| Disc
No. 453 |
Title
No. CDR-YSHD-276-00 |
| NHK
Symphony Orchestra - Naoto Otomo |
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NHK交響楽団
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CDR-YSHD-276-00
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大友直人
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1984.05.04
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五反田簡易保険ホール
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羽田健太郎
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BS/VHS
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on Air 1992.12.22
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55'39
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★★★★☆
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◆1992年の年末・・NHKはBS放送で1週間に渡り・・連夜「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版シリーズを全編オンエアした。「宇宙戦艦ヤマト」(1977)
「さらば宇宙戦艦ヤマト - 愛の戦士たち」(1978) 「ヤマトよ永遠に」(1980) 「宇宙戦艦ヤマト - 新たなる旅立ち」(1981)
「宇宙戦艦ヤマト - 完結編」(1983) 以上5作品だ。当時・・映画館には封切と同時に駆けつけて・・ハズカシながら古代進と森雪との愛の物語には涙腺が緩みっぱなしだったのだから・・笑っちゃうほど「純」な部分を持っていたことになる。1974年(昭和49年)に連続テレビアニメの新番組としてオンエアされて以来18年という歳月が流れていたのだが・・どういうわけか気持ちの中にある「ヤマト」へのオタクチックな部分は全く風化(老化?)することもなく脈々と流れ続けていた。。そろそろレーザーディスク(LD)で一式揃えようか・・と思っていた矢先にオンエアされたのだから・・標準モードで2時間を超える少々割高なビデオテープを購入してもタダみたいなもの・・てなケチな発想もあってかどうか・・6日連続のオンエア予定日には万全の準備をもってエアチェックをしたものだった。そして、劇場版の5作品の後にNHK交響楽団の演奏による「交響曲ヤマト」でシリーズを締め括ったのだ。さすが天下のNHKなり。色々と問題多々あるNHKなのだが・・民放のように頻繁に割り込んでくるCMのないNHKは本当にありがたい存在でもあるのだ。3割もの世帯が受信料を払っていないそうだが・・小学校の給食費も払わない(故意に)親が数多いると聞き及んでいる。屁理屈をこねる前にニンゲン一人では生きていけない理屈を知るべきだ。ニンゲン学の原点を知らない者は・・因果応報子々孫々まで祟られることになるのに。。
◆初めて「ヤマト」に出会ったのは・・1970年に開催された大阪万博から4年目・・アポロ計画によって人類が月にまで到達して「月の石」を持ち帰るという「地球外活動」が既に現実のものとなっていて・・宇宙へ想いを馳せることがもはやロマンチックな空想の世界ではなくなりかけていた時期でもあった。地球から月まで約40万キロという距離を4日間かけての宇宙飛行だったのだが、このSF物語では・・なんと14万8千光年もの彼方にある(という設定の)大マゼラン星雲の中のイスカンダル星(もちろん架空の星だ)まで放射能除去装置(コスモクリーナー)を受け取りに行って1年以内に地球へ帰還しなければならない・・というものだ。14万8千光年という距離は、光速(約30万Km/秒)で14万8千年もの時間がかかるということだ。もはや・・人間の寿命など電子顕微鏡でも見えないスケールの世界となる。この途轍もない距離を僅か1年で往復するという超工学的な展開こそSFならではの壮大な宇宙ロマンに他ならないのだが、ここに太平洋戦争末期に無謀極まりない沖縄への特攻出撃で儚くも海の藻屑となった軍艦史上空前絶後の巨大戦艦「大和」が超進化復活したのだ。地球外の敵の攻撃によって干上がってしまった海の底に横たわる「大和」の残骸を「宇宙戦艦ヤマト」へと改造した・・と原作にはあるものの・・海底下(地下)の秘密工場で「大和」を参考に新造した・・と考える方が自然だ。いくらサイエンスフィクションといえども・・戦艦「大和」は現実の世界の遺物なのだ。そして・・その残骸は、沈没後艦体が真っ二つに割れて「くの字」のように横たわっている。。海底に眠る「大和」が発見されたのは1985年のことだったので・・「ヤマト」が企画された当時には判らなかった事実だったかもしれない。海底の「大和」へ想いを馳せることが・・そのままSFの世界だった時代なのだ。。
◆無重力のハズの・・そして空気の無いハズの宇宙の中で・・・重力や風を感じさせる描写が多かったことには笑ってしまったが、ここらへんは「マンガ」の世界!・・と割り切って観ている自分自身さえ可笑しくて・・シリーズを追うごとにSFといえども設定の矛盾が鼻についてきた。子供騙しの世界だったのだから・・いい歳をした大人が然も有りげにオタクでいられるわけがないことくらい自覚もしていた。。しかしながら・・矛盾があることが判っていながらも・・「名場面」といわれるその時々で鳥肌が立つほどのジ〜〜〜ンとした感動を覚えてしまうものだから・・どうしようもなく長年にわたって「オタク」を引きずってしまっていることは認めざるを得ないかも。。^^; 息子が小学生(しかも低学年)だった頃・・トイザラスへ行くぞ!と鼻息荒くしてクルマに乗せたことがあった。。息子は当然至極に自分のおもちゃ(ファミコンソフト)を買ってもらえることとばかりに思い込んで意気揚々とついてきた。。トイザラスの店内へ入って・・息子はファミコンのソフト売り場へ・・そして・・オヤジは・・・そう・・「宇宙戦艦ヤマト」の精密立体モデルが発売された日だったのだ。BS放送を録画したビデオテープを観ていたこともあってか・・オヤジの策略?を即座に見抜き・・ボクがついてこないとサマにならないんだよね^^・・・みたいなことを言われた時には・・いやはやホンマ・・参ったり!。。その後・・「宇宙戦艦ヤマト」は息子の気持ちの中でも膨らんで・・自らの小遣いで「ヤマト」のファミコンソフトを中古で見つけて買って来るまでに感化されたようだ。。変なところでオヤジの背中を見せてしまったことを悔やんでもしかたないものの・・戦艦「大和」のプラモデルの共同制作から呉の大和ミュージアムへの親子旅行へと至ったことは・・「宇宙戦艦ヤマト」あっての展開だったような気がしてならない。。
◆「宇宙戦艦ヤマト」が登場してからもう30余年・・・1974年(昭和49年)に30分枠の連続テレビアニメとしてオンエアされた時、あの戦艦「大和」が大空へ飛び立ち・・そして無限に広がる大宇宙へと進撃することに度肝を抜かされたものだった。。宇宙戦艦「ヤマト」は戦艦「大和」ではないことくらい判っているのに・・・どういうわけか「ヤマト」は「大和」に帰結するのだ。。血飛沫飛び散る地獄絵図・・生身のニンゲン同士が殺戮を繰り返す実際の戦争現場に居合わせたことのない自分自身にとっては・・ディスプレーの中で簡単に「生命」をリセットできる概念が染み付いた子供達の世代と共に・・その悲惨な状況下でのニンゲンの真なる心理など解るハズもない。。戦争に纏わる音楽(楽曲)ではチャイコフスキーの「1812年」やベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」などが有名だが・・群像(軍隊)や宗教色のようなマクロチックな描写ではなく・・一人のニンゲン・・そして・・心の中にある鬱積したもの・・・抑圧されればされるほど本来あるべきニンゲンの爆発すべき感情を音符の流れに封じ込めたショスタコーヴィッチの交響曲をBGMとして・・ポテトチップスをかじりながら聴こうとするような御仁の神経など・・恐怖を超えた麻痺の世界にのた打ち回るべき存在なのかもしれない。。その中においては、そう・・「スターウォーズ」に代表される洗練された胸躍るワクワクチックな音符の流れに酔い痴れることになるのだが、故宮川秦の作ったテーマ(モチーフ)は・・宇宙戦争という完全無欠のSFアニメの中にあっても・・例えようも無く現実的かつニンゲン臭いのだ。そのテーマは・・元来主題歌のためのメロディなのだから・・「さらばぁ〜ちきゅうよぉ〜〜たびだぁ〜つふねわぁ〜〜〜」と自動的に歌詞を思い浮かべながら聴くことになる。これをもって「交響曲」へと昇華させたハネケンさんの手腕には・・その余りのストレートさに脱帽ものだ。こんなにも解りやすく・・こんなにもオリジナルを彷彿させ・・しかしながらこんなにも交響曲としての重みを感じさせるのだから・・本当に大したものだと感心する。元々のサウンドトラックはアニメ史上初めて(らしい)のシンフォニーオーケストラの編成で演奏されたものだったので、16型フル編成のN響サウンドを聴いてもそんなに驚くようなものではないのだが・・ライブ演奏という一種独特の緊張感を伴って爆裂的な昂揚を聴かせるあたりなど正に鳥肌ものだ。オリジナルBGMにあった川嶋和子さんの透き通るようなスキャットもそのまま使われていたりして・・「ヤマト」に想いを馳せる全てのオタク系御仁をメロメロにすること請け合いとなるハズ。それにしても・・このスキャットのフレーズには例えようもなく癒される。限りの無い宇宙空間へ吸い込まれるが如く・・途轍もない距離にあるイスカンダル星の女王スターシャへ想いを馳せるという設定のフレーズなのだろうが、どういうわけか・・戦艦「大和」と共に無念にも散った三千余柱の御霊を鎮魂せし雰囲気も漂わせている。空想世界のワザとらしく創られたエモーションが現実的世界の悲劇的エモーションにオーバーラップして・・えもしれない相乗効果を表出して・・世俗的な泥臭さを浄化したところで芸術作品の域にまで達した類希な音楽として未来永劫聴き継がれていくことになるだろうと確信している。。 |
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