エアチェックレビュー10
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Disc No. 363  Title No. CDR-YSHD-226A/B-00
Disc No. 364  Radio-Sinfonie-Orchester Frankfurt  -  Lang Lang  -  Hugh Wolff
226A 226B
フランクフルト放送交響楽団
CDR-YSHD-226A/B-00
ヒュー・ウルフ
2004.09.10
ラン・ラン (Pf)
アルテオパー、フランクフルト
:
FM/VHS
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
2005.04.26
マーラー:交響曲第1番*
36'28|54'34
:
★★★★☆ OIDT*
フランクフルト放送交響楽団 定期演奏会 ラン・ラン(Pf) ヒュー・ウルフ指揮
◆エリアフ・インバルがデンオンとのプロジェクトでマーラーの交響曲全曲を録音した記念すべきオケでありホールでもある。サポートマイクはマルチセットしたものの、指揮者頭上の2chメインマイクだけでバランスのとれてしまった驚異的(奇跡的)な録音の現場でもあった。そのテクニカルデータをヘッセン放送協会が持っているハズもなく、望むこと自体無理なことだろう。。しかしながら、インバルの楽器配置とは異なる対抗配置によるウルフのサウンドから、クーベリック&バイエルン放送響とのDGへのセッション録音や後年出たライブ録音よりも格段に優れた確たる2ndVn群の音の存在が聴こえたことは新たなる発見(些か大袈裟?)に通じる程嬉しい瞬間が幾多とあった。指揮者がいいのか・・オケがいいのか・・判らないが、サウンドステージ左右一杯に広がるヴァイオリン群の音のスクリーンは、ある部分において最高の効果を醸し出す。丁度、プロジェクター式のディスプレーで後ろから投影される映像のように、ヴァイオリンのスクリーンに後ろからグラデーションを伴って管打楽器が映えるのだ。そういった意味ではこの録音は成功している。しかし、どういう訳か・・ダイナミクスに関してはまるでALC(自動録音回路)を通したかのような平べったい流れに終始した。これでも音楽は聴けてしまうのだが、・・問題は、ウルフさんの弱音感覚を疑ってしまうことにある。以前にもどこかでコメントしたような覚えがあるが、録音というプロセスは、演奏者の芸術表現を歪めて伝えることが往々にしてあるということを見抜かねばならない。放送局やレコード会社がまさか自動録音など使うハズもないので、コンプレッサーの仕業と思われるのだが、よくよく考えてみたら・・自動録音はコンプレッサーと変わりないのだ。相応な受信対策を行った上でのFM電波のS/Nや周波数特性は、並のアナログLPなど足元にも及ばない優れものなのだ。多少の圧縮は必要悪としても、その度合いを考え抜くことこそ収録エンジニアのセンスでもある。過去にOIDTの必要の無いド迫力のバスドラ付管弦楽を収録したORFのエンジニアのように。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 365  Title No. CDR-YSHD-227A/B-00
Disc No. 366  Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks - Julian Rachlin - Mariss Jansons
227A 227B
バイエルン放送交響楽団
CDR-YSHD-227A/B-00
マリス・ヤンソンス
2004.10.08
ジュリアン・ラクリン (Vn)
ヘラクレスザール、ミュンヘン
バルトーク
FM/VHS  OIDT
管弦楽のための協奏曲
2005.04.27
サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
39'42|47'44
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲*
★★★★☆ OIDT*
バイエルン放送交響楽団 定期演奏会 ラン・ラン(Pf) ヒュー・ウルフ指揮
◆バイエルン国王の謁見の間として使われていたという王宮の中の大理石に囲まれた空間。ヘラクレスザールはウィーンの楽友協会大ホールより一回り小ぶりでベルリンの旧シャウスピエール(現コンツェルトハウス)と同じ1200席程度の容積らしい。壁面に吸音目的でヘラクレスの絵柄の緞通が何枚かかけられてはいるが、本来は聖堂のように音の消えない荘厳な音空間でもあったに違いない。。従って、ホールトーンはプラスター(石膏)張りの楽友協会とは全く異なり、反射音は弱音では柔らかく、強音では金管や金属打楽器、そしてヴァイオリンのハイポジションなど鋭さが増すハズだ。さて、この演奏会・・ダフニスがメインだ。夜明けを音化した楽曲はシュトラウスのアルプス・ツァラトゥストラを始め数多あるが、其々に季節感が全く異なるところが面白い。夜明け前の「蒼」を最もシビアに描いたのは「ツァラトゥストラ」じゃないかと思ってはいるのだが、この「ダフニス」の蒼色は真夏の微睡(まどろみ)の中にも「今日」をワクワクするような・・^◎^的期待感満点?に太陽(ひ)が昇る。ジャケカのイメージを何度か海辺で見たことがあるが、その時気持ちを過ぎった音楽は何時も「ダフニス」の夜明けだった。ニンゲンの煩悩で溢れるほどのワクワク感こそ、この出だしの命なのだ。ヤンソンスとBRSOは、僅か16分という短い時間ながら、メインプログラムとして充実した演奏を繰り広げ、多少のD補正を要したものの、真迫感のあるバスドラを含み見事な録音で自前のオケを盛り立てたバイエルン放送のエンジニアと共に敬意を表したい。バルトークのマルチマイクも下手なセッション録音など血の気が引く如くの優秀録音となり、これホントにFM?・・と思うと同時に、市販CDなど買う気も失せるほどの鮮烈かつフォーカスの定まった素晴らしいサウンドだ。ヘラクレスザールの残響感と個々の楽器の鮮明さとの融合は100%お見事!と言わざるを得ない。唯一残念なのは、サン・サーンスでのソロが肥大化し過ぎたことだった。まぁ・・ソロのピックアップにPA使ったと思えばいいかぁ。。(?) (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 367  Title No. CDR-YSHD-228A/B-00
Disc No. 368  Gewandhausorchester Leipzig - Frank Peter Zimmermann - Herbert Blomstedt
228A 228B
ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
CDR-YSHD-228A-00
ヘルベルト・ブロムシュテット
2005.02.11
フランク・ペーター・ツィンマーマン (Vn)
ゲヴァントハウス、ライプチッヒ
:
FM/VHS
バルトーク
2005.04.28
ヴァイオリン協奏曲第2番
37'47|52'05
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
★★★☆☆
ライピチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 定期演奏会 フランク・ペーター・ツィンマーマン(Vn) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮
◆日本におけるドイツ年・・という訳の判らないテーマの下、4夜連続でドイツのオーケストラライブがオンエアされたのだが、旧東独のライプチッヒ放送が中部ドイツ放送と名を変えて収録にあたっている。ゲヴァントハウスもノイエ・グロッサーザールとしてベルリンのフィルハーモニーのように客席がステージを取り囲む近代的なデザインとなって、商業オケとしては最も古い起源を持つゲヴァントハウスのイメージを根底から変えさせた。60年代初頭のコンヴィチュニーの録音によってサウンドイメージを固定された感のあるオーケストラだが、同じ対抗配置で演奏された英雄交響曲の輝かしい響きは先入観などあっという間に覆してしまった。老舗ブライトコプフ社の改定版で演奏されたとのことだが、例の第1楽章最大の盛り上がりでメロディラインを木管のみで奏する(何か肩透かしに遭うような不思議な音響の流れがある)ことが確定的に実践されたのだが、古楽器や小編成のオケのバランスでは納得できても16型の大編成弦楽合奏の上に木管だけでメロディラインを載せるのにはチト無理があるようにも感じられる。原典主義もここまでいくと滑稽だ。テンポ感はカラヤンの演奏に似て快速級。古楽器のオケでは高速でぶっ飛ばすのもある。特別なデフォルメも一切無く、さすがドイツ正統派のオーソドックスな演奏となった。ブロムシュテットはN響で戦後?初の対抗配置を実施した指揮者らしいが、その定期公演での同じベートーヴェン(2&5番)を聴いてもゲヴァントハウスと同じような音がする。クルト・マズアの時代までは、チャイコフスキーでもいい意味でくすんだ音色が残っていた。指揮者によって音は変わるものの、この大きな変化は東西統一後に「西」からの楽員が増加した影響なのかもしれない。そういえば・・「西」のヴァイオリンは「東」のものよりよく響く楽器が多い?などという噂を当時聞いたことがあった。ホントかウソかは別にしても・・オーケストラのサウンドは個々の楽員が持つ楽器の音色の集合体なのだ。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 369  Title No. CDR-YSHD-229A/B-00
Disc No. 370  Saito Kinen Orchestra  -  Seiji Ozawa
229A 229B
サイトウ・キネン・オーケストラ
CDR-YSHD-229A/B-00
小澤征爾
2003.09.10
F.マルタン
長野県松本文化会館
7つの管楽器、ティンパニ、打楽器と
BS/VHS
弦楽合奏のための協奏曲
2005.04.30
ブルックナー
28'42|74'13
交響曲第7番(ノヴァーク版)
★★★★★
サイトウ・キネン・フェスティヴァル2003 オーケストラコンサート  小澤征爾指揮
◆音叉を耳にあててチューニングのAを出す宮本さんの真摯な態度こそサイトウ・キネン・オーケストラの合奏精度を物語る象徴的な光景でもある。。スーパーオーケストラでありながらも何となく重みを感じないヘンテコリンな名称からまともに聴いてこなかったし、十数枚の市販CDを購入したが、ベートーヴェンの交響曲全集を買うまでには至らなかった。。何本かのBSエアチェックのライブ音源もあるが、CD化された楽曲多々で一発ライブにせよ編集ライブ又はセッション録音でも中身はほぼ一緒と高をくくっていた。スーパーオーケストラだからこそのアンチ心理が働いたのかどうか・・小澤さんのオーソドックス過ぎる音楽表現にかったるさ?を感じたのかどうか・・・この演奏に接するまでは今ひとつ物足らない組み合わせの代表のような存在だったのだ。この演奏会は、同一プログラムで4日間行われたオーケストラコンサートの初日のもの。NHKは1年半のタイムラグがあるとはいえ、当時弐万壱千円也のS席へ時空を遡って案内してくれたのだ。開演ぎりぎりの到着ながら・・ホールの扉を開けると未だ楽員の登場していないステージがあり、席について暫らくすると盛大な拍手で楽員が登場。小澤さんも楽員に紛れて登場。チューニングが終るのを指揮台脇で待っている。。指揮者登場の拍手なく演奏が始まるのは世界唯一ここだけじゃないだろうか。。指揮台を取り囲むように配された7人の管楽器奏者。その奥正面にティンパニ。この8名がソリスト待遇でぞろぞろ?とカーテンコールにも応える。宮本・工藤・ライスター・吉田・バボラク・モリソン・山本・ファースを核とするマルタンの協奏曲は挑発的なリズムに載ってソロの妙技を絡ませる。面白い!。ブルックナーの響きはなんとホールトーンの中で融和していた。さらに、物理的な長さこそ短いものの、NHKのマイクロフォンは2chの中にも充実した残響を見事に捉えていた。チェリビダッケの表現は別格として、名演奏とされるものの・・何十年も前のカビの生えたような音質の録音盤の存在価値など一瞬にして吹っ飛ばしてしまった。天上のサイトウ先生の頭から湯気が出る?程「叩き」が消滅した棒を持たない小澤さんの指揮は、恩師を超えて本物のマエストロと化した何よりの証でもある。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 371  Title No. CDR-YSHD-230A/B-00
 Wiener Philharmoniker  -  Riccardo Muti
230
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-230-00
リッカルド・ムーティ
2005.05.01
:
ウィーン楽友協会 大ホール
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
FM/VHS
スクリャービン:交響曲第3番「神聖な詩」*
Live on Air
:
74'32
:
★★★★★ OIDT*
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会  リッカルド・ムーティ指揮
◆毎月一回、夢のようなウィーン・フィル定期演奏会の生中継だが、NHKはORFのアナウンスを後追いする形で東京のスタジオからアナウンスを入れるようになった。。本家のORF自体20数秒でアナウンスを被せてくるのだから・・諦めるしかないようだ。さて、寝てる聴衆を叩き起こす目的で書いたハイドンのユーモア。現代にあって、ムーティ&ウィーン・フィルで寝るお方などいないだろう。。満身のびっくりフォルテッシモも、バスドラムとシンバルでも加わらなければ判りきったユーモアの裏をかくことができないんじゃないかと思う。それでもWPhの炸裂は全曲中やはり最高のレヴェルを示したのだからたいしたものだ。今回の中継は高品位だった。伝送上のノイズなどほとんど無く、極上のアナログLPでも敵わない音世界が広がる。フィナーレでのティンパニの連打などWPhの紋所のような独特な音。ここだけでも痺れる。大編成のスクリャービンでもフィナーレコーダ以外ダイナミクスはほとんど潰れなかった。D補正も至極簡単に一発でOKとなり、驚愕的優秀録音盤としてコレクションの一角に輝く存在となったのだ。・・それにしても、日曜の午前11時から・・かくも妖艶な音香漂う黄金の空間に過ごすことのできたウィーンの聴衆は・・ホールを出た後何処へ向かうんだろう・・・。<さぁ・・わたしと一緒に○○へ行きましょう・・そして・・あなたの煩悩を清めましょう・・><金色の女神様。・・ウチの仏壇に引越ししまへんかぁ?><ワタシ・・ニホンノコトバ・・ワカリマセン・・・ホナ・・サイナラ>>>>>>>>切腹!!<< (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 372  Title No. CDR-YSHD-231A/B-00
Disc No. 373  NHK Symphony Orchestra  -  Yukio Yokoyama  -  Jun Märkl
231A 231B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-231A/B-00
準・メルクル
2005.04.09
横山幸雄 (Pf)
NHKホール
:
BS/VHS
ハイドン:協奏交響曲
2005.05.06
リスト:ピアノ協奏曲第1番
52'04|46'39
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
★★★☆☆
NHK交響楽団 定期演奏会  横山幸雄(Pf) 準・メルクル指揮
(♪♪〜)(♪♪〜)(♪)(♪)(♪♪〜)←音符よりもカッコが重要!?・・・これ、ハイドンHob.I:105の第1楽章に出てくるウキウキの旋律。メルクルさんも楽しそうだ。カラヤン先生がN響を振るために単身来日したのは1954年・・46歳の時だった。メルクルさんは1959年生まれだから・・奇しくも同じ歳!。指揮者というのは四十半ばでも若いんだぁ。人生50年・・などと言ってる場合ではないことを教えられるハメにもなってしまった。メルクルさんが白髪若しくはツルツル?になって帰ってきた時には、Markl の a の上に二つ点が付くドイツ名の重量感がにじみ出たベートーヴェンのシンフォニーなんぞを味わってみたいものだ。一方のN響の顔たち。コンマスの篠崎さんはともかく(笑うとサマにならない?)として、チェロの藤森さん、久しぶりのソリスト出演でバッチリと散髪されて満々の気迫で演奏されたオーボエの茂木さん。そしてファゴットの水谷さぁーん!・・ちっとも楽しそうじゃないんだなぁ。。後ろでカッコーーカッコーーカッコカッコカッコーー・・てな具合に愉快な音列がパレードしてるのに、4人のソロはピリピリムードなんだから、ひょっとしてメルクルさんの笑顔は苦笑いなのかも?。独奏ピアノ付交響詩として何か名前をつけてもよさそうなリストのコンチェルトは短いながらも超絶的な難曲らしい。単一楽章ながら4部構成で起承転結が判り易く、14型ながら大編成の管弦打楽器が大活躍する。横山さんのピアノは強靭かつ正確な打鍵で迫力満点。管弦打楽器とのバランスも良く、客席前方4〜5列センターで聴くような感じ。ダイナミクスも潰れることなくここぞ!のところで炸裂する。オーディオ専用電源からテクニカのノイズフィルター付オーディオタップを通したBS録画用音声マニュアル録音S-VHSデッキ(ジャンク屋で八千円+メーカーサービスセンターでの補修代金壱万円弱・・・なんと楽屋がバレましたぁ!)とマクセルSVHSテープ(120分用単価約百五十円也)の組み合わせで、かくも素晴らしい音源(サウンドトラック)をゲットできる。レコ芸あたりの録音評なら93点以上を常にキープできるだけのNHKのリニアPCM音源は、ヘタな小細工が鬱陶しい市販ライブCDよりも格段に優れた・・唯一本物と呼べる高品位ライブ音源なのだ。バルトークも二重丸。聴衆の拍手も満足げだった。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 374  Title No. CDR-YSHD-232A/B-00
Disc No. 375  NHK Symphony Orchestra  -  Jun Märkl
232(A/B)
NHK交響楽団
CDR-YSHD-232A/B-00
準・メルクル
2005.04.15
:
NHKホール
ベートーヴェン
BS/VHS
ミサ・ソレムニス
2005.05.13
Kyrie - Groria - Credo (Disc.1)
52'22|41'24
Sanctus - Agnus Dei (Disc.2)
★★★★☆
NHK交響楽団 定期演奏会  準・メルクル指揮
Ruth Ziesak(sopran) Christian Iven(messo-sopran) Shigehiro Sano(tenor) Jan-Hendrik Rootering(bass)  Kunitachi College of Music
◆南無阿弥陀仏・・を仏壇で唱える我が家の一角で荘厳なミサ曲が鳴り響く。。このなんとも奇妙な精神世界こそ「芸術」としての超越次元なのかと思ったりする。神様・・仏様・・観音様・・・と窮地に陥った時に頼りにしても、五欲煩悩を捨て切れなければ救済の手も差し伸べられないのに、ニンゲンはなかなか「ゼロ」にはなれない。。ベートーヴェン晩年の達観の境地が滲み出たこの至高の名曲は、素直さが壊失し数多の情報で毒されたゲンダイジンの心を浄化する。・・というよりも、自分にとっては・・浄化させていただいてる・・というべき存在だ。教会で結婚式をしてお寺で葬式をするニッポンの奇怪な風習の中では、ミサソレムニスに感動し、そしてまた涅槃交響曲にも感動するのだ。ひょっとしたら、日本人は究極の宗教観?・・ものの道理を超えたところにある絶対普遍かつ∞の「存在」が見えているのだろうか。。。さて、「心より出で・・心へと伝わらんことを・・」とスコアに記したベートーヴェンの魂の音楽。正式な名称は、4人の独唱、混声合唱、管弦楽とオルガンのための荘厳ミサ曲、ニ長調、作品123 とある。NHKのカメラはただの一回もオルガンを映さなかったし、ステージ上の遠隔演奏台さえ無関心だった。しかしながら、サウンドトラックともなればそんなことはどうでもよくなって、メルクルさんの若さに似合わないような?ジンワリゆったりとしたテンポでキリエが始まる。NHKホールとは思えない柔らかな響き(収録)も手伝って、あっという間に心の扉が開く。雲上に浮かぶ如くの安らぎと癒しの境地。荒れ果て乾燥しきった大地に恵みの雨が降り、緑が芽吹くよう。。4人のソリストの発声も管弦楽や合唱とのバランス優秀で、ここぞという箇所での管弦楽と合唱の爆裂も見事にホールを揺する。心へ響け・・ニンゲンたちよ和すのだ・・ニンゲンたちよ愛するのだ・・ニンゲンたちよ助け合え・・・マイクロウエーブで細胞から熱せられたように(死んでしまう!?)ホッカホカの気持ちで生きるのだ。。・・そんな途轍もない内的エネルギーを凝縮してアニュスデイが終結した。キリエ後半でのほんの一瞬の電気的ノイズ?は音源自体のもので、商用音源としては用をなさないが、余りにも素晴らしい演奏の前には瑕疵ともならない。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 376  Title No. CDR-YSHD-233A/B-00
Disc No. 377  Berliner Philharmoniker + Wiener Philharmoniker  -  Sir Simon Rattle
233A 233B
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-233A/B-00
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
2005.05.08
サー・サイモン・ラットル指揮
コンツェルトハウス、ウィーン
ヴォーン・ウィリアムス*
FM/VHS
タリスの主題による幻想曲
2005.05.18 2005.08.14*
グスタフ・マーラー
58'18|45'16
交響曲第6番「悲劇的」
★★★★★ OIDT
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団+ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 合同演奏会 サー・サイモン・ラットル指揮
【Disc.1】 ヴォーン・ウィリアムス:タリスの主題による幻想曲(弦楽合奏のための) & マーラー:交響曲第6番〜第1楽章&第2楽章(アンダンテ)
【Disc.2】 マーラー:交響曲第6番〜第3楽章(スケルツォ)&第4楽章
◆ラットルさんの50歳の誕生日を祝して、ウィーン・フィルとベルリン・フィルが合同演奏会を行った。カラヤンの時代には・・本妻と愛人の関係?にあった両楽団で、合同演奏をするなんてことは夢の中でも考えようの無い・・言わば有ってはならない出来事なのだ。一昔前には、ウチの近所のたこ焼き屋さんでは・・旦那の本妻さんと愛人さん(しかも3号さんまでが・・)たちが仲良く店を切り盛りして・・旦那の焼いたのよりも3号?さんの焼いた方が上手いとか・・いや旦那の焼いたカリカリ感?がタマラナイ!・・とかの噂で持ちきりだった。。真偽の程は定かではないものの、ある意味では誠に羨ましい「一つ屋根の下」の光景だ。この関係の中では・・たこ焼きを焼いていることで何らかのガス抜き?が行われて・・気持ちを妬くことまでにはならなかったんじゃないか・・と勝手な想像をしたりもする。これが・・万一我が身のことなら(・・んな甲斐性などサラサラ無いが・・)、恐らく三面記事にチョロリと載る程の事件に発展するやもしれまい。。^^; いやぁ・・オンナの心を舐めてかかったら最後・・オトコの沽券など一瞬にして吹っ飛ぶほどの陰鬱極まる仕返しを覚悟せねばならないのだ。・・・ナメたらアカンぜよ!・・・覚悟しーやぁ!・・・てなことは、映画の世界?だけかと思ったら大間違いだ。。結婚から離婚へと至る愛の崩壊は、全てと言っても過言でないほど・・世のオトコどもが「悪」の根源・・との固定観念によるものだ。他の女神への浮気心が本気?に変わってしまったような旦那とは一つ屋根の下には暮らせないのも当然だ。この中に子供でも居ようものなら・・親自ら子供に対して「ニンゲン不信」を潜在意識に植え付るようなこととなる。その種が子供の成長と共に無意識の中に育って・・「愛」の重みを知らないまま結婚へと至る。。そして・・子供もまた・・同じ運命を辿ることになる。因果応報とはよく言ったもので・・成り行き任せの人生や恨み辛みの人生を送っていれば・・子供は親の心の全てを見抜くこととなる。一方、これを「反面教師」として・・人生哲学を学ぶ子供も居る。失敗は成功の基。。親の失敗を繰り返さないために・・「愛」の本質を探究し・・「我慢」というキーワードを見つけることになる。浮気なのか本気なのか?・・DVが勃発しても一過性なのかDNAや生まれ育ちからのものなのか・・ギャンブルに借金してまでのめり込んでいるか・・それによる子供を巻き込んでの経済破綻の可能性・・・などなど。。万一、浮気以外の行為の中で「愛してる!」という甘い言葉をかけられても・・その本意は・・「愛してる^^;」・・てなことでしかない。・・といったことが見抜けるようになるのだ。マザコン男が居ればファザコン女も居る。。家とのしがらみから抜けられない雁字搦めの長男が居れば自由気儘な次男も居る。封建社会を未だ引きずったような「家」が在るかと思えば・・親子と言えども別人格!と割り切った「家」も在る。仕事ができてもオンナを知らないオトコが居れば・・バラ色の結婚への憧れに盲目となってオトコの本質が見えないオンナも居る。・・・いや・・・その前に・・・ニンゲンを知らないオトコとオンナが居る。。人生80年・・そして・・半世紀を超えるかもしれない結婚生活を支える「愛」とはなんぞや?!?。。 
◆マーラーの「悲劇的」な交響曲のフィナーレでのハンマーの打撃は・・自惚れたニンゲンどもへの警鐘でもあるのだ。世の中に・・こんなにも恐ろしい交響曲があっていいのだろうか・・と感じる瞬間だ。これを・・世界の両雄たるスーパー楽員たち70名X2=140名という大編成でゴリゴリと音を発するのだから・・その音響たるや凄まじいものだったに違いない。。おそらくは・・70名の中では・・12型(12-12-8-8-6)の弦楽器と木管10名、金管10名・・そして打楽器に5名ほど出し合ったということか?・・。オリジナルの管楽器自体が膨大な数を要することから・・多分弦楽器のみに合同演奏による増員効果があったようだ。二つのオーケストラの合同編成は 24-24-16-16-12 ともなったハズで・・弦楽器だけでも92名(4管編成一団体分の人数に匹敵!)の特大編成となる。そんなこんなで・・やはり通常の16型(それでも60名!の弦楽器)の響きとは異なって、マイクロフォンを通したバランス操作があるとはいえ、その分厚い響きはステージ所狭しと並んだ合同オーケストラの光景を想像するに十二分な情報量を含んでいた。歴史的大演奏会だったベルリン・フィル+ウィーン・フィル合同演奏会のライブ録音は、ウィーン・コンツェルトハウス/ORFからの音楽専用衛星回線を経由したリニアPCMデジタル音声をNHKで録音したDATをもって放送されたらしい。従ってORFは「録音協力」としてクレジットされたものの録音著作権はNHKが持つという稀な形態での録音ライブだったようだ。まぁ、そんなことはどうでもいいことだが、ピッチや楽員配置も半々手打ち?となった巨大弦楽編成によるマーラー6番。楽章間のダイナミクスの流れを多少補正する必要に迫られたものの、これ・・本当にFM?!・・という程のド迫力だった。僅かに伝送上のノイズと思われる瞬間が数箇所混入したのはオンエア伝送の宿命と諦める他は無いが、1+1が2ではなく4にも8にもなるところなんぞは、ラットルさんの下で見事にコントロールされつつも、両楽団員の「演奏」に対する限りない情熱とプライドを火花を発しながら昇圧破裂せしめ、凄まじい爆風となって部屋の空気を揺すったのだ。サブマイクで拾った一部楽器に収録レヴェルオーバーの傾向があるようだが、この楽曲の雰囲気には瑕疵とはならない。前座で演奏された「タリスの主題による幻想曲」も後日放送(8月14日にオンエアされた)とのアナウンスがあり、この記念碑的演奏会の全貌をゲットできることを悦びたい。たかがFM・?・されどFM!・・侮れない。。 唯一残念だったのは、演奏前指揮者登場の拍手を入れながらも演奏終了後の(多分)熱狂極まる雰囲気だったハズの拍手が30秒弱でフェイドアウトの憂き目にあってしまったことだ。毎度のことなれど、こういった歴史的演奏会のライブこそ、演奏自体は勿論のことながら・・終了後の拍手がどんなウネリを伴ってどのくらい続いたのか・・ということまで知りたい。・・というよりも、当日の聴衆と一緒になって拍手(もっとも気持ちの中でのことだが・・)を送りたいのだ。
Disc No. 378  Title No. CDR-YSHD-234A/B-00
Disc No. 379  NHK Symphony Orchestra - Vladimir Feltsman - Andrew Litton
234A 234B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-234A/B-00
アンドリュー・リットン
2005.04.20
ウラディーミル・フェルツマン (Pf)
サントリーホール
ベートーヴェン
BS/VHS
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
2005.05.20
シューマン/リスト編:献呈(愛の歌)
48'20|50'18
シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
★★★☆☆
NHK交響楽団 定期演奏会 ウラディミール・フェルツマン(Pf) アンドリュー・リットン指揮
◆天下2大オーケストラ合同演奏会での凄まじい弦楽サウンドを聴いた後に直に取り掛かった「皇帝協奏曲」のマスタリング。。なんだか・・ナヨッチイ?やんわりムードでオケが鳴る。ダメだぁ!・・こりゃ!・・と思いかけた矢先に、これはN響のプルトを減らした弦楽で、しかも円やかトーンのサントリーでの収録だということに気が付いた。(ウソのようでホントのような超ドンカンチックな時空移動の歪みの中でのハナシです) 先入観とは恐ろしいもので・・「皇帝!」と聞けばバリバリパンパン?ドヒャーッと強烈な音塊の襲来に身構えてしまいそうな感じを持つのだが、ベートーヴェンさんご自身はこんな名前をつけた覚えが無いらしい。。一見(一聴)ゴツそうな曲想でも・・実のところは全てベートーヴェンさんの心に潜む熱く燃えるロマンスのエネルギーが湧き出たもので・・第2楽章なんぞはメロメロのラブレターそのものだ。。39歳のベートーヴェンの完熟した恋心は・・架空の中で満身の自信となって音化したのだ。だから・・柔らかくも張り(気持ちのハリアイ?)があって、滑らかに流れなければならない。。フェルツマンさんの打鍵にはほんの一癖があったが、ポジティブな表現力だから嫌味にはならない。円やかな弦楽器もこれでいいのだ。 さて、大柄なリットンさんのツボを得た「英雄の生涯」は、篠崎さんのソロが美演だった。サポートマイクでのズームアップも良識の範囲キリギリ?に収まって、オケの全体音像の中でもハッキリと浮かび上がる。客席最前列かぶりつきで聴くとこんなバランスになる。ベートーヴェンでの2管オーケストラのテュッティーはマイナス8dB。シュトラウスとなるとそれがマイナス6〜4dBに上昇する。そして、英雄の戦場でのバスドラムが単独でゼロへと飛び込んだ。オケの爆裂テュッティーはマイナス2〜1dBへと跳ね上がる。このゼロへと飛び込むピークを探すのだが、今回のマスタリングでは予感が見事に的中。一発で仕上がった。マスタリングとは、CD(R)化のためのデジタルマスターを作ることなのだが、最近では音源収録でのネガティブオペレーションの逆をつく(つまりは蘇生させること)ことが極めて楽しく・・有意義な結果に満足している。今回のオンエアでも、ベートーヴェンとシュトラウスでは若干レヴェル補正が必要だった。それを見越しての一発OKだから、勘冴えわたる五月晴れってトコか・・。これ即ち・・自己満足の極みなり。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 380  Title No. CDR-YSHD-235-00
 New National Theatre, Tokyo  -  Tokyo Philharmonic Orchestra  -  Tetsuro Ban
235(表) 235(裏)
新国立劇場
CDR-YSHD-235-00
東京フィルハーモニー交響楽団
2004.09.15
阪 哲郎
東京・新国立劇場
BS/VHS
マスカーニ
2005.05.21
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」
78'31
:
★★★★☆
Elisabetta Fiorillo as Santuzza,  Akemi Sakamoto as Lola,  Attika B.Kiss as Turiddu,  Satoru Aoto as Alfio,  Hitomi Katagiri as Luchia     New National Theatre Chorus
Disc No. 381
 Title No. CDR-YSHD-236A/B-00
Disc No. 382
 New National Theatre, Tokyo  -  Tokyo Philharmonic Orchestra  -  Tetsuro Ban
236A 236B
新国立劇場
CDR-YSHD-236A/B-00
東京フィルハーモニー交響楽団
2004.09.15
阪 哲郎
東京・新国立劇場
:
BS/VHS
レオン・カヴァッロ
2005.05.21
歌劇「道化師」
53'50|30'25
:
★★★☆☆
Giuseppe Giacomini as Canio,  Juliette Galstian as Nedda,  Georg Tichy as Tonio,  Hiroyuki Yoshida as Peppe,  Rudolf Rosen as Silvio,  Setagaya Junior Chorus,  New National Theatre Chorus
新国立劇場  ヴェリスモ2大オペラ公演 カヴァレリア&道化師
◆自他共に認めるオペラ嫌いでも・・聴かねばならぬ作品が何点かある。その中でもワーグナーと並んでピカイチ好きなのがこの「カヴァレリア」だ。ドラマの内容などは、浮気の果てに相手のダンナに殺されるという・・NHKニュースでも偶に取り上げられ、ワイドショーでは日常茶飯事のネタともなるような・・ニンゲンの性(さが)煩悩によるお粗末な運命を厳格神聖な教会の前で演じるという破廉恥かつ滑稽なものなのだが、なにせ音楽がすこぶるいい。。火曜サスペンス?の主題曲にはチト高尚ともなる交響的間奏曲のロマンティックさには、独立した録音を聴く度に酔いしれる。カラヤン先生がスカラ座で「道化師」共々全曲録音して、ベルリン・フィルではオペラ間奏曲集の中に美演を残したお陰なのかどうか・・そのレコードを手にした時からのお付き合いなのだ。ハズカシながら・・ステージを「観る」のは今回初めて。座付オケともいえる東京フィルの美麗な音色は、10型或いは12型程度の弦楽編成とは思えない迫力があり、ステージ上の歌との収録バランスも絶妙だった。コンサートのようにステージ上にマイクを吊れないオペラ上演のライブ収録は、本当にマイクアレンジが大変らしい。ORFによるザルツブルグの「フィデリオ」の録音よりも、今回のNHKの収録がマイクアレンジの制約を感じさせないホールトーンと見事に調和した音調となっていたことに驚嘆。セッションと違って、ステージの上手下手へと歌手が移動する度に音像も移動し、歌手が背を向ければ音像もオフ気味になるというライブならではのリアル感は、聴くだけでもステージを彷彿とさせる。ハウス完全お抱えの合唱団の演技も堂に入って、カメラのズームを通して観ると細かいところまで表情豊かに演じてはいるが、なにせ大和の国の人種?がイタリアチックに熱演しても、視覚的には違和感が纏わり付く。和製ヴェリスモの限界なのかもしれないが、こうしてCD(R)化で音楽だけに浸る時には、合唱団健闘せり!と賞賛したくもなるのだ。「道化師」では、嫉妬の挙句ナイフ沙汰となるわけだが、またかよ・・。。とドラマの筋書きにはウンザリする。音楽は何度聴いても飽きないが、映像は一度観たらそれでいい。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 383  Title No. CDR-YSHD-237A/B-00
Disc No. 384  Tokyo Philharmonic Orchestra  -  Myung-Whun Chung
237A 237B
東京フィルハーモニー交響楽団
CDR-YSHD-237A/B-00
チョン・ミュンフン
2005.03.10
ラルス・フォークト (Pf)
東京オペラシティCH
森 麻季 (Soprano)
BS/VHS
:
2005.05.27
シューマン:ピアノ協奏曲
38'16|60'40
マーラー:交響曲第4番
★★★★☆
東京フィルハーモニー交響楽団 オペラシティ定期公演  チョン・ミュンフン指揮
◆オペラに続いて今度はコンサートでの東京フィルがオンエアされた。コントラバス3、チェロ6・・(後は確認できず・・)だった新国ピットに比して、コントラバス10を擁する18型の大弦楽編成で臨んだオペラシティ定期。翌日にはサントリーで定期、翌々日には新幹線に乗って地元(管理人の)での定期と同一プログラム3連続演奏会の初日だ。シューマンとマーラー4番という今一つ盛り上がりに欠ける楽曲という先入観での演奏会(管理人の独善的価値観?)なのだが、飛び込んでみたら意外にも新発見多々あって充実した時間となったことを慶んでいる。ロマンティックコンチェルトとしてはスタンダードサイズの14型のバックで始まった前半のシューマンは、フォークトさんのピアノがやはり素晴らしいものだった。ステージマナーも良く、オレが俺がぁ・・のことの多いソリストの答礼(カーテンコール)の中でも、協奏したオーケストラへの感謝の表出と答礼への心配りなど、人間性の滲み出た光景が微笑ましかった。ただ、スタインウェイのベダルアクションのメカ音が喧しく、打楽器のように聴こえる瞬間もあったりして・・マイクアレンジの失敗を露呈。ホールトーンとの融合もあまり感じられず、NHKホールでのN響の方がエアチェックではより良く響く。楽曲間のダイナミクスの流れはリニアではなく、シューマンに対してマーラーでは6dB前後収録レヴェルを絞ったようだ。ただ、楽曲内楽章間のダイナミクスのリニアな流れは維持されており、第1楽章バスドラ付全合奏にピークを合わせれば、第3楽章エンディングのティンパニーもゼロを超える事は無い。今回、そんなヤボ?なことよりも、レヴェルモニターをしながら観た画面に映った麻季さんの美貌に釘付けに(何に?)なってしまった。東京芸大大学院からイタリアのヴェルディ音楽院・イタリア国立音楽大学大学院を修了するというとんでもない才女らしく理知的な面立ちにチャーミングなエクボが映える。カールしたロングヘアーは「ラインの乙女」をも想像したりする。コロラトゥーラといってもトーンはキャスリーンとは勝負にならないが、ビブラートをつけずにスーッと伸ばすところなんぞはゾクゾクものだった。年甲斐もなく・・珍しくミハーチック?になりそうな予感がする。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 385  Title No. CDR-YSHD-238A/B-00
Disc No. 386  St.Petersburger Philharmonie  -  Vadim Repin  -  Yuri Temirkanov
238A 238B
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
CDR-YSHD-238A/B-00
ユーリ・テミルカーノフ
1999.02.23
ワジム・レーピン (Vn)
ウィーン楽友協会大ホール
カンチェリ:交響曲第4番
FM/VHS
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
1999.12.27
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
43'10|46'36
エルガー:エニグマ変奏曲〜Adajio
★★★★☆ OIDT
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 ウィーン公演1999  ユーリ・テミルカーノフ指揮
◆SPPOウィーン公演のライブ。93年の東京でのチャイコフスキー・チクルスのFM生放送よりもはるかに素晴らしい録音だ。70年代にムラヴィンスキーもこのホールでライブ録音をしたが、ソフトフォーカス・・というよりもピンボケ写真のような音像と化していたことに、思わず我が耳を疑った記憶もある。1975年にミケランジェロ生誕500年を記念して作られたというカンチェリの単一楽章による交響曲は大小各種の鐘が大活躍する。面白い! 教会の壁画などに貢献した歴史的画家を象徴するのは・・やはり「Bell」につきるのか?。交響詩ではないのでマクロの雰囲気が優先する。全編ラルゴの中、散発的に盛り上がるテュッティーは、ゲンダイオンガク得意の手法かも。。しかしながら、炸裂の合間のなんともいえぬ情緒タップリのメロディラインはステンドグラスから射す柔らかな陽光のようで一瞬ながらも癒される。悲愴交響曲は、SPPO独特の楽器配置が活かされて、特にヴァイオリンの対抗配置からの音響は絶妙だ。チャイコフスキーがこの配置を念頭に書いたフィナーレ出だしのメロディラインなど、ヘッドフォンよりもスピーカー再生で真価を発揮する。空間合成されるメロディラインは、まるで天空をキャンバスとするレーザーペインティングのように・・交互の音符が空間で整列するのだ。SPPOの合奏精度は東京公演よりも格段に進化して、完全にテミルカーノフのオーケストラになった感じがする。ムラヴィンスキーのような鋭角的な切り込みはないが、ステージ上手に集合した金管軍団の余裕綽々の吹奏はやはり独特だ。ソ連崩壊後優秀な楽員がロシア・ナショナル管弦楽団へ相当数移籍し、一時レヴェルダウンを余儀なくされたらしいが、よくぞここまで回復したものと嬉しくなった。ムラヴィンスキーを全面否定するところから始まったテミルカーノフのオーケストラに対する愛情は、ひょっとしたらムラヴィンスキーと表裏一体のものかもしれない。。指揮者の表現力もさることながら、このオーケストラ自身が持つ世界中どこにもない固有のサウンドバランスの方が楽曲表現上訴えかけるものが指揮者の解釈に優る。(独断と偏見!です。) m( _ _ )m! (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 387  Title No. CDR-YSHD-239-00
 St.Petersburger Philharmonie  -  Yuri Temirkanov
239(表) 239(裏)
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー
CDR-YSHD-239-00
ユーリ・テミルカーノフ
1997.05.05
:
スイス・ルガーノ国際会議場
チャイコフスキー:交響曲第2番「小ロシア」
FM/VHS
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
1997.12.19
リムスキー・コルサコフ
66'19
歌劇「見えない町キーテジ」前奏曲
★★★★☆ OIDT
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 ルガーノ(スイス)公演1997  ユーリ・テミルカーノフ指揮
◆プラハ・・と同じくスイス・ルガーノにも春の音楽祭があって、SPPOは「春の爆裂」でもって聴衆を興奮のルツボに落とし込んだ。演奏会場は異なるものの、60年代にはシェルヘンが猛烈極まるベートーヴェンを全曲演奏した地でもある。ウィーン・フィルなら途中で楽員が「フザケルな!」と怒り出すようなメチャクチャなテンポでオケを煽り立てたライブ録音は、おそらく唯一無二の特異な存在となって未来永劫残ることになるだろうと思っている。さて、テミルカーノフさんの「小ロシア」。・・正にオラがオンガク!と云わんばかりにオーケストラがノリノリだ。金管などは300馬力のクルマが1500回転も回していないのに100Km/hクルージングを悠々してるかのよう。。春祭でのロシアンブラス炸裂の期待感がみるみる膨らんでくる。センターではなく、1stVnに対抗して右から飛び出す音響効果は、ヘッドフォンを被って聴くと右耳の負荷大で突き刺さるように鳴り響く。肝心の打楽器の素晴らしい炸裂効果と共に音響の洪水に浸れる。ジャケットイメージは、SPPOの本拠「フィルハーモニーホール」だ。ステージの奥行きが十分に無いので、必然的にオーケストラは横広がりになるわけだが・・弦楽器の対抗配置はともかくとしても・・本来正面奥に陣取るハズの金管軍団のスペースが無いことから・・金管をステージ下手へとオフセットせねばならない。世界中でこんな楽器配置をするオーケストラはここだけだ。そしてまた、本拠以外の公演でも・・奥行きのある広いステージにおいても・・本拠での楽器配置をそのままアレンジするところなんぞは・・正にそれこそSPPOのサウンドを形の上でもアピールしているわけだ。従って、このオーケストラをコンサートホールの客席で聴く場合には・・「左側」と「右側」ではサウンドバランスが全く違う響きとなる。金管のブリブリ感?に痺れたいお方はファーストヴァイオリン(下手)側に・・極上のブレンドトーンに浸りたいお方はセカンドヴァイオリン(上手)側に席を取ること。。しかしながら・・万一NHKホールでSPPOの公演があったりして・・オルガン絡みのプログラムでもあった時なんぞは・・下手側客席の聴衆はステージの金管軍団とオルガンのトランペット管の直撃を受けて・・SPPOの弦楽器ってナヨッチイじゃん!・・みたいな錯誤に至る可能性も無いとはいえまい。。しかし、そんな豪快?なサウンドも・・一度は聴いてみたい。。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 388  Title No. CDR-YSHD-240A/B-00
Disc No. 389  Asia Philharmonic  -  Tamaki Kawakubo  -  Myung-Whun Chung
240A 240B
アジア・フィルハーモニック
CDR-YSHD-240A/B-00
チョン・ミュンフン
1997.01.25
川久保 賜紀 (Vn)
東京国際フォーラム ホールC
:
BS/VHS
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
1998.01.16
ブラームス:交響曲第1番
41'52|57'29
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
★★★☆☆
アジア・フィルハーモニック デビュー公演  チョン・ミュンフン指揮
◆チョンさんを音楽監督として発足したアジア・フィルだが、マネージメントがいい加減?なのかどうか、同じ寄せ集めのオケでもサイトウ・キネンの足元にも及ばない。デビューコンサートの会場は1500席の中規模ホールだ。そこが満席になるどころか、映像を見る限りそこそこガラガラだった。ドイツグラモフォンが飛びついたのは、当時バスティーユオペラのシェフとして破竹の勢いだった指揮者のみへの興味だったようだ。しかしながら、それでも東京で・・このような中規模ホールが満席にならないという事態は、いかにチョンさんのCDが売れてなかったという何よりの証拠なのかも?しれない。・・そう云えば、当時のDGジャケットに絆されてあれもこれもと買い込んでいた自身でさえ、このオケとのCDには手を出さなかった。。コンマスにN響の堀さんが座り、ホルンに同じくN響の松崎さんが居る。カメラのショットの何%かはこのお二人を映すので、ふとした瞬間、N響をチョンさんが振っているようにも錯覚した。サイトウ・キネンとは異なり、凡人にも判別可能な有名ソリスト級の団員が見当たらないので、日本の各オケ団員を中心とするものの、アジア各国の優秀な奏者が混じっているといえども、誰がどこのお国の方で、どこのオケの団員なのかも判らないようなことでは画を見る興味も全くおこらないのだ。唯一、アメリカで生まれてジュリアードで学んだ賜紀ちゃん(当時18歳)の可憐な笑顔と、同じジュリアードの大先輩たるチョンさんのツーショットだけは絵(画)になっていた。おたまちゃん(失礼!)の当時の若さに似合わない・・テクニックよりも情感を優先させた・・センチメンタルの表出は、妖精ムターがカラヤン&ウィーン・フィルと演奏したとんでもないロマンチックなチャイコフスキーに似て、チョンさんのゆったりとしたテンポとの相乗効果を醸し出した。ブラームスの第1交響曲はフィナーレまでは淡々とした流れの中、N響コンマスの堀さんのソロが美演だ。ここでドジればN響のメンツ丸潰れとなる。同じくフィナーレでの松崎さんのアルペンホルンも秀演。破綻の無い中、最後の最後で初めてオケは爆裂した。残響可変型最新ホールの響きが・・マイクにほとんど載らなかったのが惜しまれる。(前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より転載)
Disc No. 390  Title No. CDR-YSHD-241-00
 Wiener Philharmoniker  -  André Previn
241(表) 241(裏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-241-00
アンドレ・プレヴィン
1996.04.14
:
ウィーン楽友協会大ホール
ヴォーン・ウィリアムス
FM/VHS
タリスの主題による幻想曲
1997.01.05
チェルハ:インパルス
74'12
ベートーヴェン:交響曲第4番
★★★★★ OIDT
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会  アンドレ・プレヴィン指揮
◆ベルリン・フィル+ウィーン・フィル合同演奏会の前座で演奏されたヴォーン・ウィリアムスの「タリスの主題による幻想曲」がウィーン・フィルの弦楽合奏だけで聴ける。合同演奏の録音は後日オンエアとのこと(2005.08.14 に無事オンエアされた。)なので、ベルリン・フィルが加わってどんなふうに変化するのかも楽しみなところだ。勿論、楽曲自体がすこぶるいいので、ウィーン・フィルの定期会員は・・演奏会の初っ端からメロメロにされたようだ。メロメロの15分間を経て、今度はいきなりティンパニーの強打で始まり・・モヤモヤの中に散発的な爆裂を繰り返すチェルハのゲンダイオンガクで覚醒を促される。若い人もそうでない?人も・・目覚めるのだ!・・「相手」の気持ちの奥深いところなど誰も解らない。。・・こうだああだ・・などと活字にしても、決して「相手」の心には入れないのだ。ニンゲンたちよ・・人生色々。。モヤモヤの中から一筋の光明を得た者だけが真(まこと)を掴む。暗中模索に励むのだ。真の生き方を知るために・・もがき喘ぐ苦しみほど辛いこともない。。本来ならば、成人するまでにこの試練を乗り越えねばならぬところなのだろうが・・どういうわけか・・シンジンルイの成人化(変な言葉だが^^;)は二十歳になっても達せないらしい。勿論、自覚をもって成人となる若者も大勢いる。しかし・・成人式でバカ騒ぎをする大人の仮面を被った子供たちも少なくない。セレモニーが嫌いなら行かなきゃいいのに・・自分自身の「弱さ」をわざわざご披露されるに及ぶ。。本当に「成人」を自覚した二十歳の若者は・・「成人式」など蹴倒して・・一人密かに美酒に酔い・・今後に生じるだろう「責任」の重みに想いを馳せつつ・・育まれた「命」の重みを実感することになる。・・・まぁ、八十を超えた長老方の中にも、ニンゲンが全くわかっていない独善的なお歴々がウヨウヨいるわけだから・・若者ばかりを責めても仕方ないか!?!・・・。
◆ベートーヴェンの混沌とした序奏から目の覚めるような提示に至る瞬間は、凝縮緊張から開放爆裂へと壮絶なエネルギーを放出して、聴く者を圧倒させる。「軽い」といったイメージでメインプロとは成りにくい第4交響曲だが、この演奏会では5番や7番にも引けをとらない威容で後半を飾った。そういえば・・「ベト4」開眼はベームとウィーン・フィルの演奏によるものだった。交響曲の重み?が・・単に演奏時間だけで決まる・・なんてことは端から思ってはいないものの・・その昔・・LPの時代には、ベートーヴェンの4番なんてものは(なんてものは・・なんていう言い方は極めて無礼な言い方なのだが・・・)LP片面に収録するパターンが多かった。従って・・演奏会後半にメインプログラムとして演奏されるようなことにでもなれば、何か損?をしたような思いを持ったものだった。カラヤンは演奏会を4番で締め括ったことなど一度も無いんじゃないか・・みたいなこともベースになっていたようだった。そんなこんなの中で、カール・ベームがウィーン・フィルとベートーヴェンの交響曲全曲の録音を開始したのだ。カラヤンの演奏では全く気が付かなかった地の底から湧き出るようなエネルギー感。。いや・・というよりも・・音符一つ一つに込められた重量感とでも言った方がいいのかもしれない。4番が気持ちにズシーーンと響くことなど未体験ゾーンだったのだ。その後・・バーンスタインを経て・・朝比奈隆の「とんでもない正統派?」のベートーヴェンと遭遇することになる。プレヴィンさんはジャズや映画音楽にも通じ、妖精ムターを攫ったにっくき御仁なのだが、ここでの「4番」はあのベームの演奏をも彷彿させるほどの優れものだった。ブラヴォー!プレヴィンさん。。 (前身サイト THE SOUND DESIGN - 私家製裏青盤ギャラリー新館 より一部転載)
Disc No. 393  Title No. CDR-YSHD-242A/B-00
Disc No. 394  Wiener Philharmoniker  -  Naujahrskonzert 2006  -  Mariss Jansons
242A 242B
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-242A/B-00
マリス・ヤンソンス
2006.01.01
<New Year's Concert 2006>
ウィーン楽友協会大ホール
<ニューイヤー・コンサート2006>
BS/VHS
:
2006.01.01 (時差中継)
第1部(編集版)|第2部(編集版)
49'53|77'12
:
★★★★★
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤー・コンサート2006  マリス・ヤンソンス指揮
第1部(編集版)】 ヨハン・シュトラウス:連邦射撃者行進曲『狙いをつけろ!』 op.478|ワルツ『春の声』op.410|外交官のポルカ op.448|スペイン行進曲 op.433*|ワルツ『親しい仲』 op.367*|ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ『ことづて』op.240|ヨハン・シュトラウス:ポルカ『女性賛美』op.315|ワルツ『芸術家の生活』op.316|ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ『憂いもなく』op.271
第2部(編集版)】 ヨハン・シュトラウス:喜歌劇『ジブシー男爵』から入場行進曲|モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』序曲|ヨーゼフ・ランナー:ワルツ『モーツァルティアン』op.196|ヨハン・シュトラウス:ガロップ『愛のメッセージ』|新ピチカート・ポルカ op.449|芸術家のカドリーユ op.201|ポルカ『クラプフェンの森にて』 op.336|狂乱のポルカ op.260|エドゥアルド・シュトラウス:電話ポルカ op.165|ヨハン・シュトラウス:入り江のワルツ op.411|ポルカ『ハンガリー万歳』op.332 |以下・・アンコール曲> 
ヨハン・シュトラウス:山賊のギャロップ op.378|ワルツ『美しく青きドナウ』 op.314|ヨハン・シュトラウス(父):ラデツキー行進曲 op.228
編集ノート】 a) 編集版第1部の「スペイン行進曲 op.433」及び「ワルツ・親しい仲 op.367」は、実際の演奏会では・・第2部のプログラムとして「芸術家のカドリーユ op.201」と「ポルカ・クラプフェンの森にて op.336」との間に演奏された。 b) シュトラウスコンサートとしての音盤制作のため、マリス・ヤンソンスによる「新年の挨拶」部分は、脱際物処理としてカットした。 c) 拍手の編集は一切行わず、編集(はめ込み)部分も F/I - F/0 処理無しで自然な音的接がり(流れ)を重視した。本物(実際)のライブの流れではないが、編集ライブとしての[作品化]を行った。
◆モーツァルト生誕250年の節目を記念して、どんな仕掛けを組むのか・・と楽しみにしていたのだが、ヤンソンスさん!・・まさか・・ここまでおやりになるとは夢にも思わなかったでがんす。「フィガロの結婚」序曲は・・ニューイヤーコンサートの雰囲気の中で演奏されると・・こんなにも奇抜な違和感を感じるものか・・・ということだけでも初めての感触だったのだが、「モーツァルト党」と「芸術家のカドリーユ」・・・特に後者の存在というのは、これはもう「作曲」ではなく「メドレー編曲」の世界となって、NHK音楽祭で初演された千住明氏の「日本交響詩」が笑えない。。さらには、80年代に一大ヒットを記録した英国ロイヤル・フィルハーモニックの企画CD「フックト・オン・クラシックス」のルーツといっても過言じゃない。そして・・その中に・・「モーツァルティアン」でも現れる「魔笛」の断片が再現されて・・第2部前半はモーツァルトを中心に歴史に名を残した作曲家のお歴々方が生誕250年のお祝いに馳せ参じたかのような有り様だから、こんなに賑々しいコンサートは空前絶後のものとなるのかもしれない。世界中で「ニューイヤー」と名の付くコンサートが数多行われる。ヤンソンスさんは、旧ソビエト時代のレニングラードで、親父殿の振るシュトラウスを子供の頃から聴いていた・・らしい。ムラヴィンスキーのオーケストラがウィンナ・ワルツを演奏する。。どんなフレージング・・どんなカンタービレで演奏したのか・・・。。当時、世界一ダントツ抜きん出た合奏精度を誇っていたレニングラード・フィルハーモニー。ダイヤモンドの煌きにも似たヴァイオリン群のヴィブラートはDGの録音にしっかりと刻まれているが、こんな感じでシュトラウスが鳴ったのなら・・ヤンソンスさんにとってはウィーン・フィルといえども臆することなど全く無いわけだ。とにもかくにも・・本家本元のオーケストラでシュトラウスを演奏できることの幸せな想いが、ビックリするほどのにこやかな表情となって、名実共にフィルハーモニカーの最重要指揮者陣の一角に鎮座したという最高の名誉が完熟果実として振舞われたのだ。
◆さて、衛星中継の伝送トラブルも無く、無事にVHSへ収まったものの・・「新年の挨拶」部分をカットするだけの編集処理では、第2部が80分のCDRへ丸ごと収まらないことが判明した。なんと!・・第2部の全体経過時間は90分を超えていたのだ。こうなると、曲間に指揮者が退場する場合の再登場するまでの僅かな時間をケチな編集でカットしても焼け石に水となる。従前<ニューイヤーコンサートは、第1部で1枚・・第2部で1枚>などと息巻いていた自分自身に逆立ちしてもどうにもならない事態が襲ってきたのだ。時間芸術としての演奏会の「流れ」は、交響曲の演奏においても楽章間の扱い方一つで全体の印象がガラリと変わることがある。インターヴァルを空けずに・・ほとんどアタッカ同然に演奏するのと、何十秒もの間を置いて・・チューニングなどが絡む場合とでは、明らかに緊張感の度合いが違う。その昔・・LPの時代。。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のレコードで第2楽章と第3楽章(本来はアタッカで繋がる)との間で盤面がAからBへと変わるヘンテコリンなカッティングをしたものがあった。オマケで収録されていた「イタリア奇想曲」のために、B面にはヴァイオリン協奏曲の第3楽章しか入らなかったのだ。「第九」の第3楽章の途中で盤面をひっくり返さねばならないことと同じく、・・いやそれ以上に緊張の糸がプッツンと切れたことを覚えている。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第2楽章と第3楽章が・・ベートーヴェンの「運命」の第3楽章から第4楽章への移行と同じ次元だということが判らない御仁が天下のXX社にもいたという・・恐ろしい事実だ。まぁ・・78回転のSP盤の世界では・・盤面のひっくり返しは楽曲の途中であってもお構いなしなので、LPの時代にあったとしても、このくらいのことで目くじらを立てるのは大人気ないのかもしれない。。しかし!・・・「イタリア奇想曲」を入れなければ・・第1楽章が終って一息入れながら盤面を変えて・・第2〜第3楽章を本来の流れで聴ける完璧なLPができたのだ。
◆ニューイヤーコンサートでの「流れ」で一番重要なことは・・2枚目のCD(R)の開始楽曲は第2部の開始楽曲じゃなければ意味無いじゃん!ということだ。(勿論・・超個人的な思い込みの世界です。^^) つまりは・・1枚目第1部のCD(R)を聴き終わって・・いざ2枚目へと進む時には・・出だしは紛れも無く本来の「第2部」開始楽曲じゃなければならないのだ。また、楽曲間の拍手の処理は、指揮者の入退場を含めて「有りのまま」がいい。この間の臨場音(会場ノイズ)の中にこそ・・ゴールデンザールの女神様たちに祝福された陽光に煌くウィーンの元旦の空気が揺れる。しかし・・80分しか器がないのだ。。いずれにしても・・世界中DSD2chDisc以外のDisc型器(うつわ)では・・絶対に「丸ごと」第2部は収まらない。収まらないのなら・・ヤンソンスさんには申し訳のない限りなれど・・自分だけのニューイヤーコンサートの「流れ」を仮想創生する他はない。・・・てなわけで、初めての編集版第1部と編集版第2部として・・2枚のCDRに収めることを選択した。お陰様で・・本来の第2部から切り取った2曲の楽曲は、何の違和感もなく第1部の中に埋め込むことができて・・フェイドアウトやフェイドインをしなくても・・然も有りげに時間の流れの中に溶け込んだ。年始早々・・75分の1(秒)のフレーム単位で「切り取り」と「埋め込み」の前後接続ポイント(音的一致)を見つけることだけに時間がかかって、収まるべきところへ収まった瞬間には思わずバンザイを三唱したい気分にもなったほどだ。同時期にリリースされたDGのライブCDは・・やはり・・第2部前半何曲かを第1部に続けてCD1へ収録していた。SACDハイブリッドでも同様。マルチチャンネルなどという野暮なことなどせずに・・CDのハイスペックヴァージョンとしての2chSACDでもって、なぜ104分の器(収録キャパ)を活かそうとしないのだろう?!?。。CDがハイブリッド盤に組み込まれただけでもCD本来の素晴らしい音を殺しているのだ。・・・・・前後に5本ものスピーカーに囲まれて、マルチチャンネルで聴いているリスナーがいったい何%居るのか??・・・一度調べてみたらいいと思う。お仕着せのマルチチャンネル収録音楽ソフトほど「ありがた迷惑」なものはないハズなのだ。ヤンソンスさんの特別大サービス90分を超える第2部を「丸ごと」1枚のDiscに収めたSACD2ch盤こそ・・ハイスペック新音楽ソフト認知定着の鍵となって・・映像用から派生したDVDオーディオ盤など・・あっという間に駆逐されること必定なのに。。。将来はSACDへ全面移行する旨の告知をすれば・・再度「買い直し」の需要(従前CDで2枚を要した楽曲やオペラの幕が1枚のSACDに収まる・・だからCDと同じ2chでいいのだ!。)でソフトの売り上げ急増かつラジカセやミニコンポにもDSDコンバーターが搭載される。もちろん、従前のCDも、DSD変換で超音響?再生される。クラシック音楽ソフト=SACD2ch一本化・・これしかない!!。
Disc No. 395  Title No. CDR-YSHD-243A/B-00
Disc No. 396  Wiener Philharmoniker - Christian Thielemann - Salzburger Festspiele 2005
243A 243B
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CDR-YSHD-243A/B-00
クリスティアン・ティーレマン
2005.07.31
トーマス・ハンプソン (Br)
ザルツブルグ祝祭大劇場
R.シュトラウス
FM/VHS
交響詩「ドン・ファン」
2005.12.30
4つの歌曲(op.33&44 より)
48'46|34'26
交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
★★★★☆ OIDT
ザルツブルグ音楽祭2005  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  クリスティアン・ティーレマン指揮
◆今年はいよいよティーレマンの「指輪」が聖地で演奏される(?)とのことらしいが、もしそうなれば・・年末のバイロイト音楽祭のFM放送には連日リアルタイムにヘッドフォンを被らねばならなくなる。。^^; 我が音楽ライフの中で、最高度の関心の的となって・・いよいよショルティとカラヤンによる天下の2大リングの音源からの慢性的な呪縛を一気に解消できるチャンス到来となるのかもしれない。・・・といっても、相変わらずレパートリーの狭いティーレマンさんなので、オーケストラコンサートで聴ける楽曲には随分と片寄った傾向があるのだが、クライバーのように・・特定の作曲家の作品からつまみ食い?のようにホンの一部の楽曲だけを聴かされるストレスに比べたら、シュトラウスなどは一連の楽曲を満遍なく取り上げて、そのどれもがティーレマンチック?に聴こえてくるのだから・・並みの才能じゃないのだろう。。英国フィルハーモニア管弦楽団を振って「衝撃的」なCDデビューを飾ったベートーヴェン(5&7番)のような強烈な毒気はシュトラウスからは聴こえてこないが、もし細かな表現上の指示の中に毒素?がふくまれていたとしても・・それは全てウィーン・フィルが解毒吸収している・・とも言えよう。もともとオペラハウスのオーケストラなので・・その絶妙極まるピットでの暗黙阿吽の呼吸法など・・他のハウスのシェフながら・・オペラに生きるティーレマンと相性の良いことは当然至極なのだが、ホルン・オーボエ・ティンパニー・・・といった独特な音色音調を持つ楽器が表立って聴こえてくる楽曲ともなれば、少々小細工をしたところでオーケストラの魅力的なサウンドの前にはじけ飛んでしまうということなのか?・・・。 しかしながら、さすがに「ツァラツゥストラ」のような大曲ともなると・・ティーレマンの醸し出すフレージングは従前聴いたことのないような感覚で浮かび上がって・・室内楽的な静寂部分ではある種の気だるさを感じさせたりもする。
◆気だるい・・といえば、最近の日本の気だるさたるや・・いったいナンなんだ!。。耐震偽造のマンションやホテル・・インターネット社会のヒーロー的存在だった○○○モン・・・そして、何よりも総選挙で圧勝し、案の定驕り高ぶる永田町の圧倒的一派。社会的或いは国家的な貢献を大義名分として、その実・・目先の儲けと自己保身が最優先課題となっていたことがもうバレバレなのに・・なおもニンゲンの仮面を被り続けようとする。。いっそうのこと、本音を吐いたらいいのだ。どっかの金貸しのCMじゃないが・・「この世にお金よりも大切なものは無いのよ^^」と公言したらいい。「あなたよりも大切なものは無い・・」などと聞かされても・・「貸したお金を返してもらうまでは頑張って働いてもらわないと困るんですよぉ〜^^」としか聞こえてこないのだ。金利がテロップでチョロリと出るが・・100万借りたら20万から30万円近い金額にもなるのだ。坪30万に満たない予算でRC(鉄筋コンクリート造)の建物を造ります・・という建設会社がある。デフレで値崩れの激しい今でも坪45万ではどこかをケチらねば儲けが出ないといった「証言」まである。まして・・バブル末期の資財高騰の時代に坪29万で造ったRCなど・・税法償却期間の60年の耐用年数など毛頭考えていない設計なのだろう。。4〜5年でヒビが入って10年でタイルが剥がれ落ちる・・といったことは、海砂の塩抜きが万全でないことからの鉄筋の錆のせいとばかり思い込んでいたが・・意外にもひょっとしたら昔から耐震偽造など日常茶飯事だったのかもしれない。儲け心に酔いしれた輩の気だるい緊張感?。。安かろう悪かろう・・という日本のイメージから見事に脱したクルマや電子機器の躍進が建物に大いなる錯誤をもたらしたのだ。安いものには必ず瑕疵(欠陥)が隠れている・・ということが、今回確実なこととして日本に定着したことは・・政府が世界に恥をかいたことと同じなのだ。日本人は・・儲けが無けりゃ・・いい仕事は絶対にしない!・・という決定的なイメージと共に。。 ティーレマンさんの「気だるさ」の表出が、最高度の緊張感の上に成り立った芸術的表現の一端だったことは・・真の職人集団ウィーン・フィルだったからこそ可能だったのだ。
Disc No. 397  Title No. CDR-YSHD-244A/B-00
Disc No. 398  NHK Symphony Orchestra - Marcus Roberts Trio - Seiji Ozawa
244A 244B
NHK交響楽団
CDR-YSHD-244A/B-00
小澤征爾
2005.10.26
マーカス・ロバーツ・トリオ
NHKホール、東京
:
BS/VHS
ベートーヴェン:交響曲第5番
2005.11.12
ガーシュイン:ピアノ協奏曲へ調
40'44|63'50
千住明:日本交響詩
★★★★☆
NHK音楽祭2005 こどものためのプログラム  NHK交響楽団 マーカス・ロバーツ・トリオ  小澤征爾指揮
◆2005年のNHK音楽祭は、放送局所属の交響楽団を招聘しての正にNHKらしい企画だった。といっても・・参加団体はN響以外僅か3団体・・フィンランド放送交響楽団(ヘルシンキ)、北ドイツ放送交響楽団(ハノーバー)、バイエルン放送交響楽団(ミュンヘン)・・のみ。せっかくのことなのだから、日本以外のアジア代表として・・また靖国問題棚上げを託してお隣の国からKBS交響楽団(ソウル)、いつもウィーン・フィルのライブで世話になっているORFの交響楽団(ウィーン放送交響楽団)、北方4島返還早期実現を託してモスクワ放送交響楽団、そして・・なんといっても議会制民主国家としてお手本となった英国のBBC交響楽団(ロンドン)。。「放送80年を記念して・・放送と関係の深い・・世界の一流放送交響楽団の競演!」といったキャッチフレーズの下に招聘をすれば・・少なくとも1団体は・・日本のNHKから「斯く斯く云々の名分で招聘された」ことを大統領に報告して・・これは紛れも無くコイズミさんの粋な計らい(!)・・とか発展したりして・・ほんじゃ我自らNHKホールへのりこんでオラがオーケストラにカツを入れんとアカン・・みたいなことから・・ついでに首相官邸でちょっとハナシでもすっか・・・てなことで急遽首脳会談が実現。・・・>いやぁ、大統領閣下・・ようこそ日本へ!。・・・>いやいや、こちらこそウチの楽団を呼んでもらって光栄でござんすよ。。・・・>わたしは何もしてまへん。・・・>万博での鶴の一声、お噂はこっちまで飛んできましたで。。・・・>手作りの弁当くらい持ちこませい!みたいなことを仰った。。・・・>あぁ。。あのことね。。貴国の食文化は今や我が国も見習うべきこと多々となって、特に二日酔いの朝に食すお粥の効能には目を見張るものがあるらしい。。・・・>弁当とお粥とはあまり関係の無いことかも?・・・>いやいや、そうじゃなく、家族のために工夫を凝らして作る手料理には「愛」が満ち溢れている!ということなんですよ。。・・・>万博のテーマは「愛・地球博」でしたなぁ。。・・・>そう、自然への愛は、即ち家族に愛が無ければ成り立たない。。・・・>弁当は「愛」の象徴ですか?・・・>さすが大統領閣下!、お察しの通りなのですよ。^^・・・>国家間も「愛」があれば争いなど起こりえない!・・・>手前が靖国へ参拝するのは、過去に起こった悲惨な戦争を二度と自ら起こさない。。隣国を愛し、助け合って100年先にも共存共栄できることを願って、過去に過ちを犯したとされる御霊にも、生まれ変わったら野心を捨てて世界の平和のために尽くしてくだされと祈念懇願しておるのですよ。。・・・>コイズミさん、なかなか上手いことを仰るなぁ。。思わずホロっときてしまいましたぁ。。あなたのお気持ちに応えるべく、さっそく我が国で「日本交響詩」を初演させてもらいますよぉ〜。日本の子供たちのコーラスを招聘させてもらいます。・・・>それはそれは光栄なことで。。・・・>子供たちには閣僚の奥方に弁当作ってもらってホールに届けさせますからな。。・・・>いやぁ。。うれしいなぁ^^。今後はチョクチョク会いましょう。・・・>同意!・・・・・
◆今回のNHK音楽祭では、N響は「こどものためのプログラム」のみの公演で、「おとなのためのプログラム」は無かった。北ドイツ放送響が同じく「こどものための・・」の公演を持ったが、同時に「おとなのための・・」の公演を持っている。せっかく、オザワさんを呼びながら、その真価を問う公演をしなかったことには大いに疑問を持った。「こどものための・・・」といっても、ガーシュインのピアノ協奏曲などは演奏時間45分にも及ぶジャズとのコラボレーション版だ。こどもにシンフォニーを聴かせるだけでも難儀なことなのに・・ジャズまで重なれば・・こどもの感性はパニックを起こすんじゃないか・・などとヤボな心配をしたりもするのだが、逆に「こども」だからこそ・・真っ白な感性で無心に楽しんじゃう(?)のか??。。ジャジャジャジャァーンの「運命」は、確か小学校の音楽の授業でも聴かされる楽曲だ。ベートーヴェンは「楽聖」として紹介されて、ガチガチ?のクラシック音楽の総代のような感じで子供たちには思われているようだ。ベートーヴェンの生まれ育った家庭環境・・親兄弟・・好きになってしまった女性・・どんなものを食していたのか・・難聴から遺書を書くに至った心理・・自殺を思い留まって新たな創作へと進展した事由・・スッタモンダ七転八倒の甥の面倒・・・などなど・・・殺伐とした現代に生きるシンジンルイにも大いに参考とするべき要点がぎっしりと詰まったベートーヴェンの人生なのだが、上っ面の音符の並べ方(作曲理論?)だけにベクトルが終始しているかのようだ。だから・・当然にして・・作曲者の「ニンゲン」が見えてこない。。冒頭の4つの音がレンガのように積み重なって「運命交響曲」全体を支えている・・・などと音符の構成を説明されても、こどもたちには「暖簾に腕押し」状態だろう。。だた、こどもたちに聴かせる!ということもあってか・・演奏自体は手抜き無しの大熱演となった。N響の演奏史の中でも屈指の「第5」となったことは、さすがにオザワさんの指揮!ともいえよう。しかしながら、楽章間で沸き起こる中途半端な拍手には、本当に参った。。楽章間で拍手をしてはならん・・といった法律などないことくらい判っちゃいるものの・・緊張感が寸断されることも事実で、ガーシュインのピアノ協奏曲第1楽章が終った時点の拍手などは・・オザワさんがイライラしながら拍手の止むのを待っている・・といった感じにもなって、シラケ鳥が拍手の中で舞っていたかのようにも思われるのだから、「こどものため・・・」と謳ったコンサートならば、コンサートのスタンダードなマナーを事前に教えるくらいのことをしてもよかったのではないかとさえ思ってしまう。
◆それにしても・・天下のオザワさんが自らマイクを握って、まるで「オーケスト