この特性の変化を利用して僅かながらでも修正することができる。DVDを・・当時できなかったBS放送でのエアチェック音源(もともとORFの映像なのだ)として考えるならば・・購入音源としてCD-R化しても差し支えないことになるわけだ。そんなわけで・・ニューイヤーコンサート1987が完全収録ヴァージョンの音盤として・・ピュアオーディオの世界で蘇ることになったのだ。DVDの2種類の音声(リニアPCM2chとドルビーデジタル5.0chサラウンド)は・・それぞれ全く異なる音調と音場感を持ち・・当然にしてリニアPCM音声を使うべきなのだろうが・・これがまたワンワン響き過ぎて正に夢見心地なのだが・・オーケストラの核心的迫力を見失うような感じもして・・NHKの生中継の音声に似たドルビーデジタルサラウンドの2chミックスダウン音声からマスタリングを行った。ゴールデンザールのリアルな残響感は削がれるが・・DSP6chで創生残響を付加した場合には・・メインスピーカ2chから出るオーケストラの鮮烈かつ明瞭なサウンドはそのままで・・前後4chのエフェクトスピーカーでホールトーンをどんなようにも可変できるので・・音源音声の選択は成功したことになる。カラヤン先生は16型(コントラバス8)の大型編成でニューイヤーに臨んだ。通常のニューイヤーコンサートよりも一回り(1プルト)大きな弦楽編成だ。カラヤン先生の要求だったのかもしれないが・・ウィーン・フィルも「世紀のイヴェント」に満身の協力体制をとっていたということになる。ソプラノの音域は大いに苦手だったが・・この年妖精キャスリーンによって見事開眼させられた。^^ |
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| Disc
No. 249 |
Title
No. CDR-YSHD-162A/B-00 |
| Disc
No. 250 |
Wiener
Philharmoniker - Mstislav Rostropovich |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-162A/B-00
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ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ
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2001.05.28
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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チャイコフスキー
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FM/VHS
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交響曲第5番
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2002.01.02
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ショスタコーヴィッチ
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49'57|59'44
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交響曲第10番 |
★★★★★ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ指揮 |
◆1980年代の前半に米国ワシントンのナショナル交響楽団の音楽監督として数点の録音をドイツグラモフォン社に行ったが・・ショスタコーヴィッチの第5交響曲の名演奏名録音に・・当時まともな録音が無かった「ムラヴィンスキーのコーダ」の代替?盤として・・痺れきっていたことがある。1979年のニューヨーク・フィルハーモニックの東京公演(バーンスタイン指揮)で演奏された同曲をCBSソニーがライブ録音をしたのだが・・アメリカンな楽天主義の見本のような怪速?テンポで突入するフィナーレには面食らってしまっていた。「証言」がどうだとかは全く知らない時に・・ただただリスナーの感性として受け入れ難い猛烈なスピードだったのだ。80年代前半といえば・・ロストロポーヴィッチさんが未だ50歳代バリバリの頃だ。ショスタコーヴィッチは1975年に没していたので・・バーンスタインvsロストロポーヴィッチでのご意見など伺うすべもなかったのだが・・ここの(コーダ)のテンポについては存命中にハッキリとした意思表示をしてほしかった。。交響曲第10番については・・後段で1992年にベルリン・フィルでショルティが極めつけの名演奏を遺しているので・・カラヤンのライブ録音(1969年ベルリン・フィルのモスクワ公演)と共にスペアナにかけてみるつもりだ。さて・・チャイコフスキーの第5交響曲だが・・ウィーン・フィルは多くの指揮者と名演奏を残している。第2楽章冒頭のホルンは・・主席奏者の力量が試され・・その音色は・・第5交響曲全体に影響を及ぼすほどの重要な部分だ。万一にでも・・ここでホルンがコケるようなことにでもなれば・・オーケストラ自体のグレードを疑われることにもなりかねない。。ロストロポーヴィッチさんは・・1976年から77年にかけて・・ロンドンで「マンフレッド交響曲」を含む交響曲全集を英国EMIに録音しているが・・1976年10月に録音した第5交響曲では第2楽章に14分半(全曲52分)をかけて纏綿たるテンポで演奏しているのだが・・15年経って74歳になったロストロポーヴィッチさんは・・第2楽章を12分半(全曲49分)で通してしまった。もちろん・・第2楽章の冒頭などは・・時間が止まるかと思うほどのスローテンポなのだが・・加減速の繰り返しが切迫した脈動感を生んで・・全体的には加速した結果のスピード感が優って演奏時間を縮めたようだ。そして・・これこそ・・歳を忘れて燃え上がったロストロポーヴィッチさんのライブ演奏の凄みでもあるのだ。ウィーン・フィルのホルンは・・第2楽章冒頭であわやの大惨事となる寸前で無事に軌道に戻った。あまりのゆったりテンポの序奏で待ちくたびれたのか・・出だしの音の不安定さには一瞬血の気が引くほどだったが・・ここらへんがライブのスリルでもあり・・奏者の「ニンゲン」を感じる部分でもある。ウィンナホルンが扱い難い(吹き難い?)とは聞いているものの・・こういった「スリル満点ながらの完璧な演奏?」を聴かせてくれるのだから・・その腕前大したものだ。。ホルンに絡むオーボエの音色も・・ニヤリとするほどのウィンナトーンだった。
| 25/31.5/40/50/63/80/100/125/160/200/250/315/400/500/630/800/1K/1.25K/1.6K/2K/2.5K/3.15K/4K/5K/6.3K/8K/10K/12.5K/16K/20K
(Hz) |
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| CDR-YSHD-162A-00
(NHK-FM/ORF) |
CD/CMS 5 65709
2 (EMI UK) |
CD/CZS
7 67314 2 (EMI UK) |
| Wiener Philharmoniker/Rostropovich
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London Philharmonic/Rostropovich |
The Philharmonia/Muti |
| 2001.05 Musikverein
Goldensaal |
1976.10 Kingsway Hall
London |
1978.07 Kingsway Hall
London |
◆上のスペアナは・・チャイコフスキーの第5交響曲終楽章コーダの約3分間(エンディングまで)をピークレヴェルホールドしたものだ。トランペットがオーケストラの全合奏に載って高らかに勝利のモチーフを吹き・・最後までメロディーラインを牽引する。ティンパニーの叩き込みと共にトランペットの輝かしくも堂々とした吹奏が無ければ・・第5交響曲は腰砕けに終ることにもなるのだから・・それを支えるオーケストラも満身の炸裂を要求されることになる。。要求されなくとも・・もはやここまで来れば・・勢いだけでもいってしまうのだが・・勢い余ってブレーキをかけない場合もある。しかしながら・・最後にブレーキをかければ・・大見得を切るといったわざとらしさにも通ずる場合もあって・・ライブではともかく・・セッションで録る場合には終わり方をどうするのか大いに悩むのではないか・・といった野暮な心配までしてしまうのだ。ロストロポーヴィッチさんは・・歌舞伎座で演奏しても通用?するほどの大見得を切って終結した。若い指揮者がここまですると・・野暮の骨頂みたいなことになって・・おそらく袋叩きの憂き目に遭うこと必定なのだろうが・・チェリストとしての功績からか年の功なのか・・ロストロポーヴィッチさんだからこそ許されるこだわりの終わり方なのかもしれない。。それにしても・・これ1曲だけでも満腹になってしまうのに・・後半に「タコ10」が控えた休憩タイムでの楽友協会のロビーはどんな様子だったのだろう。。前半での興奮を鎮めるだけの時間があったのだろうか?・・・まぁ・・もっとも・・普段「未完成交響曲」だけでロビーへ放り出されるような演奏会のことをぼやき捲くっている自分にとっては・・ロストロポーヴィッチさんの大サービスにケチをつけることなど恐れ多いことになるわけだ。ORFの収録したウィーン・フィルのサウンドも極めて鮮烈にしてかつ骨太で・・オーケストラの醍醐味を100%堪能できる優れものだ。1976年にロンドンで録音した英国EMIのサウンドは・・サポートマイクによる木管のピックアップが些か目立って・・部分的にミキシングコンソールの存在を強く感じてしまうものの・・しかしながら・・全体的にはすこぶる鮮明で・・コントラバスの演奏ノイズさえリアルな演奏イメージに貢献している。突き出た4本の柱はティンパニーの打ち込みで盛り上がったもので・・やはりサポートマイクのピックアップと思われるものの・・嫌味な感じは全く無い。1978年のムーティさんの録音は・・録音レヴェル(マスタリングの収録レヴェル)が幾分低いので頼りなく見えるのだが・・倍音エネルギーがマイクに乗って・・爽快な音調になっている。コントラバスやティンパニーにも不足感は無く・・ロンドン・フィル盤よりも耳当たりがいいので・・相応な音量で聴いても喧しく感じない。英国EMIは1975年から79年にかけてムーティ&フィルハーモニアでチャイコフスキーの交響曲全集を完成させたが・・1976年から77年にその間に割り込むような形で同じレコード会社がロストロポーヴィッチさんによる同様の全集を一気に完成させてしまった。カラヤンがドイツグラモフォンにチャイコフスキーの交響曲全集(マンフレッドを除く)を録音したのは・・奇しくもムーティと同じ1975年から79年にかけてのことだった。。何れも個性溢れる素晴らしい全集となって・・往年の名録音名演奏に舌鼓?を打っている。^^ |
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| Disc
No. 251 |
Title
No. CDR-YSHD-163A/B-00 |
| Disc
No. 252 |
Wiener
Philharmoniker - Wolfgang Sawallisch |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-163A/B-00
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ウォルフガング・サヴァリッシュ
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2001.01.14
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:
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ウィーン楽友協会大ホール
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プフィッツナー:交響曲ハ長調
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FM/VHS
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シュミット:歌劇「ノートルダム」より
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2001.08.09
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交響的間奏曲
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28'24|59'09
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シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレート」 |
★★★☆☆ OIDT |
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| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 ウォルフガング・ザヴァリッシュ指揮 |
◆喜寿(77歳)をお迎えになったサヴァリッシュさんがウィーン・フィルの定期演奏会に登場した。その昔・・お若い頃に・・NHK交響楽団でコントラバスを10本並べてベートーヴェン・ツィクルスをおやりになったことがあった。まだ東京文化会館で定期演奏会をやってた頃だ。アカデミックなキリリとした容貌の中にも職人気質が漂って・・ゴツイ体格でエネルギッシュな指揮をされる様子など・・N響の番組ではお馴染みの画ともなっていた。当時は・・カラヤンの流麗極まる指揮姿に「ゾッコン」だったせいか・・サヴァリッシュさんの指揮は些か厳しく(ゴツ臭く?)目に映ったことを覚えている。いや・・サヴァリッシュさんのみならず・・全ての指揮者は「見ないほうがいい」とさえ思っていたほどだった。我が身を棚に上げて・・失礼を承知でのたまう?ならば・・シュタインさんはとても地球人には見えなかったのだ。^^;
・・・まぁ・・そんなことはともかくとして・・当時のサヴァリッシュさんの導き出すサウンドはなぜかカチッとした聴き応えがあって・・なにより終止和音に絡むティンパニーのロールが最後に1発パァーンと叩き込まれて終ることが多かった。ロールのままモヤモヤの中に終ってしまうのとは違って・・1曲聴き終わった「重み?」をズシーンと感じるのだ。当時ドレスデン国立管弦楽団と録音されたシューマンの交響曲全集も・・ティンパニーの打音にも相当なこだわりがあったようで・・音盤もサヴァリッシュありきではなく「ティンパニーありき?」で購入したようなものだった。さて・・ウィーン・フィルの定期では・・前半に珍しい作品が演奏された。プフィッツナーという聞きなれない作曲家の作った極めて短い交響曲(単一楽章約18分)だ。代表作として歌劇「パレストリーナ」なる作品があるらしいが・・オペラに疎い身の上では門外漢でもある。。ものの資料によれば・・1869年にモスクワに生まれ・・1949年にザルツブルグに没したとある。晩年は生活に困窮して・・ウィーン・フィルから生活資金の援助を受けていたらしい。。ということは・・ウィーン・フィルとは相当な縁(えにし)を持っていたということだ。多分・・初期の作品なのかもしれないが・・この交響曲なかなか面白い。冒頭ホルン奏される印象的なテーマが最後に再び全合奏で盛り上がってそこからコーダへとなだれ込む。最後はティンパニーの満身のロールに載ってオーケストラの全合奏で締め括るわけなのだが・・サヴァリッシュさんはティンパニーを最後の最後に一打叩き込ませたのだ。続くシュミットの歌劇「ノートルダム」から交響的間奏曲は・・オペラ間奏曲集で演奏されるものよりも随分と長い。長いといっても10分に満たないのだが・・サビの部分(後半)だけではなく・・本来の出だしから始めたようだ。ウィーン・フィルで・・カラヤンのようなオペラ間奏曲集を録音する指揮者はいないものか・・・ほんとうに渇望中なのだ。間奏曲の演奏が終了して・・聴衆に笑いの混じったどよめきが起こった。「もう終わりなの?」と拍手を躊躇ったことからのものかもしれないが・・サヴァリッシュさんとの間で何らかのやり取りがあったようだ。2回の躊躇いの後に盛大な拍手となったのだが・・前半の「2曲目」が僅か10分足らずで終ってしまうことなど・・いくら間奏曲といえども・・当日の聴衆は・・何か「仕掛け」があるに違いない!・・と思ったのかも?しれない。。
◆そして・・後半のシューベルトなのだが・・残念ながらこれは些か問題があった。。生真面目なサヴァリッシュさんだからこその・・全ての反復記号の実行が・・この交響曲の構造的欠陥を浮き彫りにしてしまった可能性があるのだ。楽章が始まる2秒前に入れたトラック番号からCDプレイヤーが読み込んだ各トラックの演奏時間は・・T:16'15 U:15'42 V:14'32 W:13'01 となっているが・・第3楽章が長すぎるのだ。リピート実行で僅か4〜5分の差なのだが・・ここでどういうわけかダレてしまう。。というか・・間延びすると言った方が適切かもしれない。テンポ自体は御歳に似合わず結構速い。だから・・結構推進力があって元気ハツラツ?なシューベルトを聴けることになる。肝心の第1楽章コーダの「溜め」は理想的に行われて文句の付けようも無い。第2楽章のオーボエはウィーンの香りが全く無かった。これには大いに幻滅をした。最近のウィーン・フィルは・・奏者によってオーボエの音色がコロコロ変わるようだ。か細くツーンと張った・・あの音色はいったい何処へいってしまったのだろうのか?・・。音域や音量によって・・ほんの少しだけあの音色が顔を出すところなんぞ・・じれったくて仕方ないのだ。まぁ・・とにかくも・・サヴァリッシュさんがどんな采配をしても・・オーケストラの核たるオーボエがこの有様では・・ウィーン・フィルで「ザ・グレート」を聴く意味さえ無くしてしまう。オルケストル・レヴォルーショネル・エ・ロマンティーク(日本語翻訳をしない方がいい奇妙な名前だが・・)と共にベートーヴェンの交響曲全集を録音して大ヒットを飛ばしたガーディナーさんが・・珍しくもウィーン・フィルを振ってシューベルトの「ザ・グレート」をDGに録音しているが・・時代考証がお得意な研究家にもかからわず・・第3楽章はリピートを控えてスマートにまとめている。こちらの演奏時間は・・T:15'49 U:13'42 V:11'31 W:11'08
となって全曲は52分余りで終了する。ここでのオーボエも100%ウィーンの音色ではないが・・ラットルさんのベートーヴェンのようにバロック奏法を押し付けていないので・・ウィーン・フィル全体がのびのびと演奏している雰囲気が伝わってくる。残念ながら・・第1楽章の結尾「ダダダダダダダーン!」には溜めが無く・・勢いで終ってしまうのだが・・その前でそこそこ溜め捲くった?痕跡を残しているので許せる範囲でもある。指揮者によって・・またリピートの有無によって・・様々に印象の変化する楽曲ではあるのだが・・人の感性も十人十色である以上・・これぞ決定盤!みたいな選択は難しいのかもしれない。自分自身は・・最終的にはフルトヴェングラーの世界に戻ってしまうのだが・・その日の気分によっては例えカラヤンのテンポでも聴けてしまうのだから・・「ザ・グレート」の魅力へのベクトルは・・360度あらゆる方向から進入可能な多面的な深みを持っているんじゃないかと思うようになっている。。ある時はロマンの香り漂う「歌」の世界に・・ある時は躍動する「リズム」に・・またある時はトロンボーンを中心に活躍する金管の「爆裂」に・・・様々な思いを馳せて聴くことになる。さて・・サヴァリッシュさんの演奏に納得する気分になれるのは・・いったいどんな時なのだろう。。楽章構成だの時間配分だのと気にしているうちは・・絶対に感動などしないだろうなぁ。。嗚呼!・・情けなや!^^; |
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| Disc
No. 253 |
Title
No. CDR-YSHD-164A/B-00 |
| Disc
No. 254 |
Wiener
Philharmoniker - Cristian Thielemann |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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CDR-YSHD-164A/B-00
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クリスティアン・ティーレマン
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2003.10.19
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:
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ウィーン・コンツェルトハウス
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R.シュトラウス:祝典前奏曲
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FM/VHS
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- オルガンと管弦楽のための -
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2004.07.18 | | |