エアチェックレビュー9
このページは Internet Explorer プラウザ画面の 表示(V) → 文字のサイズ(X) → (M) でレイアウトデザインをしております。
文字サイズを 大(L) 又は 最大(G) とした場合には段落等大幅に乱れますのでご了承ください。
Aircheck Review ⇒ 123456789 | 10 1112HOME
Disc No. 316  Title No. CDR-YSHD-999-00
 The Baby Stars 1999  -  Yasuko Yoshida
999(表) 999(裏)
ベイビースターズ☆1999
CDR-YSHD-999-00
 名古屋青少年文化センター
アートピアホール
吉田康子先生
1999.6.20 Private Hi8 Sound-Track*
Rec .by SONY ECM-S959C
Be Happy Jazz Festival '99*
管楽器指導者研修会ふれあいコンサート
アクトシティ浜松コンサートホール
EachGreased Lightnin'
1999.7.31 Official Video Sound-Track
EachBacic Bacy
2005.03 Digital Mastering
EachThat's a Prenty
28'47
☆番外編☆  ベイビースターズ☆1999  奇跡の結晶
◆新館初っ端から超個人的なシロモノとなってしまったが、記憶の中で温めていた娘の小学校音楽部在籍中での千載一遇「奇跡の結晶」ともなった無垢のエネルギーがCDとなって蘇った。年度毎にメンバーの入れ替わる学校の部活は、その水準を維持することにどれだけの努力を要するのかをまざまざと見せつけられた3年間でもあった。音楽部=ブラスバンドとの安直な先入観で出向いた部活参観で目に入った信じられない楽器編成。。ここは本当に小学校なのか・・と我が目を疑ったのだ。ジャズといってもビッグバンドなので、ロックやディキシーも入って、それはもうスイングしなけりゃ意味無いじゃん!・・の世界。当初の♯&♭気味のピッチも年度を重ねて許容範囲?に収まって、社会人のジャズフェスティヴァルへ招待されるまでに成長。NHKのローカルニュースにも登場と相成り、3年間の血の滲む努力が果実として収穫された。卒業後、先生の転勤によりバンド消滅・・普通の音楽部(ブラスバンド)へ戻った。正に奇跡の時間であり・・奇跡の結晶となったのだ。作品番号スリーナインは、我が生涯・・この番号まで到達できないという究極の番号。。サウンドは、銀河に優る眩しい程の光の粉で煌き、生涯最大の熱き想い出となって、メーテルと共に?冥府へ旅立つ時のBGMとなるんじゃないかと思っている。。(以上、前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
◆ジャケット写真は、ヤマハ音楽財団のご招待で浜松のアクトシティに出演させていただいた時のものだ。2300余席の大ホールと1000余席の中ホールを擁する浜松の一大コンベンションセンターだが、出演させていただいたのは中ホール(クラシック音楽専用)の方だ。ステージ正面にフランス製パイプオルガンが聳え立つ雰囲気からしても・・一般的な公共ホールとは次元の違う趣が広がり、こんな凄いホールで小学生のジャズロックがどんなふうに響き渡るのか・・それはもう・・胸ハチきれんばかりにワクワクしたものだった。本番前の総練習では・・客席中央列での親バカビデオのワンポイントマイクには・・空席時残響2.4秒というデータの通り・・まるで風呂屋のようなワンワンとしたホールトーンが飛び込んできたが、ほぼ満席となって、適度に締まったホールトーンを伴った本番での耳に感じるサウンドは、ハイハットを含む細かいリズムまで鮮明に浮かび上がり・・初めて聴くホールトーンに包まれた柔らかなバンドの響きには・・全身鳥肌!・・>電気駆け巡る!・・といった究極の親バカチックな感激で痺れきっていた。。名古屋のアートピアホールでは、最後列での収録にもかかわらず・・デッドなホールのお陰か・・適度な反響を伴ってクッキリとステージのサウンドがフォーカスした。当時はデジタルビデオカメラの創生期でもあって、Hi8の完成されたフォーマットの方が信頼性が高かったが、なにせ・・カメラのマイク入力はALC(自動レヴェルコントロール)経由だ。家庭用のビデオカメラで高音質を求めようなどとは全く考えもしなかったことだったが、できる範囲で可能なことは、そこそこの外付け音楽用ステレオマイクを奮発することだけだった。浜松のアクトシティでは、どういう訳か本番中の録音録画はお断り・・とのアナウンスがあり、本番前の総練習の音しか収録できなかった。そして・・チャッカリと、主宰者の契約業者によって正規?録画が成されていたのだ。後日届いたVHSテープのHiFiサウンドトラックには・・ステージ上の吊りマイクで捉えた鮮明なサウンドが収められていた。
Disc No. 317  Title No. CDR-YSHD-201A/B-00
Disc No. 318  Wiener Philharmoniker  -  Mariss Jansons
201A 201B
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-201A/B-00
マリス・ヤンソンス
2005.03.06
:
ウィーン楽友協会大ホール
:
FM/VHS
シベリウス:交響曲第1番
Live on Air
ブラームス:交響曲第1番
38'11|44'07
:
★★★★☆ OIDT
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会  マリス・ヤンソンス指揮
◆時差の関係から、日本では午後7時開演となるのだが、ウィーン・フィルの定期演奏会の多くは国立歌劇場出演との兼ね合いによって午前11時からとなる。正に、あのニューイヤーコンサートと全く同じ開演時刻なのだ。最近は、放送技術の進歩により、音楽専用と呼ばれるデジタル衛星回線が使われ、伝送の品位が格段に進歩したハズなのだが・・BS放送の場合はともかくとして、FM放送の場合はキャパを意識しすぎたダイナミクスのコントロールが行われ、ありのままのサウンドが聴けない。今回の中継でも、特にシベリウスの第1楽章冒頭部分と第2楽章では、まるでALC(自動録音回路)を通したかのような最高感度で送られてきており、逆に言えば、もしこれが本当の音量ならば・・ヤンソンスという指揮者の弱音感覚は見事なまでのブッキラボウな感性を嘆かねばならないことにもなりかねない。ORFの送出でのことなのか、又はNHKでの操作なのか判らないが、生中継というものが、音質の良さではなく、何が起こるかわからないという「怖いもの見たさ」だけの興味へベクトルが集中して、その価値観だけで高評価されることにNHKが天下に胡坐をかく大いなる原因ともなるのだ。その証拠に、万一、伝送或いは操作上の事故やミスによって音質が損なわれた場合にも、担当者が一切責任を取ることなく、録音による再放送の約束もされない。。 しかし!・・今回の音源は、マスタリングの補正操作で蘇り、ウィーン・フィルのサウンドが陽光の煌きで浮かび上がった。(以上、前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
◆ヤンソンスは・・1998年6月に同じウィーン・フィルとシベリウスの第1交響曲を演奏している。作品タイトル番号 -073A としてCDR化しているが、聴き応えといった単純な観点からすれば・・旧録のが方に惹かれるものが多い。その大部分の要因がティンパニーの炸裂度合いだ。シベリウスの管弦楽曲の中で・・これほど・・これでもか!・・とティンパニーを打ち鳴らす曲があるだろうか。。限度はあるにせよ・・旧録ではティンパニストの昂揚した顔色が見えるほどの壮絶な叩き込みがマイクに載って、・・もうそれだけでウィーン・フィルのティンパニーを満喫できる優れものの録音だった。そんじゃ・・今回の録音がダメなのか!?・・と言えば・・そうでもないのだ。ORFの収録によるムジークフェラインでのウィーン・フィルのティンパニーの音は十分な迫力をもって響き渡っている。。金管も木管も・・そしてハープも・・絶妙なバランスだ。これを・・ゴールデンザールの世界一のホールトーンが見事なバランスでミックスされる。こういったサウンドが耳に馴染んでしまうと・・ゾフィエンザールでセッション録音をした英国デッカの音が時としてなぜか空虚に聴こえてしまうこともあるのだから・・サウンドというものが単に物理的な仕業の上に成り立っているものではないことを実感したりもする。暗雲の隙間からヴァイオリンのトレモロが零れ落ちて・・天空に輝く太陽の眩しい光が一筋のスポットライトのように森の精を照らす。。キーンと突き刺さるような冷たい空気を切り裂いて・・雲間から零れる天空からの恵みは・・この交響曲最後の楽章で語られる人間と自然との深い絆への感謝の湧き出しへ繋がっているのだ。喜怒哀楽の中に暗中模索しても気持ちが荒れ荒れ・・なんて時には、一度大局的な見地からニンゲンを見つめ直してみると・・意外にも早く・・優しさ復活!となるかもしれない。。犬も食わぬ?ことが勃発して・・休戦状態になった時には・・即・・シベ1のCDに心を委ねてみたらいかがかと・・節に願っている。。この世に・・一人でも多く・・不幸な人生への扉を開けさせないために。。^^
Disc No. 319  Title No. CDR-YSHD-202A/B-00
Disc No. 320  BBC Philharmonic  -  Mayuko Kamio  -  Gianandrea Noseda
202A 202B
BBCフィルハーモニック
CDR-YSHD-202A/B-00
ジャナンドレア・ノセダ
2004.11.18
神尾真由子 (Vn)
ミューザ川崎シンフォニーホール
:
BS/VHS
エルガー:行進曲「威風堂々」第1番
2005.03.07 FM|2005.05.14 BS
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
61'52 FM       37'19|63'40 BS
ホルスト:組曲「惑星」
★★★★★ OIDT(BS)
英国BBCフィルハーモニック 日本公演2004  ジャナンドレ・ノセダ指揮  神尾真由子(Vn)
アンコール曲: ウォルフ・フェラーリ:「4人の田舎者」間奏曲|グレインジャー:牛飼いのHey!舞曲 以上2曲収録済
◆落成した新ホールは、またまたもの凄いパイプオルガンを備えていた。そして、このオルガンが絶妙にブレンドされる2曲のお国ものを吉松作品のシ202ャンドスへのシリーズ録音で有名となったBBCのフィルハーモニックがアマチュアチック?に熱演した。クラリネットがズッコケようが、やはりライブでの凄みは音にエネルギーが充満して・・初めて聴く土星の狂乱じみたテンポ感も不思議と納得させられる。それにしても・・木星のあの部分!・・ジワジワーッと・・なんともいい雰囲気だ・・。カラヤン&BPhのようなセカセカ感もなく、さすが本家英国オケのなせる技。威風堂々もバストロンボーンが効いて、フレージングにビシっとアクセントを添える。D補正の甲斐あって、コーダの高揚は全身硬直もの。メンコンでの電磁波ノイズ混入によってお蔵入りとなるべきテープなのだが、これを1枚のCDRにまとめさせたのは女神様の慈悲なのかも・・・。「ミューザ」とは、「ミュージック」と「座」との合成語らしいが・・自分には「ミューズ」に見えてきた・・。新ホール初収録での奇遇なゴロ合わせだが・・最近はなんか嬉しい。。v^@^v (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)

◆先のFMオンエア。電波塔とFMアンテナの間のどこかでとんでもない強烈な電磁波を出した輩のお陰で、真由ちゃん(失礼!)の極上のメンデルスゾーンが台無しとなって、中途半端なCDRとして編集を余儀なくされたのだが、BSオンエアの予定を見つけた時には飛び上がって万歳を三唱(なわけないか・・)したい気持ちになったものだ。個人的な事情?では奇遇ともいえるタイミングでのオンエアともなり、NHKさまさま・・と感謝感激になるハズだった。しかるに、このBS音源たるや全く音楽の流れが解っていないボンクラ技師による収録だった。放送局の使命は?・・と尋ねたら、「真実」を伝えること!・・じゃないか・・と誰でも思うのだが、演奏会の中継では弦楽器がプルトを削ってまで音調音量の調整をしているにもかかわらず、なんで威風堂々のテュッティーと同じになるまでコンチェルトの収録ヴォリュームを上げなければなりまへんかぁ??・・・エルガー、メンデルスゾーン、ホルスト各楽曲てんでんバラバラな設定レヴェルで、一つの演奏会としての音の流れは完全に無視。N響定期のオンエアでもよくあることだが、この川崎の新ホールからの初中継は酷かった。収録エンジニアの名前をクレジットしないことが、いい加減な仕事をのさばらせる原因なのだ。責任の所在の明確化こそ第1優先課題であることを先の国会でも議論に及ばなかった。。さて、画が見れただけでも良しとして?・・英国BBCの第2オーケストラでの女性の活躍は見事!という他ない。木管のほとんどの奏者は勿論、なんとテューバやコントラファゴットに女性が座り、低音を支えていたのだ。ガラガラの客席。遠隔演奏台を使わなかったのに楽員扱いのオルガン奏者。。画が無ければ判らなかった事実だ。真由ちゃんのヴァイオリンは素晴らしい音色だった。力強くも繊細にして、柔らかくもよく伸びる。筆舌に尽くしがたい努力と楽曲に対する思い入れ、そして多分極上の楽器固有の響きが絡み合ってフィルハーモニックの楽員をも魅了したのだ。火星後半の満身の全合奏では、スネアの反響が管弦楽を覆いつくして挑発的な威圧をホール中に撒き散らした。オルガンと混じりあった身震いするほどの炸裂はPCM音源にはなく、OIDTで見事に蘇った。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 321  Title No. CDR-YSHD-203A/B-00
Disc No. 322  Kyoto Symphony Orchestra  -  Kazune Shimizu  -  Michiyoshi Inoue
203A 203B
京都市交響楽団
CDR-YSHD-203A/B-00
井上道義
1991.09.15
清水和音 (Pf)
オーチャードホール、東京
:
BS/VHS
武満徹:オーケストラのための「夢窓」
1991
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
57'12|49'03
チャイコフスキー:交響曲第4番
★★★★☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  京都市交響楽団 井上道義指揮
◆もう15年も前のBSエアチェックテープだ。マクセルHGXの標準モードに収まったサウンドトラックを期待もせずに再生してみた。もはや記憶にもなかったオーチャードホール落成記念の地方オーケストラフェスティヴァル。「マンフレッド」を含むチャイコフスキーの全交響曲と弦楽セレナーデを地方8団体に割り振りして、必ず日本人作曲家の作品を1曲プログラムに入れるという岩城宏之のプロデュースだった。丁度・・井上道義が音楽監督に就任したばかりの頃だ。日本唯一の自治体完全お抱えのガクダンは、楽員=公務員という図式が成り立って、規模は違うがフランス国立管弦楽団と同等の待遇があるハズだ。さすが京都・・教育委員会を大義名分としても・・人口比3%に満たないクラシック愛好家のために大金を投じていることになる訳だが、京響が世界からオンリーワン的イメージをもらったら最後、莫大な広報宣伝費に優るとも劣らない観光都市のブランド力も飛躍することになる。。お抱えオーケストラはそのためにあるのだ。この録音・・最高だった。安全装置やフェーダー操作の痕跡全く無し。自然なままのダイナミクスが炸裂する。この年30歳になった清水和音の打鍵はほとんど完璧。この難曲をプラスアルファの表現力で弾ききった。オケも負けじと完全燃焼。こんなにスカァっと抜けた3番を聴いたのは初めてだ。ロマンティックを煮詰めたような2番より、沸騰して泡のはじけ飛ぶような3番の灼熱のロマンも偶にはいいもんだ。マスタリング完了後のカセット取り出し→再挿入→走行(映像を見ようと・・)で事故発生。巻き取りリール回らず・・テープはみ出し・・オシャカとなった。。まっこと・・奇跡のマスタリングだったのだ。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 323  Title No. CDR-YSHD-204A/B-00
Disc No. 324  Nagoya Philharmonic Orchestra - Kyoko Takezawa - Ken Takaseki
204A 204B
名古屋フィルハーモニー交響楽団
CDR-YSHD-204A/B-00
高関 健
1991.09.10
竹澤恭子 (Vn)
オーチャードホール、東京
吉松 隆:朱鷺に捧げる哀歌
BS/VHS
ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲
1991
チャイコフスキー:交響曲第5番
37'27|51'15
アンコール:「くるみ割り人形」〜トレパック
★★★★☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  名古屋フィルハーモニー交響楽団 高関 健指揮
ニッポンのオーケストラの最大の課題(弱点)は、N響を除いて定期演奏会の数が余りにも少ないということだ。月に1回だから「定期的」でしょ?・・などという理屈は歌劇場のオーケストラのストレス発散演奏会での在り方で、コンサート専門オーケストラの在るべき姿ではないのだ。常設展示のある美術館と比べることはチト無理があるが・・音楽芸術にも常設展示の概念があっていい。。勿論、美術品と違い、作品は絶えず推移をすることになる訳だが、そこにオーケストラがあり、演奏(自体も芸術なり)を聴ける機会が聴けない機会より多くなれば、時間芸術たる「音楽」の常設展示ともなるのだ。お客が入ろうがガラガラであろうが・・とにかく続ける。続けてみる。。そして、その地域の教育委員会管轄の小中学校から音楽の授業でCD聴かせる代わりにコンサートホールへ順番に招待するのだ。一年に複数回でもいい。「本物」のダイナミクスがコンサートホールに炸裂するときの火花は、必ず何割かの生徒達の心を熱くして、青き感性が磨かれることになるのだ。生かさず殺さず・・の中途半端な補助金ヒモ付などのことよりも、全面バックアップをすることこそ、時代の影響からの若者の歪んだ心を矯正する道なのだということを教育委員会さえ解っていない。。10年経ってハッと気が付いたら、詰め襟やセーラー服着てシブシブ聴いていた子供達が、大人となってお金払って・・瞳を潤ませて聴いているかもしれない。・・・さて、この東京公演。名フィル大健闘!・・ 東京での演奏・・しかも連日のように続くシリーズ開幕演奏会としての緊張感がプラスに作用してか・・2楽章のホルンを始めとして素晴らしい演奏となった。楽員のノリはアンコールへと続き、狂乱のアッチェランドを弾ききった。。名フィル!やるじゃん!(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 325  Title No. CDR-YSHD-205A/B-00
Disc No. 326  Gunma Symphony Orchestra - Kyoko Takezawa - Dmitri Kitajenko
205A 205B
群馬交響楽団
CDR-YSHD-205A/B-00
ドミトリー・キタエンコ
1991.09.11
渡邊康雄 (Pf)
オーチャードホール、東京
:
BS/VHS
武満 徹:弦楽のためのレクイエム
1991
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
48'10|51'53
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
★★★★☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  群馬交響楽団 ドミトリー・キタエンコ指揮
この「地方オーケストラフェスティヴァル」のメインプログラムは「くじ」で決めたそうだ。そして、最大の「難曲」を当てたのがこの群響。超有名で最後が盛り上がらない「悲愴」は、フルトヴェングラーも録音して数多の「名演奏」がカタログを埋め、ムラヴィンスキーやカラヤンを始め、超の付く一流ブランドオーケストラが来日公演で幾多と演奏した曲なのだ。最後に盛り上がる曲は、その場の雰囲気で誤魔化せるのだが、鼓動の停止する最後からの余韻には、恐怖の冷静な判断を呼び起こす。研ぎ澄まされたオーケストラのアンサンブル上の精度は当たり前の世界となり、深淵を抉る身震いするほどの感情表現ができなければ、即お義理の拍手へと化すのだ。苦難の歴史を持つ群響にとって、オーケストラとしての鼓動が止まる寸前まで体験した記憶の一端が、終楽章後半の音に乗った。。弱音の比重は、少ない弦楽編成にも関わらず極めて充実して鉛の如くとなり、ブラックホールに吸い込まれるように命が消滅するのだ。4次元の歪みの隙間から発せられた最後の叫びには、現世での濃縮された熱き想いが壮絶なエネルギーとなって全曲中最高のレヴェルで放出され、ドラの合図で冥府への扉が開けられる。。リストの交響詩じゃないが・・人生は死ぬることへの前奏曲。生まれなければ「死」もありえない。この運命の恐怖を誤魔化すために、神はロマンスという甘い蜜を与えたのだ。この演奏会のプログラム・・なんというニンゲンチックな配列なのだろう!・・と妙なところで感心した。ロマンスに夢中の若い恋人たちも、宇宙時間で瞬きする間に骸骨と化することを神は教えない。急げ!ニンゲンたちよ。神の与えたロマンスに遠慮してる時間などないのだ。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 327  Title No. CDR-YSHD-206A/B-00
Disc No. 328  Kyushu Symphony Orchestra - Kishiko Suzumi - Kazuhiro Koizumi
206A 206B
九州交響楽団
CDR-YSHD-206A/B-00
小泉和裕
1991.09.18
数住岸子 (Vn)
オーチャードホール、東京
松下 功:交響詩「筑後」
BS/VHS
サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
1991
チャイコフスキー:交響曲第1番
47'27|51'39
Encore:「白鳥の湖」〜ハンガリーの踊り
★★★★☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  九州交響楽団 小泉和裕指揮
奇しくもこの年の6年後に45歳という若さで亡くなった数住さんの演奏が蘇った。北九州市にある700余席の中規模音楽専用ホール「響ホール」の音楽監督として翌年から心血を注がれたとのことだが・・・なんと同じ歳だぁ!・・。自分がその頃何してたのかを考えると・・・奈落の底で蠢いていた・・としか言いようの無い程時間の充実感が全く違うことになる。。ニンゲンは何歳まで生きたかではなく・・人生で何をやって何を残せたか・・が勝負なのだということが身近に判る「結果」でもあるのだ。。家一軒買えるほどのヴァイオリンから香り出るなんともいえない煌きは、年齢ではない真価としての熟成感が漂っていた。。訃報は当時目にしていたが、見流してもいた。今・・時空を超えた波動が気持ちの中に満ち溢れ、感動と化して心の襞を震わしたのだ。あの「飛天遊」を作った松下功のご当地作品は、混沌から覚醒・・そして浄化へと流れる「聴ける!」作品だ。こういった作品が地方オーケストラの専売特許?としてもっと作られ演奏されたらいいのにと思ってしまう。できれば・・ゲイジュツチックではなく、土俗的な庶民レヴェルで・・わかり易く土地の香りが味わえたら・・なおいい。要するに・・演歌の心根をクラシックで表現すればいいだけの話なのだ。次元が低いとか言ってるようでは「モルダウ」や「フィンランディア」そして「威風堂々」などの昂揚感は絶対に出ない。。チャイコフスキーのメロディーラインなんか・・ややこしい理屈抜きで・・スゥーーッと心の中に広がって・・メラメラメラっと燃え上がるのだから。。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 328  Title No. CDR-YSHD-207-00
 Sendai Philharmonic Orchestra - Yuzo Toyama
207
仙台フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-207-00
外山雄三
1991.09.17
:
オーチャードホール、東京
尾高尚忠:弦楽のためのシンフォニエッタ
BS/VHS
チャイコフスキー:交響曲第2番「小ロシア」
1991
モーツァルト:パントマイム
72'50
:
★★☆☆☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  仙台フィルハーモニー管弦楽団 外山雄三指揮
◆シリーズ中、最も面白くなかった演奏会だった。テーマのチャイコフスキーは若書きとはいえ、ティンパニーの乱れ打ちが注目のフィナーレを持つ緩徐楽章の無いエネルギッシュな作品だ。ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団の英国EMIへの録音の凄みは、マイクアレンジとミキシングの効果でもありそうだが、今回のシリーズでのNHKの収録では、ナチュラルダイナミクスが冴え渡って、全合奏から突き抜けて炸裂する本物の打ち込みを実感できていた。・・・が!・・ここでのティンパニーはそうじゃなかった。。 外山さんの教科書的なバランスの中に閉じ込められたエネルギーは、最後の乱舞を誘発するに至らなかったのだ。これでは2番を聴く意味無いじゃん!ともなる。前半も・・そしてアンコールさえ・・弦楽器だけで演奏された演奏会に火花は全く散らなかった。。これで、弦とその他の身入りが同じなら、弦のガクインは報われないだろうなぁ。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
◆地方オーケストラフェスティヴァル一連の放送の中、番組冒頭に各団体へのインタビューを収録してあった。ほとんどのオーケストラは、コンサートマスターが熱い意気込みを語っていたが、仙台フィルは外山先生が直々にインタビューに応じられた。その中で・・妙に「残った」お言葉があった。・・・それは、仙台フィルが「若い」オーケストラである・・ということ。従って・・お言葉通りではないが・・参加オーケストラの末席を汚す?ようなニュアンスで聞こえたような気がしているのだ。メインプログラムのチャイコフスキーはくじ引きで番号を決めたそうだが、仙台フィルに「身分相応?」な2番を選ばれたとのことだったので、くじ引きの順番は早かったのだろうと思われる。そんな中・・非常に腑に落ちないこと。。・・そう・・、仙台フィルはアマチュアなのか??・・ということだった。いや、そうじゃない。。プロフェッショナルの交響楽団なのだ!。楽員の年齢が若かろうが・・オーケストラが出来たてホヤホヤであろうが・・他のオーケストラと同じように(同じような料金で・・)チケットを買ってもらい音楽を提供するという「お仕事」なのである。演奏するという行為に自信が無ければ・・プロなどと名乗ってはイカンのではないか!??・・・・・ もう15年も前のことだったが、音楽監督のオーケストラに対する気持ちが端的に現れた演奏の結果となったことが残念この上ない。。プログラムについても・・小生ならアンコールで「1812年」をブチかますだろう。オーケストラが「若い」のなら・・なおさらバクハツしなければならない(?)。。仙台市内に無数にあるだろうブラスバンドを・・まさか!のアンコールで・・ずらりとステージ奥に並べたら・・聴衆も度肝を抜くに違いない。そして・・終わり良ければ全て良し・・となって、興奮のルツボの中に仙台フィルの評価が定まるのだ。
Disc No. 329  Title No. CDR-YSHD-208A/B-00
Disc No. 330  Sapporo Symphony Orchestra - Andre Marchall - Peter Schwarz
208A 208B
札幌交響楽団
CDR-YSHD-208A/B-00
ペーター・シュヴァルツ
1991.09.16
アンドレ・マーシャル (Pf)
オーチャードホール、東京
広瀬量平:ノーシング(北へ)
BS/VHS
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
1991
チャイコフスキー:交響曲第3番
41'22|59'14
Encore> シュトラウス:「美しき青きドナウ」
★★★★★
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  札幌交響楽団 ペーター・シュヴァルツ指揮
この演奏会・・本当によかったぁ!。当時30歳を迎えていた札響だが、やはり当時13歳の仙台フィルとは格が違いすぎた。コンサートマスターのインタビューは希望と自信に溢れ、この3番のシンフォニーは楽団初演奏の曲だそうだ。しかしながら・・この完成度。マスタリング中のトラック番号の打ち込みも忘れて、思わず「聴くこと」にのめりこんでしまっていた。弦楽器の充実した響きに重なって、管楽器がこれも抜群の絡みで応え、ティンパニーがいいバランスで納得の音を打ち込む。。三位一体とはこの事なり!・・と妙なところで感心したりもするものだ。フィナーレにポロネーズを使ったために「ポーランド」などと変な愛称が付いてしまった曲だが、メンデルスゾーンの「イタリア」とは全く次元が異なり、出だしから濃厚なロシアの香りが漂う。リズムこそポロネーズでも、ポーランドの音楽チックなイメージ(例えばショパンとか?)にはほど遠い。チャイコフスキーの心に秘めた愛する人への切々とした感情が音に乗って、理想の結末への夢を描いた交響曲なのだ。そこには・・隣国ポーランドのリゾートへのロマンス旅行の夢もあったに違いない。。・・5番に次いで1番と同じくらい大好きな曲なのだが、今回の演奏を聴いて・・恥ずかしながら・・なぜか涙が鼻水となって溢れ出た。楽員の意気込みが空回りせずに束となって波動を誘発して、燃え盛る情熱の塊が魂を揺すったのだ。交響曲の D-dur に対して d-moll の協奏曲を前半に置いたプログラムもメリハリが直にきいていいものだ。厳寒の地北海道のニンゲンの叫びを音化したという広瀬量平の作品は、ゲンダイオンガクの代表的な響きを伴って、突き刺さるような寒さで凍えきった無感覚の様相を見事に表現した秀作。アンコールでのまさか?のドナウでは、ウィーン・フィルも真っ青なほどのドナウの川面の煌きが燦然と輝いていた。札響恐るべし!ブラヴォー札響!!。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 331  Title No. CDR-YSHD-209A/B-00
Disc No. 332  Orchestra Ensamble Kanazawa - Kaori Kimura - Hiroyuki Iwaki
209A 209B
オーケストラ・アンサンブル金沢
CDR-YSHD-209A/B-00
岩城宏之
1991.09.15
木村かをり (Pf)
オーチャードホール、東京
:チャイコフスキー:弦楽セレナード
BS/VHS
一柳 慧:ピアノ協奏曲第3番(初演)
1991
バルトーク:「弦チェレ」
48'29|35'41
伝ハイドン:弦楽四重奏曲 op.3-5 -2.mov.
★★★★☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  オーケストラ・アンサンブル金沢 岩城宏之指揮
当時、創設3年目という未だ生まれたてといってもいいような初々しい小型オーケストラだが、音楽監督自らこの楽団が既に世界レヴェルにある・・と豪言できるほどの優れものらしい。世界中からオーディションで楽員を募り、定員38名に対して35名が合格。当時未だ3名の欠員があったという。。500名ものオーディションをやっても!なのだ。音楽監督の意気込みは半端じゃない。1/3を外国の一流オケ在籍のベテランで固め、2/3はオケ在籍経験のない日本の無垢の若い逸才をいれて、お互いの表現力の絶妙なブレンドを音楽に活かすという革新的な考え方に基づく楽団創生となる。こんなやり方でフル編成の交響楽団を創ったら・・N響も真っ青な・・いきなりメジャー?なオケ誕生ともなる。OEKは編成の制約からマーラーなんぞに手が出ないが、楽員不足の地方オケとの合同演奏会に積極的に参加してストレス発散の機会を設けているのもいいことじゃないかと思う。楽員60〜80名規模が多い地方オケにとっては、このOEK38名プラスで即16型4管フル編成プラスアルファとして大規模作品が難なくこなせることになるのだ。このシリーズのプロデューサー岩城宏之は噴火型の指揮者として、かつてN響のコンサートマスターが飛び散る汗を浴びながらも素晴らしい演奏を繰り広げてきた。。そんな岩城さんが・・こんなにも規模の小さい楽団で我慢できるのかと思っていたが、このテープを再生して納得した。小型ながら・・そのエネルギーの凄まじいことといったら、そこらへんのシンフォニーオーケストラなど吹っ飛んでしまうほどの衝撃波が爆裂するのだ。もともとバーゼルの室内管弦楽団のために作ったというバルトークの「弦チェレ」。銀河鉄道999で耳にしたあのパクリの原曲だ。弦をステージ左右に等分振り分けをしてピアノとティンパニーを指揮者の正面に配置。これがオリジナル編成らしい。・・正に「掘り出し物」となった。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 333  Title No. CDR-YSHD-210A/B-00
Disc No. 334  Kansai Philharmonic Orchestra - Maikel Douth - Ken-ichiro Kobayashi
210A 210B
関西フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-210A/B-00
小林研一郎
1991.09.14
マイケル・ダウス(ヴァイオリン)
オーチャードホール、東京
:
BS/VHS
貴志康一:ヴァイオリン協奏曲
1991
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲
38'48|64'41
:
★★★☆☆
オーチャードホール・地方オーケストラ・フェスティヴァル1991  関西フィルハーモニー管弦楽団 小林研一郎指揮
◆シリーズ完結!・・このテープだけ95%OK・・5%NG。。どういう訳か一部ブリブリッとノイズが尾を引く箇所がある。通常は、こういった音源はお蔵入りとなって裏青化断念となるのだが、この「シリーズもの」の一環としては我慢を決めてやらざるを得ない。何年か後の自分のためだけに・・「マスターテープにノイズが混入しており、お聴き苦しいところがありますがご了承ください・・」とケース裏ジャケットに記すのだ。。さて、関西フィル。小林研一郎がハンガリー国立交響楽団と日本フィルハーモニーの音楽監督として超多忙な時期、関西フィルの楽員総員の署名をもって日本フィルへ主席客演指揮者としての就任を懇願したという。もの凄いラブコールの熱意に応えるために、関西財界へ楽団財政救済の懇願に奔走することにもなったという。コバケンさんらしいニンゲンチックな人情の極みでもある。貴志康一は当時全く知らない作曲家だったらしい。当初、辻久子さんのヴァイオリンで演奏する予定だったのが急病でダウスさんがシブシブ?引き受けたらしい。当時のNHKのクレジットにはマイケル・ドースと謳ってあったが、現在OEK特別コンサートマスターのダウスさんのことだと思う。大阪のホッカホッカの人情や風情をそのまま音化したような協奏曲は、外国人のダウスさんにとって極端に異質な響きを予感させたんではないかと思うのだが、出てきた響きは途轍もない日本的に「こぶし」まで再現されて(譜面にあるのか・・アドリブなのかは判らない・・)関西に憧れる自分としては心の襞を擽られっぱなしの状態に陥った。マンフレッドはいわずもがな・・。パイプオルガンの無いオーチャードでオルガン付の終結ヴァージョンを演奏。終結部へ入るティンパニーの轟きは、第1楽章の同じ部分より何倍ものエネルギーに満ちていた。シリーズ全ての演奏会を聴き通して・・15年経った今・・演奏環境は次元の違う進展をしたが、楽団自体の核心的発展を成し遂げた団体は一つも無い。バブルがハジけて最悪の不況に喘ぎ苦しんだ15年間。・・そして、今後の復活も有り得ない。。。日本人は土地神話を伴う怒涛の成長で、余りにもいい思いをし過ぎたのだ。政府は国民に向かって、ハッキリと「見込みの無い」ことを宣告すべき時期でもある。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
◆炎のコバケンとのキャッチフレーズが有名になった小林研一郎氏は・・いまや日本人指揮者では3本の指に入るほどの人気指揮者だ。江崎さんの尽力によるものかどうかは定かではないものの・・・「プラハの春」国際音楽祭の開幕演奏会を任されるほどチェコ・フィルハーモニーからの信任も厚いようだ。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮台に登板するのと・・どっちが凄いこと??・・といった野暮な比較などはナンセンス極まることなのだが・・どちらも一年に一回しか「機会」が無いことや・・開催地の「お国の核心」のような楽曲を演奏することになるのだから・・外国人として取り仕切る立場になるということは光栄至極なことなのだ。ニューイヤーでのオザワさん共々国民栄誉賞を授与されるべき凄いことなのだろうが、文化省もないような音楽文化貧乏国にあっては、それがどうした?・・の世界なのかもしれない。。さて、コバケンとチェコ・フィルがチャイコフスキーの番号付き交響曲を全曲録音に及び、単発で次々とCDリリースされたのだが、事のついでに?「マンフレッド交響曲」も録音してぇ〜!という要望が相当強かったらしい。 2001.2.21&23 No.1  2001.2.28/3.2 No.2  2001.2.21/23 No.3  2001.2.28/3.2 No.4  1999.2.25/26 No.5  2000.10.19/20 No.6  というセッションの日付がある。そして・・マンフレッド交響曲は 2002.4.18/19 に演奏会のライブ録音を絡めてセッション録音と合成された。あらためて、このセッションの日程を見て驚いた。1&3番と2&4番の各々2曲は2〜3日の同じセッションの中で同時に録音されたという事実だ。レコード会社の製作コストの問題もあるのだろうが、このような短期間にかくも充実した収録が可能だったということは・・何よりもチェコ・フィルの優秀さの証なのだろう。。ひょっとしたら・・ライブ録音にセッション録音を絡めたのかもしれない。(ハッキリとそうクレジットされたCDはマンフレッドだけだが・・) 1〜6番までがCDラックに勢揃いしてから・・どういった訳か?・・マンフレッド交響曲は通常のCDではなく、SACDとCDのハイブリッド盤でリリースされた。通常のCD盤三千円だったのが・・ハイブリッド盤はなんと!五千円もした。一般家庭でのスピーカーによる再生最大音圧レヴェルは80dBも出したら冷や汗ものだ。そんなスケールダウンしたサウンドステージの中に精細さをSACDに求めても・・現代最高の音の器は全く応えてくれないのだ。言わば・・ニンゲンの能力をはるかに超えたところで展開するクオリティなどに余分な出費はご免被りたい・・と思っているのだが、番号付きの交響曲のシリーズの一環としてCDリリースをしなかったレコード会社にはそれなりの魂胆があったのだろう。。小林研一郎オフィシャルサイト内のネットショップで見つけたCDヴァージョンの「マンフレッド交響曲」は、コバケンさんお得意の唸り声が盛大に混じった迫力満点の雰囲気だ。ここで発注すると・・コバケンさんの直筆サインを入れてもらえる。個人的にサインの類にはあまり興味が無いのだが、唸り声の核心を筆跡から感じ取れるかも?・・といったヤボな気持ちからサインをしていただいた。サインはブックレットの表紙(ジャケット面)のみならず、内表紙の2箇所書いていただいている。その筆跡は・・コバケンさんの音楽への情熱と愛情が迸り、唸り声をもって内圧を抜かなければ魂がバクハツに及ぶが如くのとんでもなくエネルギッシュなものだった。1〜6番までの6枚のCDはHDCDのエンコード処理がされていたが、残念ながら「マンフレッド」のCDにはHDCD処理が省略されていた。レコード会社から・・もう・・今の時代にあって・・SACDの前にはHDCD処理をしたCDなど「焼け石に水?!」・・てな声が聞こえてくるような感じがしないでもない。。(?)
Disc No. 335  Title No. CDR-YSHD-211A/B-00
Disc No. 336  Evgeny Kissin - Orchestre National de France - Kurt Masur
211A 211B
フランス国立管弦楽団
CDR-YSHD-211A/B-00
クルト・マズア
2004.11.28
エフゲニー・キーシン (Pf)
シャンゼリゼ劇場、パリ
ベートーヴェン
FM/VHS
ピアノ協奏曲第1番
2005.03.13
ピアノ協奏曲第2番
32'24|63'41
ピアノ協奏曲第3番
★★★☆☆
Disc No. 337
 Title No. CDR-YSHD-212-00
 Evgeny Kissin - Orchestre National de France - Kurt Masur
212
フランス国立管弦楽団
CDR-YSHD-212-00
クルト・マズア
2004.11.30
エフゲニー・キーシン (Pf)
シャンゼリゼ劇場、パリ
:
FM/VHS
ベートーヴェン
2005.03.13
ピアノ協奏曲第4番
73'47
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
★★★☆☆
エフゲニー・キーシン ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲演奏会  フランス国立管弦楽団 クルト・マズア指揮
ベートーヴェンの協奏曲全曲をまとめて弾くという「荒業」は、過去何度かにわたって行われてきた。一番凄かったのは・・バレンボイムによる指揮者との兼業で、しかも交響曲9曲の連続演奏会に組み込まれての弾き振りだった。この日本公演は放送されずにコンサートホールの中だけで時間芸術として自然消滅したのだが、その内容を聞いただけでもその負荷の重さに仰天したものだった。シノーポリのマーラー交響曲全曲演奏会もエポックメイキングな出来事ではあったが、ベートーヴェンでは誤魔化しが効かないのだ。・・ この5曲のコンチェルトを短期集中的にセッション録音しようとしても、フツウのピアニストは垂直に切り立った絶壁を前にする如くに考え込むという。。その計り知れない集中力をどのように創生するのかを、バイオリズムの流れを見計らうように、何日も前から練習を重ね緊張感を高めていくのだ。・・そして本番当日、余りの緊張による一過性虚血症候群?から指先に血液回らず・・指が絡まって何度もテイクを重ねることになるらしい。 さて、30歳になった天才キーシンが、巨匠となったマズアさん指揮するフランスの威信を背負った国立管弦楽団をバックに、何のストレスをも感じさせないノリノリのベートーヴェンを弾いてしまった。ラジオフランスでの編集なのか・・NHKでの放送時間枠の関係からか・・楽章間のホッとする咳払いの時間をも切り詰められたケチな編集によって、全体の演奏の流れが落ち着く暇もなく途切れず、全曲アッタカでノリノリ気分で弾き通したような錯誤に陥る可能性もある。ひょっとしたら「天才のなせる技」なのかもしれないが、こういった「ライブ録音」には、そのような編集が行われたのか・・或いは演奏会そのままのインターヴァルなのかを説明する義務があると思っている。演奏終了後の拍手など5〜6秒のうちにフェイドアウトしてしまうようなエゲツナイやり方など・・解説無しでアナウンス(曲目紹介)だけにしてくれともいいたくなるのだ。インターネットのご時世にあって、何のためのHPをNHKが持っているのか?を検討すべきだ。放送とインターネットとの融合というのは、こういった制約のある番組時間枠をもっと有効に活用できる可能性を秘めているものと思っているのだか・・・あんたたち・・タダで演奏聴いてるんでしょ?・・てなことを万一NHKが考えていたら・・ホンマ親方日の丸が額縁に入りまっせ。リスナーはキッチリと受信料を支払っているNHKのスポンサー!なのだ。従前、何回もオンラインよりお願いをしたが・・全く改善されない。検討します・・との返答さえ無い。スポンサーの意向を無視すれば、民放なら・・今頃は・・・???・・・エアチェックリスナーの皆様。こんな放送でご満足ですか?・・・キーシンさまのピアノさえ聴けたらいい!? ・・・・・・ それもまたご尤も!。。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 338  Title No. CDR-YSHD-213A/B-00
Disc No. 339  NHK Symphony Orchestra  -  Gianandrea Noseda
213A 213B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-213A/B-00
ジャナンドレア・ノセダ
2005.02.23
レオニダス・カヴァコス (Vn)
サントリーホール
ウェーンベルン:パッサカリア
BS/VHS
コルンゴルド:ヴァイオリン協奏曲
2005.03.18
イザイ:無伴奏ソナタ第5番〜第1楽章
56'56|41'53
チャイコフスキー:交響曲第2番
★★★☆☆
NHK交響楽団 定期演奏会 ジャナンドレア・ノセダ指揮
2004年11月にBBCフィルハーモニックを率いて凶猛チックな土星を描いたノセダだったが、このN響との共演では最後のバクハツへの期待を見事裏切られたことに相成った。。どうしたんだぁ!・・N響!!・・と叫びたいほど元気がない。コルンゴルドの壮大なスケール感とは裏腹に、チャイコフスキーはその愛称の通り小さく纏まってしまったのだ。しかし、これを演奏表現上の瑕疵と決めつけられるのだろうか・・という疑問が即座に沸き起こった。マイクロフォンが捉えたサントリーホールに渦巻く熱狂的な拍手に比して、なんという冷めた余韻。。Bモードライブの自然なダイナミクスは確かに感じていた。そして、それが最後に突き抜けなかった。。演奏自体のせいなのか・・まさか?フェーダーを絞ったのか?・・レヴェルメーターの示すオーケストラの物理的エネルギーは明らかにフィナーレコーダで落ちていた。。緩徐楽章の無い第2交響曲は、センチメンタルなフレーズが断片として現れるものの、それがネッチリと発展しない。しっとりとした情感に浸りたくてもグイグイとリズムに押し流されるのだ。春よ来い・・早く来い・・・と厳寒の地に溜まった大いなるストレス。フィナーレ開始のまるでファンファーレのような音階の句読点を打ち込むティンパニーのアクセントアタックに全くパワーが無い。問題は春到来を宣言するドラの一発から始まるコーダの部分。第2交響曲最大の聴き所であり、ティンパニストの晴れ舞台でもある。ここの「乱れ打ち」がオーケストラの全合奏から抜けるかどうかでバクハツの度合いが全く違ってくるのだ。オーケストラのパワーは、ドラの前と後では次元が違っていいハズ。。そして、曲を閉じる最後の一打は衝撃波となって聴衆の度肝を抜くのだ。・・当日のティンパニストは余りにも元気が無かった。だからN響も爆裂しなかった?・・聴衆の熱狂ぶりはナンなんだぁ! (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 340  Title No. CDR-YSHD-214A/B-00
Disc No. 341  NHK Symphony Orchestra - Gianandrea Noseda
214A 214B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-214A/B-00
エリアフ・インバル
2000.04.12
ドミトリー・シトコヴェツキ (Vn)
サントリーホール
ムソルグスキー:モスクワ河の夜明け
BS/VHS
ショスタコーヴィッチ
Live on Air
バイオリン協奏曲第1番
54'58|52'50
交響曲第5番
★★★☆☆
NHK交響楽団 定期演奏会 エリアフ・インバル指揮
エリアフ・インバルはフランクフルト放送交響楽団とマーラーの交響曲全曲録音でブレイクしたが、ショスタコービッチにも造詣が深いらしい。ポストマーラーとして交響曲全集にチャレンジして、賛否両論あるもののその存在はキッチリと認知を受けている。ビッグネームとなったそのインバルがN響とショスタコーヴィッチ唯一ともいえるポピュラリティーを持ったヒット作第5交響曲を如何に料理するのか・・・問題のフィナーレコーダのテンポを含めて・・ムラヴィンスキーとバーンスタインとの両極の間でこれを聴かせるのは至難のワザともなるのだ。個人的な嗜好から言えば、バーンスタインの猛烈テンポやスヴェトラーノフのインテンポでの終り方などご免被りたいのだが、十人十色千人千色の世間ではそっちこそ真迫の迫力なり・・と訴える愛好家も多い。「証言」があろうがなかろうが・・少なくともテンポ感だけは一番最初に遭遇して感動を味わった演奏が基本となるような気がしてならないのは自分だけだろうか・・? 自分の場合は、バーンスタインのライブを聴く以前に既にムラヴィンスキーで出来上がっていた?・・ということになる。従って、その後のロストロポーヴィッチの録音にムラヴィンスキー以上の「場の雰囲気」を感じたりもしたのだ。よくベートーヴェンの第5交響曲に例えられる曲想だが、ショスタコーヴィッチの場合には一捻り二捻りとスコアの行間に真意が隠されているようでノーテンキに聴けない。ましておやこれだけストレートな感情表現を音符に託した作曲者の真意を100%素直に受け取っていいものなのかどうか・・・。極上の優しさに目が眩み、光の粉を嫌悪の剣と錯誤した瞬間から、女神の慈悲も及ばない殺伐とした地獄の世界に喘ぐことにもなるのだ。しかし、今。・・煩悩を捨て去り気持ちをリセットして・・・ 素直にこの曲を・・そしてこの演奏を楽しめる自分でありたいと思う。もはや既にハマってしまったテンポ感と抜群の音響の中で。。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 342  Title No. CDR-YSHD-215A/B-00
Disc No. 343  Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks - Lorin Maazel
215A 215B
バイエルン放送交響楽団
CDR-YSHD-215A/B-00
ロリン・マゼール
2000.03.23*・26
イエフィム・ブロンフマン (Pf)
プリンツレゲンテン劇場、ミュンヘン
ベートーヴェン
FM/VHS
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」*
2000.06.18
交響曲第8番
67'17|69'48
交響曲第9番「合唱付」
★★★★☆ OIDT
バイエルン放送交響楽団 特別演奏会  ロリン・マーゼル指揮
Marina Mescheriakova(sopran) Marjana Lipovsek(messo-sopran) Robert Gambill(tenor) Rune Pape(bass) Chor des Bayerischen Rundfunks
マゼールとBRSOはこの年3月短期集中的にベートーヴェンの連続演奏会を行ったらしい。番組のアナウンスによると、全8回に渡ってヴァイオリン協奏曲・三重協奏曲・ピアノ協奏曲全曲を一曲づつ交響曲と共に演奏。最後の演奏会だけ交響曲2曲・・即ち第8番と第9番で締め括ったという。オンエアされたのは、その中の締め括りの演奏会の2曲の交響曲とピアノ協奏曲第5番だけだ。「皇帝」が何番の交響曲とのプログラミングだったかまではアナウンスがなかったのが残念なところでもある。N響を含めて日本のオーケストラが未だ実現できていない「超短期集中的」な特別演奏会枠でのベートーヴェン・チクルスをコンチェルトをも交えていとも簡単?にやり遂げてしまうことこそ、根本的なオーケストラの実力の差・・そして聴衆に根付いた本物の音楽愛好精神の深みの差として、ニッポンでは未だ風土に根付かないオーケストラ文化のあらわれなのかもしれない。ニッポンでは、ベートーヴェンはニンゲンではなく、未だ「楽聖」なのだ。。さて、第九交響曲の演奏された3月26日はベートーヴェンの命日。173回忌でもあった。ミサ・ソレムニスをレクイエムの代わりに演奏するのならまだしも、「第九」となるとその祝典的な気分が<???>となるものだが、人類最高峰となった楽曲の演奏を冥府のベートーヴェンは喜んだに違いない。涙枯れて悦びの想い出に浸れる時が訪れたのだ。名を残した者だけが冥府で味わうことのできる感動がある。。自分の如き凡人は、死した後想い出を語ってくれる人がいるのだろうか・・一抹の寂しさを感じる今日この頃になってきた。。天才マゼールのベートーヴェンは、プリンツレゲンテンの空間にゆったりと・・そして分厚く・・人間ベートーヴェンの達観の境地がホールトーンと融和した。聴衆の熱狂は並じゃなかった。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 344  Title No. CDR-YSHD-216A/B-00
Disc No. 345  NHK Symphony Orchestra  -  Pascal Devoyon  -  Jean Fournet
216A 216B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-216A/B-00
ジャン・フルネ
1993.02.18
パスカル・ドヴァイヨン (Pf)
NHKホール
:
BS/VHS
デュカ:「ポリュークト」序曲
1993.02.27
サン・サーンス:ピアノ協奏曲第4番
50'52|38'55
シューマン:交響曲第4番
★★★★☆
NHK交響楽団 定期演奏会 パスカル・ドヴァイヨン(Pf) ジャン・フルネ指揮
こんなテープが紛れていたのだから、ダンボール箱の整理は虫干しがてらたまにはやるものだ。。もう12年もの間眠っていたVHSなのだが、深層記録のHiFiサウンドトラックには全く劣化無く、鮮度満点の音が飛び出した。なによりも嬉しかったのは、サン・サーンスのピアノ協奏曲第4番!。これが好きでたまらないのだ。数多の有名コンチェルトに隠れて演奏会のプログラムにも載らない・・録音もあまり無い・・マイナーな存在にもかかわらず、なんというニンゲンチックな曲想なんだろうと思う。悩み苦しむ出だしの曲想から一筋の光明が見えて活力が芽生え・・フィナーレでは一気にパァーッと光のシャワーを浴びる。ほんの少しの憂いを抱えながらも・・「今」を楽しもうとするワクワクのエネルギー感がゾクゾクするほどの共感を与えてくれるのだ。デュカの「ポリュークト」序曲は「魔法使いの弟子」しか知らないデュカスの作品。デュカス・・デュカ・・??・・もしデュカスが正解ならばパリ管弦楽団はパリス管弦楽団となる。この作品・・なかなか「聴ける!」曲だ。15分にも及ぶ演奏会用大序曲。フランスの劇作家コルネイユの原作にヒントを得たらしい。異教徒の娘との「愛」か「信仰」かで悩む主人公ポリュークト。信仰の奇跡を信じて殉教の道を歩むという交響詩といってもいい内容の作品。メインのシューマンはフルネさんの人柄そのままの温かいフレージングがトゲトゲしい緊張感を誘わない。アッタカで繋がるハズの第1楽章と第2楽章との間に咳払いのインターヴァルを置くほどの余裕。さりとてダラダラするわけではなくゆったりと景色を楽しみながら山を登るのだ。時間は短いが内容充実のいい演奏だ。80歳のフルネさんは元気矍鑠として白髪が気品を添える。NHKホールのステージは、この頃はまだピットステージを中途半端な階段状に停めて、N響は奥に引っ込んでいた。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 346  Title No. CDR-YSHD-217A/B-00
Disc No. 347  NHK Symphony Orchestra  -  James Judd
217A 217B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-217A/B-00
ジェームス・ジャッド
2005.02.12
関山幸弘 (Tp)
NHKホール
:
BS/VHS
モーツァルト:交響曲第25番
2005.03.25
ハイドン:トランペット協奏曲
38'07|53'39
ホルスト:組曲「惑星」
★★★★★
NHK交響楽団 定期演奏会 関山幸弘(Tp) ジェームス・ジャッド指揮
時間枠の関係か・・ポリシーの無さを額縁に入れて誇りにでも思っているのか・・BSでのN響ライブも地に落ちたものだ。NHKホールのドアを開けた瞬間からの臨場感を味わいながら演奏終了後の拍手が途中でフェイドアウトされるということは、拍手の途中でホールの外へ放り出されるかのような疎外感を味わうことになる。唯一本物のライブ放送だったのだが、担当ディレクターの本意なのか「上」の命令なのか・・本当にリスナーをバカにした編集だ。。しかしながら、このプログラム。なんという巧妙な仕掛けなんだろうと感心した。モーツァルトの小ト短調の出だしは心に吹き荒れる嵐の予感がギシギシと音を立てる。後半の出だし「戦争の神」への見事な予兆でもある。そして、その「戦争の神」で5拍子のリズムを刻む進軍ラッパとなんと対照的なハイドンでの平和な響き。全ては後半の「惑星」のためのお膳立てだったのだ。前半で緊張を避けたいN響としては名手とのピリピリ感よりも身内との和気藹々としたリラックスムードが必要だったのだ。・・そして、「惑星」突入。これは本当に素晴らしい演奏だった。フル編成の管弦楽の全合奏から突き抜ける天王星の2組のティンパニーの壮絶な打音は地響きを立てるかのよう。。これでこそ「惑星」だ。上品に音をまとめよう・・てなことを考えたら最後、聴衆は宇宙の狭間に置き去りにされるのだ。海王星でのオルガンペダルの力強いピアニッシモ。聴こえるか聴こえないか・・なんていうピアニッシモのペダルならオルガンなど無くてもいい。。これだけ鮮烈に響くペダルを聴いたのはデュトワ&OSMのデッカへの録音以来のことだった。そして、女性合唱の最後の長〜いナチュラルフェイドアウト(演奏上の)の後に、20秒にも渡って余韻を生み出した聴衆の良識に拍手を送りたい。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 348  Title No. CDR-YSHD-218-00
 Iceland Symphony Orchestra, Reykjavik  -  Vladimir Ashkenazy
218
アイスランド交響楽団
CDR-YSHD-218-00
ウラディミール・アシュケナージ
2004.06.10
:
レイキャビック映画大学
ストラヴィンスキー
FM/VHS OIDT
「プルチネルラ」 -組曲
2005.03.25
「火の鳥」 -組曲
78'46
「春の祭典」
★★★★☆ OIDT
アイスランド交響楽団 定期演奏会 ウラディミール・アシュケナージ指揮
◆アイスランド交響楽団は1950年創立とのことなのでN響よりも若いオケだ。アシュケナージはこのオーケストラで指揮者として育まれたという。番組の解説者によれば、アシュケージはこのオーケストラには頭があがらない?・・とのことだが、「春の祭典」という難曲を見事に振り切った。セッション録音ではどうにでも誤魔化せる変拍子への対応も、いざライブともなると緊張感は並みのものではないらしい。「ボレロ」や「展覧会の絵」ではオーケストラの楽員が胃を痛める・・とよく聞くが、「春の祭典」では指揮者がそうなるともいう。暗譜で振るともなれば、岩城さんのように演奏停止の憂き目に会う可能性もあって、ライブでの春祭はある意味本当に面白い(野次馬根性かも?)。これはFMでのオンエアだったが、「プルチネルラ」から「火の鳥」へのダイナミクスの流れに問題ある(いつもの事だが・・)ものの、「春の祭典」では・・肝心の打楽器の荒れ狂う迫力を見事に捉え、演奏の上手い下手は棚に上げて・・原始野蛮な音世界が克明に蘇ったことに驚いた。(以上、前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
◆アシュケナージさんは、2006年現在NHK交響楽団の音楽監督の地位にあるが、同時に世界で10指に入るスーパーピアニストでもある。80年代には、米国クリーブランド管弦楽団とリヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲集や、弾き振りでベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を英国デッカにまとめてセッション録音したりと・・もの凄い実績をお持ちだ。ピアニストとしてのお若い頃(70年代・・まだLPの時代)の印象が余りにも強烈だったせいか、指揮者としてロンドンで活躍を始められてからの数々の録音にこれといったインパクトが無く、ショスタコーヴィッチのシンフォニーを除き、どれもこれも「中途半端な感動?」を余儀なくされていた。。やはり、・・お人柄が演奏に反映されるのか?・・ピリピリとした刺激チックな感情表現が聴こえてこなかったのだ。この原因を探っていくと・・あることに到達する。・・・それは、オーケストラが優秀なのだ。フィルハーモニア管弦楽団を始め、ロイヤル・フィルハーモニック、コンセルトヘボウ管弦楽団、クリーブランド管弦楽団・・といったメジャー一流クラスと録音を重ねたわけだが、どれもこれも客演指揮者としての立場だ。もちろん、スーパーピアニストとしての敬意をもってオーケストラは接してくるのだろうが、こと「指揮者」ともなれば・・オーケストラに斬り込むのは並大抵じゃないらしい。。斬り込む・・といった強烈な哲学をお持ちの元気(我儘?)な指揮者は・・楽員とケンカしてでもご自分の「音楽」を押し通すことになり、気に入らねば公演(録音)キャンセル!といった芸術家だけに許される?反則行為に出られる場合さえあるのだ。
◆オーケストラが優秀・・・ということは、指揮者にとってはこの上ないことなのだが、全てが丸く収まる(過不足なく・・)とも言える。。この「過不足」の「過」の部分こそ・・リスナーが求める演奏芸術の「暴れ」なのだと思うようになってきた。テンポや楽器バランス・・楽器配置からの音響バランス・・フレージング・・アッチェランドなど・・スコアからほんの少しでもはみ出した時、この演奏は今までに無いような凄い表現!との評価が沸き起こる。勿論、賛否両論・・侃々諤々の意見評論が飛び交い・・「その演奏」は一気に「歴史的!」との評価を定めて、これを聴かねば死ねない!?・・とまで言わしめることにもなる。シェルヘンの遺したベートーヴェンなどは、そのもっともたるもので・・あれほど下手なオーケストラであっても一気に聴かせてしまう・・というアッパレな離れ業?だ。ブリュッヘンやガーディナーが古楽器の楽団で録音したベートーヴェンを含む一連の古典ものなども・・ある意味ではよく似ている。。NHK交響楽団と今後何年か活動を共にされるアシュケナージさんが、バレンボイムのような強烈な個性を開花されるのかどうか・・・それは・・N響が(わざと?)アンサンブルの精度を落として音楽監督を激怒させた時に始まることなのかもしれない。。(?)
Disc No. 349  Title No. CDR-YSHD-219A/B-00
Disc No. 350  Wiener Philharmoniker  -  Japan Tour 2004  -  Valery Gergiev
219A 219B
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-219A/B-00
ワレリー・ゲルギエフ
2004.11.21
イェフィム・ブロンフマン (Pf)
サントリーホール
:
BS/VHS
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
2005.04.02
チャイコフスキー:交響曲第4番
58'56|56'24
:
★★★☆☆
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 日本公演2004 イェフィム・ブロンフマン(Pf) ワレリー・ゲルギエフ指揮
アンコール曲:前半>D.スカルラッティ:ソナタ c-moll☆ショパン:エチュード op.10 No.12 「革命」☆☆☆後半>Joh.シュトラウス:シャンペン・ポルカ☆ポルカ「憂いもなく」
演奏開始6分前の開演ベルから始まり、拍手終了間際までのほぼ完全なBSライブ音源は、ありのままの臨場感を伴って当日の聴衆と同じ時間の流れを追体験できる優れものだ。年間受信料がこの番組だけでチャラになるといっても過言ではない(S席料金¥31000也)ほど、最新のデジタル放送にも無い非圧縮リニアPCMでのBモード音声にのったウィーン・フィルの「こくまろ」な逸品ブレンドサウンドは独特の音香を醸し出していた。しかしながら、サウンドはともかくとして・・煮えたぎる情熱の迸りを期待したラフマニノフでは、VPOはサポート役に徹して、ピアノを捻じ伏せるかのような爆裂な音圧を只の一箇所も出さなかった。これが西欧一流の気品なのか?・・・ 結果的にはブロンフマンの独断場となり、2曲ものアンコールの後にはラフマニノフなどどこかに吹っ飛んでしまっていた。超絶的難曲(らしい)をほとんど破綻もなく弾ききった後のミニリサイタルを「儲けたぁ!」と採るか「ありがた迷惑」と採るかで「余韻」に対する価値観も大いに違ってくるのだろうと思う。。チャイコフスキーの第4交響曲フィナーレコーダよりも、シュトラウスの方が音がデカイ!・・というのが唯一解せぬところ。。吹奏楽器以外の団員がハッハッハッハ・・と声を絡ませるヨーゼフのポルカなど、団員の声が楽器の発する音圧を遥に超えてマイクロフォンに飛び込んだ。(もっとも吊りマイクは弦楽器に最接近している)チャイコフスキーのフィナーレコーダでの音の「ヘタリ」が演奏自体の結果なのか、或いは調整卓でのフェーダー操作なのか・・いつものN響BSライブと比べて余りにもこじんまりとしたダイナミクスの流れに戸惑いを隠せないが、「こくまろ」な結果としたら仕方ない。ティンパニーが本来のものではなかったということも原因かもしれないが、ゲルギエフという男はこんなにも大人しい指揮者だったのか!・・・と驚いた。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 351  Title No. CDR-YSHD-220A/B-00
Disc No. 352  NHK Symphony Orchestra  -  Vadim Gluzman  -  Heinz Wallberg
220A 220B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-220A/B-00
ハインツ・ワルベルグ
2004.02.27
ヴァディム・グルーズマン (Vn)
NHKホール
ニコライ:「ウィンザーの陽気な女房たち」 序曲
BS/VHS
ヒンデミット:交響曲「画家マチス」
2005.04.08
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲
43'04|55'38
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
★★★★☆
NHK交響楽団 定期演奏会 ヴァディム・クル